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蛮族王と悪女達

処刑同然に追放した生徒の代わりに蛮族王がやってきたお話

作者: 色々大佐

蛮×族

 アレス魔術学園は近年共学化されたばかりであり、現在は男子生徒の数が極端に少ない学校だ。

 

 男性諸君から見ればまじかよ、そんな学園あんのかよハーレムかよと喜ぶところであるが現実はそこまで甘くはない。民主主義における数の暴力よろしく、人口比率男女1対90と言う割合は男子学生の立場を完全に弱くしていた。


 しかし、そこは立場は弱くとも女子学生から見れば貴重な同年代の男性である。やだーとか男なんて不潔ーとか言いながら興味津々といった体で女子達は男子側を獲物を定める猛獣の目つきで見据えていた。


 さて、そのままいけば狡知に長けた女子学生側からの猛攻の開始と共に男性側は恋愛フラグを管理できなかったら大爆発みたいな綱渡り一発の青春が始まっていただろうが、そうは問屋がおろさない。


 アレス魔術学園には当然ながら学生だけではなくて教師もいる、それも男性よりも女教師のほうがこれまた遥かに多い。しかも、その女教師達はどれもこれも不器用なエリートと言うか青春時代を勉学と魔術の研究に捧げちゃったみたいな人間が多い。


 そんな女教師達から見れば学園が共学に生まれ変わってキャッキャウフフしている学生共は嫉妬の対象どころか憎しみの対象でしか無い。

 おのれ、私達のときは周りに同年代のメス共ばかりしかいないで寂しい青春過ごしていたっつうのにお前らは何だ、たるんどるぞみたいなことを彼女達は思っているのである。


 とは言っても全員が全員、そんな心に般若の面を被った教師達だけではない。当然、生徒達に対して優しい顔を見せる教師達も少数ながらもいた。ただ、そんな少数の心の広い教師たちは置いとくとして、大多数の教師は水溜りよりも小さい度量を心に秘めて、楽しい青春時代を過ごす生徒たちに対して怒りと憎しみを蓄えていった。


 そして、それら嫉妬に狂った教師達の中でもひときわどす黒い心を持った教師が転勤してきた。その教師の名前はレベッカ、生徒達から厚化粧の魔術師と呼ばれている筋金入りの喪女である。


 レベッカはまず生まれながらに喪女だったわけではない、青春時代にはそこそこモテていた女である。彼女は人並みよりちょい上程度の容姿と育ちの良さで男からはそこそこ人気があった。しかし、言い寄ってくる男達はどれもこれもレベッカから見れば人類未満であった。


 例えば、知り合いの新米の騎士が初手柄でもらえた給金を指輪にしてやってきた時なんかは、あら、これ私の一日の食事代以下の代物ねとか言って投げ返したやった。

 商人の下働きの男が、少ない稼ぎの中から必死に貯めて買ってきた花束をもらった時なんかは、こんなもの腹の足しにもならないわよ。そもそも私は花って嫌いなのよね、生けたりするのも面倒くさいしとか言いながら地面に投げつけて踏み潰してやった。


 私の視界に入ることすら許されないような低身分の輩が調子に乗らないでくれる? とかそんな態度で若い時代にレベッカは男を振りまくっていた。で、その結果どうなったかというと、見事に行き遅れてしまう。


 流石に歳を重ねるごとにレベッカも焦ってきたのか、あら、まあどうしてもと言うのなら付き合ってあげてもよろしくてよとか言い始めた頃には後の祭り。今までの所業を知っているまともな男たちは誰もレベッカに近付こうとしなかった。


 そんなこんなで歳を重ねていくことに慣れたレベッカであるが、当然ながら自己反省などとは無縁であり、その怨念と憎しみは周りの全てにぶつけるようになっていた。


 ちょいとばかし若い頃にヤンチャしたからと言って心の狭い男どもだ、そういうのは女の可愛さだと思って優しく受け止めるのが筋ってものだろう。大体、大事なのは精神の美しさであって、今でも心は10代の私は肉体年齢とか関係なく実質10代。まだまだお前ら小娘共と男を取り合える潜在能力は持ってるんだよ。


 御年ピーーーーー歳のレベッカの心は常に若いままである。大人になることを全力拒否した彼女は当然、入学してきた男子学生にコナを掛けて、そして全力で相手されず、その嫉妬と憎しみを更に増大させることになる。


 このように性格がかなり破綻しているレベッカであるが、その実力は折り紙付き。アレス魔術学園でも三本の指に入るその魔術の腕前だけは凄かった。まあだからこそ、彼女の性格を周りが矯正させられなかったということでもある。


 溢れる才能を他人への嫌がらせ方面に全振りで使っていたレベッカ。神は二物を与えずと言うか才能だけ与えて後はシラネって放りだされた世紀の大魔女。そんな手のつけられない不良教師であるレベッカがついに運命の男性と出会える時が来たのだ!!



