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第4話「カヌレ村炎上」


 早朝にマカロンタウンを発ち、カヌレ村へと続く一本道。

 硫黄の半歩斜め前を歩くクランの深紅の肩当が、朝の光を跳ね返す。

 肩当と同色同素材の胸当とブーツに、赤のマントとミニスカート。露出度高めの、SFFの女戦士ソルジャーの初期装備だ。

 クランのそのような格好を見るのは、ゲームとしてプレイしていた頃も通して初めて。いつもは、チュートリアルに付き合ってくれた時でさえ、昨日と同じ事務職の人っぽい服装だった。

 しかし、今回の旅のために急遽用意したわけでもなさそうだ。分かりづらいが、胸当の中央にクランベリーの絵を彫るカスタマイズがされている。

 スレンダーな体型だが、ちゃんと似合っているし、腰に差した赤い鞘に納めた長剣も様になっており、その姿に対する慣れを感じさせた。

(オレの知ってる以外にも、何か、この格好でするような仕事をしてるのかな? いや、でも、チュートリアルに付き合うのと質問への回答だけで充分忙しいだろうし……)

 と、そこまでで、硫黄はハッと気付く。

(オレ、クランさんに、すごく迷惑かけてるんじゃ……? )

 硫黄とクランのこの旅は、クランが、スーパーモンブランにいるという観光庁長官の許へ、硫黄を連れて行くことが目的だが、硫黄が空間移動装置を使えさえすれば、ごく短時間で済んだであろうことなのだ。

 申し訳なく感じ、そう言うと、クランは歩みを調整して硫黄の隣に並び、

「何か勘違いなさっていませんか? あなたの望みは存じ上げておりますし、私やラズよりは長官のほうがSFFのことを更によくご存知である上に、お顔も広いですから、あなたの望みを叶えられる確率は上がりますが、あくまでもあなたの扱いは大切な資料であり、それを無事に長官へ届けることが、今の私の最も重要な仕事なのです。あなたの現在の状況は、こちらに原因がある可能性もありますので、再発防止のために。

 無事であることが必須ですから、そのために時間がかかるのは仕方のないことです」

(それなら、いいけど……)

 一応納得しながらも、硫黄は、こんな時間のかかる方法ではなく、他に何か方法は無いのかと考える。

(オレがひとりで行くとか。今の歩いてるペースを考えると、絶対、オレひとりで行ったほうが早いけど……。…ああ、でも、これはダメだな。話の内容についてはハッキリとそう言われたけど、オレ自身だって、きっと信用されてないから、逃げる心配とかされそう……。だから昨日の夜だって、あの彼と一緒に宿直室だったんだろうし……)

 他には、

(オレとクランさんが行くんじゃなくて、長官に来てもらうことって出来ないのかな? ……っていうか、そもそも、どうして2つに、マカロンタウンとスーパーモンブランに分かれてるんだ? )

 それ以外にも、

(忙しいクランさんじゃなくて、誰か他の人がオレを連れてくのは? もしかして観光庁の職員はクランさんとラズさんと長官しかいない? いや、別に観光庁の人じゃなくても、マカロンタウンオフィスの人か誰か、クランさんの信用できる人に頼めないのかな? )

 それらをまとめて聞いてみると、

「長官はスーパーモンブランを離れることは出来ません。当観光庁は、他の省庁と同じく首都・シュトレンに庁舎がありますが、他にも、SFFのスタート地点であるマカロンタウンの分室に、チュートリアルを担当しています次長の私とラズ、ゴール地点であるスーパーモンブランの分室に、ゴールした皆さんを祝福し、記念のアルバム作りをお手伝いするために長官が、と、キチンとした理由があって、2つではなく3つに分かれています」

(…アルバム作りを手伝う……。それって……)

「長官って、もしかして、マロン様? 」

「長官を、ご存知なのですか? 入口で配布するパンフレットには、名前までは記載されていないはずですが」

 マロン様、とは、ゲームとしてのSFFの中でスーパーモンブランの山頂にいる女神様の名前。

 ゲームSFFは、スーパーモンブラン登頂をし、マロン様と会うことでクリアとなる。

 エンディングでマロン様と共にSFFでの旅の思い出を振り返りつつ、旅の最中に自慢のカスタマイズ装備で映えを意識して撮ったSSでアルバムを作成して、公式サイトトップページのギャラリーで公開、ユーザーの投票でのランキング上位を目指すのが、ごく一般的なSFFの楽しみ方だろう。

