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第24話「ファースト・キス」


 抱擁を緩め、アモーバは優しく笑んでアイスを見つめる。

「キミの気持ちは、ちゃんと受け取ったよ。気持ちだけで充分すぎるくらい嬉しいから、各地で続いてる攻撃をやめさせてくれるかい? 」

 アイスは無言で頷き、アモーバから離れて、無色透明の薄く小さな足場をつくっては、もともとよりも広くなった天井へと向かい、そこから更に上へ上へと上っていく。

 見守りながら、アモーバ、同じくアイスを見上げているぴいたんの隣に立ち、

「アナタには、色々と心配をかけてしまったみたいだね。これからも、懲りずに娘のこと頼めるかな? 」

 視線はアイスのまま、はい、と答えたぴいたんの横顔は、満ち足りていて、硫黄の心を、再び生温かい風が吹き抜けた。

(花嫁の父って、きっと、こういう気分なんだろうな……。分かんないけど……)

 紛らすべく、他の皆を形ばかり真似て上空を仰ぐ。

 天井より20メートルほど上で足を止めたアイスは、SFFの方向を向き、両腕を大きく広げた。

 傾き赤く染まった日の光を受けて輝く粒子が、風に乗って飛んでいく。

(…キレイ……)

 粒子に見惚れる硫黄。

 と、アイスが抜刀しつつ、凄い勢いで下りてきた。

 目で追いきれず、先に、ガキンッ! と金属同士のぶつかる音。

 音のしたアモーバの背後、クランとアイスが剣を合わせ、押し合っている。

(な、何っ? )

 全く状況の掴めない硫黄。

 暫し押し合った後、アイスが押し負けて後方へよろけたのを、マロンが咄嗟に、先程コメコにしたように手を伸ばし、支えた。

 駆け寄り、心配げに覗き込むぴいたん。

 大丈夫、といったようにアイスは手のひらを見せ、ぴいたんを退がらせつつ体勢を立て直す。

 アモーバを庇う形で立つアイスの隣に、コメコも並び、剣を構えた。

「…アモーバよ……」

 クランの口から出た声は低い。

(…クランさん……? )

 様子がおかしい。遠くを見ているというより何も見えていないようにさえ見える目……これは以前に2回あった。

(でも、剣に操られるのは克服して、その後は普通に使ってたのに……。…声も、おかしかったか……)

 どこかで聞いた声だった。太く重みのある、地鳴りのように響く声。

(…グース……? 剣じゃなくて、今度はグース本人に操られてる……? )

 クランは剣でアモーバを指し、

「貴様なぞが幸せに笑うなど許されない。多くの命を奪っておいて、罪の意識は無いのか?

 封印では手緩い! 果てるがよい! 」

「…うん、いいよ……」

 言いながら、アモーバはアイスとコメコの間を通り、

「さあ、殺ってくれ」

静かにクランを見る。

「父さん! 」

「おっちゃんっ! 」

 声を上げるアイスとコメコ。

 耐えるように唇を噛み俯くマロン。その肩をそっと抱くクルミ。

 クランはアモーバからクッと顔を背け、

「…に、……なあ……」

 何かを呟いたが、低すぎて聞き取れない。

「気に、いらねえなあ……」

 繰り返すクラン。

「気に……」

 顔の向きをアモーバへと戻し、

「いらねえなあっ! 」

叫びざま、270度ほどの弧を描きアモーバの頭頂スレスレの高さで剣を振り抜いた。

 ややして、…パラ……。

 パラパラパラ……。

 何処からともなく微かで断続的な音。

(……? )

 ぴいたんが右腕を上げ、

「プロテクティブドーム! 」

クランも含めたドームを作る。

 直後、ドドドドドドドドドドドドドドッ!

