レイジの奇妙な正月
文字が多くて笑ってます
あの地獄の大晦日を、フェルの時間停止のおかげで何とか乗り越えた。除夜の鐘が無いのは残念だったが、年越し蕎麦を啜り終え……やる事は1つ!
「寝る!」
「と、寝ている暇は無いのです」
ベッドに滑り込もうとした俺を、フェルが片手で掴み上げる。
止めろ……レオを説教するときみたいな猫掴みは止めてくれ……!
「寝ている暇が無いって……何でだよ。ちゃんと12月の仕事は終わらせ……ハッ!?」
「気付かれましたか……そう、レイジ様にはまだ残っています。1月の仕事が……!」
そんな……馬鹿な……! だってもう12月31日の23時50分だぞ……地球だったら初詣に行って凍えてるか、テレビ見て呼吸困難になってるか、夢の世界に旅立ってる時間なんだぞ!
「ここは異世界です」
「ぐっ……」
「とは言え、私も鬼ではありません」
鬼ではありませんって……ま、まさか……?
「ちゃんと仕事を終えてから、新年を迎えましょうね?」
と、フェルが指を鳴らせば、景色から色が失われる。これって、フェルさんの時間停止……ああ、また俺の体も動く。やるしか……無いのか……っ!
◆
あれ……ベッドに寝てる……? 義手も義足も付けっぱなしで寝てた……って、何時寝てたんだ? 時間停止が4時間を超えて、フェルの首が3つくらいに見えてきた所までは覚えてるんだけど……
結局仕事は終わったんだろうか……いや、終わったからベッドに運ばれてるんだよな? 終わってなかったら叩き起こされてる筈だし。
「…………フェルー? レオー? ネルガー?」
……返事が無い? レオやネルガは遠すぎて聞こえない事があるとしても、あのフェルが俺の声を聞き逃すなんてあり得ない。
何かあったんだろうか。このままじゃ1人で動けない……そうだ、トールだ! トールの雷光の脚を借りれば、1人で歩ける筈。
「トール、右脚に力を貸してくれ! トール……トール?」
トールからの返事も無い!? 守護神獣からの返事も無いなんて……何かあったと思うしかないな。
「おい、騒ぐなっ! 生き残ってるのは……お前!?」
俺の部屋の扉を乱暴に開けたのは……俺? 髪も白いし、目の色が左右で違うし、義手も真っ黒で変な影を纏ってるけど……俺、だよな?
というか、この声……何処かで聞いたような?
「お前も巻き込まれたのだな……まあ良い。俺の名は……そうだな、ゼロとでも呼べ」
「ゼロ……ねえ?」
明らかに見た目からして闇堕ちした俺だよな……いや、そう言う事はあんまり言っちゃだめだよな。折角ゼロって隠そうとしてくれてるんだし……
「読心程度なら俺でも使える。この問題が片付いたら、俺に関する記憶は消させてもらうからな」
「聞いてたのか!? って、この問題? やっぱり何かあったのか?」
「ああ、どうも俺とお前は神の年度交代に巻き込まれたようだ。本来であれば前年の神は今年の神に喰われなければならないのだが、喰われるのを拒否しているのだろうな。このままではくだらない理由で世界が滅びかねん。故に……おい、どうした。頭から煙を出しおって」
「いやいや! 神の年度交代とか、世界が滅びかねないとか、急に言われても納得出来ないだろ! もっと分かりやすく言ってくれ!」
「ふむ……」
というか……神も年度交代とかするのか。というか、喰う喰われるとかあるの? 神様って残虐だね……
「神と神の年度交代。お前に分かる言い方では干支の交代と言うのだが、このシェーンでは前年の干支の肉を今年の干支が喰らう事で年度交代……あー、年が進む。世界はそう定められている。しかし、の干支、酉は戌に喰われる事を拒否した。このままでは世界が矛盾によって滅びかねない」
「な、なるほど……?」
「これでも分からんのか……まとめると、神の喧嘩で、世界がヤバい。これでどうだ?」
あ、凄く分かりやすい……けど、だったら、何で俺が呼ばれたんだ? 正直言って闇堕ちしたお……ゼロだけで充分に思えるんだけど?
「俺とお前を呼んだのは別の神だからな……仕方あるまい。しかし、シェーンも阿呆だな。従者無しにうっかりお前のみを呼ぶとは……まあ、俺とアイツでは相性が悪すぎるからな」
最後の方はよく聞こえなかったけど。確かに従者……フェルが居ないと俺は何も出来ないし、ゼロに任せるしか無いのか。
「心配は要らん。俺が力を貸し与えてやる」
俺の体を黒い霧のような物が包み……義手と義足に感覚が宿る。
これって……闘気か? 不気味な霧みたいだけど……どこか懐かしいような?
