第8話「イケメン騎士ソルト」
(いや、ダメだろ! オレっ! 寝たって何の解決にもならないし! )
自分自身にツッコんで目を開けた硫黄の目の前には、見慣れぬ木の天井。
(…夢……? ここは……? )
状況を掴もうと視線だけ少し動かすと、枕元に座り眉を寄せて心配そうな表情でいたぴいたんが、その無言の問いに答える。
「ここは、シュトレンの教会内の救護所です」
と、
「…エスリンさん……」
ぴいたんは急に声を詰まらせ、目から大粒の涙を零した。
自分が何かしたのかと狼狽える硫黄。
ぴいたんは人指し指で涙を拭いながら、
「ごめんなさい。私、エスリンさんの事情を何も知らなくて……。もう30分……2日も目を覚まさなかったから……」
(…ああ、そっか。ラティメリアとかいう伝説上の魔物に吸い込まれそうになった時に、ぴいたんがテレポを唱えて……。
それ以降の「現実的な」……というのは、そもそもこのSFFの世界の存在自体、魔物に吸い込まれそうになってたり、それに魔法で対抗しようとしていることが現実的と言えるのか分からないから、「何かと辻褄の合う」記憶が無いから、オレは寝てたか気絶してたか……。
…オレがテレポを避けてきたことを知ったみたいだけど、クランさんが話したのかな? そうだよな、他にいないし……。ぴいたんは「事情」って言い方をしてたけど……)
硫黄は、
(どこまでの事情を話したんだろ……? 実は男だってことは……? )
ぴいたんを窺う。
(…今は、分かるワケないか……。だって、人の生き死にに比べたら……。それに……)
そんなことより、先ず言わなければならないことがある、と、ゆっくり上半身起き上がり、しっかりと、ぴいたんの目を見て、
「ぴいたん、心配かけてごめんね。ラティメリアに襲われた、あの時、ぴいたんがテレポを使ってくれなかったら、それこそ大変なことになってたはずだから……。助けてくれて、ありがとう」
言ってから、頭を下げた。
テレポを使った影響か、2日間も眠ったままだったため、その影響か、動作ごとに鈍く頭が痛む。
(…やっぱり、今回みたいな非常時以外は、テレポは使わないほうが良さそうだな……。直接の影響って言えるのは2日間眠っちゃうことだけで、頭痛と、あと、嫌な夢を見てたけど、その2つとテレポの関係は分からないし、トフィー村からシュトレンまでは徒歩だと2日でなんて行けないから時短にはなってるけど、でも、次に使った時には、もっと大きな影響が出ないとも限らないし……。
…2日間……。人間の世界で30分……)
そこで、硫黄はハッと気づいた。
「ぴいたん、彼氏との約束の時間は? 」
「もうすぐです」
(そっか。過ぎてなくてよかった……)
ホッとしつつ、
「私は、もう大丈夫だから、彼氏のとこに行っ……」
行って、と言おうとしたのを、
「エスリンさんはっ! 」
ぴいたんが、怒ったような強い調子で遮る。
「エスリンさんは、私がそんな冷たい人間だと思ってるんですかっ?
こんな大変な状況になってるエスリンさんを、放っておけるワケないじゃないですか!
