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第6話「修道女ぴいたん」


 生まれたばかりの太陽の光を、波が静かに返す。

 ボーロタウンと隣接する南の大都市・ポルボローネの宿を出発し、本当は、山越えになるが最短であるルートを行く予定であった硫黄とクランだが、途中の川を渡す橋が落ちてしまっているとの情報があり、アマンディーヌベイ沿いを、西の都・チュイールを経由するルートで行くことにしたのだった。

 その行く手を、ゼラチン質で白色・半透明、半球形の体に多数の長い触手をもつジェリーフィッシュ(LV25)2体と、球形の全身を紫色の鋭い棘で覆われたシーウチン(LV23)が阻んだ。

 硫黄は胸の飾りをステッキに変え、その隣で、ミニスカートが深いスリットの入ったロングスカートになっただけで外見はほぼ変わらないが真新しい装備に身を包んだクランが、剣を抜いて、共に落ち着いて身構える。

 残念ながら、LV20より上の魔物対応のスプレーは手に入らなかった。

 店員に聞いたところ、そのような物は存在しないという。

 一般的に妖精たちの移動手段は空間移動装置を使用するかテレポなため魔物除けなど必要なく、LV20までの魔物除けスプレーは、完全に、SFF初心者の人間族をサポートするためだけの物であると説明された。

 港町であるボーロタウンと隣接しているため海外の珍しい品まで手に入る、首都・シュトレンを差し置いて国内で最も物資が豊富であると言われるポルボローネの、しかも大きな店の店員が言うのだから間違いないだろう。

 LV20より上の魔物に対応できるスプレーを探す以外にも、硫黄もクランも回復系の魔法が使えないため回復系の薬を大量に買い込んだり、遠慮するクランに硫黄が、必要な物だからと、彼女の装備可能な物の中で最も良い物を、キチンと胸当のクランベリーの絵のカスタマイズも再現して買ってあげたり、それならお礼にと、今度はクランが硫黄に、諸々の値にはほぼ影響しなさそうだがゲームSFFの中では見たことの無いリボンの飾りのついた輸入品のヘアピンをガラス製のハート型のビーズでカスタマイズした上で買ってくれたりと、昨日ボーロタウンに到着したのは、まだ昼頃だったが、出来るだけ野宿は避けたいため、買物をして、ポルボローネで宿をとって、朝になるのを待ち、出発。急遽ルート変更をしたので、その時間調整は完全に無駄に終わったが……。

 そんなこんなで今に至る。

 道中、魔物に襲われることは、織り込み済みだ。

 LV20より上の魔物対応のスプレーがあれば魔物を殺さずに進めるのではと淡い期待を一度は抱いたが、存在しないものは仕方ない。

 だが、やはり出来るだけ回避出来れば、それに越したことはないので、とりあえずステッキを向け、威嚇してみる。

(…ダメか……)

 ジェリーフィッシュもシーウチンも、逃げて行ってくれる様子が無いどころか、にじり寄って来た。

「クランさん」

 硫黄はクランの胸の前を横切るように、そっと腕を伸ばし、退がらせつつ、自分も、威嚇は続けながら、ゆっくり後退。

 ジェリーフィッシュの触手に触れるとマヒ状態になり、シーウチンのほうは、棘に刺されると毒状態となる。そのため、この魔物たちとの戦闘では、距離をとって遠くから叩くのが定石だ。

 ただ……、

(さすがに、このくらいで大丈夫、かな? )

 その距離が分からない。当然、ゲームSFFでなら分かるのだが……。

 約5メートル。想定の倍近くの距離をとって硫黄は足を止め、ステッキを掲げて叫ぶ。

「マジカルヘビーQハートシャワー!!! 」

 頭上に急速に広がっていくピンク色の雲。

 その時、

(! )

 手を離せない硫黄に向けて、2体のジェリーフィッシュから高速で計4本の触手が伸びてきた。

(こんな遠くまでっ? それに速いっ! )