 ただ、一度クリアしてしまうと、もう二度と同じキャラクターではプレイ出来ないため、カスタマイズは、しようと思えばいくらでも出来るし、LVも上限が無く(あくまでも現時点で最も高LVのプレイヤーから聞いた話、彼の現在のLVであるLV303までは)LVに応じて様々なステータスの値もきちんと上昇していくので、硫黄に限らずスーパーモンブランに行きはしても登頂は避け、やり込んでいる人も少数派ではない。

「会ったことがあるワケじゃないけど……。顔と名前くらいは知ってるよ。有名人だし」

(公式には載ってないけど、ちょっと調べれば普通にそこらじゅうに載ってるからな……。まあ、でも、そうか。SFFの都合上で分かれてるのか……)

 硫黄が観光庁の分かれている理由を納得した横で、クランのほうも硫黄が長官の名前と顔を知っていたことに「そうですか」と頷いてから、話を続ける。

「それに、私だけが特別忙しいのではなく、皆それぞれ自分の業務で忙しいのは同じですし、テレポや空間移動装置を使わずに徒歩で向かうのであれば魔物との戦闘は避けられませんから、私が最も適任です。SFFがオープンして人間族をはじめとする来場された方々に魔物を退治していただけるようになるまでは、妖精としては珍しく戦闘の能力を持つ私は、同じく戦闘可能な力を持つ仲間と共に魔物退治をしていましたから」

(ああ、じゃあきっと、今、身に着けてる装備も、その頃に使ってた物なんだ……)

 その時、行く先の方向が俄に騒がしくなった。硫黄たちの前を行くプレイヤーが魔物と遭遇し、戦闘が始まったとかだろう。

 それは当たりだった。

 暫く行って、硫黄たちがその騒ぎの現場が見える所まで追いついた時には、戦闘は既に終わり、初心者と思われる4人のパーティが肉片散らばる血溜まりの中、嬉しそうにドロップアイテムのみを全て拾い、先へ進むところだった。

 血溜まりを出来るだけ視界に入れないよう歩く硫黄。

 血溜まりに差し掛かろうという瞬間、

(! )

 突然目の前に現れたカーキ色の大きな背中にぶつかり、後ろへヨロける。

 すると、

「おっと! 」

 大きな背中の主は咄嗟に振り返り、硫黄の右腕を掴んで引き寄せ、元の位置まで戻した。

「これは失礼! 」

 その人物は、カーキ色の作業服に身を包んだ大柄な中年男性。腰のベルトに大きなドライヤーのような物を提げている。

 他2名、同じくカーキ色の作業着姿の少年少女が一緒だった。これまではこの場に無かったと思われる、大型の掃除機のような物と金属製のようだがそれほど重くなさそうな蓋とキャスター付きの大きな箱が、傍らに置かれている。

「きちんと確認してから出たつもりだったのですが……」

 申し訳なさげに頭を掻く中年男性に、クラン、

「お疲れ様です。人間族であっても彼は少し特殊な存在ですので、きちんと普段どおりに行っていたのであれば、あなたの確認作業に問題は無かったと思われます。どうぞ業務を続けてください」

 クランの発言に、

「ベリー次長っ? 」

 中年男性は非常に驚いた様子。

「何故こちらにっ? しかも、そのお姿はっ? 」

「この彼を、長官の許へ案内する旅の最中です。事情があり空間移動装置を使用出来ないので」

「そうでしたか……って、……彼っ? 」

 驚きに驚きを重ねて中年男性は、眼球が飛び出さんばかりに目を見開き、硫黄を見た。

「はい。彼は男性です。人間族は、そういうものらしいです」

(…そういうもの……? 『そういう』って何? ……いや、オレは分かるけど……。昨日のクランさんとの会話の中で、オレの性別が男だって件から女装が似合う理由までの、あの長い説明のことだよな……)

 こんな返答で納得出来るワケがない。なんていい加減な……と、硫黄が思ったところへ、

「そうですか! 分かりました! 」

(分かったっ? 何がっ? ……ああ、オレが男であることは確かだってことと、その詳細は自分には関係ないってことが、か)