スーパーモンブランの山頂を目指してるんですよねっ? エスリンさんが、もし命を落とした場合に、他のプレイヤーみたいに生き返れないかも知れないから、気をつけなきゃいけないって聞きました。魔物が最近、強く凶暴になってきてるってことも。
彼氏に話して、彼氏にも手を貸してもらえるようお願いしてみます。
私じゃ大して役に立てないかも知れないですけど、彼氏なら、SFF歴も長いので、きっと、力になってくれますから! 」
「でも、せっかくのデートなのに……」
「エスリンさんが大変な思いをしてるって知ってるのに、デートしてても楽しくないですよ」
言って、ニコッと笑って見せた。
「ね? お手伝いさせて下さい! 」
(……ああ、ホント、ぴいたんは良い娘だな……)
「ありがとう。助かるよ」
申し訳なく思いながらも頷いた硫黄に、ぴいたんは頷き返し、立ち上がって、
「じゃあ、時間なので、私、一度彼氏のとこへ行って、お願いしてきますね」
部屋の入口方向へ、硫黄に背を向ける。
「あ、待って! 」
その背中を硫黄は呼び止め、
「一緒に行くよ。私からも、ちゃんとお願いしたいし」
ベッドから下り、ごく簡単に仕度をして、救護所として使われている部屋から廊下へ、ぴいたんと共に出た硫黄は、
「あ」
教会の仕事を手伝っているらしい、畳んだタオルを数枚重ねて両手で持っているクランと目が合った。
「よかった! 目が覚めたのですね! 」
言いながら、駆け寄って来たクラン。
タオルがバランスを崩して落ちそうになったのを咄嗟に押さえつつ、硫黄が、今からぴいたんの彼氏に会って、旅の協力を頼もうと思っていると話すと、
「私も参ります」
ほんの少しだけ待ってていただけますか? と言ってタオルを手にしたまま、すぐの部屋に入り、本当に少しだけの後、
「さあ、参りましょう」
身支度を整えて出て来た。
そうして連れ立って教会を出た3人。
少し先を行くぴいたんに聞こえないよう小声で、硫黄はクランに、先程から気にしていたことを聞いてみる。
「クランさん。ぴいたんに、オレが実は男だって、話した? 」
「いいえ。特に必要が無いと思われるので」
同じく小声でのクランの答えに、硫黄は、ホッ。
*
首都に相応しく超近代的な高層ビルの立ち並ぶ大都市シュトレンを、夕焼けが赤く染めていた。
硫黄の運び込まれた救護所のある教会も、昔ながらの木造建築で豊かな自然に囲まれてもいるが、実は、一般に開放して都会のオアシスとする狙いで、そのように造られている。
ぴいたんの彼氏との待ち合わせ場所であるという中央広場の時計台前へと到着した硫黄・クラン・ぴいたん。
まだ少し早かったようで、彼氏は来ていなかった。
時計台の時計で時間を確認する硫黄。
と、背後から、
「あれ? 一緒だったんだ」
硫黄たち一行に向けたと思われる男の声がし、振り返ると、白い翼をもつ白馬を連れた、銀色の鎧と槍を装備しサラサラの金髪碧眼で長身のイケメン騎士。
(…ソルト……)
北村空人。SFFの中ではソルトという名前の、アレクサンドラ号と名付けた白馬をカスタマイズして白い翼をつけ本来SFFには存在しない天馬騎士を自称している、ベータテストから硫黄とよく一緒に狩っている仲間で、レベルは、硫黄がSFFの中に入る前から上がっていなければLV303。そう、何を隠そう彼こそが、前にも少し触れた最も高レベルのプレイヤー(やはりあくまでも硫黄がSFFの中に入る前と変化が無ければ)。
リアルでは硫黄の高校の同級生。アバターのイケメンっぷりそのままに、スポーツ万能、頭脳明晰。しかしそれを鼻にかけない性格の良さで、先生方からの信頼・他の生徒たちからの人望ともに厚い生徒会長。もちろん女子にもモテる。
そんな、リアルでも充分無双しているにもかかわらずゲームでもなど、本当に純粋にゲームが好きなのだろう。……一般的にゲームの得意な人(硫黄自身もだが)は、リアルが思うようにならないためゲームの中でくらい、という気持ちがどこかにあるように思えるから。
その上、どうやら最近、彼女まで出来たらしいのだが、その話になると、いつも上手にはぐらかされて、詳しい話は聞けていない。別に無理に聞き出そうとは思わないのだが、ちょっと寂しいな、と。
