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第25話「『ありがとう』って笑ってくれたら……」


 アモーバの声が止んだため、硫黄は耳から手を外す。

 突然、ガッと腹に何かが巻きつき、直後、強い力で引っ張られた。

 マロンの伸ばした腕によって、他の皆の所へと連れ戻されたのだった。クランも同時同様に。

 クランは先ずマロンを見、硫黄を見、それから順にその場の全員に視線を送りながら、

「すみません、ご迷惑をおかけ致しました。皆さん、ご無事でしょうか? 」

 マロンが微笑み頷いて返す。

「ええ、皆、何ともありません。あなたが悪いワケではないのだから、気にしてはいけませんよ」

 ありがとうございます、と返し、クランは続けた。 

「あの者……グースは、子孫の私が言うのもなんですが、英雄などではありません。かつての戦いの時には、どのようだったかは分かりませんが、今、この身に宿し感じたグースの感情は、悪を憎む正義漢のそれではなく、何か、個人的な強い恨みに支配されているようでした」

「…個人的な…ですか……」

 考えを巡らせている様子で呟いて、マロン、アモーバに、

「お父さん、何か心当たりはありますか? 」

 俯き、んー……と、一生懸命思い出そうとしているふうのアモーバ。何か思い出したらしく、あ、と声を漏らし、

「…ひとつだけ……。でも、そのくらいのことで……? それに、その延長線上のことで、恨みを持つのは、むしろボクのほう……」

独り言のように呟いてから、

「昔、例の妖精王物語の少し前なんだけど、皆から嫌われていたボクに、ひとりだけ、優しくしてくれてた妖精の女性がいて、彼女……サクラっていうんだけど」

(…サクラ……? )

 硫黄はコメコに目をやる。

(確か、コメコの首の小瓶の中にいる友達もサクラだったよな……)

「うん。コメコちゃんといつも一緒にいる彼女が、そうだよ」

 えっ? と驚くコメコ。

「だって、おっちゃん、そんなこと一言も言ってなかっただよ? 」

「ん、言うほどのことじゃないと思って。…あと、優しくしてもらったのに弱ってるのを何もしてあげれなくて、だから言えなかったっていうのもある……そっちのほうが大きいかな……?

 しかも、本当に何も出来ないワケじゃなかったから余計に……。…板挟みっていうか……分かるよね? 」

(分かる。娘との板挟み。……反応が怖くて言えない言葉があったり、何かフツーだな。アモーバ……)

 親近感を持つ硫黄。

 しかし、

「サクラはグースの奥さんだったんだけど」

(は? )

「ボクに優しくするのがグースには気に入らなかったみたいで暴力振るわれて、それでもグースの所へ帰ろうとするから『そんな男のとこへ帰るな』って引き止めて、一緒に暮らすようになったんだ。

 あの戦いの発端は『他の生物たちを蹂躙する凶悪にして強大な力を持つ生物どもの親玉を討つ』って大義名分を掲げてサクラを連れ戻しに来たことだったから、もしかしたら、それかな? ……って」

(それだよ! )

 硫黄は頭を抱え、溜息を吐く。

(それが『そのくらいのこと』って、やっぱ、イケメンにはブ男の気持ちは分からないんだな……)

 と、フツー、との前言を撤回しようとした。

 そこへ、

「恨む理由が本当にそれなら、ちっちぇーだな、グース。子孫であるクラン姉ちゃんには悪いけんど」

コメコが怒った調子で口を開く。

「自分の大切な人が皆から嫌われているような人物に対して優しいのは誇るべきことなのに、暴力振るって。

 失くしたくないなら、ちゃんと大切にすればいいだ。頭悪いんか? 逆恨みもいいとこだ。

 それに、連れ戻しに来るにも、本来の目的を前面に出さねえで『凶悪な生物の親玉を討つ』とか、体裁気にしたんかな? ……まあ、『自分が暴力振るったせいで他の男に妻を取られました。連れ戻しに行きたいです』じゃあ、誰も協力なんてしてくんねえだろうけんど」

(…そう、だよな……)

 コメコの言うことは、過剰な反応が気になる部分も多いが、いつも正しい。グースの気持ちを分からなくもないと思ってしまった自分を、硫黄は恥じた。

「そんなんじゃ、グースより、おっちゃんのほうが良ぐで当然だな。なあ? サクラ? 」

 言って、目を伏せ、サクラの小瓶のある辺りに、服の上から、そっと手を置くコメコ。

「サクラは、オラと知り合う前に、色々と大変な思いをしてきただな。全然知らなかっただよ。ごめんな……」

 コメコの手の下が、ぼんやり桜色に光る。

 クランが、ハアーッと大きな大きな溜息を吐いた。

「恨みの理由は、恐らくそれで間違いないでしょう。グースが体内にいる間に伝わってきたイメージのようなものと合致します」

 そして俯き、もうひとつ、今度は長い長い溜息と共に、

「逆恨みとは……。我が先祖ながら本当に情けない……」

言い終えて顔を上げ、

「皆さん、移動しましょう。霊体のため直接攻撃をすることは出来ませんが、たった今、私にしたように、再びどなたかに憑依されては厄介です。移動したところで逃げられるものなのかも分かりませんが……」