 硫黄は溜息。

(まあ、クランさんも、そういうつもりで言ったんだろうし……。人間の世界にも、先生とかでたまにいるよな。『そういうものだから』とか『常識だから』とか『規則だから』とか、問答無用で、それだけで済ませようとする人)

 中年男性は、では自分はこれで、と挨拶。それから旅の安全を祈る言葉を添え、クランが頷くのを待ってから、もう一度、ごく軽く、硫黄にぶつかったことを詫びて、硫黄とクランに背を向けた。

 他2名と、3人で血溜まりを囲う中年男性。

(? )

 何をしているのか気になり、行きましょう、と歩き出すクランの言葉を悪気無く無視してしまって、硫黄はその様子を眺める。

 先ず動いたのは少年。大きな箱の側面に掛けられていた炭バサミのような物を手に、血溜まりの中の肉片を素早く拾っては、箱の中へとほかし、炭バサミでは無理な大きさの塊は手を使って放り込む。全ての肉片を回収したところで次に動いたのは少女。大型の掃除機のような物で、血を一滴残らず吸い込んだ。そこで登場したのが中年男性の腰のドライヤーのような物。地面に強風を送り、いっきに乾かす。

 少年が動き始めた時から、ものの15秒。中年男性がドライヤーを停止させた時には、もう、地面に血溜まりのあった形跡は無かった。

(…すごいっ……! )

 中年男性は一度しゃがみ、地面に触れて頷いてから再び立ち上がって、他2名と頷き合ったかと思うと、3人揃って道具も一緒に、フッと姿を消した。

「彼らは、我が観光庁のスタッフで、魔物退治の後片付けを担当しています」

 硫黄がついて来ていないことに数歩歩いてから気づいたのだろう、何歩分か先の位置からクランが説明する。

「シュトレンの庁舎に彼らを含め30のチームが待機していて、SFF内全域に張り巡らせてある各所の様子を常に観察している魔法の網が対魔物の戦闘を発見したら、テレポで速やかに向かうようになっています」

(…へえ……。だから昨日の朝、カヌレ村の外の森も、血の一滴も無い感じになってたのか……)



                *



(オレが行ったら、アプリコット、喜ぶかな? )

 昨日泣きながら見送っての今日だから、きっと驚くな、と、カヌレ村が近づくにつれ、楽しみになってきた硫黄。

 カヌレ村に着く頃には夕方になるため、今晩はカヌレ村で休むことになっている。

 まだ少し距離があるが、カヌレ村を囲う森が見えてきた。

 と、

(……? )

 微かだが、硫黄は異臭を感じ、足を止め、キョロキョロ。

 しかし、臭いの原因と思われるものは見当たらない

 クランも同じく、

「何だか、焦げ臭いですね……」

 立ち止まり、眉間に軽くシワを寄せて、辺りを見回した。

 だがやはり何も見つからなかったらしく、首をひとつ傾げてから歩き出す。

 けれども、そう何歩も歩かないうちに再び止まり、右耳を右手のひらで押さえ、

「はい。私よ」

(? )

「えっ? カヌレ村がっ? 」

 おそらく悪い意味で、とても驚いた様子を見せ、

「ええ。……ええ、分かったわ」

 まるで誰かと会話しているような独り言を続けるクランを、不思議に思って眺める硫黄。

 クランが森の方向へ視線を向けたのにつられて、硫黄もそちらを見た。

(っ? )

 森の中央付近、丁度カヌレ村の辺りから、細く幾筋かの煙がのぼっていた。

 その煙が何なのか、答えを求めて再びクランに目をやる。

「連絡ありがとう。じゃあ」

 右手を下ろしつつ、クラン、硫黄の無言の問いに、

「ラズがテレパシーで知らせてくれたのです。カヌレ村が魔物に襲われて、火事になっているって」

(っ! )

 硫黄の脳裏を、アプリコットの明るく屈託の無い笑顔と、穏やかなラムの微笑みが過った。

 何を思ったワケでもない。ただ突き動かされるように、硫黄はカヌレ村へと走り出す。

「えっ? ちょ、ちょっと! 待ってっ! 」

 呼び止めるクランの声が、とても遠くに聞こえた。






 煙の充満している森の中を、硫黄は、ひとり、煙を吸い込まないよう姿勢を低くして進む。

 カヌレ村が魔物に襲われたと聞いてから森の入口まで全力疾走してきたため、クランと完全にはぐれたのだ。

 腹と胸の境辺りが何となく苦しいのは、煙を意識して呼吸を加減しているせいだけではないだろう。

(アプリコット……! ラムさん……っ! )