(…って、「一緒だったんだ」……? )
ソルトの発言に硫黄が首を傾げていると、ぴいたんがソルトに駆け寄った。
(…え……? )
一方のソルトは、驚いたようにクランを見、
「噂の大型アップデートへの伏線か何か? 」
ソルトが口にした「噂の大型アップデート」という言葉も気になったが、それよりも硫黄は、ソルトの言葉を「違うよ」と否定し硫黄の事情を説明した上で協力を求め取りつけた、ぴいたんが気になった。
(…これって、もしかして……? …いや、間違いなく……)
「ぴいたんの彼氏って、ソルトだったんだね? 」
硫黄の問いに、ぴいたんは頷いてから、何か探るように上目づかいで、
「エスリンさん、ソルトとお知り合いなんですね? 」
その様子に、硫黄は答えに詰まる。
(…ぴいたん、オレとソルトの関係を疑ってる……? )
「…こんなこと、聞いちゃいけないって分かってますけど……。あの……。どういったお知り合いですか? 」
(ああ、やっぱり疑ってる……! )
ぴいたんを無駄に不安がらせたくなくて、硫黄、気になって当然だからいいよ、と、
「高校の同級生だよ。でも、本当に、ただの同級生だから」
「…同級生……ですか……」
(…なんか、余計に気にした……? 「ただの同級生」って言えば、安心してくれると思ったんだけど……)
どうしたらよいか分からず、硫黄は、ぴいたんを窺う。
(オレが実は男だってこと、もう、言っちゃったほうがいいのかな? でも、ぴいたん、どう思うんだろ? オレが男だって知ったら……)
そこを、
「はい、そこまで」
ソルトが割って入った。
長身を屈めて、ぴいたんと視線の高さを合わせ、
「いけないって分かってるなら、聞いちゃダメだよ」
め! と優しく叱る。
それから、スーパーモンブラン登頂を目指すなら、物資の豊富な、ここ、シュトレンで、必要な物を揃えてしまったほうがいい、と、その場を仕切り、遅ればせながら、と、クランに自己紹介。クランも自己紹介を返したのに頷いてから、
「クランさん、1軒丸ごとアウトドア関連のお店になってるビルがあるはずですけど、何処でしたっけ? 」
「それなら、1つ向こうの通りです。ご案内致します」
答え、先に立って歩き出すクラン。
硫黄とソルトの関係を気にしてかソルトに叱られたことでか俯いて黙り込んでしまっているぴいたんを、そっと促しつつ、ソルトが、その後に続く。
硫黄は、
(…クランさんとソルトが、普通に会話した……っ? )
クランとソルトが、ごく普通にコミュニケーションをとったことに驚いて、暫し自分以外の3名の背中を見送ってしまってから、ハッとし、慌てて追った。
(…クランさん、前に、プレイヤーに話しかけてもスルーされる、みたいなことを言ってたはず……。
あ、でも、ぴいたんにオレの事情を説明したのはクランさんだし、それに、ぴいたんとは、トフィー村で会ったばっかの時に、会話って言っていいか微妙な程度だったけど、確かにコミュニケーションとってたっけ……)
クランとぴいたんやソルトが会話することについて、
(…ゲームでは、プレイヤーが決まった場所とタイミング以外で積極的にNPCに話しかけることは、まずしないから、会話出来るって知らなかっただけ? NPCからプレイヤーには無理でも、プレイヤーからなら……?
…なんか、もう、よく分かんないな……)
どうのこうのと考えながら、ぴいたんとソルトの1歩分後ろを歩く硫黄。
と、ソルトが、ぴいたんを窺いつつ、一瞬だけ足を止める形で硫黄と並び、
「大変なことになってたんだね」
声を掛けてきた。
硫黄、頷き
「ゲームの中に入っちゃうとか、ありえないよね」
「うん。僕も、ぴいたんから聞いたんじゃなかったら、こんなあっさり信じなかったと思うよ」
硫黄は、酷いなあ、と、全く本気でなく言ってから、
「協力ありがとう。ホント助かるよ。ソルトが一緒に行ってくれるなんて、すごく心強い」
いやいやそれほどでも、と、笑って返すソルト。以降、小声で、
「ぴいたんは、君の正体を知らないんだね。しかも、女の子だと思ってる?