「まあ……俺のエネルギーを闘気に変化させた物だ。扱いやすいとは思わんが……扱い辛くもないだろう?」
「えっと、ありがとう、かな?」
「気にするな。体さえ動けば、お前は戦える方だ。俺が一番知っている……ついてこい。さっさと干支を殺して、次の干支に喰わせるぞ」
……ちょっと、縁起が悪いような気が。まあ、仕方ないか。
◆
……俺の屋敷に庭にその干支の神様というのはいた。片方は禍々しい嘴や翼、龍と言われても信じてしまいそうな眼光と巨大な体躯……なるほど、これは神様にふさわしい酉だ。
「クゥン」
じゃあ、なんで今年の神様はチワワなんだよ……神様なんだろ? 生まれたての小鹿みたいに震えてるじゃん! 去年の酉だってこの子には喰われたくないよ! だって来年を守れそうに無いもん!
「キャン。キャンキャンッ!」
「ふむ? この戌曰く、戌界のエースで、間違えて来ちゃったけどちゃんと来年を守れるぞ! だそうだ。気合は充分だな」
この戌も読心持ちか……って、間違えて来ちゃったんじゃねえか! 神様なのにうっかりしちゃってるじゃん! 戌界とか知らねえから。そこのエースとか言われても信用できねえし!
「見事なツッコミだ……だが、神とは理不尽で理解が出来ないものだ。俺達は目的を果たす神の駒へとなり下がるしかない。この戌畜生の駒にな!」
ゼロが不意打ちで、掌から暗いピンク色の光弾を撃ち出す。酉の顔を直撃し、煙を上げる。
今のは……俺の魔力烈弾? ゼロって、本当に俺なんだな……でも、酉に効いてるようには見えない。俺よりは強そうな一撃だったんだけど……
「なるほど……おい、お前が撃ってみろ」
「俺が撃ってみろって……」
チラリと酉の顔を見てみると……怒りに満ちた血走った目、逆立った羽根、漲る神力のオーラ。ゼロが怒らせたよね……? 俺が撃つ暇は無いよね……?
「そらっ、避けろ!」
怒り狂った酉が踏みつけようと、足を持ち上げる。ゼロは俺を蹴り飛ばし、戌を掴んでその場から離れる。
当ててみろと言われたって。ゼロの魔力烈弾が効いてないのに……俺の攻撃が効くとは思えないんだけど……やってみなきゃ駄目か。
「魔力烈弾!」
拳を握り、酉に向けて黒い光弾を撃ち出した。真っ直ぐ酉の顔へと飛んでいき……直撃。ゼロの時の様に煙を上げた。
ど、どうだ……効いてるのか? って、これがフラグっぽいんだけど。
「やはりそうか……概念に逆らった時点でコイツは神の中でも悪神。故に悪たる俺と善なる俺がそれぞれ呼び出されたというのか! クッ、クハハッ! クハハハハハハ!」
酉は確かに悲鳴を上げて、嫌そうに頭を横に振っているけど……何でだ? 何でゼロのテンションが上がっているんだ?
「ごめん、俺にも分かるように説明して!」
「ええい、面倒くさい。黒の服に墨汁をぶちまけても意味はないだろう! 黒の服にはやはり白のペンキ等をぶちまけて初めて汚れると、そう言う事だ!」
とっても分かりやすい……けど、凄いキャラに合わない事言わせちゃったなぁ。って、もしかしてコイツは俺をメインに倒さなきゃいけないって事か?
「安心しろ!」
一瞬で背後に……!? 移動が速すぎて、戌が目を回している……のは、どうでも良いけど、安心しろってどういう事だ?
ゼロが俺の肩の手に置くと、俺の体に更なる黒い霧が……凄いな。体から漏れ出て、膝下が黒に染まってる。
「お前を通せば、攻撃は効く。俺に続いて唱えよ ―― 討ち滅ぼせ! 尽きぬ絶望の闇!」
「え、っと……撃ち滅ぼせ! 尽きぬ絶望の闇!」
大分不気味な詠唱だけど……ゼロが効くというからには信じるしか無いか。一応、俺の言う事だし。
「全てを塵と化せ! 絶望の果ての虚無の下に!」
「全てを塵と化せ! 絶望の果ての虚無の下に!」
「絶望集束閃……」
「絶望収束閃!」
黒い霧は地上から打ち上がる隕石だった。巨大な隕石が、天地がひっくり返って登っていく。そう表現するしかなかった。黒い隕石は巨大な酉を容易く呑み込んでいく。
絶望収束閃……これは、人の領域の技じゃない。
「下らん夢も、これで終いだ。俺に関する記憶は貰う……だが、礼としてマシな現実にはしてやる。じゃあな、俺」
「さよなら、俺……」
◆
あれ……机……? 確か、仕事をしてて……それから……それから……?
「終わったようですね。お疲れ様です、レイジ様」
「ん……ああ、終わったみたいだ」
「おや、妙ですね……まだ解除をしたつもりは無いのに、もう新年です」
新年か……なんか、最後の最後の記憶が飛んでる気がするけど……まあ、いいか!
「フェル、あけましておめでとう!」
「はい、今年もよろしくお願いいたします。レイジ様!」
2日連続短編はもうキツイですねえ……
次は2月ですね、流石に