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暗殺者殺した

「………」


オードは、食事を摂った後、施設から程なく離れた草陰に、腹ばいになって隠れていた。


(そろそろ来てもいいころだ…ギヒヒ…)


オードは、女は嫌いだが女体が嫌いと言う訳でもなく、もちろん性欲だって人並みか、それ以上に有る。


むしろ、それが強く出ているが故に、常に女性から強く排斥される立ち位置の人間だったとも言える。


そしてその扱いが続いた故に、

「女は性格が悪いく、可能な限り会話は行いたくないが、その肉体に関しては魅力的に感じる」という、女性に対して歪んだ認知を抱いていた。


(オレの予想が立てば、フード女はこっちにやってくる筈)


そんなオードの下卑た趣味として、パーティメンバーのあられもない姿の覗き見があった。

自分を見下すような女達の、他人に見せないような情けない姿を見るためなら、草むらの中でも何時間でも耐えられる自信があった。


(あの女、喋りかけようとする癖にオレの前ではフードを頑なに取らなかったからな。ついでに顔も見てやる)


オードの表情はいびつな笑みに歪み、にやけた口からよだれがたれていた。


しばらく待っていると、物音が近づいてくる。


(…!きたぞぉ!)


日中は周りが明るかったからフードの中身は見えなかったが、日が沈んだ今、周りを照らす者はフード女が持つ魔法ランプしか無かった。


よって、その正面に位置取っているオードには、ランプに照らされたフード女の顔がよく見えた。


(こいつは…!)


オードの中で喜びと、そして怒りが混ぜ合わさって燃え上がる。

フード女の中身は、銀髪で、驚くほどの美人だった。


(コソコソ顔を隠してた所を見ると、さぞ高貴そうなご身分で…いい男達が言い寄ってくる癖にオレに声をかけたのは、わざわざ育ちよく思われたかったからか?クズ女が…)


(でも残念だったなぁ、そんなお前のあられもない姿を、見下していた男に見られるんだ。ざまあ見やがれ!)


フード女が下着を降ろし、ローブを手繰り上げる様を見ながら、鼻息を荒くしていた。よっぽど我慢していたのか、かなり長い間それは続いていた。

オードは一部始終を見ながら、音を立てないようもぞもぞと動いていたが、やがて一度、二度震えると、落ち着いたように息を吐いた。


(…ふぅ…)


向こうも終わったようで、ゴソゴソと動いた後、立ち上がった。


(アイツが戻ったらオレもすぐ戻ってもう寝るか…)


じっとフード女を見ながら、消えるのを待っていたが、


(…あ?)


正面から見ていたオードですら気づかない内に、フード女の後ろに誰か立っていた。

一体何者だと、目をこらそうとした瞬間、


(あ)


フード女が拘束され、そして男がなにか喋ったかと思えば、フード女が倒れ込み、男がそれを支え、ゆっくりと地面に置いた。


(は!?オイオイオイ、何が起こってるんだ!?)


そして男はこちらを向いて、そして声をかけた。


「おい、そこのお前」


声をかけられるとは思わず、同様で体が跳ねた。隠れていた草むらが音を立てる。


(はああ!?マジかよ、あの女なんでこんなヤバそうな奴に狙われてんだよ!?)


急に心拍音が上がる。まるで耳元に心臓が有るかのように脈の音が聞こえ、息はさっきより更に荒くなっていた。


「何も命を取るつもりは無い、ここで殺しをすると厄介だし、死体の記憶は弄れない。そうだな…ここ一時間の記憶を消させて貰おうか。それだけでいい」


(記憶?記憶を消すつもりだと?殺しじゃなくて?一体どういう事だ)


「抵抗するのは止めておけ。お前ではオレに到底敵うわけがない」


迷いなくこちらに近づいてくるのが見える。間違いなく、あの男はオードの居場所がわかっていた。


(落ち着け、落ち着け落ち着け。殺すつもりがないならそれでいい。オレを巻き込まないならそれでいいじゃねえか。記憶が消されるならオレだって都合が良い)


「ただ、お前は今日の記憶を消す。目が覚めたら小屋で寝ている。お前はこの娘が消えたことに嫌疑をかけられるだろうが、」


向かってくる男が丁寧に説明をしてくれる。無用な抵抗を防ぐためなのだろう。しかし、


「魔法省の捜査で記憶を探られてもこの事が割れることはなく、疑いは晴れる」


それはかえって、オードの頭の足りない部分を補完する形になってしまった。


(――――あ)


(そうか、ダメだ)


(捜査で記憶を探られたら、オレが今までしてきた事がバレる)


(――――なら、)


更に男は近づく。腹ばいになったオードには、男のヒザから下が視界に入っていた。幸いフード女は気絶したままで、こちらに気づくことは無い。


「何も心配することはない。お前はすぐに日常に戻れる。すぐ…な」


男は知らなかった。オードに戻れる日常など無いこと。


そして、オードの力の事を。


(オレを邪魔する奴は、殺す)




