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馬車乗った

オードは人混みの中を歩いていた。

雑踏に紛れ、ゆっくりと目的地に向かって歩く。

背嚢には、数日分の荷物と手持ちの硬貨全てが入れられている。


「…」


ここしばらく、オードは自分の能力について調べていた。

スキル鑑定所に行けば、自分の能力について具体的に知ることが出来ることはわかっていた。


しかし、地頭の悪いオードでも、99レベルという数値を他人にひけらかす事のリスクをわかっていた。


だから、この能力が自身にどう干渉しているのか、自分自身で徹底的に調べた。


オードがずば抜けているのは「暗殺」という一点のみである。

他の技能や身体能力は同世代と比較して並か、同体格で考えるとそれ以下だ。


しかし、普通は技能のレベルを一つだけ極端に上げることは出来ない。

本来、トレーニングや実戦経験を経て、冒険者は総合的に能力が上がっていく。

例えば、戦士レベルが上がると筋力や体力レベルも上昇する。


では、オードの場合どうなるのか?

「暗殺」というスキルが発現する時、暗殺99レベルに見合うよう、他のレベルが一時的に上昇するのだ。


といっても、レベル99になるわけではなく、「暗殺99レベル」が使用出来る最低限のレベルが付加される。


だから、初めて裏通りで女を殺した時、尋常ならざる身体能力で後ろに回り込み、そして腕力で首を捩じ切る事が出来た。


そしてレベルは知覚能力や知能にまで影響する。

本来気づかないようなものにも気づき、これまでの経験から予測を行ったり、魔法感知の第六感のようなものも働き、イレギュラーな事態にも対応出来る。

いわば、「玄人のカン」の部分だけ抽出して利用出来るような形だ。


発動すれば非常に強力だ。最高峰と呼ばれる冒険者パーティの平均レベルはおよそ70~80といったところだ。こと暗殺に於いてはオードの右に出るものはいないと断言出来る。


しかし、発動にはおおよそ3つの条件がある。

まず、対象を殺すという明確な「意思」を持つこと。


弱い殺意や、死亡を望む事などの「死んでほしい願望」では、この能力は発揮されない。

明確に、ひと一人を自身の手で「殺す」と決定した時のみ、発動される。

今まで力が発現されなかったのは、これのせいだった。


そして「相手」が暗殺出来る相手であること。


下等モンスターや虫等相手にも、「暗殺」という概念が適用されない。

そのため、モンスター駆除の依頼などに使うことは出来なかった。


最後に、暗殺可能な「状況」であること。


自分の暗殺レベルを知った日、気分が大きくなって大通りをふんぞり返って歩いていると、ゴロツキたちに肩があたって絡まれた。

返り討ちにしてやろうとしたが能力は発動せず、ぼこぼこにされてしまった。

どうやら人目が有ると、暗殺不可能だとみなされて発動しないらしい。


「意思」「相手」「状況」

この3つの条件が揃わないと能力は発動しない。それを今オードは把握していた。


なぜこんなにも詳細に把握しているのか?明確だった。

オードはこの街で、自分の能力の調査と金策を兼ねて、既に何回も人殺しを犯していた。


二人目は夜中迷い込んだ貧乏な少年で、三人目と四人目は勤め先から帰る母娘だった。そこまで殺して、ようやく五人目で大人の男を殺した。

もちろん十分な期間をあけ、バレないように行動を行っていた。


おかげでかなり能力について掴めてきたが、クスム達のパーティを襲おうという気はまだ無かった。


「ひひ…」


笑いながら舌なめずりをする。

オードは、クスム達をメチャクチャにするのに、単なる暗殺では飽き足らないと、そう考えていた。


幸せを奪い、希望を奪い、精神をズタズタにして、絶望の淵に落とされるような目に合わせて初めて、自分の傷ついた心が癒やされると考えていた。


となると、暗殺能力だけに頼ることは出来ず、もっと入念な準備が必要である。

さしあたって、補助となる強力な魔法道具等が必要だと考えていた。


そのためにはもっと金がいるが、殺しのペースを上げると街の兵士に警戒されてしまう。かといってゆっくり金を稼いでいても、数年で自身の成長リミットが訪れ、能力が低下する。

暗殺レベルも同様に下がるのかは分からないが、早いに越したことはない。


また、今はできるだけ活動区域が重ならないようにしていたが、クスム達と出会ってしまうリスクも考えなければならなかった。


だから、もっと豊かな都心に行くことにした。

借りていた部屋は既に引き払い、ギルドの冒険者登録も移住手続きを行っている。

本当は登録を削除しても良かったが、無職が部屋を借りて飯を食っていくのは不審に思われる。隠れ蓑として、簡単な依頼もやる必要があった。


今から、連絡していた旅客ギルドの御者と出会い、馬車で移動する予定だ。



オードの立っているこのウエ大陸は、ハ国、ロ国、イ国から成る。

民主制で国のトップを選び、首相率いる政治家達で政治を執り行うハ国、

帝王一族とその血族、関係者が政治を行うロ国、

亜人が多く、多国家がまとまり名目上は一つの国として成り立っているイ国の3つだ。


イ国は政治などのやり取りは不干渉で、好き勝手に生きる者たちが多い。

きちんと統治されてると言えるのはハ国とロ国だが、この2国は昔から小さな争いが絶えない。


その原因は国境にあった。国境にそびえるガト山脈は大陸最大の山を含んでいながら、膨大な資源が未だ眠っており、資源獲得範囲でもある国境線を巡って対立が起こっているのだ。