 クランが一歩踏み出しつつ、4本まとめて斬って捨てる。

 直後、雲が完成。ジェリーフィッシュ・シーウチンらの本体の上に、ドカドカと凶暴な雨を降らせた。

 硫黄は血と肉片の飛び散る光景を覚悟するが、ジェリーフィッシュは、まるで水のような無色透明の液体となって崩れて地面に水溜りを作り、シーウチンのほうは、真っ二つになった体から、思わず、美味しそう、と言ってしまいそうになる山吹色のふっくらとした塊を覗かせているだけだった。

(…そりゃそうか。クラゲとウニだもんな……)

 命を奪ったことに変わりはないはずなのに、その実感が湧かず、ホッとした。

 戦わないわけにはいかないのなら、結果、殺してしまうことになるのなら、せめて、こういった死に方であってくれたら気が楽なのに、と思った。

 それは完全に気のせいであると知っているが……。



                  *



 クラフティリバー河口近くにあるトフィービレッジへ到着したのは、正午を少し回った頃。

 予定では昼前に確実に着くはずだったのだが、魔物に阻まれる回数が多く、遅れた。

 だが、急ぐ必要は無い。今日の宿をとる予定のスフレビレッジへは、クラフティ川に沿って、そのまま上流方向へ普通のペースで歩けば3時間ほどで着く。それでも先へ進まない理由は、昨日ポルボローネに留まった理由と同じく、野宿を避けるための時間調整。スフレ村から次に目指す西の都・チュイールまでが遠く、夜明けと同時に出発したとしても到着は夜になるためだ。

 と、いうわけで、

「いただきます」

「いただきます」

硫黄とクランは、トフィー村内の定食屋に立ち寄り、ゆっくりと昼食を食べて行くことにした。

 テーブルの上の干物とアラ汁の定食に手を合わせ、箸をつける2人。

 美味しくいただきながら、硫黄は、そう言えば、と考える。

 昨日の昼食はボーロタウンで釜揚げシラス丼とアサリの味噌汁を食べた。夕食はポルボローネで魚介を使ったパエリアやマリネなど。カヌレ村やマカロンタウンでは、そのような魚介の料理は食べなかったな、と。

 ゲームとしてSFFをプレイしている時には、回復アイテムとしての食べ物や飲み物は存在するものの、食事という行為はしないため、また、回復アイテムとしても、同じ金額の物なら食品より薬の類のほうが高い効果を得られるので、全く気に留めていなかったが、海の近くの町では、やはり、海の幸を食べる習慣があるのだな、と。

「あの」

 不意にクランから声が掛かり、硫黄、ハッとして彼女を見る。

「あ、ゴメン。考え事してた」

「いえ」

「何? 」

「食事が終わったら、出発前に、2軒向こうのお煎餅屋さんへ寄って行きませんか? 」

「煎餅屋? 」

「はい。トフィー名物で、エビ煎餅という物があるのですが、お湯の中に入れると、美味しいスープになるので。明日の昼食は、どうしたって外でしょう? ですから、どうかな? と」




 昼食後、煎餅屋に寄ってエビ煎餅を買い四次元バッグの中へと仕舞いながら店を出て来たところで、

「エスリンさん? 」

どこからか名を呼ばれた。

 キョロキョロする硫黄。

 すると、向かいの商店の前から、声の主らしい少女が駆けて来た。

 人間の世界の修道女そっくりな紺色の清楚な正統派修道服で走りづらそうに、黒髪ストレートのロングヘアを揺らして……。

(ぴいたん……)

 ゲームSFFの外、人間の世界での数え方で5日ほど前に知り合い、暫く行動を共にした修道女。

 硫黄の目の前まで来た、硫黄より少しだけ身長の低い彼女は、人懐っこい上目遣いで硫黄を見、

「この間はありがとうございました! エスリンさんと別れた後も、エスリンさんに教えていただいた方法でレベリングを続けて、おかげさまで、もうすぐLV150になります! 」

(出会った時点でLV28、別れた時にLV40だったから、4日間で110……! ああ、そうか。今は経験値10倍中か。…それにしても……)

