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愚者の慟哭。  作者: 月見酒乃助
第一章
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静寂のエル(4)

「よっ…と、これで全部か」


エルは今、町から暫く離れた岩地に居た。魔物討伐のクエストを受けやって来たのだ。

元は土が顔をのぞかせていたこの辺りは小柄な生物の死骸とその体液で埋まっていた。


今回の討伐対象は緑小鬼(ゴブリン)、特別強くは無いが数が凄まじい。雄雌の区別がなく、日に三匹の子を産み落とし、鼠算式に数を増やす。

一匹の力は弱くとも、都市を囲まれたり、街道を占拠されれば大きな被害が出るし、何よりも魔人の指揮下に収まった時が最悪だ。

時が経てば経つほど脅威度を増す緑子鬼(ゴブリン)はその貧弱さにも関わらずAランクの魔物として知られている。

そんな緑子鬼(ゴブリン)の群れを何一つ苦にすることなく片付けた彼は死骸を一角に纏め、火を放った。

残しておいても辺りの魔獣が食い散らかすか腐って大地に還るだろうが、少しでもこの場所に居たかった。


外は良い。特に人里離れれば離れるほど。

音が無くとも風を感じられる。人がいなければ孤独に苛まれることも少ない。鼻歌を歌えば同じくらいの音で小鳥がハミングを奏でる。

しかしいつまでも外に居るわけにはいかない。閉じ込められなければ辺りには音が溢れている。スキルによって凄まじいまでの力を得ているがそれは音が周りにあればあるほど失われてゆく。

そして最後には静寂に閉じ込められる。まるであの日の様な静寂に。


エルの息のほかには、そこで燃えているのにどこか遠くでなっているかのような炎の音。

目の前の光景と辺りに漂う燃える臭いで目の前が現実だと脳は理解した。


暫く経ち、あらかた死骸が燃え切ると辺りには骨が残る。それを特にどうするでも無く、エルは町に向けて歩みだした。


エルの今の町でのギルドでの扱いは悪くない。Aランクの冒険者で二つ名まで付けられている、というのもあるが少し前までいた町の受付嬢や冒険者が予め情報を流していたのだ。

流石に初めのうちは驚かれたり困惑されたりしたが、ギルド内にエルが馴染むのにそう時間は掛からなかった。エルはそれを嬉しく思った。それだけだった。

それにその扱いはあくまでギルド内での話だ。町中では畏怖の対象。噂の広まったエルに近づく者はもういない。只でさえ人外の力を持つ冒険者は普通でない感情を持たれやすい。それはエルのように怖がられることもあれば憧れの対象になったり、希望として祭り上げられることも少なくない。

だが近寄るだけで()()を受けるエルに対してはその功績を聞いたとしても恐怖が勝ってしまう。そんなエルを見る目は少しの興味と恐れ等、凡そ人の向けられるものではない。

それすらも慣れたエルは町中をいつも通りに進む。音無きその歩みは亡霊のよう。そこにいることが疑わしくなるような異質なものだ。


ギルドに辿り着いたエルは扉を押し開ける。後ろ手に扉を閉めると、辺りは静寂に包まれた。

幾度目になるこの現象に受付嬢も冒険者も慌てるようなことは無い。一時の静寂に身を任せ、猛る心を、疲れた頭を暫し休めるのであった。


受付に歩み寄り、幾つか言葉を交わす。するとエルの胸から紙が飛び出し、受付嬢の手に収まる。それに判子を押すと、目の前に硬貨の山が現れる。

慣れた手つきで枚数を数え、袋に仕舞うとエルは扉に向けて歩き出す。

最近分かったのは部屋は音が漏れ出る状況になればエルから離れた音が戻る、という事だ。扉を開ければ、壁を壊せば元通りの世界になる。それでもエルの耳には小さく、極僅かな音にしかならないのだが。


エルがいつも通りギルドを出ようとすると呼び止めるものがあった。

声が出ないのでエルはそのまま扉を開く。開いた後、徐々に会話が戻り始め、エルは肩を掴まれた。


「なんでしょうか、ギルドマスター」

「一つ頼みがあってね、上に来てくれるかい?」


呼び止めたのは他でもないこの街のギルドマスター。荒くれ者たちを纏め上げるその職は多くの冒険者の憧れであり、その仕事量に同情すべき相手であり、頼り頼られる友である。