もしかして、ワザと隠してるの? 」
硫黄、「正体」なんて、何だか化け物を指すような言い方だな、と思いながら、
「初めは隠すつもりは無かったんだけど、今更言えなくて……」
「そうだったんだ。君の体が、今、どんな状態か分からない、って聞いて、とりあえず部屋に体があるかどうかだけでも、ぴいたんが見てくればいいのにって思ったんだけど、これで納得したよ。隠してるんじゃ仕方ないよね」
(…ぴいたんが見てくればいいって思ったってことは、ぴいたんの家って、うちの近く……? だよな。中学生相手にそう思うってことは……)
「…あ、のさ……」
ソルトが急に、声のボリュームだけでなくトーンまで下げる。
(? )
何だろう、と、ソルトの次の言葉を待つ硫黄。
ソルトは言い辛そうに切り出す。
「僕がぴいたんと付き合ってるって知って、どう思った? 」
(…どうしてオレに、そんなことを……? )
そう思いかけて、硫黄はハッとした。
(当然だ! 自分の彼女がオレ……他の男と一緒にいたんだから、気にして当然!
ぴいたんがオレとソルトの仲を疑ってるのは本当に誤解としか言いようが無いけど、ソルトがオレとぴいたんについて、ぴいたんの気持ちは疑う部分が無くても、オレが変な下心を持ってるとは疑えるワケで……。
実際、ぴいたんはオレ好みだし、ソルトなら、オレの好みを知ってるはずだし、ぴいたんが、それに当てはまってることだって……)
しかし、もともと、ぴいたんとどうにかなりたい気持ちなんて無かった上に、ソルトが彼氏であると知って、そんな気持ちは、この先も持つワケの無いものになった。
(…だって、ソルトとの関係を壊したくないし、それ以前に、オレがソルトに敵うワケがないし……)
どうか信じて欲しいと気持ちを込めて、硫黄は真っ直ぐにソルトの目を見つめ、
「すごく、お似合いだって思ったよ」
紛れもなく本心。
ぴいたんのリアルでの姿は知らないが、少なくともSFFの中での2人を見る限り、清純な美修道女ぴいたんと爽やかイケメン騎士ソルトは、実に絵になる。
「本当に、そう思う? 」
暗い目で硫黄を窺うソルト。
その視線を受け止め、硫黄が意識して真面目に重たく頷いて見せると、ソルトは目に明るさを呼び戻し、
「よかった! 君の気持ちだけが気掛かりだったんだ」
晴れ晴れとした笑顔。
(疑いが晴れたみたいでよかったけど……。でも、どうしてそこまで?
…もしかしてオレ、ソルトから見て、彼女を取られる危険を感じるほどのイイオトコだったりする……っ? もしかして、ちょっとだけ自信持っちゃってもいい……っ?
…なんて、そんなワケないか……。ソルトだって、きっと、オレと同じで、オレとの関係を壊したくないだけだ……。
いや、「だけ」じゃないな。大切に思ってもらえて、とっても嬉しい)
ソルトの、自分へと向けられた友情を噛みしめ、それに友情をもって応えるべく、硫黄は、ひとつだけ彼にアドバイスをすることにした。
「ぴいたん、外でデートしたがってたよ。彼女が中学生だなんて恥ずかしいから外でデートしないんだって思い込んでて、だから言い出せないみたいなんだけど……。
あ、でも、これ、5日くらい前の情報だから、もしかして、その後、した?