「すごい! 頑張ったね! 」

 感心した硫黄が、そのまま口に出して褒めると、ぴいたんは、ちょっと照れたように、でも嬉しそうに、

「はい! 」

 硫黄の教えた方法とは、回復役の同行していない、かつHPが少なくなっていたりステータス異常を来していたりするプレイヤーに、一時的にパーティーを組んでもらって、回復術を施す、というもの。自らは攻撃する術を一切持たない修道女であり、他人とのコミュニケーションを苦としないぴいたんが、ひとりでレベリングするには、これ以上ない方法だ。

 ぴいたんと、ごく普通に会話をしていて、硫黄は、あれっ? と思った。

(…どうして、普通に会話が成立するんだろう……? )

 SFFの外からプレイしているプレイヤーの言葉が音声として聞こえることや、その表情も変化して見えることは知っているが、ただ聞こえてくる分には関係なくとも、会話となれば、外と中では時間の流れる速度が違うため、こちらの言葉は向こうにとっては異常に速く、そしてこちらには、向こうの言葉が恐ろしくゆっくり聞こえるはずでは? と思ったのだ。

(まあ、その辺は、なんか上手いこと調整されてるんだろうな……。大体、こっちの発言は向こうにはテキストとして表示されているんだろうし、逆に向こうのは、本当は音声じゃなくて文章だろうし……)

それから、そう言えば、と思う。

(これって、外にいる人とコミュニケーションが取れるって証明だよなっ? )

 すごい進展だと、硫黄は嬉しくなった。

 だって、ぴいたんが自分と同じようにSFFの中に入ってしまっているとは考えにくい。

 もし、そうなら、ぴいたんのレベルでは、きっと、自分以上に困って、自分の姿を見掛けるなり助けを求めてくるに違いないから、と。

 そこへ、

「クラン・ベリーさんっ? 」

ぴいたんが頓狂な声を上げる。

 あまりに突然だったので、硫黄はビクッ。

 クランも、ちょっと引き気味に、

「あ、はい……」

返事をしてから、硫黄の耳元に口を寄せ、小声で、

「こちらの方は、一体……? 」

 ぴいたんのほうも無言で硫黄に説明を求めていたが、小声でもどうやら、ぴいたんにも聞こえてしまっていたようなので、先に、クランにぴいたんを紹介することにした。

「彼女は、ぴいたん。人間族の修道女で、オレ……私とは一度、暫くの間、行動を共にしてたことがあるの」

 続いて、ぴいたんに向けて、

「クランさんとは、ちょっとワケあって、スーパーモンブランまで徒歩で旅をしてる最中なんだ」

「クエストか何かですか? 」

「うん、まあ、そんなとこ」

ギリギリ嘘にはならない程度の説明をした。

 本当のことを隠すつもりは無いのだが、話したところで信じてもらえるとは思えず、変なことを言っていると思われて嫌われてしまうのが怖いので、積極的に話すのは、やめておこうと考えたのだ。

 外の人にも相談したいとは思っているのだが、ぴいたんはリアルの自分を知らないので意味が無い。外の相談相手に先ずお願いしたいことが、現在の自分の体がどうなっているのか状況を確認しに行ってほしい、ということだから。

 それじゃあレベリング頑張ってね! と別れの挨拶をし、クランと連れ立って歩き出した硫黄を、

「あのっ! 」

ぴいたんは呼び止める。

「暫くの間、ご一緒させていただいてもいいですか? この後、他の人と約束してるんですけど、まだ少し時間があるので」



                  *



 ぴいたんも一緒にスフレ村へと出発。

「この後に約束してる他の人って、彼氏? 」

 そう、ぴいたんは他の人の求めで修道女という職業を選び、その人に色々と装備などを買ってもらってプレイしているワケだが、その、他の人、というのが、付き合い始めてまだ半月ほどのリアルでのぴいたんの彼氏であること、2人のデートはSFFの中ばかりで、少なくとも以前に硫黄と行動を共にした時点まででは、まだ一度も外でデートしたことが無いということ、この先も、その気は無さそうだということは、ぴいたんから聞いて知っていた。

