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フード女気絶した

「…」


「…」


旅程二日目の夕方、馬車の中は未だに沈黙が支配していた。


オードのいた街、ローグからトラスに向かう旅程は、馬車でおよそ3日ほど。既に旅程の半分は消化されているが、馬車に乗っているオードと、そしてフード女の間で行われた会話は、馬車が出発する前に行われた軽い挨拶だけだ。


休憩中に御者とは何度か会話をすることは会ったが、オードにとってもはや女性とは、敵以外の何者でも無かった。


フード女は何回か話しかけようとしていたが、オードはあらゆるアクションに対して無視を貫いていた。フード女が口を開こうとする度、眉間にシワをよせ、不機嫌そうにわざとらしく外の景色を眺めていた。


(チッ、いちいち話しかけようとしやがって。そんなにいい子だと思われたいのか?)


今もオードは頬杖をつき、流れる景色を眺めていた。馬車は今、林道を進んでいる。

周囲は薄暗いが、ここら一体は人間によって植樹された木が殆どで、獣避けの鈴や定期的な林業ギルドによる巡視によって、モンスターなども発生していない。


ハ国は近年、国からの通達によって整地や植林計画、区画整理などが急激に進み、より人にとって住みやすい土地に生まれ変わっている。

また、税制の改革や地方に対する補助等も行われ、生まれによる格差の少ない世の中に成りつつある。


それも、今就任している首相の働きなんだそうだ。今まで地域で閉じ、地位によって一方的な関係を強いられていたような地域が、国を通して是正されることにより、さらに豊かな国に成長しているらしい。


オードは今までそんな事に対して関心も無かったが、御者が首相の熱烈なファンらしく、休憩の際に話されていた。

なんでも今から行く街、トラスにはその首相の邸宅があるそうだ。


しかしやっぱり、オードはそんな事に興味を持っていなかったので、今度話をしたらキレ散らかしてやろうと思っていた。


やがてひらけた場所に出ると、馬車が止まった。


しばらく待っていると、馬車の扉が開けられた。外に立っているのは御者だ。


「暗くなってきましたし、今日はここで野営しましょう。このペースだと明日の昼過ぎにトラスには着きますよ」


「わかりました。お疲れ様です」


「いえいえ、これも仕事です」


「…」


丁寧に応対するフード女をよそに、無言で反対側のドアに手をかけるオード。外に出ると一度深呼吸をして、伸びをする。


「…っくあ…」


肩をぐるぐる回して周りを見ると、木造の一人用バンガローのような小屋がいくつか建っている。

人の気配は無いがボロボロという風でも無く、定期的に整備されているようだ。


昨日は大きなコテージに、各部屋に別れて泊まった。旅客ギルドは色々な場所にこういう施設を持っているらしい。


「鍵はこちらになります。あちらの部屋をご使用ください」


御者が鍵を差し出し、ちょうど向かいの小屋を指差した。


「一応、大丈夫だとは思いますが、先日冒険者達が借りたようなので、もし部屋に不備などあったらおっしゃってください」


「……」


鍵を無言でひったくるように受け取り、オードはずんずん歩きながら小屋へ向かった。




「はぁ…」


フードをかぶった少女―――カルテは小屋の中、ひとりきりの空間でため息をついた。


魔法ランプの灯りの元で本をめくりながら、温めた茶を飲んでいる。既に食事は終わり、御者から渡された寝具の上に座りこんでいた。


「息苦しいなぁ…」


思い出すのはさっきまで同じ馬車に乗っていた、オードという男の事。

話しかけようとしても、わざとらしく無視されるせい訪れる沈黙で、本来おしゃべりなカルテは息が詰まる思いだった。


「はー、父さんからの連絡で急いで出なくちゃいけないし、相乗りになった人は無愛想だし…」


気分の萎えた顔をしていたが、それを振り払うように頭をブンブンと振った。


「ま、でも明日にはつくんだから我慢我慢!明日お家に帰れば久しぶりに父さんと母さんにだって会えるし、美味しいご飯だって食べられる!今日はもうねよ!」


自分に言い聞かせるように本をパタンと閉じた。


「…とその前に…」


軽く片付けをしてからフード着きローブを被り直し、魔法ランプを持って、外に出た。


「いくら心細いっても、しないわけにはいかないしね…」


前日泊まったコテージは定期的に清掃がされるため、汲み取り式のトイレが使用出来た。

だが今回のこの施設は整備コストから定期的に清掃されないため、排泄物を貯めておくことは出来ず、また水道が通っているはずがない。


結果、この施設の使用者は各々が、人気のないところで"それ"をする必要があった。


「うぅ、御者さんもあの人もいないよね…?」


ランプの灯りは全てを照らすわけではない。カルテは恐る恐る、きょろきょろと辺りを見回す。

この施設には三人しかいない以上、その小屋のすぐ傍でしても良かったのだが、どうしてもそれは出来ない。見られるかどうかの話ではなく、カルテの女性としての気の持ちようの話だ。


ひらけた空間を離れ、少し林の方に入る。下着を下ろしてローブの裾を持ち上げ、しゃがみこんだ。


「………ふぅ……んっ……よし――――」


しばらくして、立ち上がりつつ下着を上げる。と、


「動くな」


「……っ!?」


音もなく、後ろから口を抑えられる。首元に冷たいものが突きつけられたのを感じた。

おそらくは、刃物。


声をかけたのは、御者でも相乗りの男でもない。少し潰れたような、やや高い男の声だった。


男の声は、再度耳元でカルテに話しかける。


「カルテ―――カルテ・トウシャ。()()()()()()()()()()()()()()()()


「ッ―――!?」


思わず身じろぎするカルテ。男は確証を得たようだった。


「どうやら合っているようだな…しばらく、気絶してもらうぞ…」


そのまま男は手刀をカルテの首に叩き込む。カルテは一度大きく震えた後、力なく倒れた。

それを男が支える。


「………」


男はカルテが施設からやってきた方向とは逆の方向に顔を向け、声をかけた。


「おい、そこのお前」


男が首を向けた方向に、ガサリと草が動く音がした。


「何も命を取るつもりは無い、ここで殺しをすると厄介だし、死体の記憶は弄れない。そうだな…ここ一時間の記憶を消させて貰おうか。それだけでいい」


男は、懐から小さい水晶を取り出して音のした方向に歩き出した。


「抵抗するのは止めておけ。お前ではオレに到底敵うわけがない」


話を続けながらは草陰に近づく。

足音は鳴らない。それは、そうあるように男が鍛錬に鍛錬を重ねた結果だった。


「ただ、お前は今日の記憶を消す。目が覚めたら小屋で寝ている。お前はこの娘が消えたことに嫌疑をかけられるだろうが、魔法省の捜査で記憶を探られてもこの事が割れることはない、疑いは晴れる」


更に近づく。

もはや物音の主と男は、草陰を隔てていることを除けば、その距離は若干2メートル程だった。


「何も心配することはない。お前はすぐに日常に戻れる。すぐ…な」


男は、草陰に一歩踏み出した。

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