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第28話「それが心」


 土柱に急ブレーキ。フッと消えた。

「サク…ラ……」

 驚いたような擦れ声でアモーバが呟く。

(…サクラ……? サクラって、コメコの小瓶の中の……? グースの奥さんっていう……? )

 同じく驚いている様子だったソルト、一呼吸おいて落ち着き、

「サクラよ。やはり御主は未だこの地に存在しておったのだな。

 さあ、我がもとへ来い。今ならば、その全ての罪を許そう」

優しげに言う。

 サクラは無言でフルフルと首を横に振り、ソルトに背を向けて、アモーバを包み込むようにフワっと抱きしめた。

「…サクラ……」

 また驚いたふうのアモーバ。

「ボクを、許してくれるの……? 」

 と、アモーバの外が見えなくなり、代わりに、若い葉の隙間から光降り注ぐ森の中の泉が映し出される。

(…これは……? )

 そこで水浴びをしている桜色ロングウェービーヘアの全裸の女性。

 たまたま通りかかったらしいアモーバは、女性と目が合い、

「ごめんなさい! 見てませんから! すみませんっ! 」

慌てて逃げだした。

 女性は泉から上がって素早くほぼ白の淡いピンクのダボッとしたドレスを身に着け、アモーバを追いかけ追い越し行く手を阻んで、つくりの上品な美しい顔に悪戯っぽさを含み微笑む。

(…この女の人、サクラさん……? これって、アモーバかサクラさんの記憶……? )

 ディゾルブで切り替わる場面。

 大きく濃色に成長した木の葉が陽光を遮る前場面と同じ泉で、戯れ控えめな視線をかわすアモーバとサクラ。

 再びディゾルブ。巡る季節。

 ほんのり色づいた森の中、木に登って赤く熟れた実を採っては下に落とすアモーバと、ドレスの裾を広げて受け止めるサクラ。しっかりと目を合わせ笑い合う。

(なんか、楽しそうでいいな。微笑ましい……)

 続いて紅葉も終わりかけの森。フカフカの落ち葉の上に、両腕を開いてうつ伏せに倒れ込むサクラ。

「サクラっ? 」

 膝をつき姿勢を低くして窺うアモーバ。

 サクラは顔だけをアモーバへと向け、

「私ね、今、世界を抱きしめてるの。この世界が愛しくてたまらない」

そして上半身起き上がり、

「アーちゃんといるとね、世界がとてもキラキラしてるの。こんなの初めて……」

 アモーバも頷き、

「ボクも……」

サクラを見つめる。

「ボクにも、キミ越しに見る世界は、とても輝いて見えるよ」

 至近距離から見つめ合う2人を黄味を帯びた陽が包む。

 どちらからとなく更に顔を近づけ、目を閉じて……

(オレ、何を見せられてんのっ? いや、絵面は美しいけれどもっ……! )

 どうにもいたたまれない気分になり、目を背ける硫黄。

 そうしている間にまた、場面が替わっていた。

 その形状から、この攻防で完全に壊れてしまった現在アモーバが住んでいたのとは別物と思われる、ほの暗い洞窟の中から、ひとり、外の深雪を恨めしげに眺めるアモーバ。

(…そっか、サクラさんは寒さが苦手だから、冬は会えないんだ、きっと……。…アモーバがひとりでいる部分があるってことは、これはアモーバのほうの記憶か……)

 一転、明るい光に満ちた場面。

 やわらかな日差しに揺れる色とりどりの野の花に埋もれて座るサクラの膝枕で眠るアモーバ。

 不意に上がった「あっ」という声に目を覚まし、風にさらわれたハンカチをキャッチするべく伸ばされたサクラの腕に、それまで袖に隠れていた大きくはっきりとした痣を見た。

 驚いて起き上がり、

「これ、どうしたのっ? 」

アモーバはサクラの腕を掴み寄せる。

 アモーバの手をそっと外し、袖を下ろして隠し、サクラ、

「私、今日はもう帰るね」

立ち上がった。

「待って」

 追い縋り再び腕を掴むアモーバ。

「旦那にやられたの? 」

 サクラは俯き黙ってしまう。アモーバはもう一方の手でサクラのもう一方の腕も掴み、目を覗き込んで、

「そうなんだね?

 ……もう、そんな男のとこへ帰るのやめなよ。ボクと一緒に暮らそう」

(……? ここで、この台詞ってことは……? )

 硫黄は首を傾げる。

 これまで、見て取れる季節から、場面は時間の流れに沿って進んでいたようだから、と。

(さっきのアモーバのオレたちへ向けたサクラさんについての説明は、審議ありだな……。優しくしてくれてたことに間違いは無くても……。

 …ああ、でもアモーバから見れば、オレも他の皆もコドモなんだろうから、言葉を択んだ結果かも……? いや、どうかな……? 「そのくらいのこと」って言ってたし……。まあ、何にしても嘘をついたつもりは無いんだろうけど……)