 頷く一同。

(でも、どうやって……? 皆はテレポでいいけど、オレとぴいたんは……。普通に走っても、一瞬で追いつかれそうだし……)

 これまでテレポを避けてきた理由も添え、硫黄がそう言うと、マロン、ニッコリ笑って、

「私、遠投は得意です」

(……? …ちょっと何言ってるか分からない……。

 オレとぴいたんを、ぶん投げて遠くへ飛ばすってこと? ゴムみたいによく伸びる、その腕なら、確かに得意そうだなって思うけど、さすがに、それと比べたら、まだテレポのほうが安全な気が……)

 クルミが真面目に提案する。

「私のドームで保護してはいかがでしょうか? 」

(ああ、ここへ来る途中でマンモスに飛ばされた時と同じ状態ってことか……)

 それを聞いたコメコ、興奮気味に、

「なら、オラも、そっちがいいだ! 」

(遊園地のアトラクションじゃねーんだよ……)

 その時、既に日が落ちているため薄っすらとだが、頭上に影が差したのを感じ、仰ぐ。

 翼の生えた白馬の腹と荷車の底裏。

(…あれは……)

 ソルトのウインドライドで飛ばしたアレクサンドラ号と、アレクサンドラ号に繋がれた荷車だ。

 空を大きく旋回しながら少しずつ高度を下げ、やがて、崩れた背面の向こうへ降り立つ。

 アレクサンドラ号の背にはソルトとラズ。荷車には、見覚えのあるランキング上位のプレイヤーばかり6名が乗っていた。

 そこから荷車を切り離し、アレクサンドラ号の背に乗ったまま、ソルトとラズだけが硫黄たちのもとへ。

(…ソルト……)

 硫黄の胸がキュッとなった。

 ソルトとは、スーパーモンブラン登山中にケンカ別れして以来。

 アレクサンドラ号からヒラリと降り、ラズが降りるのに手を貸しているソルト。

 硫黄は歩み寄り、

「ソルト」

斜め後ろから声を掛ける。

「ゴメン。スーパーモンブランでのこと……。いつも助けてもらってたのに、酷いコト言って……。

 それなのに、また、こうして助けに来てくれて、ホント何て言っていいか……」

 不安な気持ちでソルトの後ろ寄りの横顔を見つめ、反応を待つ。

 ソルトは、ラズをきちんと着地させてから、硫黄を振り返ったかと思うと、

(……! )

 手首を掴んで引き寄せた。

 硫黄はソルトの胸へと倒れ込む。

 硫黄を抱きしめるソルトは震えていた。

(…ソルト……? )

「…『何て言っていいか』…なんて……」

 声も震えている。

「『ありがとう』って笑ってくれたら、それで充分だよ……」

 そして、抱く腕を緩め、泣いているように見えるくらいに優しい表情で、

「君は知らないはずだけど、君のパソコンの画面、スーパーモンブラン登頂を果たした瞬間から、ぴいたんのと同じように真っ白になっちゃってたんだ。ついさっき、ぴいたんのほうも一緒に、この場所が映るようになったけど……。

 …無事で、よかった……。僕が一緒にいたら、こんなことにはならなかったんじゃないか、って思えて……。僕のほうこそ、ゴメン……」

(…オレのこと、すごく心配してくれてたんだ……。それなのに……ホント、何て酷いコトをオレは……)

 もう後悔と反省しかない硫黄。首を横に振り、

「ソルトは悪くないよ。オレが言い過ぎた……。ゴメン……じゃなくて……。……ありがとう」

言って、笑って見せる。

 頷き、笑顔を返すソルト。

 それから、落ち着きを取り戻した口調で、画面が白くなった後、ラズに助けを求め色々と調べてもらったこと。その中で、硫黄だけでなくクランとマロンまで連絡がつかなくなっていると知り、これは何かとんでもないことが起こっていて、硫黄がそれに巻き込まれているのではと心配したこと。そうこうしているうちに、SFF各地の町や村が同時多発的に雪や氷の魔物に襲われる事態に見舞われ、ラズは、そちらの対応に追われ、ソルトも戦闘に参加せざるを得なくなったこと。そこへ、クランからの応答があり、硫黄も一緒にいることと居場所の情報を得、また、やはり大変な状況下にあることも判明したため、ソルトひとりで向かおうとしたのだが、準備をしている間に突然、魔物が攻撃をやめ去って行ったので、ラズと、ラズの呼びかけで急遽集まってくれた上位ランカーと共に、こちらへ向かったのだということ、と、経緯の説明をして、

