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愚者の慟哭。  作者: 月見酒乃助
第一章
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魔導王アナスタシア(2)

エルは町の東門で魔導王の到着を待っている。

といっても一人だけ門に備え付けられた小部屋で暇を持て余している訳だが。そうしなければ周りの兵士たちの仕事にならないからだ。

今はパレードの準備の最終段階。魔導王の乗る馬車の点検にギルドマスターや町長の支度、その他様々な仕事を町の人々は大急ぎで片付ける。

門から延びる大通り沿いにはこの街の市民はもちろん、近隣の都市や村からの見物人がごった返し、その喧騒といえば最早騒音といって差し支えないほどに響き渡っていた。


大型の馬車が街道に姿を現す。周囲を前の町からやって来た護衛で固めるその馬車はその中身がそれだけ重要であることを示唆している。

辛うじて全ての準備が終わったのか兵士達が隊列を組み、その他の者は大急ぎで大通りの指定席に駆け込む。門のちょうど下の辺りには町長とギルドマスターが相応の衣装に身を包み、到着を待ちわびる。


滑らかに馬車が隊列の手前で止まる。馬車の側面に取り付けられた開き戸が小さな音を立てて開く。

星空を閉じ込めたかのような色合いの長いローブがひらひらと揺れ動いた。それと同じ色の鍔の広い三角帽を被っており、腰ほどまで伸びた銀色の髪の毛は動きに合わせて左右に振れた。

まだまだ成長の余地を残しつつも、きりりと整った顔立ち。

間違いなく絶世の美女といって良いだろう。そう、彼女こそが魔導王アナスタシアその人であった。


まるで絵画のようなその光景に隊列を組んでいた兵士たちは気を取られる、が隊長格の人物の号令によって我を取り戻し、手に持つ槍を掲げる。

その中央を我が物顔でアナスタシアは歩む。最奥の二人に近づくと声をかけた。


「ご苦労様です、それで今回の護衛は?」

「あちらの小部屋に…少し特殊なスキルの持ち主でして」

「そんな事はどうでもいいわ。早くパレードを済ませましょう。少し疲れてしまって」

「承知しました。少しお待ちください」


緊張で硬直した市長の代わりにギルドマスターが応対する。アナスタシアの言っていることは嘘では無い。幾つか前の町で護衛になった()()()()()()の男は壁抜けだの空中歩行だのせいぜい大道芸の延長線。魔術のほうが余程力があるしもっと凄まじい事も出来る。

疲れているのも本当だ。この道中まともに眠れたのは数えるほど。魔族との戦いでも眠れないことはあるがそれとは些か毛色が違う。アナスタシアはこういった無遠慮な歓迎にいい加減に辟易していた。


扉が開き二人が出てくる。当然ギルドマスターとエルだ。

ギルドマスターはエルを促すとエルはアナスタシアの傍に近寄る。


瞬間、世界は静寂に包まれた。


アナスタシアは驚きに辺りを見回し原因を探る。魔術の発動痕は無いし特に変わった事も無いし変化といえばエルが近寄ってきた事だけ。

事の事実を確かめようと声を出そうとするが音が出ない。言葉を出そうとしても何も鳴らない。聞こえるのはエルとアナスタシアの呼吸音だけ。

見ればギルドマスターが困ったようにこちらを見ている。いや、エルを見ている。気が付けばアナスタシアの呼吸は荒くなり、その音は聞こえなくなった。


「初めまして、魔導王アナスタシア様。この町で護衛をさせていただくエルです。よろしくお願いします」


エルが口を開くと世界に音が戻る。とはいえそれは極めて少ない音だけであるが。

アナスタシアはエルを見つめる。身長は平均よりは少し高め、百八十センチは無いくらいだろう。少しばかり藍色の入った黒い髪は適当な長さで切り揃えられ、佇まいに隙は無い。