 硫黄の質問に、

「はい」

頷くぴいたん。

「そうなんだ」

 頷き返す硫黄。

 だからどうということの無い質問。ぴいたんのことは、外見がとにかく硫黄好みだし、内面も、以前に行動を共にしている間にかわした会話などから知った頑張り屋さんなところや自信の無さ、それを隠そうとしない素直なところ、けれども暗く落ち込むワケではなく相手に心配かけまいと明るく振る舞う優しさに、惹かれた。だから本当は、興味もあるし、聞きたいことや言いたいことなら、たくさんあるけれど……。

 例えば、ぴいたんはオンランゲームに慣れていないらしく硫黄が注意するまで出会って間もない硫黄相手にリアルのことを平気で話してしまっていて、その時までに知ったこととして、「ぴいたんは中学3年生、彼氏は高校2年生」との情報があり、この先も彼氏がぴいたんと外でデートする気が無さそうだというのは、別に彼氏がそう言ったワケではなく、ぴいたんが勝手に、「彼女が中学生だなんて、きっと恥ずかしくて、だから外でデートしないんだ」と思い込んでいる。その件について、「彼女が中学生だからって恥ずかしいなんてこと、無いと思うけど。だって、オレなら全然恥ずかしくないよ」とか、「彼氏だって、ぴいたんが良くて、ぴいたんと付き合ってるんでしょ? 」とか、「外でデートしたいなら、そう言ってみれば? 」とか、本当は言いたい。

 けれども、知り合って間もない相手にリアルのことでアドバイスなんて出過ぎた真似だろうし、大体、ぴいたんには硫黄は女性であるということになっているのだから……いや、本当はただ女性の姿をしたアバターを使っているというだけで、ネカマをしているつもりはなく、隠す気も無いのだが、ぴいたんは硫黄を女性であると思い込んでいて、彼氏持ちだし、女性だと思っているからこそ仲良くしてくれているのかも知れないと思うと、今更、男だとバレたくないので男目線でのアドバイスは出来ない。

 と、一行の目の前が、突然、硫黄の身長の3倍はある高い壁で塞がれた。光沢のある黒に近い濃紺に淡いピンクの斑紋のある硬そうな魚類の鱗のようなもので、ビッシリと覆われている壁。

(? どうして急に壁が? たった今まで、こんなの無かったはず……)

 何の気なく壁に触れる硫黄。

 壁が、僅かだが揺れた感じがした。

 直後、ドカッ。頭上から硫黄の脇を掠めて何かが通過し、地面にめり込んだ。

(っ? )

 反射的に飛び退きながら、見れば、地面にめり込んだそれは、魚類の胸鰭が逞しく発達したような形をした、3メートルくらいの物で、壁、硫黄の頭上1メートルほどの所からつながっていた。

「ラティ、メリア……? 」

 斜め後ろでクランが、壁に張り付いたように視線を動かさず息を呑んで呟く。

「ラティメリア? 」

 聞き返した硫黄に答えて、クラン、

「伝説上の魚型の魔物です。……あくまでも伝説ですが、深海に生息し、10基もの鰭をもつといわれています」

(伝説……)

 瞬間、地面にめり込んでいた鰭の位置はそのままに、壁が大きくしなやかに硫黄たちから遠ざかる方向へ動いた。それによって、クランの話の通りに多数の鰭をもつ魚類である、その全体の姿が見えた。

 続いて魚類特有の細い正面顔が至近距離に見え、刹那、それはガバッと大きな口を開く。

(喰われるっ? )

 硫黄は胸の飾りをステッキに変形させ、ミニハートを仕掛けようとするが、ラティメリアの口の中へ向かって強風が吹き、邪魔された。

 風は威力を強めながら吹き続け、ついに、

(吸い込まれるっ! )

硫黄の足が地面から離れた。

 クランが咄嗟に腕を伸ばして硫黄の手をとるが、一緒に吸い込まれそうになる。

「エスリンさんっ! クランベリーさんっ! 」

 ぴいたんは地面を蹴り、吸い込まれそうになっている2人に飛びつきながら叫んだ。

「テレポ! 」


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