 ド派手な赤色のローブ姿の魔女が校庭に生徒達を集めて魔法陣を見せつけていた。何が楽しいのか嬉しさ限界点といった感じで楽しそうに何かを喋っている。さて、そんなふうに精神のタガが外れた感じで楽しそうに喋っているこの女性こそアレス魔術学園の生徒指導担当であるレベッカだ。


「さあ皆さん、一週間前に校則を、そうアレス魔術学園最大の禁忌である不純異性交遊を行った校則破りのマセガキを召喚陣で呼び戻す時間です」


 その言葉に周りの生徒達からすすり泣きの声が聞こえてきた。


「おやおやおかしいですね、何か泣き声が聞こえてきます。まさかとは思いますが、あんな背教者に同情するような、そんな愚か者がここにいるわけないですよね」


 レベッカの言葉に泣き声が収まった。それでよろしいですわとばかりにレベッカが満足に頷く。


 アレス魔術学園では絶対に破ってはならない校則がある。それは男女が付き合ってはいけないというものだ。


 この校則が発症した歴史は実に浅い。具体的に言うと、共学化以降にレベッカを中心にして作り上げた、ここ一月以内にできた校則である。だが、その罰則の重さはそんじょそこらの物ではない。

 校長の銅像に落書きしようが、校舎に火をつけようがそのアバウトじみた校風で許されることもあるこのアレス魔術学園に置いて、この校則だけは一片の慈悲もなく極刑。すぐさまレベッカの作り上げた更生プログラムを受けさせられることになる。


 他にも男女で手を繋いではいけないとか、男女間で会話をしてはいけないとか様々な校則があるが、主に男女関係のものは全面的にアウト。最近では異性を視界に入れただけで咎人の焼印を入れるべきだという意見がレベッカを中心に巻き上がっている。


 そんなイカれた教師共に支配されつつあるこのディストピアでも、反逆者は少数ながらいた。愛は素晴らしいとか、障害なんて乗り越えるんだとか言うクソ甘っちょろいことを言っている学生である。

 ただ残念ながら、そこで反抗していた学生には力がなかった。彼はレベッカを中心とする教師達には叶わず、一週間前にレベッカの手によって更生プログラムと言う名の処刑をされている。


「あれだけの呪いと毒の中で果たして彼はどうなっているのでしょう。大丈夫、どんな死体になっていても私達がしっかりと映像として記録していますから」


 教師の一人が映像を記録するための箱を持ってきた。主に教材用として使うための特殊な箱で、これを使うと眼の前にある場面を映像として記録・再生することができる。今回使う目的としては、アレス魔術学園では不純異性交友を行ったものはこうなると言う教訓を記録するために使うつもりだ、立派な教材用である。


 レベッカの手足となって周囲の教師達が撮影の準備を始めている中で、こんな楽しいことがあるものか、とばかりにレベッカの心は透き通った空のような爽やかさを持っていた。心の中では春の陽気にお花畑に群がる蝶々になりきっている。

 青春時代を楽しむガキ共が無残な姿になって帰ってくる。これは四十肩こじらせた私の肉体にも適度な疲労回復剤になるってもんやで。


 さて、ここまでの無法が何故許されているのかと言うと、彼女は罰する相手を慎重に選んでいたからである。主に権力者の子弟には手を出さず、無法をぶつけても問題なさそうな弱い人間をターゲットにしていた。

 

 レベッカの方はストレス発散になる。学園側は不純異性交遊をなくせる。権力者達にとっては我関せずということになる。

 むしろ、そんなに男女関係は厳しいなんて素晴らしい学園じゃないか、と言う意見すら保護者の方々の中では出てきていた。基本、親というのは学校が厳しければ厳しいほど素晴らしい人格が育つという幻想を持っているものだ。