してないなら、一度、近いうちに、どこか行って来るといいと思うよ」
ソルトは驚いたような表情。その表情のまま、
「君が、そう言ってくれるなら……」
硫黄は、
(……? )
いくら何でも気に掛けすぎだと思った。
(オレが、ぴいたんと別にどうにかなりたいなんて思ってないって、ここまでの会話じゃ、ちゃんと伝わらなかったのかな……? )
「オレのことは、ホント、気にしなくていいからさ。ぴいたんを幸せにしてやってよ」
突然、
(っ? )
ソルトが足を止め、硫黄を抱きしめる。
そして耳元で、
「ありがとう。必ず、必ず幸せにする! 他の誰でもなく、君に誓うよ! 」
(…ああ、うん……。もう、それでいいや……)
硫黄を腕から解放してから、硫黄の体が部屋にあるかどうか確認するため、ソルトは一旦、ログアウトした。
硫黄は、そうでなくてもデートの邪魔をしてしまっているのに申し訳ないからと遠慮したが、「それだけでも分かってたほうが絶対にいいはず」と押し切られたのだった。
目的の店に到着後、忘れないうちに先ず、ログアウト前にソルトが言い置いて行ったのに従って、使い捨ての安い松明を大量に、硫黄とクランとで手分けしてカートに入れていて、
「あれ? 」
硫黄は、ふと気がついて手を止める。
「火の子? 」
そう、火の子が松明1本につき1体、「耐熱・耐火袋」と書かれた銀色半透明の小さな袋に入れられて、貼りついていたのだ。
そうか、ゲームとしてプレイしてた時にはバッグから取り出すと自動的に点火されてたけど本当はこういう物だったんだな、と、硫黄はひとりで納得し、手を動かそうとして、
(…って、あれ……? )
ちょっと、いや、かなり気になった。
(使い捨てってことは、使った後、火の子はどうなるんだろ? )
そこでクランに聞いてみると、
「野生に帰ります」
そっか、それならよかった、と、頷く硫黄。
他にも色々と揃えて支払いを済ませ、硫黄・クラン・ぴいたんは、今夜の宿へ。
*
夜も更け、宿の部屋の大窓と平行に並んだベッドのうち最も窓から遠いベッドでは、明日も早いからと早々に横になったクランが寝息をたてている。
ぴいたんは、窓側のベッドに窓のほうを向いて腰掛け、繰り返し溜息。
買物中も、その後、宿で、夕食を食べ、風呂に入り、明日以降の旅程を確認し……と、過ごしている間も、ぴいたんは、ずっと沈んだ様子で、硫黄は気になっていた。
これまで、何か悩んでいるような時でも、こんなふうに暗く落ち込むようなことは無かったのに、と。
(やっぱ、オレとソルトの関係を気にして……?
そう言えば、ソルトとはオレとぴいたんの関係について解決したけど、ぴいたんとは、ソルトが遮って、結局そのままだっけ……)
硫黄、窓辺に移動して、ぴいたんの斜め前に立ち、
「…ぴいたん……」
そっと声を掛けた。
ぴいたんの視線は俯き加減で窓の向こう。暫しの沈黙の後、ぽつりぽつりと話し始めた。
「…さっき、2人でコソコソと何を話してたんですか……?
エスリンさんの体が部屋にあるかどうか見てくるって話だけをしてたにしては長かったし、それに、その話ならコソコソする必要も無いのに……」
疑問形だが質問している感じではなく、それ以前に正直に答えられる疑問ではないので、ただ聞く姿勢でいる硫黄。
ぴいたんは続ける。
「…ただの同級生を、抱きしめたりしますか……? 少なくてもソルトは生身の体じゃないけど……。
でも、私はSFFの中でだって、手をつないでもらったことも無いです」
…いや、それは、大切にしてるってことなんじゃないかな……? と思いながら、やはり硫黄は、ただ聞く。
(だって、仲を疑ってる相手であるオンナの口から、そんなこと言われたって……)
「…エスリンさんがソルトのこと何とも思ってなくても、ソルトは……? エスリンさんは私より大人だし、ゲームだって上手だし……
…なんか、こんなふうに不安にさせられるの、イヤ……」
(オレ、男だってバラしたほうがいいのかも……)
本気でそんなふうに思い始めた硫黄。
そこへ、
「でもっ! 」
ぴいたんのいきなりの大声でビクッ。
ぴいたんは、胸の前で上に向けて広げた自分の手のひらに顔を伏せ、
「一番イヤなのは、エスリンさんをお手伝いすることにしたことを後悔してる自分で……!