 この低い姿勢では、普通に立って走るよりは、どうしても遅くなる。気ばかりが急く。


 カヌレ村の門の前に到着。瞬間、門扉の無い、その門柱と門柱の間に硫黄が見たのは、

(! ! ! )

 男戦士ソルジャーの初期装備をしたプレイヤーが血飛沫を上げて倒れる姿だった。

 その向こうから姿を現したのは、プリドラゴン。

 地面に転がった男戦士に、プリドラゴンは爪を振り下ろそうとする。

(まずい! )

 硫黄は反射的に胸の飾りをステッキに変形させ、その先端で宙に大きめのハート型を描きつつ、

「マジカルピュアハート」

唱えた。

 描いた大きさに出来上がったハートはピンク色。

 ステッキ先端をプリドラゴンへ向けると、ハートが目標プリドラゴンへと高速で飛んでいく。その体に当たるタイミングで叫ぶ硫黄。

「エクスプロージョン! 」

 眩い光を放ちつつ、ハートは炸裂。目標をバラバラにした。

 硫黄は門を入り、真っ直ぐに、たった今自分の倒したプリドラゴンのものと地面に横たわったままの男戦士のものが入り混じっているはずの血溜まりにピチャピチャと足を踏み入れる。

 抵抗があったはずの血溜まりに肉片転がる対魔物の戦闘後の光景。しかも、作り出したのは自分。

 しかし、全く気にならなかった。気に出来る余裕など無かった。

 何故なら、アプリコットとラムのことが、あまりに心配で。

(どうして? )

 何故なら、プレイヤーが血を流して倒れていて。

(どうして? )

 何故なら、村の中に魔物がいる。設定上、町や村の中には魔物は現れず安全なはずだ。

(どうして、こんなことに? )

 硫黄は、片膝をついて男戦士を抱き起こす。

「おい、大丈夫か? しっかりしろ! 」

 男戦士はピクリとも動かない。

(…死んで、る……? 死んでるなら、どうして……)

 どうして、教会に移動して生き返らない?

(この人、もしかしてオレと同じ存在……? …だとしたら……)

 そうだとしたら、前に考えた、SFFの中で起こる「現実ならば普通」なことの中のひとつ「死んだら死ぬ」のが普通のこと。これは正解で、この男戦士は、もう生き返らない? そして自分も、もし死んだら、この人と同じように、教会に移動することなどなく地面に転がったままに……と、そこまで考えが及んだところで、硫黄は、頭上に影が差したのを感じて顔を上げる。

 すると、目の前にプリドラゴン。

 マカロンタウンからカヌレ村への道中は低レベルの魔物しかいないため戦闘にはならないはずだが、念のため、出発時に、魔物除レペラントけスプレーを全身にかけておいた。しかし、こちらから仕掛ければ、さすがに向かってくる。

 硫黄は咄嗟にステッキの先端で、プリドラゴンの腹部をチョンと触り、呪文を唱えようとしてハッとした。

(…ここ、村の中だ……! )

 町や村の中では、回復系の魔法以外使えない設定になっている。

(ピュアハートは成功したけど、狙いは村の中でも自分は門の外にいたから出来ただけかもしれないし……) 

 プリドラゴンが、前脚を大きく振りかぶり、その鋭い爪を勢いよく振り下ろしてきた。

 避けるのは、もう間に合わない。

 硫黄は祈るような気持ちで、

「マジカルミニハート」

 唱えると、プリドラゴンの腹部、ステッキで触れた部分に、ピンクの小さなハートが浮かび上がった。

 力を得、硫黄は叫ぶ。

「エクスプロージョン! 」

 プリドラゴンは、体内部で爆発を起こし、破裂。他の術の時に比べ細かくなった肉片が、血液とともに飛び散った。

 硫黄は一瞬だけ、その様を確認後、目を背けて、男戦士をそっと地面に横たえてから、立ち上がる。

(…アプリコット……。ラムさん……。無事で……! )