 そんなイカれた幻想を現実で実現し始めているレベッカ。わいは天下を取ったとばかりにテンションは現在MAXだ。


「さあそろそろ時間です。えーっとなんでしたっけ今回の生贄――ではなくて校則破りの愚か者は、確かそうコリー、コリーでしたね。えっと貧乏貴族の優男でと」


 そこでレベッカは思い出した。そうそう、なんかヒョロっちい男だった。魔術の才能はそこそこ、顔もそこそこ、まあちょっと私の好みだったから私の愛人になったら許してやるわよみたいなこと言ったら、ゲロ吐いて拒否ってくれやがった大罪者だ。


 そんな大人の魅力の一つもわからないゴミクズだ、積み重なった厚化粧の層が顔から落ちる所に人としての価値があるというのがまだわからないガキだ。当然、目一杯のデバフを掛けて辺境に魔法陣で飛ばしてやった。

 ただでさえ死亡間違い無しの呪いと毒の中で、悪鬼はびこる辺境で生きていけるわけがない。どんな無残な死体になって呼び戻せるのか今から楽しみなのだ。


 そんなことを思っているレベッカではあるが、残念ながら魔術の腕前だけは天才と言えるのがレベッカである。送り出したコリーの気配を探して、それを見つけると召喚魔法で呼び戻す事にした。


 レベッカが魔法を詠唱するごとに数人の生徒達が泣いていた、コリーの友人や彼を慕っていた女子生徒達の声だ、そんな彼らのすすり泣く声が更にレベッカの気力を増大させる。絶対あいつらにあのクソガキの死体を見せつけてやっからな!!


 生気ある若い人間に対する邪念がレベッカの限界を超えさせた。さあおいでませクソガキの死体、ドラゴンに食べられて消化の途中だろうが、キノコの苗床になっていようが、虫たちの栄養源になっていようが関係なし、そのありさまを記録に残して永久に学園に保存してやるからな。


 撮影用の魔道具にもばっちりとレベッカが狂喜乱舞してる様子が写っている中でついに運命の時がやってきた。魔法陣から光が放たれると、遠い彼方から対象の人物をその場に引き寄せたのだ。


 撮影角度にも気をつけなきゃいけませんわとばかりにレベッカが他の教師を押しのけて自分で魔道具を設置し始める。

 虹色に光るその魔道具の箱をあーでもないこーでもないとしながらもベストポジションにようやく設置して、さあその死体を私の裸眼に見せなさいとばかりに振り向くと、そこには筋肉の壁があった。


 眼の前の壁をレベッカがペタペタと触る。はて、なんだろうかこれは、確か、私はクソガキの死体を呼び出したはず。そう思いながら一歩下がった上でその筋肉の壁に沿って上を向くと、そこには身の丈2メートル50センチはあろうかという蛮族がいた。


 服装は腰蓑いっちょで残りは裸体。目つきは飢えた獅子や虎を思い出すほどの妖気を放ち、右手には人類が扱うにはまだ早すぎると思えるほどの巨大な鉄斧を装備している。


 その身元不明の巨漢が周りを一通り見渡すと空いていた椅子にどかっと座った。この椅子はコリーの死体をお行儀よく見ものにして楽しもうとしていたレベッカのために用意されていた椅子である。当然、場の主役であるレベッカのために用意されていたものであるから椅子の作りは豪華絢爛と言った代物であった。


 その支配者の椅子とも言える場所に腰掛けた化物の隣に、いつの間にか魔術師風の男がいた。非情に理知的な男で、眼鏡なんか掛けちゃったインテリ風の男である。


「クリーン」

「はいっわかっております蛮族王さま」


 こっちはわかんねえよ、なんだよ蛮族王って。レベッカ含むこの場所にいる人間全員がそう思っている中で、クリーンと呼ばれた男が腕を後ろに組んでお前ら覚悟しとけよって言う姿勢を取っていた。


「一週間ほど前に蛮族王さまが支配する北方の辺境地域に無断でテレポートの魔法を使って人を送ってきた人がいます。この中にそれを行った人物がいると思うのですが、いたら名乗り出なさい」


 その言葉を受けて、そこにいる教師と学生全員がレベッカを見た。

 んな事をする精神と魔法の腕前があるとしたらこの中ではこいつしかいない。時期的にもコリーを北の辺境にテレポートの魔法で飛ばしいるのと合致しているので間違いなくこいつが犯人である。