ケイズは、草陰に隠れる男に声をかけながら、「楽な仕事だな」と思った。


ろくに護衛も付けちゃいない、周りを警戒すらしない。もしかしてこの娘には、命が狙われている事は知らされていなかったのだろうか。

平和ボケした国の末路だと思った。


ケイズは、ロ国お抱えの、暗殺部隊だった。

ロ国内で反乱を企てようとする貴族や、革命を起こそうとする活動家たちを数々闇に屠っていた。

その暗殺レベルは86を誇り、弱冠30歳にして、暗殺においてケイズの右に出るものはいない。

ロ国の帝政を守るためのカードとして、大きな存在になっていた。


今回の仕事は首相令嬢の誘拐。ついにこの仕事が来たかと思った。

仕事の依頼は何重にも偽装され、もはや元が誰かわからなくなっていたが、帝王と何度も会い、その本性を見てきたケイズには、これは王直々の依頼だと、疑う余地は無かった。


ケイズには帝国、帝王に恩がある。

使い潰しのきく孤児として拾われたとしても、死にかけている所を拾われたのは事実だ。

だから天才的な暗殺者としての技能を開花させることが出来、何にもなれず死ぬと思っていた、自分の居場所が出来た。


だからどんな仕事でも、帝国のために尽くすと誓っていた。


最初から草陰に人が隠れていることはわかっている。

ハ国の魔法省の捜査力はバカにならない。可能ならば痕跡を残さぬように、リスクをできるだけ低くする必要があった。


ケイズは対面した者のだいたいの技量を見切ることが出来る。

草陰に隠れるこの男は、事前に確認した名簿通り、大した力も無い人間だった。大きな脅威には成りえず、記憶を消して立ち去るのが一番だと、そう判断した。


万が一抵抗されても、簡単に制圧出来る。首相令嬢と同じく気絶させてから、忘却魔法の込められた魔石を使用するだけで良い。


そう思いながら、草陰に一歩踏み出した途端―――――――



男のビクつくような気配が、殺気に変わって何百倍にも膨れ上がった。

足元から何かが、凄まじい速度で向かってくる。


「ッ!?!?!?」


咄嗟に反応出来たのは、奇跡と言っても良かった。

首に向かう、常人には視認も出来ないような速度で繰り出された手刀をすんでのところで身を捩ってかわす。


かすった首の皮が千切れ飛んだ。が、そんなことに気を取られるような訓練はしていない。ケイズは咄嗟に後ろに跳んで、距離をとった。


一瞬のまばたきすら許されず、ケイズは常に男を視界に入れるようにしながら、どの方向にも100%の速度で移動出来るよう、独特な低い姿勢をとった。


男も手刀を放った後すぐ立ち上がり、ケイズと同様に腰をかがめ、似たような低い姿勢をとる。その動作、姿勢、呼吸。絶大な実力者であるケイズだから分かる。分からせられる。


「ば、かな…」


動揺を抑えられない。脂汗が滝のように流れる。

およそ暗殺者として許されない行為であるにもかかわらず、ケイズは声を漏らすことを抑えられなかった。


この男は暗殺者として、自分よりも数段上の境地にいる。


(なぜだ、なぜだなぜだなぜだなぜだ!?さっきまであんな弱そうな、いや弱い男だった筈。別人と瞬間的に転移したのか?いやそんな筈がない。名簿で確認した特徴と一致する。しかしただの演技、欺瞞であるなら見破れないはずがない。それすらも上を行く暗殺者のスキルだとでも言うのか!?)


常に自己鍛錬は怠っていなかったが、ここ五年間程ケイズは格上と戦っていなかった。だから動揺していた。格上の存在が居るはずがないという心の隅の慢心が、ケイズに動揺をもたらしていた。


いくつもの思考がぐるぐると回る。が、


(―――――こいつは、帝王の脅威となる)


それだけで、一瞬で思考がまとまる。

即座に呼吸を落ち着かせた。

どんな手を持ってしても任務を達成すると言われていた、獰猛で強かなケイズの本性が一気に呼び起こされる。


(まだ、まだだ。対処出来ない相手ではない。こいつはここで始末する)


今までこの程度の格差の相手には、何度も勝利してきた。頭をフル回転させる。どうすれば相手を倒せるか。いかにして勝機を見出すか。

ここに来てケイズは、直属の信頼出来る仲間を何人か連れてくればよかったと思っていた。


(この様な任務は一人の方が都合がいいと考えていたが、まさかこれ程までの手練が居るとは…)


仲間数人が入れば確実に仕留める事は出来たが、そう言っていられない。

ケイズの暗殺者としてのスキルによって、襲う前から男の状態について確認していたが、幸い武装などはしていないようだった。


この時点で、まだ男と距離をとってから一秒も経過していなかった。集中状態で極限まで引き伸ばされた思考は、一つの答えを導く。


(…よし、これしか無い)


懐に忍ばせている水晶。それは秘中の秘、禁止級の黒魔法、<<湛闇>>を封じ込めてある水晶だ。


湛闇は魔法学者達の中でも知るものが居ないほどの禁止魔法であり、対象を一人にしか指定出来ないが、抵抗値や魔法補助、装備による耐性を一切受け付けず、闇の速さで永遠に追跡し、触れた瞬間、対象を闇の中に完全に消し去る魔法だ。

痕跡も残さず文字通り、この世から存在を消すことの出来る魔法である。


この大陸上にも有るか分からない、存在すら認知されていないSS級禁止魔法を封じ込めてある水晶だが、ケイズは今以上に使用するタイミングは無いと考えた。


(発動さえしてしまえば後は勝手に魔法が追跡を行う。こいつを起動さえすれば私の勝ちだ)


充分に距離もある。発動にも時間はかからないため、ケイズは勝利を確信していた。


(死んでもらうぞ、名もなき同業者!お前の様な暗殺者が居ることは忘れない!そのまま帝国の礎となれ!)