国付き兵士でもないオードには関係のない話だが、一応一般常識としての知識はあった。


現在オードがいるのは民主制のハ国はローグという街。出身地もほど近い村だ。

これから向かおうとしているのは都心に近く、また富豪が多数存在するトラスという街だった。そう言えば首相の家もそこにあるとかなんとか。


「んふー」


そこなら少ない殺しでさぞかし多くのカネが手に入るだろう。欲望に目をギラつかせながら、オードは旅客ギルドと話を付けていた、街の出口付近に向かった。


「あぁ、どうもオードさんですね!今回は旅客ギルドの馬車をご利用いただきありがとう御座います!わたくし御者のサルマと申します!」


「あぁ…せっかく金をはたいて貸し切りしたんだ、ちゃんと運べよ」


鼻の大きい、小柄な男がにこやかに笑いかける。その後ろには立派な馬車があり、繋がれた馬が桶から水を飲んでいた。

と、その横に誰か立っている。


「あ…?」


「オード様すいません、その件なんですが…えーと非常に申し上げにくいのですが…」


御者の男ほどではないが、まあ小柄な体格の人間が、フードを深くかぶり、立っていた。


「そのですね…こちらのお客さんがどうしても今回の便で乗せてもらいたいってことで…」


「は!?ふざけんじゃねえぞお前!こっちは金払ってるんだぞ!」


思わず御者の胸ぐらを掴むオード。御者は苦しいながらも必死に言葉を紡ぐ。


「ぐえ。あ、後から来たこちらの方のほうに運賃を多くいただきましてね!ウチの貸し切りルールではよりお金を積んでもらう人に使用していただく事になってるんです!」


「あ!?じゃあまた待てって言うのか!?なめてんのかお前!」


「で、でもそちらの方は相乗りでも構わないっていう事でしたので、オード様がよろしければお二人ということで行こうかなと思っていたんです!」


「…あ?」


パッと手を離すオード。御者は苦しそうにセキをした後、話を続ける。


「本当に申し訳ありません…その分通常料金で構いませんので…」


苛立つ感情を抑えながらオードは考える。

新しい街に行く以上、新居やギルド登録の更新、当面の生活費を考えると金はいくらあっても足りない。

できるだけ他の人に知られるようなことはしたくなかったが、まあ一人ならいいだろう。


何より旅客ギルドは人との関係第一だ。登録された人間の情報はずっと残る。場合によっては事件捜査に使われる事もある。

ケチを付けて要注意リストに乗るよりかはマシか。とオードは考えた。


もっとも、御者の胸ぐらを掴んで恫喝している時点でイエローリストくらいには載るのだが、この時オードは寛大な判断をしてやったと思っていた。


「チッ…仕方ねえな」


「あっ、ありがとう御座います!」


頭を下げて、フード人間の方に走っていく御者。

フードと御者の二人何か話した後、オードの方に歩いてきた。


「本当にごめんなさい。でもどうしても今日乗らなくちゃいけないんです」


「…」


オードの眉がピクリと上がる。フードで顔は見えないが、女の声だった。

申し訳なさそうに謝っているものの、言葉遣いはハキハキとして、きっぱりした性格そうなのが感じ取れた。


体格が小さいと思ったが、道理でな。とオードは思った。


「でも許してくれるそうですね、ありがとうございます。優しい方が一緒で良かったです」


「っ…!」


その言葉に、オードは不快そうに顔をしかめた。思い出すのはシャンゼの事。

この女も、オレを騙そうとするのか。


「…やめろ、話しかけるな、もういい」


もはや女の言葉を信じるつもりはこれっぽっちも無かった。

オードは不快な表情を隠すつもりは無かった。なんなら旅程の途中で殺してやろうかと思ったが、御者もろとも殺した所で旅客ギルドの名簿からバレてしまうのは明確だった。


「あっ、すみません…」


「早く行くぞ」


「あっはい、少々お待ち下さい!」


フード女を無視して御者に声をかける。御者は急いで馬を馬車につなぎ始めた。


「あ…」


無言で馬車に向かうオードにフード女はなんと声をかけるべきかを迷い、


「…よろしくおねがいします」


その背中に不安そうに声をかけた。



馬車が、出発する。

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