「聞いてたのとは、随分、状況が変わったみたいだけど」

硫黄と同じ側の立場として存在しているアイスを見、宙に浮かぶ巨大なグースを見、

「今は、どういう状況なの? 」

(状況説明……どこまで話してあるんだろ……)

 クランに目をやる硫黄。

 それを受け、クラン、代わって口を開く。

「長官の妹君から襲撃を受け、長官の父君であるアモーバに庇われて無事でいる、というところまで、お伝えしてありますね? 

 その件が解決したことを伝えようとしていた時に、私が妖精王グースの霊に憑依され、皆さんを襲ってしまいましたが、エスリンさんとアモーバの協力で憑依を解くことに成功しました。

 そして今は、またどなたかが憑依され操られでもしたら厄介ということで、この場を離れようと、主に、テレポの使用に不安のあるエスリンさんとぴいたんさんの移動方法について相談していたところです」

 それなら、と、ソルト、

「エスリンとぴいたんは、アレクサンドラ号に乗せて行くよ。3人まで乗れるし、単体なら結構スピード出るからね。

 ランカーの皆は、ここへは当然初めてだから乗せて連れて来たけど、何処でもいいから移動しようっていうだけなら、テレポで行けるし」

 その案に頷いた硫黄とクランに頷き返し、ぴいたんに声を掛けに行くソルト。

「お兄さんのこと、黙っててゴメン。無事でよかった」

 しかし、ぴいたんは気不味そうにアイスの後ろに隠れてしまう。

 それはそうだろうな、と硫黄。

(だって、燐のしてることって、はっきり言って浮気だし……)

 続けるソルト。

「エスリンと君は僕のアレクサンドラ号でってことになったから。さあ、行こう」

 手を差し出すも、隠れ続けるぴいたん。

「どうしたのだ? 」

 ぴいたんを窺うアイス。

 アイスが動いたことで露になった姿を、明らかにソルトから隠れる方向へ隠れる方向へと移動していくぴいたんに、アイスは、ソルトの差し出している手を遮る形で立ち、

「どちら様かは存ぜぬが、すまない。私の可愛い人が、貴殿の存在によって困っているようだ。

 急を要していることは承知しているが、少し離れてはいただけないだろうか?

 貴殿の馬に乗るよう、説得は、私が責任を持ってしよう」

 ソルトは苦笑しながら、アイスに、お願いします、と言い、彼女の向こうの見えないぴいたんに、優しく、

「とにかく、無事でよかったよ」

とだけ言い、硫黄のほうへ。

(…ソルト……)

 向かって歩いて来る途中、薄っすらとだが、細く長く渦を巻いて、白い何かがソルトの頭頂部に吸い込まれていくのが見えた。

(……? )

 曲線を描き糸のように長く続く渦をソルト側から辿っていくと、グースに繋がっていた。

 グースは少しずつ小さくなっていっている。

(今度はソルトをっ? )

 どうしていいかも分からないが、ソルトに駆け寄る硫黄。

 瞬間、渦がいっきに太くなり勢いも増して、グースが完全にソルトの中へと収まってしまった。

「危ない! 」

 クランの短い叫びと同時、ガチッ! 低く鈍い、金属のぶつかる音。

 鳩尾の前、クランが、剣で、ソルトの短く握った槍の先端を受け止めていた。

 死角からの攻撃で、全く見えていなかった。

 ソルトは槍を引き、何処か遠くを見ているような、何も見えていないようにさえ見える目を、顔ごとアモーバに向け一瞥してから、アレクサンドラ号に跨り、崩れた背面の向こうのランカーたちのもとへ。

 そして、硫黄たち一同を背に、ランカーに向け、低く太く地鳴りのように響く声で、

「我が名はグース。妖精王グースである! 」

名乗り、プレイヤーは知らない妖精王物語を語り、

「他の生物たちを蹂躙する凶悪にして強大な力を持つ生物どもの親玉の封印は、解けてしまった。

 悪の根源たる奴……アモーバを倒すべく、我はここに復活を遂げた! 」

 それから、馬上で上半身だけをバッと翻し、硫黄たちを槍で指す。

「勇気ある者らよ! 世の平和を脅かすアモーバと、奴に与する者どもを、今こそ討ち果たすのだ! 」


                                 

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