 アプリコットとラムがどこにいるか分からないため、とりあえずラムの家を目指して村の奥へ向かって踏み出し、視線を通常に戻すと、これまでろくに見えていなかった周囲の状況が目に飛び込んできた。

 炎に包まれる家々。男戦士の仲間だろうか? やはり初期装備の僧侶プリーストとくノ一が地面に転がっている。他に人影は見当たらない。

(もしかして……! プリドラゴンに傷つけられたり、煙を吸い込んで倒れてたりして、燃えてる家の中で動けなくなってるのかもっ? )

 ラムの家へと駆けだす硫黄。

 だが、数メートルと行かないうちに、

(! )

 近くの民家から飛び出してきたプリドラゴン6体に、行く手を阻まれた。

 警戒し、一旦足を止めて、硫黄は相手の出方を窺う。

 硫黄にとってはレベルの低い魔物であるプリドラゴン相手に警戒する理由は、数が多いことももちろんだが、ゲームとして外側からプレイしていた時に比べ、直接戦ってみると……いや、まだ戦ったと言えるほどに戦っていないかもしれないが、少ない経験ながら、同じプリドラゴンで比べた時、直接のほうが、手応えのようなものを感じたのだ。

 当然、直接では迫力が違うため、それによる錯覚かも知れないが……。

 硫黄の目が、一瞬、ファイヤドラゴンの姿を映す。

 ファイヤドラゴンとは、姿こそプリドラゴンの体の色を鮮やかな赤色にしただけだが、レベルは4倍以上のLV88で、一番の特徴としては、口から火を噴くこと。SFFに登場する魔物で最強はスーパーモンブランに生息するキンググリズリーのLV99なので、LV88であるファイヤドラゴンは強いほう。

 そう、手応え的に丁度、直接戦うプリドラゴンは、ゲームとしてプレイしている時のファイヤドラゴンと同等くらいに感じられる。

(…ファイヤドラゴン……? )

 しかし、硫黄はすぐにファイヤドラゴンを見失った。

(……って、ここにいるワケないか……)

 ファイヤドラゴンの生息地は、LV80以上からでないと受けられないクエストで行くことになる火山地帯。こんな、やっと初心者を脱したようなプレイヤーの来るような所に、いるはずがない。

 気のせい、と結論を出したところで、

(いた……! )

 その目は再び、今度は確実に、ファイヤドラゴンの姿を捉えた。

 硫黄を阻んでいる6体のプリドラゴンのうち中央2体の隙間、明らかにこちらへ向かって来ている鮮やかな赤色。

 同時に、

(! )

 とんでもない光景を目にした。

 ファイヤドラゴンの後に付き従うように、数えきれないほどのプリドラゴンが、わらわらと、やはりこちらへと向かって来ている。

(…どうしよう……! )

 こんなにたくさん。しかも厄介なことに、そのうち1体だけだが、遠距離攻撃の出来るファイヤドラゴンが交ざっている。

(何とか、出来るのか……っ? )

 自分は基本的に近接戦闘には向いていない。唯一、相手に直接触れて仕掛けるミニハートがあるが、それだって本当は、仕掛けるだけ仕掛けておいて距離をとってからの起爆が理想だ。ピュアハートは完全に遠距離の攻撃。ヘビーQハートシャワーは範囲攻撃であるため一度に何体にも攻撃出来るので相手の数が多い今のような場合には便利な上に、その範囲も最大でカヌレ村全体を覆えるほどまで拡げられ、最小では今まさに行く手を阻んでいる個体のみを狙える程度まで絞れる。つまり、近接にも使えるワケだが、とにかく使用待機時間クールタイムが長く、1回使ってしまったら暫くは使えない。

(とりあえず、目の前のこの6体を早めに何とかして、残りは遠距離に持ち込めたら……)

 合流されてしまう前にと、硫黄は大急ぎで頭を巡らせる。

(プリドラゴンたちを倒すことだけを考えたら、今ここで、ハートシャワーを使えばいいだけなんだけど……)

 だがそれでは、後方で倒れたままのプレイヤーたちや、村の建物、逃げ遅れてその中にいるかも知れない村の人々を巻き込んでしまう。

 それを避けるためには……。

(よし! これだ! )