そんなギルドマスターからの頼み、となれば大概は厄介なものだ。強力な魔物、魔獣の討伐依頼、要人の警護、市民の前での演説と挙げればキリがない。

それでも高位の冒険者ともなれば度々声は掛かるわけで、大概そうしたクエストは報酬もかなり良い。その日暮らしを続けるエルにとっては断ることもそう無いものだ。


ギルドマスターに促されギルドの最上階、ギルドマスターの部屋に通される。

当然部屋は静寂に包まれる。エルが話しかけなければ相手が誰であろうとも言葉を発することは出来ない。

目の前のテーブルに出されたカップを置くとエルは口を開いた。


「それで、今回はどのようなご用件ですか?」


静寂にエルの声は良く通る。ギルドマスターは困ったように笑うと言葉を続けた。


「いつになっても君のスキルに慣れそうにないな、で、これが今回の依頼だ」

「…慣れないほうが良いですよ、こんなもの」


ギルドマスターに差し出された書面に目を通す。そこには普段見ない単語が堂々と書かれていた。


「魔導王の警護?」

「ああ、今勇者様のパーティーが英雄の捜索のために分かれて行動している、これは知っているかい?その内の魔導王アナスタシア様が明日この町にいらっしゃるんだよ。滞在期間は三日間。その後はご自身の母校である王立魔導学院に行かれるそうだ」

「…何故警護なんてものが必要なんだ?()()を守るべく奮闘する勇者様のお仲間なら俺みたいな逸れ者の力を借りる必要もないだろう」


気づけば語気が荒くなる。勇者の二文字に反応してしまう。彼が悪いわけでは無い、彼がいなければもっと多くの犠牲が出ていた。そう分かってはいるが、今も中々割り切れないでいた。


「彼らもあくまで人だ。そして世界の希望でもある。端的に言えば市民が危険なんだ。あの人気は一度目にすれば驚くと思うよ。パレードも行う予定だし、泊まられる場所もこの町で一番の宿屋だ。それでも何かが起こるかもしれない。そうなれば始まるのは圧倒的な力による破壊だよ」

「…言わんとすることは分かりました。でも、何故俺を?近くにいれば音が消える、会話もままならない。デメリットしか無いでしょう、他にも二つ名持ちの高位冒険者は居るだろう」


エルのいう事は事実だ。同じAランクでもこのギルドにはエル以外に三人いる。何れも名に違わぬ実力の持ち主だし、何より周りの世界は変わらない。

それにもう一つ隣の街にはSランクの冒険者までいる。少し手続きは必要だし、多くのコストも掛かるだろうがエルや他の冒険者以上に信頼も実績も、何よりもカリスマがある。

エルは町の人々に避けられている。極一部の…例えばよく行くバーのマスターなどは例外だが、ほぼ全ての市民に良いとは言えない感情を向けられているのだ。


「それはね、私は君が一番英雄に誓いと思っているからさ、エル」

「は?」


英雄、民衆の希望、勇者の友。民に嫌われ、勇者を良く思わない今のエルには最も似合わない言葉だ。


「君はここに来て日が浅い。それでも多くの魔物を屠り、この町を守っている。それも何の見返りも求めずに、だ。ここには確かに他の者も居る。それでも私が選ぶのならば君なのだよ、エル」


エルは黙り込んだ。今すぐに違うと叫びたかった。魔物を屠るのはそうでもしなければ壊れてしまいそうだからだ。町を守っているわけじゃない、エルに残されているのはこれだけだからだ。エルだって()()()が欲しい、失うことのないナニカを、誰かからの言葉を、賑やかな居場所が欲しいのだ。

そんな思いを呑み込み、エルは静寂を破る。断ろうかとも思ったが、勇者様のお仲間を一度見るもの悪くないと思った。


「…お受けしますよ、そのクエスト」

「ありがとう、静寂のエル」


再び静寂に包まれた部屋は、何時もより、普段より少し温かい。そんな気がした。

もし多少でも良いと思っていただけたらブックマーク/評価して頂けると嬉しいです。

お読み下さりありがとうございました。

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