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世界破滅のカウントダウン

「世界は、間もなく破滅します」


 午前10:15。 

 駅前で、黒いスーツを身に纏った中年の男性が、マイクを片手に物騒なセリフを声高に叫んでいる。髪はかっちりとした七三分け。


 選挙の立候補者か。でも、選挙があるなんてニュースは聞いていない。


 周りには、たすきをかけ、手にはチラシを持った人たちが、ちらほら見受けられる。


 怪しい政治団体か、新興宗教の勧誘かな。


 つまらないチラシを渡されても、どうせゴミになるだけだ。

 村岡賢多(むらおかけんた)はそう思い、彼らの目につかぬよう、スルリとすり抜けようとした。


「お兄さん、はい、お願いします」


 村岡の進路を、女の子が立ちふさがった。黒髪のショートカット。赤いパーカーにブルージンズを装い、満面の笑みを浮かべている。子供っぽくも、大人っぽくも見える。


 ちょっと、かわいいかも。


 女の子は、村岡の目の前に、チラシを差し出してきた。


 村岡は、基本、ティッシュ以外は受け取らない主義だが、なんだか断ることも忍びなく、仕方なくチラシを受け取った。


 女の子は、しつこく付きまとうことなく、進路を開けた。


 村岡は、軽く会釈をし、通り抜ける。


「こんど、セミナーを開催するのでよろしくおねがいしま~す」村岡の背に、女の子の声がした。


 村岡は数歩進むんでから、なんとなく振り向いたが、女の子はもう、別の通行人に声をかけている。


 やれやれ。


 村岡は、間もなく到着する電車に乗るべく、駅の階段を駆け上った。




 空いている電車の一番端の席に座ると、村岡は、先ほど受け取ったチラシをなんとなく見てみる。


「世界破滅のカウントダウンが始まった」

 目に刺さるような明朝体の文字が、なんだかおどろおどろしい。


「世界の真相をみんなで一緒に探る会」どうやら、団体の名前らしい。


 やっぱり、怪しい団体だな。


 ふと、村岡の頭に、チラシを手渡した女の子の顔が浮かぶ。


 ちょっとかわいかったな。あんな子でも、こんな怪しげな団体に入っているんだ。


 そう思うと、村岡はちょっと残念な気持ちになった。


 中身に目を通すことなく、チラシをカバンにしまった。

 後で捨てればいいや。




 目的の駅に着く。改札を抜けると、満開の桜が目に入った。


 ここから大学まで、歩いて15分くらい。


 村岡は、都内某私立大学の学生だ。今年の春から3年生になる。


 今日は授業でなく、新学期前のオリエンテーションや身体測定があるのだ。




 桜並木を通り抜け、大学に到着した。


 テニスやラクロス、チアリーディングなどのユニフォームを着た女子学生が多く見受けられたりして、キャンパス内は、いつもより賑やかで華やかだ。


 春先なので、皆、新入生をサークルへ勧誘しようと躍起になっている。


 村岡は、この雰囲気が少し好きでもあるのだが、でも基本苦手だ。


 村岡は、サークルに所属していない。


 一年生のこの時期、いくつかのサークルの見学に行き、コンパにも参加してみたのだが、どうも入りたいと思えるところが無かった。


 そして、そのままずるずると二年の時が過ぎてしまった。


 もともと群れるのが苦手な村岡にとって、ワイワイと楽しい大学のサークルの雰囲気が身になじまなかったのはある。だが、それ以上に、村岡の興味を引くようなサークルが見当たらなかった。


 誰も彼もが、結局酒を飲み、男女ともに一晩だけの快楽を追及しているだけのようにしか見えなかった。


 結局、サークルに入らなかった村岡は、友達もあまり作らず、一般的な「華やかで楽しい」大学生活は送ってこなかった。特に後悔もしていないが、この時期になると、ちょっぴり寂しさを感じることもある。




 オリエンテーションと健康診断を終えた村岡は、駅までの桜並木をゆっくり歩いて居た。


 途中で立ち止まり、桜を見ながら、人間の一生とは何か、ということを考えてしまう。


 どんなに努力し、成功して、楽しい人生を送ったとしても、死んだら結局は土にかえる。


 どんなに苦労して、つらく、哀しい人生を送ったとしても、死んだら結局土にかえる。


 人は、なぜ、生きるのだろうか。何を目指して、生きるのだろうか。


「あ、あのう……」


 思索に耽っていたら、後ろから声をかけられた。


「は、はい」


 振り向くと、女の子が一人立っていた。大人のような、子供のような、今まさに、その中間で生きているような雰囲気がある。


「確か…… 今朝、お会いした方のような……」女の子は、上目遣いで村岡を見る。


 そういえば、見たことがあるような……


 あ、そうか。

「今朝……駅前で、チラシ配ってた……」

 