目は随分と濁った印象を受ける。まるで何かに絶望したような…とはいえそういう人物は冒険者には稀にいる。憎悪や絶望を糧に生きるような人種がだ。

武器らしいものは腰に一振りの剣だけ。特別なことは無いように思える。

だが周囲の反応を見るにこの現象はエルが引き起こしているに違いないとアナスタシアは口を開く。声は出ない。気が付けば辺りは再び静寂に包まれている。


「申し訳ないんだけど何か喋りたければ俺の喋った後すぐにお願いします。そういうスキルなんで」


つい先刻の畏まった口調からは大分砕けた口調でエルが話す。やはりと確認をしアナスタシアは今度こそ口を開いた。


「…本当に特殊なスキルってわけね、改めて、私が魔導王アナスタシア。よろしく頼むわね、エル」

「勿論、パレードの支度が整っているのでこちらに。あぁ、音が有るのと無いの、どちらがお好みで?」


エルの質問に一瞬首を傾げるがすぐにアナスタシアは理解する。エルが傍にいればあのけたたましい歓声を聞かずに済むのだ。あの耳を打つ拍手が聞こえなくなるのだ。そう思い至ったアナスタシアは再度口を開く。


「無いととってもありがたいわ」

「じゃあそうしましょう」


それまで憮然とした態度を貫いていたアナスタシアが少しばかり笑顔を見せる。それを見た周りの人々は思わずため息をこぼす。エルは何も変わらない。間近で見たにも関わらず、何時もと同じようにクエストにとりかかった。その瞳に、口に感情は無い。あの日に全て落としてきてしまったものだ。


結果を言えばパレードは大成功だった。世界を救う勇者パーティーの一人、魔導王アナスタシアを一目見ようと集まった民衆は割れんばかりの歓声と惜しむことのない拍手でパレード用の馬車の上のアナスタシアを包んだ。

以前までならばその轟音に耐えながら愛想を振りまいていたアナスタシアだったが今回は非常に快適だ。静寂の元普段はぎこちなくなりがちな笑顔をしっかりと振りまきながらパレードを終えた。


パレードを終えたのちは貴族御用達の大きな料理屋で周辺貴族や有力者を囲んだパーティ。普段はさらなるお偉いさんに遠慮をして…いや、睨まれるのを恐れて勇者パーティーに声をかけない彼らもこの時ばかりは我先にとアナスタシアに話しかける。

しかし幾ばくかの時間が過ぎるか、欲を出した途端彼らは口を噤む。実際には言葉を発せなくなる。エルが近寄れば会話はいかに盛り上がっていようとそれまでだ。

貴族や有力者は憎々し気な目をエルに送っていたがアナスタシアの心は感謝に染められていた。

無駄な会話や低俗な会話、縁談の持ち込みになんならセクハラまであるこれまでのパーティと比べれば絶妙なタイミングでエルが止めてくれる。いかな者であろうとも諦める。会話が出来なければ当然の事でもあるが。

その上エルが諸々を引き受けてくれるので後の禍根もそうなさそうである。エルが非常に優秀な冒険者であることをアナスタシアは認め始めていた。


パーティが終わるころには辺りがすっかり暗くなっていた。アナスタシアは見慣れた馬車に乗り込み、宿を目指す。隣にはエルが座っており、相も変わらず静寂を振りまいている。久方ぶりの安穏にアナスタシアは身を委ねた。

宿に辿り着き、部屋へと案内される。この為に全館が貸し切りにされたこの町一番の宿屋はその栄誉と責任に右往左往していた。

支配人が挨拶を済ませると残されるのはアナスタシアとエル。

エルにはアナスタシアの隣の部屋をあてがわれた。明日は少しの観光と演説やパーティが控えている。

ああ、それから廊下には数名の夜番の兵士が立っている。

エルが自分の部屋に行こうと背を向けた瞬間、アナスタシアに肩を掴まれる。

声をかけられない以上仕方がないとはいえ少し驚くから止めてほしいな、と思いつつもエルは声を出した。


「なんですか?アナスタシア様」

「そんなに警戒しないでよ。ありがとうね、こんなに平和なのは初めてだわ」


確かに今日は平和だった。パレードやパーティは前述の通りだし、良くも悪くも名の知れたエルのお陰で厄介事もほぼ無かった。だがそれはクエストとして受注した以上当然の事だ。自分の出来る最善が良い方向に向いた、それだけだった。


「いえ、クエストの上ですから礼なんていりませんよ、それだけですか?ではこれで」


出て行こうとするエルの肩が再度掴まれる。


「…なんですか?」

「少し話さない?」


もう夜も更けたが日が変わるには早い時刻。断る必要もないかとエルは首を縦に振った。

ようやく見た目をすこーしですけど書けました。

もし多少でも良いと思っていただけたらブックマーク/評価して頂けると嬉しいです。

お読み下さりありがとうございました。

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