パーティ追い出された
「もううちのパーティを抜けてくれるか」
「え」
大きな依頼が片付いて与えられた休暇中、酒場の一室で行われた一発目のパーティミーティング。
赤髪のリーダーから告げられた予想外の言葉に、オードは反応が出来なかった。
リーダーであるクスムは、若干の緊張を伴った声色で、真剣に、オードに告げた。
「俺たちも限界だ。お前をパーティに入れていくことは出来ない」
「なっ…何だよ、それ…」
「何だよも何も無いだろ。こないだのワイバーンとの戦闘は何だ。お前は前衛で、皆の盾だろうが。なぜ皆が傷ついている状態で自分にだけ回復ポーションを使った」
「いや、それは…」
「ワイバーンが出たのは確かにアクシデントだった。だがワイバーンのブレスでお前よりもダメージを負ってる者は他に何人も居た」
「ちっ、違っ、俺だって…」
「何が違う!」
「ひっ」
クスムの大声に、自分の方が大柄なはずのオードは思わず体を震わせる。
「いつもそうだ!肝心な時にお前は自分の事しか考えていない!それにシャンゼは、お前がワイバーンの気を引いてくれることを信じて、回復魔法の対象をお前に指定していたんだぞ!?」
「ぐっ…」
オードがちらりとヒーラーのシャンゼの方を見た。シャンゼはヒーラーの女の子で、パーティの回復役として無くてはならない存在だった。
「それなのに、お前が前線から離れたせいでワイバーンのヘイトがシャンゼに向いたんだぞ!」
回復役が戦闘不能になることはパーティとして大きな痛手だ。どう考えても最優先に守らないとならない立ち位置だ。しかし、オードはそれが出来なかった。
「でも仕方ねえよ!いきなりワイバーンが出るとは思わねえだろ!オレ一人の責任じゃない!なんでオレだけ…」
「言い訳を垂れるな!そもそも他のメンバーは不意打ちのブレスを食らった時、真っ先にパーティ全員の安否を確認したぞ!自分一人だけ逃げ出したのはお前だけだ!」
「ちゃんと皆生きて帰れたし、依頼も達成出来ただろ!だいたい、お前だって前衛職じゃねぇか――――」
「いい加減にして!」
オードの声を遮ってソーサラーのマキが、机に手のひらを叩きつけながら大声で叫んだ。
「いつもオードはそう!皆に迷惑かけてばっかりなのにうだうだうだうだ言い訳ばっかり!それにワイバーンに急に襲われたのも、その時見張り番だったオードが居眠りしてたからじゃん!」
小柄な女の子のマキは、烈火の如くオードにまくし立てる。マキは些細なことですぐ怒る性格だが、今日はいつもより激しくオードを責め立てていた。
「それでシャンゼに突進してきたワイバーンの盾になったのはポルタだよ!?傷も浅かったオードなら受け止められたはずなのに、ブレスが直撃して一番傷を負ったポルタが代わりになったんだよ!?今回、依頼後の休暇が長かったのはポルタが重症だったからってこと、分かってるの!?」
オードは思わず口を結んで、俯いた。事実だった。
セージであるポルタに戦闘能力は殆ど無い。ブレスの直撃を受けた上に突進を食らったポルタは、命こそ有るものの、シャンゼの魔法で即座に治せない重い怪我を受け、未だにミーティングにも出られない状態だった。
「それに、アンタが罠に不用心だったせいで、それを庇ってクスムが手負いの状態だったんでしょ!なんでアンタがクスムを責めることができるの!?」
「…」
「そもそも、だ」
後を続けるようにクスムが再び声をあげる。
その声色と、そして目には、明らかに憎悪の感情が浮かんでいた。
「お前、野営の時や宿屋に止まった時、度々シャンゼのテントや部屋を訪れていたらしいな?」
「なっ…」
突然の報告にオードは頭を殴られたような衝撃を受けた。
「二人きりの時、執拗に声をかけたり、体に触ろうとしたらしいな。やんわり拒否の言葉を伝えても、それはその場限りで、何回も何回もそういう行動をした」
「んな…っ…」
「しかも最近パーティ共有金庫から不自然に金が消えていると思ったが…お前、こういう物を買っていたそうじゃないか?」
クスムがテーブルに置いたのは睡眠薬だった。
「三日前、ようやく裏町の薬屋のオヤジから裏が取れたよ。摂取して寝たらしばらくは殴っても起きないそうだな」
「いやっ、それは夜なかなか眠れなくて…」
「しらばっくれるなよ。ワイバーンに襲われる前日の夜、お前ホットミルクをシャンゼに差し入れしただろ」
「…っ!?」
「その後すぐ、ポルタが用事でシャンゼのとこにに来てな。ポルタは知っての通り鼻が利くから、ミルクから不自然な匂いがすることに気づいたんだ」