ケイズが素早く懐に左手を伸ばした瞬間――――



ケイズの腕が、弾け飛んだ。



(え?)


水晶に触れることすら出来なかった。肘のすぐ下から弾け飛んだ左腕は放物線を描き、斜め後方に落ちた。


(んな―――)


ケイズは思わず目を見開く。先程の姿勢から身じろぎ一つしてないように見えるが、衝撃を受ける前、軽く握り込んでいた右手、その親指が素早く動いていた事を、かろうじて確認出来た。


(し、指弾術―――――!)


先程伏せていた時に石でも拾ったのだろう。超常の力で親指から放たれた石は、その速さから信じられない程の破壊力を持ち、ケイズの左腕を吹き飛ばした。


しかしケイズには理解出来なかった。確かに達人の指弾術は銃にも匹敵する。

だが銃弾の雨を避けることが出来、また刃も通さないような強靭な肉体を持つケイズに対して有効な指弾を打てるような能力をこの男は持たないと、そう判断していた。


一体どんなカラクリが―――驚きながらも見極めようとしたケイズは、気づいた。


(ああ――――――)


(欺瞞の、欺瞞だ。)


眼の前に居る"それ"が放つ威圧感は、もはや先程と比べ物にならない。すでに人間の形をした別の存在にしか見えなかった。


基本的に、レベルは5違うとその差が明確に現れると言われる。

レベル86のケイズにとって、さっきまでこの男はレベル90、誤差1、2レベル程度という見当をつけていた。


だがそれは罠だった。あくまで自分自身を殺すための罠ではない。

万が一を考え、「他の誰かが加勢に加われば、勝つことが出来る程度の強さ」を演出することで、他の仲間の炙り出しを行おうとしたのだ。


(わざと殺気を発したのもそのため。挑発で他に敵が居ないかをあぶり出そうとしただけに過ぎない…)


そして実際に仲間は現れなかった。また、自身の索敵でも裏付けをとった。

だから、今、初めて殺そうとしている。

今度は本当の意味で、殺気を隠そうとしていなかった。


(私は足元にも及びやしない。どうしてこんなバケモノが、今まで存在を知られていなかったんだ?いや、もういいか――――――)


一瞬の隙も見逃さないように見開いていた目を、諦めたようにまばたきする。

さっきまで離れた場所に居たはずなのに、次に目を開けた瞬間、視界に映るのは自分を蹴り飛ばさんとする男の姿だった。


(ああ、それにしてもこの男は、こんな殺気を振りまいておきながら、)



(なんて楽しそうな顔をするんだ?)





「あーーーーーくそ、面倒臭ぇ」


オードはフード女を背負いながら、林の中を戻っていた。


「二往復する羽目になっちまうじゃねえか、マジでクソだな…」


暗殺者はその存在を公にされない。簡単に見つからないように埋めてしまえば、バレるリスクは限りなく低い。


それが、オードの暗殺者レベルが導き出した答えだった。名も知らぬ暗殺者の頭を蹴り飛ばした後、取り敢えずフード女を部屋に戻すことにした。


気絶したフード女は意識の無い内に乱暴でもしようかと思ったが、それこそバレて殺したりしたら元も子もないので、苦渋の決断でこのようになった。

おっぱいは結構揉んだし、金貨袋から何枚か迷惑料を頂いたが。


小屋に着き、フード女を寝具の上に乱暴に寝かせる。と、


パサリ。


「ん…?」


前かがみになった時、胸についたポケットから何かが落ちたが、


「うぅ…」


「チッ!」


フード女が呻くような声を出したので、起きてはまずいと急いで小屋を後にした。

そのあと、施設から備え付けのスコップを持ち出し、先程の暗殺者の場所に戻って穴を掘って埋めた。穴掘りは自分の力でしなければならなかったから、時間と、体力を大きく消費することになった。


「ふう…にしても気をつけなくちゃなあ、まさかあそこまで"張る"とは」


やることも終わり、オードは自分の小屋で酒をあおっていた。考えていたのは暗殺者の事だ。今まで殺そうとした人間の中でトップクラスに強い人間で、100%の力を使ったほうが良いと判断したのは初めてのことだった。


「まあでもオレが最強、最強だって事だ。ひひゃひゃひゃひゃ…」


しかし、他の人間を殺した時と変わらぬように、オードは悦に浸っていた。

フード女の部屋で何か落とした事も、もうすっかり忘れていた。


間もなく、日が昇る。

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