 考えがまとまり、実行に移す。

 先ずはステッキを水平にフワッと動かしつつ、トトトトトト、っと、目の前の6体の胸辺りに触れ、

「マジカルミニハート・エクスプロージョン! 」

 飛び散る肉片と血液の中をくぐり抜け、硫黄は、真っ直ぐにファイヤドラゴンへと向かって走りつつ、ステッキで宙にハートを描きながら、

「マジカルピュアハート」

唱えて、ステッキ先端をファイヤドラゴンへ向けた。

 ピンクのハートが高速で移動。ファイヤドラゴンにぶつかる瞬間を狙い、

「エクスプロージョン! 」

 閃いた光がファイヤドラゴンを砕くのを見ながら、硫黄は右方向へと進路を変え、プリドラゴンたちが自分の後をついてくるのを確認しつつ走る。

 右方向へ進んだ先には、広場がある。そこへプリドラゴンたちを誘導するつもりだ。

 木製の簡単な柵に囲われた広場。広場入口の戸をわざと開けたままにして入り、硫黄は、広場中央に立って、ハートシャワーを使うべくステッキを高々と揚げて待機。

 広場の面積に合わせた範囲のハートシャワーで、出来る限りプリドラゴンの数を減らす作戦だ。

 続々と広場へ入って来るプリドラゴン。硫黄を窺いつつ、囲む隊形をとり、少しずつ間合いを詰めてくる。

(もう少し。もう少しだ……)

 タイミングを見計らう硫黄。

 想定していたよりも、プリドラゴンたちの集まり方がバラけている。まだ広場への道に、プリドラゴンの姿が、少なくない数、見受けられた。

 だが、そろそろ限界だ。最も内側で硫黄を囲っているプリドラゴンたちが、あと1歩前進すれば、硫黄はプリドラゴンたちの射程内。

 直後、左側にいたプリドラゴンが小さく1歩踏み出し、その足で地面を蹴って、硫黄に飛びかかってきた。

 一瞬後れて残りの最前列のプリドラゴンたちも地面を蹴る。 

(仕方ない! )

「マジカルヘビーQハートシャワー! 」

 硫黄の叫びに応え、急速に頭上に広がるピンク色の雲。そして、そこからの、ピンクのハートの塊の凶暴な雨。

 雨はプリドラゴンたちの肉を切り裂き骨を砕き、ドカドカと地面にめり込む。

 雨が止み、静かになった広場。

 広場入口に、後続のプリドラゴンたちが怯んだ様子で溜まっている。

 硫黄はラムの家へ行きたい。そのためには、プリドラゴンの溜まっている、あの入口を通らなければならないのだが……。

 目の前でたくさんの仲間が殺されたのだから怖がって逃げてくれないかと期待するが、甘かった。

 広場を出るべく硫黄が一歩、入口方向へ足を踏み出したのが刺激になったか、プリドラゴンたちは、入口付近の柵を壊しながら、一斉に広場へと雪崩れ込んで来たのだ。

 その数は、たった今ハートシャワーで倒した数の半分より多い。

 しかしハートシャワーは、まだ使用待機時間に入ってもいない。実は、術の発動が完了していない。返す刀があるのだ。

 硫黄は一歩踏み出していた足を元の位置へ戻してから叫ぶ。

「エクスプロージョン! 」

 すると、硫黄の立っている場所を中心とした半径50センチメートルの範囲を残し、広場の地面が激しい爆発を起こした。

 地面にめり込んでいたハートシャワーの塊が、全ていっきに爆発したのだ。

 舞い上がった土が落ち着いた時、広場の中には、硫黄以外、動くものは無かった。

(アプリコット! ラムさんっ! )

 駆け出し、広場を後にする硫黄。

 入口近くに1体だけ残っていたプリドラゴンを大きく避けて通り過ぎようとすると、

(! )

 前脚を振り上げ、こちらへ向かって一歩踏み出しつつ爪を振り下ろしてきたため、爪をかわし、腹部にステッキ先端でチョンと触れ、

「マジカルミニハート」

その場を離脱しつつ、

「エクスプロージョン! 」


(アプリコット! ラムさんっ! )

 硫黄はラムの家の前へ到着。

 ラムの家は燃えていた。

 家の中へ飛び込もうとする硫黄。

 そこを、

(! )

 後ろから、誰かに肩を掴まれ止められた。

「大丈夫。村の人は皆、無事です。私がラズから連絡を受けた時点で既に、空間移動装置を使用してマカロンタウンへ避難が完了していたのです。待って、と止めたのに、あなた、聞かずに行ってしまうから……」

