観覧車
「暇だな。暇だから、ちょっとした遊びに付きあってもらおう。空想ごっこだ。そうだな、ほら、あそこに観覧車があるだろう。で、ほら赤いゴンドラ。今ちょうど、地上から時計回りに六分の一のところにある赤いゴンドラ。あの中に、一組の男女、ちょうど僕たちと同じような年頃の男女が見えるだろう。よく見えない? いや、見えるんだよ。見えるってことにしておこう。で、僕たちはあの人たちのことを何も知らない。それはつまり、勝手に想像するしかないってことだ。だから、僕はあの人たちにキャラクターを考えてあげなくちゃならない。まず男のほうは、そうだな、土木作業員。精悍な顔つきのザ・オトコって感じだ。ところがこれが無骨かというとそうでもなくて、むしろ女心を憎いくらいよくわかっている。でも、そうだな、女心とはいっても、学生の頃からひとりの女性に一途だったから、他の女性の前ではどうなのかはわからない。そんな男。……多少荒削りか? でも、いい感じにできただろう? できたってことにしておこう。さてそれじゃ、女のほうだ。女はもちろん男の彼女。学生時代からの恋人だ。職業は、そうだな、保育士としておこうか。少し幼げな顔立ちだが、意志が強い。強いけれども打たれ弱くて、たぶん男は、そういうところに惚れているんだろうな。彼女は彼女で、頼りにするにはこの男以外は選べないってくらい男を信頼している。……まあ、このくらいにしておこう。ほら、ちょうどゴンドラがてっぺんに来たときに彼らのキャラクターが完成したよ。それじゃ、いよいよ彼らを観察していこう。おや、さっきまで向かいあわせに座っていたはずが、男がいつの間にか、彼女の横に移動している。彼女は男の目を見ていて、男も彼女の目を見ている。男の手元には……、きっと、婚約指輪だろう。男は今まさに、プロポーズをしようとしているんだよ。『俺と、結婚してくれ』『……はい』……似合わず顔を赤らめて、少し言葉を噛みながら一生懸命な彼に、彼女はピュアなオトメな声で返答する。ふたりは笑いあって……、ほら、今抱きあった。―― なんだ君、飽きたのか? ……飽きたのか。じゃ、そろそろ行こう、行くとしよう。……でも、楽しかっただろう? 詩人の空想、大公開スペシャル。うん、楽しかったってことにしておこう。……そうだ、楽しかったついでに、僕たちも乗らないか? その……、ほら、観覧車……」