「ほう、あなたですか、蛮族王様の領地に無断で人を送り込んだ無作法者は……」


 クリーンから蛇のような目でレベッカは睨まれるが、そこは稀代の大魔女様であるレベッカだ。

 持ち前の精神力を復活させるとクリーンに真正面から相対した。


「あなた達は、ここがどこなのか分かっているのですか。未来の国を担う若人を育てる神聖な学び舎です。その学び舎に不法に侵入しているのはどちらかはいうまでもありません。少しでも恥を思う気持ちがあるのならすぐにこの場から立ち去りなさい」


 どの口がそんな心にもないことを言ってんだよと、それを聞いていた学園の人間達全員が思うが、それは少し違う。なぜならこの言葉はレベッカの完全な本心から言った言葉であるからだ。


 そう、彼女は学校が神聖な学び舎だと思っているし、未来を担う若い人間達を育成する神聖な場所だと本心から思っていた。ただ、それを踏まえた上でそんなもん知ったことじゃねーんだよバーカと考えているだけだ。


 レベッカからの返答を受けて蛮族王がゆっくりと椅子から立ち上がった。レベッカの態度を己への反抗だと受け取った為だ。


 蛮族王がゆっくりと歩き出すと、それに合わせて地面が揺れた。

 足踏み一つとっても人間の分類に入っては行けない力を周りに見せつけているのだ。


 このままでは原材料レベッカの挽肉が一塊分だけ出来上がるが、そこは腐っても天才魔術師である。対蛮族王の魔術をすぐさま行使し始めた。


 最初は肉体の大きさにちょいと驚いたが、要は肉体が強いだけのただの原始人じゃねえか、多く見てもオークよりもちょっと強い程度の存在だろ。蛮族王だかなんだか知らないが人間様の力ってのは知恵にあるんだよ。その知恵と神秘の結晶である魔術を講師している私はつまり、こいつよりも存在の格が天と地ほど違うのは当然の話で、文字の一つも無い未開文明の王様に本物の力ってやつを見せつけてやりますか。


 イメージするのは天の力。敵を倒すために心の中から最高最強の守護存在を生み出すのだ。

 魔術だけでオリジナルの生命体を作り出す超高位の魔術。術者の心の有様がそのまま作られる生物の強さに直結されると言われる魔術であり、レベッカの扱える魔術の中でも最強の魔術だ。


 レベッカの魔力が生命の形となってその場に現れる。命を作り出すという神の御業に近い魔術の腕前から作られたその生物はレベッカの心の形そのままを持って現れる。

 故に、その作られた生命は非情に醜悪であった。


 ヘドロのように黒い泥状の生物が現れた。その生物の体からぼたぼたと落ちる体液は土すら腐らせて、異臭を周囲に振りまいている。その臭いには毒があるのか、何人かの生徒達が嘔吐を繰り返すと、他の人間達もレベッカ作り上げた生命体から逃げ出すように距離をおいた。


「蛮族王だかなんだかしらねえが、こいつに勝てるってのか? てめえみてえな腕力一辺倒のバカじゃあ百億年かかっても殺せはしねえぞ!!」


 先程までの教師ヅラの仮面を脱ぎ捨ててレベッカがそう叫ぶのも無理はない。この生命体は彼女の作り上げる魔法生物の中でも対戦士においては最高の特性を持った化物だ。


 まず基本的に普通の物理攻撃は効かない。それどころか火や冷気などにも耐性を持っており、たとえ蒸発させたり凍らせたりしてもすぐさま元通りに復活する。倒し切るには術者であるレベッカを倒すか、それとも一撃で再生不可能のダメージを与える必要がある。

 他にも毒でできた体は触れただけで肌が腐り落ちるし、毒から発せられる臭いには吸えば各種神経を狂わせる効果まで付随している。


 そんな魔法生物と蛮族王が向かい合った。究極の戦士殺しと究極の蛮族、今どちらが上なのか己の命を賭けて戦いが始まるのだ。


 まず動いたのは魔法生物の方からだ。蛮族王の体にまとわりつくとその毒性の体で蛮族王の体を溶かし始めようとした。蛮族王は特に抵抗もしないで、その毒性の泥の中に埋もれると10秒20秒と時間が経過していく。