そんなのって、醜くってイヤだ……! …消えちゃいたい……っ! 」
それきり、
(…ぴいたん……? )
ぴいたんは声も発しないし動かなくなった。
離席しただけと分かっているが、その前に言っていたことが言っていたことなだけに、心配になる硫黄。
しかし、自分ではどうにも出来ないので、
(…ソルトが帰って来た時に、まだ、ぴいたんが戻ってなかったら、相談するしかないか……)
と、自分に割り当てられた真ん中のベッドに入る。
*
窓から見える空が白み始めた。小鳥たちの歌が朝を告げる。
ぴいたんは動かないまま。
硫黄は一睡も出来なかった。
少しでも早くソルトに相談したくて待っていたワケではない。
リアルの硫黄の家とソルトの家の距離は徒歩5分。ソルトが行って戻るのにかかる時間だけを考えてみても10分。人間の世界とSFFの中とでは時間の経過する速度が違うため、SFFの中では16時間以上が経過する。寝て起きたとしても、まだ帰ってくる時間ではない。
気になって、眠ろうとしても眠れなかったのだ。
ベッドに横になったまま、ぴいたんの後ろ姿を見つめる硫黄。
と、ぴいたんの頭が持ち上がった。
硫黄は弾かれたように起き、ベッドから飛び出して、ぴいたんに駆け寄る。
前面にまわり、顔を覗くと、その目には涙。
硫黄が窺っていると、ぴいたん、人指し指で涙を拭いながら、
「ソルトが、私の家へ来てくれたんです。私が元気無かったから心配になった、って言って……。
私のことも、抱きしめてくれました」
嬉し涙だった。
ぴいたんとソルトのことに関して全てが円く収まったのを感じ、硫黄は心の底から、
「よかったね」
「はい! 」
ぴいたんも、満面で笑んだ。
そこへ、ドアを開け、ソルトが入って来た。
人間の世界の時間にして、ログアウトから、まだ7~8分といったところだ。
(そっか、ぴいたんを優先したんだ……。うん、それでよかったよ)
ひとり頷く硫黄。
ソルト、硫黄とぴいたんの許へ歩み寄り、
「パソコンを持って移動したんだ。今、ぴいたんの部屋で、ぴいたんと一緒にいる」
硫黄に向けて、今の状況を説明。
(そうなんだ。SFFの中でのデートには変わりなくても、同じ部屋の中にいてプレイ出来てたら、それは、きっと、すごく違うよな)
硫黄は、よかったよかった、と、何度も頷きながら、
(ソルトの家から7~8分かからないで移動出来てるってことは、やっぱ、ぴいたんの家って、例えばソルトの家を中心に反対方向だったとしても、うちとも徒歩圏内なんだ……。
燐のこと知ってるかも? 同じ中3だし……。…もしかして友達で、うちに遊びに来たことなんかもあったりして、オレとも、知らないうちに会ってたりするかも……?
…いや、ぴいたんのリアルを詮索する気は、無い……って言ったら嘘になるけど、しちゃいけないと思うからしないし……。大体、ソルトの彼女だし……。
ああ、でも、ソルトの彼女だからこそ、いつか、ちゃんとリアルでソルトが紹介してくれたら嬉しいな、とか……)
そんな硫黄に、ソルト、
「ぴいたんの部屋へ行く前に、君の部屋を覘いたらさ」
(えっ? オレのとこも寄ったのっ? 10分も経ってないのにっ?
デキるヤツって、何をやってもスゴいな……)
舌を巻く硫黄。
「君の体、部屋に無かった。パソコンの画面には、今いる、この宿屋が映ってて、普通に、エスリンの姿の君もいたよ」
そうなんだ、ありがとう。と礼を言ってから、硫黄は、
(…部屋に体が無い……ってことは……。いや、人間の世界のどこか他の場所にあるのかも知れないし、別にイコールじゃないけど……。でも、その可能性が高くなったのは事実で……)
確かめるように、自分で自分を抱きしめる格好で両手で全身あちこちペタペタ触る。
(…この体は、生身の体……? )