(…無事……。良かった……! )

 ホッとし、硫黄はいっきに力が抜けた。

「あなたは大切な資料なのですよ? 自重してください」

 怒られ、そうだよな、と、素直に反省し、硫黄、

「……ごめん」

「でも、ありがとう。助かりました。私ども観光庁のスタッフは、安全第一の規則があり、魔物が1体でも近くにいては、消火活動も始められませんので」

 …消火も観光庁? …なんか、何でもかんでも観光庁の仕事なんだな……そう思い、言うと、

「ええ。魔物に関わる全てのことが、私どもの役目となっています」

 そこまでで、クランは小さくひとつ息を吐き、さて、と切り替えて、

「お疲れでしょう。この村の入口付近に、私の祖母の家があるのですが、他の被害に遭われた方々には申し訳ないながらも幸い無傷でしたので、そこで休みましょう。先ずは入浴をされたらよいかと存じます」

 言われて、

(…いや、別に疲れては……)

 あらためて自分の体を見下ろし、吐き気と目眩を感じた。

 血みどろだったのだ。自分は一切傷を負っていないので、全て、遠距離で倒したファイヤドラゴンも一応含めて、プリドラゴンの血。

 自分は一体どれだけの命を奪ったのだろう、と、震えが止まらない。

 あまりにアプリコットやラムが心配で、必死で、命を奪うことを、全く何も感じられなくなっていた。


 ショックを引きずりながらクランの後に従い、村入口付近の彼女の祖母の家へと着いて、彼女が玄関の鍵を開けている最中、硫黄は、白衣姿の男性たちの運ぶ担架に乗せられ村の外へと運び出される、先程の男戦士・僧侶・くノ一を見つけた。

「あの人たちは、この後、どうなるの? 」

 硫黄の視線を追い、クラン、

「テレポで、救護所である最寄の教会へと運び、回復術を施します。彼らの倒れていた位置からは、村内の空間移動装置へ向かうより外へ運び出してテレポで移動したほうが早いので」

(…そういうワケで死んだら教会で復活するのか……ってことは、彼らはオレと同じ存在ではなく、一般的なプレイヤー? いや、もしかしてオレも、死んだらそうしてもらえて、普通に生き返れる? )

 ……試してみるワケにはいかないが……。……とにかく、あのプレイヤーたちが死なずに済むということで、少し、ほんの少しだが、気持ちが楽になった。

「どうぞ」

 玄関を開け、硫黄を通すクラン。

「お邪魔します」

 玄関をくぐりながら、

(あれっ? )

 硫黄はふと、疑問を持った。

(どうして、わざわざ村の外に? オレは普通に魔法を使えてたけど……。だからこそ、まともに戦えたんだけど……)

 そう思い、聞けば、

「今は、あなたも使えないはずです。今回、魔物が村の中へ入ってこれたのは、村を囲う塀の一部が壊れた影響で結界が破れたためでしたので、作業の安全のため真っ先に塀を補修し、結界を張り直しました。あなたが村の中で攻撃魔法を使用できたのも同じ理由ですので」

 硫黄は納得し、安心した。

「じゃあ、もう村が魔物に襲われることは無いんだ」

 すると、クランが急に表情を曇らせ、

「ええ、まあ。とりあえずは……」

「とりあえず? 」

「まだ調査中ですが、塀が、魔物によって壊された可能性があって……。もし本当にそうであれば、新しく何らかの対策を講じねばなりません。こちらの村に限らず」

 クランは溜息。

「これまで、このようなことは無かったのですけどね……。ここ最近、以前に比べて魔物たちが強く凶暴になってきているので、もしかしたら知恵までついてきていて、結界を破る方法として塀を傷つけることを覚えたのかも知れない、と……。

 知恵がついてしまった可能性を示す事例は、既に確認されているのです。本来の生息地ではない、自分の優位に立てる地に移動をして、そこに生息している自分より弱い魔物を支配していたりとか……」

(ああ、さっきも、ここにいないはずのファイヤドラゴンがいたよな……)

 クランは、もうひとつ溜息。それから、玄関のドアを閉め、

「どうぞ、奥へ。今、風呂の用意をします」 


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