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第29話「さくら、はらはら」


「……! ……リン! エスリン! 」

 名を呼ばれて、硫黄を目を覚ました。

 目の前には、

(…ソルト……)

 何だかとても懐かしい黒髪茶眼のリアルソルトと、その向こうに見慣れた天井。

(オレの、部屋……)

 背中が硬くて冷たい。

(…オレ、どうして床になんて転がって……? )

 頭がボーッとしている。

 ソルトがホッとしたように息を吐いた。

「パソコンを見てたら背後に気配を感じて、振り向いたら、君が突然、閉まってるドアから放り出されるみたいにして現れて、床に転がったんだ」

 言いながら、机のほうに目をやるソルト。

 つられる硫黄。

 硫黄のパソコンのモニターの左右に無理に並べたノートパソコン各1台。

 うち右側、燐のパソコンがバリバリと大きな音をたて、画面内では、アモーバの体を苗床にガッツリと地面にまで根を下ろした巨木が、天高く伸びていっているところだった。

 硫黄の脳裏を、これまで……SFFの中に入ってしまってから、グースとの戦いの果て、アモーバの中へとサクラが入り勢いよく根が張ったところまでが、駆け抜ける。

 跳ね起き、燐のパソコンに飛びつく硫黄。

(夢……とかじゃないんだ……)

 縦方向への成長が止まり、今度は枝を伸ばしていく巨木。それも止まり、カメラが引いて、その全体像が映し出された。

 大きい。周囲に大きさを比較出来るものが何ひとつ無いが、高さは雲を貫いていて、枝の端から端の幅が地面から天辺までの高さより長い。……大きさを比較出来るものが無いと言ったが、地面のちょっとした凸凹に見えるものが実は本来大きさを比べられるはずのものだったりするのか。

 また近くへと戻ったカメラに、蕾。

(…これは、桜か……)

 空が白み始めた。蕾が急速に膨らんでいく。

(オレが人間の世界に戻ったってことは、アモーバは死んじゃったのか、それとも封印と同じような状態なのか……)

 日の出と同時、桜は満開。

(…燐、は……? クランさん、は……? 皆、は……? )

 胸がザワザワする。

(…燐……)

 恐る恐る、部屋の中を見回す硫黄。

 いない。

 情報を求め……てはいるが、怖くて、燐のパソコンへと視線を戻そうとするも、体が動かない。

(ダメだ! 動け! 目を背けてても起こってしまった事実なら変わらない。

 でもきっと、絶望するには、まだ早い! 背けてる間に、間に合うものも間に合わなくなるかも知れない! ) 

 硫黄は必死に自分を励ます。

(動け! 動けっ! )

 そして、ギギギ……と重たいドアが開くように、オイルの足りないロボットの歩みのように、何とか戻すと、満開となった桜がはらはらと花びらを散らす以外は全く動きの無い画面。

 次に確認した硫黄のパソコン画面では、HP・MPともに満タンで状態異常も特に無いエスリンが、北の大都市・シェ―フォアピンの教会内に佇んでいる。

 燐のパソコンの桜の場所……先程まで硫黄のいたはずの場所はゲームとしてのSFFには存在しなかったため位置は分からないが、気温が低く雪深い地域ということから、スーパーモンブランより北であることが推測出来、そうなると、ゲームSFFの教会の中ではシェーフォアピンの教会が最寄。

(…ゲーム内では、オレは死んだことになってるのか……)

 続いてソルトのパソコン画面。

 ソルトが操作していないにもかかわらず、アレクサンドラ号に跨ったアバターのソルトが、紙吹雪の舞う中、フィナンシェは王宮という名の妖精王記念館へと、沿道の人々の拍手喝采を浴びながら迎え入れられたところだった。

 聞けばソルトは、硫黄たちと合流し、ぴいたんと会話した後から、操作がきかなくなったのだという。

(…そっか……。じゃあ、オレたちと敵として戦ったソルトは、やっぱ、グースでしかなかったんだ……)

 とりあえず、その部分に関してのみ、

(…よかった……)

ホッとし、スッキリして、硫黄は画面に集中。

 と、燐の画面に動きがあった。

 アモーバの体によって地面から少し浮いた状態となっている桜の巨木の根の隙間から、ぴいたんが這い出て来たのだ。

(…生きて、た……! )

 硫黄は、ぴいたんのもとへ行くべく、自分のパソコンに向かう。

 ゲームとしては行ったことの無い……どころか存在すらしなかった場所だが、グースに乗っ取られる前のソルトが行けたのだから行けるはず、と

 教会を出、シェーフォアピンから出、魔法、テレポ、と順に選択すると、その行き先として新しく「妖精王勝利の桜」というのが追加されていた。

 間違いなくそこだ、と、移動する硫黄。

(…別に、グースがアモーバを倒したり封印したりしたワケじゃないんだけど……。

 皮肉な名前だな……。勝利どころか、グースにとっては、最後まで逃げきられた敗北の象徴のはず……。よっぽどおめでたい思考回路でも持ち合わせてない限り……)




