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女殺した

「………」


手に汗が滲む。ゆっくりと深呼吸をする。ナイフを握り直す。


オードは、パーティを追放された翌日の深夜、人通りの無い路地裏の影に立っていた。

遠くで灯る魔法灯が、微かに石畳を照らしていた。

浅く雨が降っており、月明かりは無い。


「もう…いい…何もかも…」


寝て、起きても、昨日の出来事は夢ではなかった。


元々自分のレベル上限を知っていたオードは、端から冒険者として大成することは諦めていた。


特殊体質ということで、医療魔術教会から特別なモニターとしてオファーを受けていた。衣食住は確保出来るので、そのうち身を預けるつもりだった。


しかし、男たるもの冒険者に憧れがあり、そして元々の体格が良かったのもあって、ちょっとした思い出として冒険者をやってみるか。という腹づもりだった。


そして性根とルックスの悪さでパーティを転々としていた。

もうそろそろ辞めどきかな、とそう思っていた時だった。


クスム達のパーティに参加し、希望を抱いて、そして打ち砕かれた。


魔術協会のモニターも当面の安全は保証されるものの、何をされるかわからない。

そんな自分が"自分が過ごしたい人生"として選択したい全てが、そこにあったのだ。


「殺して…殺されて…終わりだ…」


人生の意味全てを失った気がした。


「…きた…」


オードは死にたかった。だが死ぬ勇気はなかった。

だから、誰かを殺して裁かれようと思った。

大の大人、それも冒険者による女子供の殺しは重罪だ。死刑は免れないだろう。


殺される人の事を考える感性などオードには無い。

それより自分のちっぽけな意思の方が大事だった。これまでも、これからも。


本当は元パーティメンバーの誰かを殺したかったが、追い出された手前、目の前に出るのが怖かった。

また、自分だとバレた時警戒されると思った。一方的に殺されるのはまっぴらごめんだ。


ここは風俗街の裏通りだ。

夜中に女が一人で出歩くこともある。通り魔にはピッタリの場所だった。


角の死角に身を潜めていると、女が出てきた。派手な格好で、胸元が大きく空いていた。

無警戒に、自分に後ろ姿を晒すタイミングを待ち、


(よし、殺す。)


震える手を抑え、一歩踏み出した―――――途端、


(…あれ?)


最初に違和感を感じたのは、視界だった。

急に真昼で有るかのように明るく、周りを確認できた。


(なんだこれは)


次に違和感を感じたのは、聴覚だった。

周囲の環境音から、周りの音はおろか、地下を流れる水道まで知覚できる。


(体が、軽い)