「そう、やっぱりそうだ」女の子は、満面の笑みを浮かべる。


「もしかして、大学の帰りですか?」


「え、あ、まあ、はい」


「うわあ、じゃあ同じ大学だったんですね」


「ああ、ええ」村岡は元々警戒心が強いため、天真爛漫な彼女を、かなり訝しがっている。


「あ、すいません、私『二階堂好美(にかいどうよしみ)』って言います。今年の春から、経済学部一年生になりました。よろしくお願いします」そう言いうと、彼女は右手を差し出す。


「え、あ、ええ」信用できない人間に名前を名乗ってよいのかと戸惑いつつも

「ぼ、僕は『村岡賢多』。同じ経済学部の三年生です」

 震える手で、彼女の右手を握る。

 

 やわらかい。


 女の子の手を握るなんて、久しぶり過ぎる…… 


「先輩、せっかくだから、お茶していきませんか?」


 お茶!? 女の子とお茶!? え、え、マジか!?

 いや、これは、何か、変な勧誘かもしれないぞ。


 などと訝しながらも、女の子とのお茶という、村岡にとって奇跡的なイベントの魅力に勝てず、「え、あ、まあ、いいよ」なんていってしまった。


「やったああ」喜ぶ二階堂好美。きっと、おそらく、きっと、これは何らかの勧誘だ。騙されない、騙されないぞ、と心の中で誓う村岡。


 村岡は、好美に連れられ、駅前のおしゃれなカフェに入った。


 村岡は、こんな店があったのを始めて知った。普段、大学が終わると、書店に立ち寄る以外は、真っすぐ家に帰ってしまっていた。


 デート。そう、ここは、男と女がデートと言うものに来るところだな。

 まさか、そんなところに、来れるなんて……

 いやいや、いかんいかん。これは勧誘だ。怪しい勧誘だ。

 目の前にいる好美も、その可愛さで、モテなさそうな男をたぶらかせているんだ。


 村岡は、心を引き締める。


 


 好美は、注文した期間限定ストロベリーパフェをほおばる。

「う~ん、おいしい♡」


 村岡も、ついついつられて注文した期間限定ストロベリーパンケーキを口にする。

「ん、あ、おいしい」


 コーヒーをすすりながら、好美が村岡の顔を覗き込んできた。

「私の事、怪しいと思っているでしょ」


 図星!!


「え、い、いやあ、そ、そ、そんなことないよ」まごついて、パンケーキを落としそうになる。


「そりゃあ、あんな演説する前で、変なチラシ配ってたら、どう考えても怪しいよね~」悪戯っぽく笑いながら、好美はパフェを口に運ぶ。


「え、あ、うん、まあ」


「あの演説してた人ね。あれ、私のお父さんなの」


 村岡は、パンケーキを吐き出しそうになるのを懸命にこらえた。

「え、えええ、えええ、そ、そうなの!? 政治家か何か?」


「ううん、全然違うよ」好美は屈託のない笑みを浮かべる。「止めた方がいいよって、言ったんだけどね。なんか、一度、ああゆう演説してみたいっていうから、じゃあいいよって。どうせ、怪しまれて、誰からも相手にされないんだろうなって思ってたんだけど」ぺろりとスプーンをなめる好美。


 そうなのか……でも、一体何が目的だったんだろう。


「そういえば、あのチラシ、読んでくれた? っていうか、怪しいからよんでないよね。どうせ、捨てちゃったでしょ」


 村岡は、フォークとナイフを置くと、チラシをカバンから取り出した。


「あ~捨てないで、とっておいてくれたんだ~」好美はテーブルに乗り出してくる。パフェ、服についちゃうよ。


「でも、中身は読んでない……」


「怪しいもんね、やっぱり」そう言うと、好美は村岡の手の中のチラシを「ちょっと貸して」とつかんだ。


「『世界破滅のカウントダウンが始まった』いかにも、怪しい団体が言いそうなことだよね~」好美はチラシを眺める


「あ、でも、親子で、何してたの?」村岡は、素朴な疑問を好美にぶつける。


「あ~、それはね」

 好美は、スプーンを置くと、姿勢を正してかしこまる。


「……世界は、確実に破滅するの、このままだと!」


 ……やっぱり、勧誘じゃないの、これ!?

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