「…それでっ…なんでオレがミルクに混ぜたことになるんだよ…」
「…」
クスムは無言でもう一つ、懐からなにか取り出した。それは不思議な装飾が施された片眼鏡で、怪しく光るフレームから魔法由来のものであると容易に想像できた。
「あっ…」
「これも、薬屋のオヤジから買ったってな。これは、薄い壁の向こう程度なら透かして、対象の覚醒状況を確認することが出来るマジックアイテムなんだろ?」
「はっ…っぁ…」
「お前、一晩中これで、シャンゼが深い眠りにつくのを待ってたんだろう。"何を"するつもりだったのかは知らんがな、それで寝不足になって、見張り番で居眠りをした…違うか?」
「…ぐっ…」
真正面から思い切りオードを睨むクスムに、オードは唸り声をあげることしか出来ない。
「ッッッッどういうこと!?!?!?」
さっきよりも強く机を拳で殴り、マキは勢いよく立ち上がった。
おそらくこの話は聞かされていなかったのだろう。そうしたらミーティングが始まるより先にオードに詰め寄っただろうから。
「アンタ、マジでシャンゼの事…ッ、襲おうとしたってわけ!?薬を使って!?しかもパーティの資金にまで手を付けて!?!?」
「う、うるせえよ!これはオレとシャンゼの問題だろ!?お前らが口を出すなぁ!シャンゼがオレに素直にならないから悪いんだ!いつもいつも大事な所で断るから!オレだって我慢の限界だよ!」
つばを飛ばし、大口を上げながらオードがまくしたてる。
「だから一度手を出して、関係さえ作ってしまえば素直になって、パ、パーティの皆にもオ、オレ、オレ達の関係を知らせてくれるって!そう思ったんだ!」
半ば自分がやったと自供するような物言いを受け、マキは一瞬ぽかんとして、そして――――哀れみのような表情を浮かべ、ゆっくり椅子に座った。
「そう、アンタ…何もわかってない。本当に自分のことしか考えてなかったんだ…」
「は…?」
「アタシなら仮に何も知らなくても、今の会話から分かるよ。どうしてクスムが一番怒ってるの?なんでクスムが必死になって証拠を探したの?シャンゼがあたしじゃなくて、クスム"だけ"に相談した理由は?その意味を、アンタは分かってるの?」
「――――――え?」
オードの顔にぶわっと、脂汗が流れる。そんな、まさか。
気が遠くなる。自分がまっすぐ椅子に座っているのかわからなくなる。平衡感覚がぐにゃぐにゃになる。足が震える。組んだ手は強く握りすぎて、血が滲んでいた。
クスムは赤髪が似合う気っ風の良い、爽やかな青年だった。
ポルタは犬の半人半獣で、小柄で笑顔が愛らしかった。
だが自分は?
体格は他の人よりも良いが、はっきり言って顔は醜いといえる類のものだった。
だから、たまたまタンクを募集していたこのパーティに加わった時、自分はいつものように除け者にされるのだと思っていた。
実際は性格も加味された上での扱いだったが。
だがシャンゼは違った。こんなに可愛いのに、自分にも微笑みかけてくれた。パーティメンバーに責められた日は、慰めてフォローしてくれた。回復が、暖かかった。
だから恋をした。こんな優しくしてくれる女の人は他に居なかったから。
いつも自分から近づいた時、やんわりと拒絶したのは、パーティの和が乱れるからだと思っていた。マキにはよく自分の顔を話題にいじられるし、想いを伝えづらいのだと。
だから、素直になって貰おうとした。
事さえ進めば、自分に気持ちを表してもらえると思っていた。
そう、信じていた。
「――――――おい、オード、聞いてるのか?」
「ぁ…」
棘のある口調でクスムに呼びかけられ、ゆっくりと顔を上げた。
「これ以上、お前をここに置いておくわけにはいかない、わかるか?」
「ぁ…ぁ…」
声にならない声を上げ、オードはゆっくりとシャンゼの方を向いた。
いや、まだわからない。
シャンゼから、直接話を聞いていない。
もしかしたら、なにかの間違いだったかもしれない。
「う…」
目があったシャンゼは、すぐに目を伏せた。
恋という色眼鏡が外れかけているオードから見た彼女の表情は、申し訳無さと、そして恐怖がないまぜになっているように見えた。
いや、もしかしたら、
ずっと前から、こんな表情を浮かべていたのか?
「オード、シャンゼは優しい。お前がしでかす度、かばいたててパーティから追い出すのを止めたのは紛れもなくシャンゼだ」
ずっと、お前はこいつに恋していたのか?オレじゃなくて?