そして全身が別人のように軽くなった気がした。


「……誰…?」


不審な雰囲気を感じ取ったのだろうか、歩いていた女が振り返ると、


「気のせい…?」


そこには誰もおらず、


「疲れてるのか―――――――――」



次の瞬間、喉元で鈍色の光が横切った。




「はっ、はっ、はーっ」


オードは必死に走り、自分の借りてるボロ部屋に帰り着いた。


走って帰る間は、さっきの事が嘘のように体が重かった。

何に追いかけられているわけでも無いが、慌ててドアを閉め、ドアを背にして座った。


「ふっ、ふっ、ふっ」


浅く連続した呼吸を繰り返し、少しずつ落ち着いていく。


「はーっ…」


最後に深く深呼吸をすると、自分の右手を見つめた。


「オレは…一体…?」


あの時、女が振り返った瞬間、"道"が見えた。壁をつたい、三角跳びで上から女の後ろに回り込む道。


普段のオードには到底出来ない芸当だ。しかしその体はそれをいとも簡単に行った。音もなく、まるで蜘蛛のように女の後ろに降り立った。


そしてナイフをかざした。ナイフなんて果物を切るときにしか使ってなかったが、まるで自分の手足のように馴染んだ。


だがしかし、ナイフは使わなかった。そうすべきでないと感じた。

ナイフは握ったまま吸い込まれるようにオードの両手は女の首元に伸び、そして―――


「殺した…オレが…」


手が勝手に動き、そして女の頭が180度回転していた。


しかし、その後もオードは行動と、そして思考を止めなかった。


なんとなく、風と湿度の感覚でわかった。天気は今後荒れ、下水道は水であふれかえる。

ひと一人の遺体を流すなど容易だろう。川を流れ、そして海に流れる。

これから訪れる悪天候では、探すのは不可能といっていいだろう。


地下の水を流れる音から、下水道の構造が分かる。すぐそばに、ひと目では分からないような入り口がある。それを開けて、遺体を投げ入れた。


そして何事もなかったかのように表通りに出た瞬間、全て元に戻ったかのように全身が重くなり、走って帰ってきた。


「さっきのは何だったんだ…?体が別人みたいに…」


ゆっくりと右手を握る。体は重いままだ。


「それになんで…あんな隠す真似を…」


自分の思いを独白し続ける。


「何が起こったんだ…?全然分からない…」


思った事を端から喋り続けた。そうしないと、


「分からない…分からない…フ…ふっ」



自分がどうして笑っているのか分からないと、考えていた。



「あ…あは、あははっ、はははははははははは!」


楽しかった。殺した瞬間、胸がワクワクした。気持ちよかった。


『オイ、うるせえぞ!』


「ははははは、はははははははははははははは!」


ボロ屋の薄壁を隔てた隣の部屋から、男の怒号が聞こえたが、笑いを止めることが出来なかった。一生にこんな愉快な気分になったことがあっただろうか


「はぁ…こんなことなら、もっと早くこうすればよかった…アイツらに出会う前になあ」


ひとしきり笑うと、遠くを見るような表情で呟いた。


「ん…?」


ふと気づいた。今まで意識していなかったが、左手になにか掴んでいる。


それは革紐であり、ぶら下がっているのはカバンだ。さっきの女の持ち物を無意識に持ってきたのだろう。

中身を漁ると、中には金貨袋が入っていた。重さから相当入っていることが分かる。


「明日は、パーッとなにか食って終わるかなぁ…」


もはやオードは捕まる腹づもりでいた。あの女が勤め先に出なかったら、オーナーからすぐ捜索魔法がかけられるだろう。娼館の女は皆、防犯や店の金の持ち出し防止を兼ねて、自分の位置を知らせるタグを付けられているはずだ。


よっぽど遠くない限りすぐ見つかるだろう。

そしたら記憶解析魔法をかけられてあっという間にお縄だ。


「あれ…?そういや姿は見られなかったんだっけ…まあどっちにしろか」


どちらにしろ復元魔法で触れられた痕跡を調べる事が出来る。

そしたらギルド登録してる自分の指紋とする照合できるだろう。


もうすぐ天気が荒れると予想した第六感も今ではさっぱり発動しない。

気が動転した故の幻覚だろうか。

さっきの行動も火事場の馬鹿力というやつだろう。


「あー、どうせやるならマキあたりでも狙えば…よかった…か…な…」


つぶやきながら、表情は次第に驚愕に染まる。


外の音が聞こえる。雨脚がだんだん強くなってきている。


「おい、マジかよ…」


間もなく、豪雨が降り出した。




それから5日経った。まだボロ部屋を借りている。

雨が上がったのはつい昨日の事だ。


この国の魔法省の捜査は優秀だ。普通の殺人なら3日も立たずにカタがつくだろう。

しかし、オードの元には未だに誰も来なかった。

あの裏通りを歩くと、あの女を探している旨の張り紙が貼られていた。


そして今日、オードはスクロールを買ってきていた。特定技能の鑑定スクロールだ。

高い買い物だったが、手持ちと女から得た金を合わせれば買えないこともなかった。


「これで…こうすればいいのか?」


起動して、店で説明を受けたとおりに操作していく。

鑑定を行うのは特殊技能、暗殺に関する技能だ。暗殺に関する技能はニッチで、一般的なレベル鑑定士ではチェックすることが出来ない。


「技能解析…決定と」


スクロールに示された手形に手のひらを合わせると、スクロール全体が淡く光り、そして空間に文字が光りだす。


「こ…これ…は…マジか…?」


そこには暗殺に関するレベル値が表示されていた。


「嘘だろ…」



[暗殺:Lv99/99]



そこに示される数字は、オードの暗殺の技量が、世界に類を見ない、比肩するものがいないレベルであることを示していた。


「…」


しばらく呆然とその表記を見たあと


「…ふふふ、ふひゃひゃひゃひゃ、あは、あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!」


頬を吊り上げ、腹の底から笑いだした。

初めて人を殺した時とは違い、捻じ曲がった性格と喜びが混ざりあった笑い。

邪悪な、人を見下すための笑い。


「オレは、オレは最強だったんだ!誰も見向きをしなかった。オレとパーティを組んだ奴らは皆オレを捨てた!そこら辺のレベル鑑定士でさえ匙を投げた!でも誰もが間違いだった!オレが最強の存在だったんだ!」


そして膨大した自我は、己の欲望を忠実に叶えようとする。

つい先日、矮小な自分の心を守るため、行いたくても行えなかった行動があった。

バカにされてきたパーティの中でも、一番ひどく心折られた「そこ」


「…そうだ、全てあいつらのせいだ…あいつらのせいでオレは死を志した。なら、あいつらも相応の扱いを受けるべきた」


息を吸って、そしてひときわ凶悪に笑う。

濁った瞳にはその場にいない、なにかが映っていた。


「みんなメチャクチャにしてやる」

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