 常人であれば3秒で骨まで溶かせられる毒である。事実、レベッカも気に入らない輩を暗殺する時に何度もこの魔法生物を使っていたが、どいつもこいつも5秒すら保たず骨まで溶けた。当然、死体も残らないので証拠も全くなし。ただの行方不明としていつの間にかいなくなってるって寸法である。


 さーて経験上、ここまで時間かければ死体も残さず溶けてるだろーとレベッカが思っていると、その毒の泥の中から腕が一本出てきた。ん? なんだあの腕はとレベッカが注目していると、その腕がぐっと握り拳を作って思いっきり振り下ろした。


 大地が割れた。比喩ではなく本当に割れた。校庭の地面に数百メートルはあろうかと言う一本のヒビができていた。

 更には拳の振り下ろしで起きた風圧はレベッカの施していた厚化粧をすべて吹き飛ばしている。竜巻だろうとゲリラ豪雨だろうと変わらず石膏のように固められていたあのレベッカの厚化粧が全て吹き飛んでいるのだ。


 一撃で再生不可能にされた魔法生物はもうそこにはいない。そして、蛮族王の方は全くの無傷でその場にいた。手に持っていた斧や腰蓑も完全に無傷だった。


 あれ? 私のかわいい魔法生物ちゃんはどこ? レベッカがキョロキョロと周りを見回すが、頼れる魔法生物ちゃんはどこにもいない。人類の知恵と神秘の結晶である魔術で作り上げた凶悪生物がいなくなっているのだ。


 ちょっと、用事思い出しましたわとばかりにレベッカがトンズラここうとすると、目の前に肉の壁が立ちはだかった。あらやだ、こんなところに壁なんてありましたかしらと思って上を見ると、蛮族王がこちらを見下ろしていた。


 おほほほほと愛想笑いしながら熊に出会った登山者と同じ要領で背を見せないで逃げようとすると後ろでなにかぶつかった。レベッカが振り向くとなんとそこには聳え立つ蛮族王がいる。瞬間移動の魔術もびっくりの高速移動でレベッカの後ろに蛮族王が回ったのだ。


 やべえ、これはいけねえ。今更ながら蛮族王の力に完全降伏を決め込んだレベッカは光よりも早く土下座をすると、必死の命乞いを始めた。


「さすが蛮族王様。私、最初から分かっておりました。魔法程度では貴方様をお止めすることなどできないと、あっ御足が汚れていらっしゃいいますね。すぐに拭きますのでどうか私を足拭き係とでも思ってお使い下さい」


 砕かれた厚化粧と共に人間に必要なプライドまで砕かれたレベッカ。教師としてはあるまじき姿ではあるが、そんなもん自分の命の前ではどうでもいい。周りの生徒や教師達から軽蔑の目で見られるが、そんなものは関係ない。いや、むしろ自分の命は何よりも大事なんだぞと生徒達に私は教えているのだ、これこそが教育であるぞ。


 反面教師としては満点を与えられそうなレベッカではあるが、それを蛮族王は見下ろしながら言った。

「……ゴウカクダ」


 その言葉にレベッカの脳内がフリーズする。ゴウカク? 合格? えっと何を? 足拭き係をっすか? わかりました、これから私は人生の全てを掛けて蛮族王様の御御足をお拭きいたしますとかレベッカが思っていると、クリーンが傍にやってきた。


「おめでとうございます。貴方は蛮族王様に蛮族達のトレーナーとして認められました」

 その言葉で更にレベッカの脳内は混乱の極みに突入する。


 国が違えば教育が違う。北の大地で育まれている蛮族達は一様に己の厳しい環境の中で体を鍛え上げていた。

 世界中見回してもこんな頭おかしい奴らいねえよと言える修行をしている彼らではあるが、最近とある悩みを抱えていた。それは、今までのやり方では力の伸び幅に限界が見え始めた、ということである。


 まず毒の沼に入る程度のことではもう肌の一つも刺激にはならない。それどころか溶岩の中にちょいと入って体を洗ってもじんわりと汗が出る程度に肌は鍛えられている。

 他にも内蔵修行と称して賞味期限100年前程度のドラゴンゾンビの肉を食った時なんかは胃腸がもっと食べ物をよこせと空腹で訴えてきた。


 ならばとウェイトトレーニングで筋力を鍛えようと思っても、岩石はおろか山一つ持ち上げても筋肉は全く刺激の一つとして受け取ってくれない。むしろ、その程度じゃなまっちゃうよとばかりにちょっと筋肉が細くなった気がするくらいだ。