 ぴいたんは、幹のすぐのところで、頭上を一面覆う花を、ほぼ真上に見上げていた。

 ババ内を進みスーパーモンブランに差しかかった辺りでワイルドピッグからの攻撃に倒れたのを救ってもらった時に一瞬だけ目が合って以降、結局一度もコミュニケーションをとらないままであったため近づくことが躊躇われ、遠くから硫黄は見守る。

 ややして、ぴいたんは両腕を上に伸ばした。

 その視線の先、あくまでも画面内の話なので、ぴいたんの体の大きさを基準としたサイズだが、直径30センチの球に収まる程度の大きさの、大きなザ・日本産といった黄味がかった鮮やかな赤のサクランボが、ゆっくりと落ちてきている。

 サクランボは、ぴいたんの手に触れると、黒髪の赤ん坊に姿を変えた。

 抱き止めるぴいたん。

(…赤ん坊……。黒髪の……)

 さすがに黒髪という理由だけではないと自身も信じたい。

(もしかして、コメコ……? )

 硫黄は、直感的に、そう思った。

 ぴいたんは赤ん坊を右腕だけに抱き直し、空いた腕を再び上へ伸べた。

 今度は黄土色の、前のと同じく直径30センチの球に収まるくらいのサクランボが落ちてきている。

 その実は、ぴいたんが触れると茶髪の赤ん坊に。

(…クルミさん……? )

 ぴいたんが細い腕で2人の赤ん坊を何とか右腕のみで支え、また左腕を伸ばすので、硫黄は急いでエスリンを駆け寄らせた。

 近づくと、ぴいたんと赤ん坊たちにNPCの表示が現れる。

(…燐……。NPC扱い……? )

 次は深紅の、前2つの倍近い大きさのサクランボ。

 特に言葉はかわさないまま、ぴいたんから、そっと赤ん坊を渡されるエスリン。

 赤ん坊たちの名前は、それぞれ「コメコ」「クルミ」となっていた。

 深紅の実からは赤髪の赤ん坊2人、「クラン・ベリー」「ラズ・ベリー」。

 2人のこともエスリンへ差し出してくるぴいたん。

 立ったままでは、とても4人も支えきれないので、地面に腰を下ろし、受け取る。

(…クラン、さん…‥‥? )

 クランのほうと、目が合ったのを感じた。

(クランさん……)

 更に腕を伸ばすぴいたん。

 落ちてきているサクランボは銀色。抱き止められ銀髪の赤ん坊に姿を変えた。名前は「アイス」。

 深く深く胸の中に包み込み、ぴいたんは肩をうち震わせる。

(…皆、生きてた……。こんな、赤ん坊の姿になっちゃったけど、でも、生きてた……! 生きてて、くれた……! )

 硫黄は、エスリンとぴいたんの腕の中にいるひとりひとりに、順に目をやった。

(良かった……! )

 涙が頬を伝う。

(…ありがとう……! )

 そこへ、見覚えのある十数名の人々がやって来た。

 名前は初めて知ったが、コメコの隣家の中年女性・アズキ。彼女を先頭に、ドーミョージ村の人たち。

 アズキ、

「ずっと、こっちのほうから地響きがしてたでな。心配さなって皆で見に来ただ」

 やはり台詞は普通にテキストで表示された。

 アズキはエスリンの腕の中のコメコを覗き込み、

「コメコちゃん、だか……? ああ、やっぱりコメコちゃんだ……」

言って、エスリンから抱き取る。

「すっかり、めんごくなっちまって……」

(……)

 硫黄はアズキの胸中を思った。

 朝、元気に出掛けて行った、当然普通に帰って来ると思っていた、我が子のような存在の者との再会が、こんな変わり果てた姿でだなんて、と。

 しかし、

「コメコちゃん、お帰りなさい」

 アズキは穏やかにコメコに語りかける。

「生きててくれて良がった……。

 最近は、いつもオラたちがコメコちゃんに助けてもらうばっかだったけんど、これでまたオラたち、コメコちゃんに色々してあげられるだな」

 アズキの言葉に胸がジーンとなる硫黄。

 アズキは視線をコメコからエスリンとぴいたんに移し、

「おめえさんたちが、コメコちゃんを守ってくれただな? 」

 その問いに硫黄は、プレイヤー同士の会話と同じようにチャットを用いエスリンを通じて返答を試みる。

「いえ、アモーバ……スライムのおっちゃんが、コメコのことも他の皆のことも守ってくれたんです。

 そのために、この桜の木の姿になってしまいました。眠られている状態なのか、亡くなられてしまったのか、分かりませんが……」

 伝わったらしく、アズキは、そうだっただな、と頷き、コメコをしっかり抱きしめつつ、桜に向かって深く頭を下げた。

 他の村の人たちも全員、祈るように手を合わせる。

 硫黄もあらためて桜を見つめた。

(ありがとう、アモーバ……。皆を守ってくれて……)

 そして心の中でさえ言葉にせずに付け加える。言うべきではないと思ったから。

 悔しい、と。

 早朝の眩しすぎる陽を受けて、季節を逃した花びらが舞う。

 雪のように、涙のように、光に白くとけて消え入るように。

 はらはら、はらはら……。

 とめどなく、はらはら、はらはら……。

 

 



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