 場面は急展開。アモーバとサクラの住居らしき洞窟の前を2000は下らないグース率いる軍勢が塞ぐ。

「サクラ、耳を塞いでて」

 発声での攻撃をしつつサクラを抱き上げ軍勢の間を強行突破するも、軍勢はすぐに後ろを追いかけて来る。

 アモーバは辛そうだ。腕の中のサクラが目を覗いて頷いて見せる。アモーバは発声をやめ、足を止めてサクラを下ろす。

 サクラは耳を塞いでいた両手を外し、軍勢を振り返って両手のひらを向けた。

 サクラと軍勢の先頭の間の地面から、勢いよく何かが飛び出した。木の根だ。長く伸びしなやかに動き絡まって壁を作り軍勢を阻む。

 今のうちにと、手を取り合い駆け出すアモーバとサクラ。

 そうして抜けた森の先の風景に、硫黄は見覚えがあった。だいぶ距離があるが、フィナンシェが見えたのだ。

(そうか、この森はババだったんだな……)

 2人の行く手を、背後に迫っているはずのとは別の、やはり2000以上はいると思われる軍勢が遮る。

 再度サクラに耳を塞ぐよう指示し発声するアモーバ。

 直後、

(っ? )

 サクラの口からクランの剣によく似た剣の切っ先が突き出た。

 そのすぐ背後には、テレポでもして来たのだろう、グース。少し後れてババの中から率いていた軍勢。

 固まり、アモーバは発声を止める。

 勢いよく剣を引き抜くグース。

 アモーバ・サクラ・グースが血に染まった。

(…サクラさんは、グースに……)

 崩れていくサクラを条件反射的に地面スレスレで受け止め片膝を地について、呆然とした表情でいるアモーバ。

 次第に顔を歪め、抱きしめて肩を震わせる。

 グースは斜に見下ろし、

「貴様なぞにサクラは渡さぬ」

 サクラを静かに丁寧に横たえるアモーバ。フラつきながら立ち上がり、深い前傾姿勢で大きな口を開け、声の無い叫び。

 何処からともなく現れ、その場を埋め尽くす数えきれない魔物。

 飲み込まれていく軍勢。

(…こんなことって……。これが、皆の言うところの妖精王物語の……? )

 硫黄は衝撃を受けた。

(…これじゃあ、この時のことだって……。

 グースはサクラさんにも「罪」って言ってたけど、アモーバとのこと……? もしそれだけを指してるとしたら……。確かに、既婚者なのに他の男を愛することは裏切り行為で罪かも知れないけど……。その女を受け容れることも……。でも、オレはコドモだから、よく分かんないけど、それで命まで奪っちゃうようなヤツだから、もしかしたら、サクラさんがアモーバにちょっかい出す前に、サクラさんとグースの間で何かあったんじゃないの? そのせいでサクラさんの気持ちがグースから離れてたんだとしたら……?

 そうだとしたら、いや、そうだとしなくて表面的なことだけを見ても、オレには、この時のことだって「罪」だって言いきれない……)

 そこまでで、普通にアモーバの外側が見えるようになる。

「ボクなんかに優しくしたせいで、キミは死んでしまったのに……。

 キミが死んでしまって悲しくて……。それまでボクは、ボクを疎む世に対して拗ねて、漠然と、滅ぶなら滅んでしまえと凶暴化してる魔物たちをただ放置していたけど、何千年も生きてきて、たったひとりで生きてきて、やっと手にした幸せを……キミを、奪われて、ああ本当にボクは嫌われてるんだな、って、はっきりと世界を呪って恨んで、初めて積極的に力を使った。多くの命を犠牲にしてしまうと知りながら……。もう、いいや、って……。キミが愛しいと言っていた世界を壊してしまおうとした。

 …ついさっきも……。すっかり強くなったグースに簡単に抑え込まれてしまったけど……。

 こんな残虐で身勝手で最低な弱いボクを、許してくれるの……? 」

(…アモーバ……)

 硫黄は張り裂けそうな胸を必死で繋ぎ止める。

(…お前は、残虐でも身勝手でも最低でもねえよ……。それが、心ってもんだ。多分……。

 お前の立場だったら誰でも、少なくてもオレは、同じことしてた……。

 そして、弱いなんてことは、絶対にない。スライムの姿がどれだけ不便で苦痛か、それもやっぱりオレには分かんないけど、一番には自身と娘たちのためだったんだろうけど、アイスに見ていることを辛くさせてしまうほどのそれを、300年以上もの永い間、耐えて、世界をも守ってきたんだから……)

 アモーバの言葉に応えるように優しく光るサクラ。

「ありがとう……」

 泣いているのか、アモーバの声は震えている。落ち着かせるように息をひとつ大きく吸って吐いた。

「その上で更にお願いなんて図々しいって分かってるけど、聞いてくれるかな……?

 娘と、そのお友達を守りたいんだ。キミが手伝ってくれたら、きっと出来るから……」

 サクラは光って応答。コメコの小瓶の中にいた時のガス状となり、アモーバの中へ。

 刹那、

(っ! )

 アモーバの中を切り裂く勢いで木の根が張り巡る。

 ソルトが槍を空へと突き上げ赤い稲妻を纏わせているのが見えたが、それはまだ発動していない。明らかにサクラがアモーバの中へ入ったことで起こったこと。

 それまで倒れ動かない状態だったアイスが力を振り絞るようにしてぴいたんへ手を伸ばし胸の中へと包み込んだのを見たのを最後に、硫黄の視界は暗転した。                                                                                                       


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