 あまりに鍛え過ぎちゃった結果、種族全体が進化の壁にぶち当たっていた彼らの前にある日、一人の学生が現れた。それはレベッカの魔法で蛮族達の住む北の大地に飛ばされたコリーである。


 俺たちの領土に魔法で侵入するとは太えやつだと、ちょいとこれを行った犯人をそいつがいる国ごと滅ぼすかと思っていた蛮族達ではあったが、そのコリーの姿に目を見張った。なんという素晴らしい負荷がかかっているんだと度肝を抜かれてしまったからだ。


 まず命ぎりぎり死なないように完璧に掛けられた呪い。内臓のいくつもが腐るか腐らないかの絶妙な範囲で長く苦しめるように作られた毒。それでありながら単に痛めつけているだけではなくて、呪いや毒が対象者の生命力を励起させて強くもさせている。


 数々の荒行を施してきた蛮族たちでさえ目を見張るその芸術的な致死量の負荷に、新たな希望を彼らは見出した。これを行った人間であれば俺たちに更なる力を与えてくれるかもしれないと。


 蛮族王はすぐさま側近である魔法使いのクリーンを呼ぶと、術者の特定に急いだ。とりあえず死にかけで動けないコリーに掛けられた魔法の痕跡やらなにやらをクリーンが調べている途中でレベッカがコリーを連れ戻すために魔法を行使してしてしまい、そこから逆探知する形で蛮族王とクリーンの二人がやってきたというわけだ。


 そうして、ここまでやってきた蛮族王が実際にレベッカの作り出した毒、つまりあの魔法生物の毒を受けて出した答えは、満点に近い合格であった。


 レベッカがまだよくわからないと言った顔で辺りを見回す。トレーナー? えっ何それ? 蛮族のトレーナー?


「ココニハモウヨウガナイ、カエルゾ、クリーン」

「わかりました蛮族王さま」


 帰る、そう帰るのだ。瘴気満ち溢れて文明のぶの字もないあの隔離された北の辺境こと魔大陸へとレベッカを連れて帰るのだ。性根ひん曲がったレベッカであっても三日も経たずに性根そのものが壊滅するといえる厳しい環境が待っている、あの魔大陸へと帰るのだ。


 レベッカを待っている蛮族全てが凶悪面した野生のゴリラか新種のオークなのかよくわっかんねえといえる面構えをしている。アレス魔術学園にいるお上品な坊っちゃん嬢ちゃんたちではない、真にレベッカの教育を必要としているやる気ダイナミックに溢れるそんな究極の蛮族達が待っているのだ。


 もうレベッカには行き遅れだとか何だとか気にしなくていい、そんな程度の悩みなどこれからのレベッカにはマジで本当に何も関係ない生活が待っているからだ。


「辞めて、誰か助けて、やだーーーー」

 

 蛮族王に首根っこ掴まれたレベッカが叫ぶが誰も助けようとしない。先程のレベッカの醜態と、蛮族王とかいう今後二度と見ることすら無いだろうレアな化物が怖いために彼らも動けないのだ。

 そのままクリーンが転移の魔法を行使すると、レベッカを連れた蛮族王達は彼方へと消え去っていった。

 

 その後、奇跡的に一命を取り留めたコリーはレベッカの呪いや毒から復帰したおかげなのか、人よりも遥かに優れた肉体を持って勇者として活躍するようになった。


 教師達も、レベッカが自分たちの行き着く先かと自省して、生徒に対して嫉妬も憎しみも向けなくなった。


 男子学生達は、以前よりも女子生徒達のアタックが許される環境になったせいで、フラグ管理からの精神が削られる日々か続くことになった。


 レベッカを迎えた蛮族達は更に人の壁を二つも三つも超えることになった。


 そして、レベッカが人類社会に戻ることは永久になかった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 今回の生贄ってことは前回までの生贄は? 学園内で死刑になっても国は動かないの? 学園内の権力者を親に持つ子どもは死刑を許容しているの?
[良い点]  蛮族王に幸あれ。 [気になる点]  『水溜り』より『お猪口より小さい度量』の方が良い気が。 [一言]  蛮族王シリーズ好きです、はい。
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