「そしてこんな状態でもお前を裁判にかけようとするのを良しとしない。俺はその気持ちを踏みにじることは出来ない。だから、去れ。お前が持っていた分のパーティ資金は持っていってもいい。だから、俺たちが拠点としているこの街から去ってくれ。ここの支払いもいい」
「ぐ…ぎ…」
もはやクスムの話を聞いてはいない。オードはガタリと音を立て、椅子から立ち上がる。なにかを耐えるようにして、歯を食いしばりながら、ゆっくり、ゆっくりと出口へ向かっていった。
「やっぱり、もう少し言い方があったんじゃない…?私の態度も、問題があったかも…」
透き通った声で、ゆっくりと聞くシャンゼ。オードが去り、ようやく眉間に結んでいたシワを緩めたクスムはため息をついた。
「…お前は優しすぎるよ、シャンゼ。優しすぎるから、オードは間違えた」
「別にシャンゼのせいじゃないでしょ。どの道こうなってたよ、アイツは」
マキが続ける。もはや彼女も疲れた様子でグラスに注がれていた酒を一気にあおった。
「ぷはーっ…てか、大丈夫なの?アイツ、逆恨みにシャンゼを襲うってことも…」
「いや、それは大丈夫だ」
「え、どうして?」
「これを受けて、しばらくシャンゼに危険探知のアーティファクトを持たせることにした。」
「え、本当?アレ結構値が張るって聞いたけど…」
危険探知のアーティファクトは魔法工房で受注生産方式をとる一品物のアーティファクトだ。装備形状はある程度注文者の意見を通すことが出来るが、機能も相まってそれゆえに決して安い買い物ではない。
「オードの件が無くとも、シャンゼは危なっかしいところが多々あるからな…値は張ったけど、まあ貯金を崩してなんとか」
そういってクスムが出したのは握りこぶし大ほどの箱だった。それを見たマキは動揺し、笑みを抑えきれないといった感じで口の端が吊り上がっていた。
「え、それ、アンタ、それもしかして、もしかしてもしかして」
立ち上がったクスムはシャンゼの前にひざまずき、ゆっくり箱を開けた。そこに有るのは、銀装飾の施された、慎まやかながらも美しい指輪だった。
「え…」
このプレゼントの意味がわからない訳もなく、普段おっとりしているシャンゼも驚きに目を見開いている。
「シャンゼ、こんな場所で、こんなタイミングで申し訳無い。でも…苦楽を共にして、一生をかけて君を守りたい。受け取ってくれるか?」
シャンゼは驚きの表情から頬を赤く上気させ、涙を一筋流して、そして微笑んだ。
「ええ…!喜んで!」
「本当か!?」
「もちろん!こっちこそ、こんなわたしでいいのかな?」
「当たり前だ!」
クスムはぎこちないながらも、指輪を取り出してシャンゼの薬指につける。ポケットからもう一つ、同じデザインの指輪を取り出した。
「これが対になってる。毒や悪意に反応して君を守ってくれるし、いざとなったら指輪が赤く光って危険を知らせてくれる。…でも、この指輪を赤く光らせることは絶対にしない。君は僕が守る」
「ありがとう…!わたしも、ずっとあなたと一緒にいる…!あなたと会えて、本当に良かった…!」
二人熱く見つめ合って、互いの指を絡めながら言葉を掛け合う。
もはや蚊帳の外のマキはシャンゼの分の酒を煽っていた。
「かーっ、お邪魔者が脱退早々お熱いことで」
「おっと」
「わーっ…」
マキがいることを忘れていた二人は慌てて離れ、それぞれの席についた。
「ん、ゴホン、すまなかった。でもこれでシャンゼも大丈夫だろうし、きっと問題はない。それに…」
「それに?」
先程まで喜びに満ち溢れていたクスムは、哀れみのような表情を出口に向けた。
「…今回の事を調べるためにオードの部屋を調べた時、アイツのレベル鑑定の結果を見てしまったんだ」
鑑定内容は身体能力とかの基本的な内容だったけどな、とクスムは肩をすくめた。
この世界にはレベルというものが存在する。全ての技能、身体能力にはその細かい項目についてレベルが存在しており、その高さによって能力を判断する。もちろんレベルにも限界があり、その成長曲線もまちまちだが、通常、レベル上限に到達することは無く、その前に加齢による能力の低下がやってくる。というのが定説だった。
だが能力の低下がやってくるのは、人間では50~60歳からと言われており、それは返せば、それまで冒険者として前線に立ち続けることが出来るという事で、全員が20歳前後であるクスム達のパーティは、これから成長する余地が十分にあった。
「それでどうだったの」
「成長曲線は普通だが、レベル上限が著しく低い。もう殆どのレベルについて上限に達してる」
「え?」
「そして、間もなく…あと2、3年ってところだな。能力の低下が始まってしまうらしい」
「そんな…」
先程とは打って変わって、シャンゼが悲痛な声を上げた。
自分に危害を加えようとした存在だとしても、それはあまりにも悲しい事実だ。
「知り合いのレベル鑑定士に聞いた事があったが、何十年かに一人、そういう奴が生まれてしまうんだそうだ。元々の体質だから、治療することも出来ない」
「それって…」
能力の低下は止まること無く進む。
そして寿命自体は他の人間と何ら変わらない。
「そうだ。アイツはもうこれから成長できない。ゆっくりと時間をかけて、ゆっくりと出来ないことが増えていく」
話を切って、クスムは一気に酒を飲み干した。
「ふぅ…もう、どう転んだっておしまいだよ、アイツは。俺たちにとって救いであるのは、その体質を持って生まれた人間が、他の誠実な誰かじゃなくてオードのような人間だったって事くらいかもな」