 アモーバ側に立つ一同の背後を中心に壁の2メートルより上の部分がいっきに崩壊した。

 微かな音は、この前兆だったのだ。

(…クランさんの空振りのせい……? )

 周囲を見回す硫黄。

 一同の背面などは、山の向こうに見えるはずの風景が見えている。左右は、これまでほぼ垂直でしっかり固かったのが崖崩れ状態。軟らかい土が剥き出しの不安定な斜面となった。ちょっとのことで再び崩れてきそうだ。

(タイミング的に、そうだよな……。剣は壁に全然届いてなかったけど、コメコの「かまいたち」みたいなものか……)

 崩壊が一旦治まり、様子を見るように少しだけ時間を置いてから、ぴいたんはドームを解く。

 ドームの外の地面は土砂で埋まっていたが、幸い背面の開いた部分から多く流れ出ていったらしく、崩れた土砂の量の割には浅くて、硫黄の腰くらいまで。ドームを解いた瞬間に、少しだけ、ドームの範囲内に崩れてきた。

 クラン、他の一同に背を向け、ドームだった範囲内から1歩出て土砂の積もった足場の悪いところへと登って振り返り、変わらず視線は何処を向いているか分からないが一同を見下ろす形をとって、再度アモーバを剣で指す。

「貴様と同じく多くの命を奪った娘に、卑しい魔物の分際で妖精を騙った娘は勿論、貴様なんぞを惜しむ者共は妖精・人間族問わず同罪。共に果てよ」

 言って、剣を片手で高々と空へ突き上げ、

「グラウンドビッグウェーブ!」

 剣が赤い稲妻を纏う。

 それをクルッと逆手に持ちかえ勢いよく足下の軟らかい土へ。切っ先が触れる寸前で止めると、一同を囲う土がクランだけを避けて彼女の身長の5倍ほどの高さまで上がった。

 舞い上がったというよりは、重量感を保ったまま生き物のように、しなやかに。

「待ってくれ! 」

 アモーバが叫ぶ。

「ボクひとりでいいだろうっ? 妖精や人間族の子たちは全く関係無いし、娘たちの罪だって、全てはボクのために負ったものだ! ボクさえいなければ存在しなかった罪だ! 」

 クランに聞き入れる様子は無い。

 生き物のような土が、荒波が如く一同に被さってきた。

「プロテクティブドーム! 」

「プロテクティブドーム! 」

 ぴいたんとクルミが、ほぼ同時に唱え、2重のドームが出来る。

「無駄だ」

 鼻で笑うクラン。

 ドームに土が達した。

 ピシッとヒビが入り、消えてしまうドーム。

 アモーバが、

「ゴメン、キミのお友達みたいだけど」

マロンに対して早口で断りを入れ、

「皆、耳を塞いでいて」

やはり早口で、今度はその場の一同に言う。

 早口に押し流されるようにして、特に自分の考えを挿むことなく耳を塞ぐ硫黄。

 一同が耳を塞いだことを目視、確認したようにアモーバは頷き、胸を左手で押さえて、

「アアアアアアアアァァァァァァァァ」

声を発する。

 しっかり耳を塞いでも聞こえる、高くよく通る大きな声。

 周囲の空気がビンビン震える。土の波の進攻が止まった。

 クランは苦痛を感じているらしく顔を歪めるも、姿勢は保ち、技を継続させる。

 土は暫し、見えない何者かと戦うように、一旦引いて、また寄せてを繰り返したり、頂点を大きく膨らませたりしていたが、やがて、ドサッ。ただの土に返って重力のまま落ちる。

 同時、クランは自分を抱きしめるようにして蹲った。

(クランさんっ! )

 アモーバが声を止めた。

 塞いでいても聞こえていたため、すぐに気づいて耳から手を放す一同。

 そこへ、

「攻撃を続けて下さい……っ! 」

 クランが苦しげに、しかし鋭く叫ぶ。

(…声……。今、いつものクランさんの声だった……)

 アモーバは頷き、一同に、

「耳を」

言ってから、再び発声。

 強く強く、自分を抱きしめ身悶えするクラン。

(…そうか、クランさんは自分の中のグースと戦ってるんだ……。前に剣と戦った時みたいに……)

 と、クランが顔を上げた。縋るように硫黄を見つめ、喘ぐように口を開く。

 当然、何を言っているか分からないが、クランが自分に助けを求めているのを感じ、歩み寄る硫黄。

 周りの一同が驚いた様子なのが目の端に映ったため、振り返り、大丈夫と頷いて見せてから。

 本当に、大丈夫な気がしていた。

(…大丈夫じゃなくても、オレもクランさんと一緒に戦いたい……! )

 そう、無事という意味での大丈夫ではなく、覚悟の意味での大丈夫。

 クランの前で地面に膝をつき、顔を覗くと、クランは、硫黄の顔のほうへ、ゆっくりと両手を伸ばし、耳を押さえている手の上に被せるように触れ、

「聞こえますか? 」

 クランの声が聞こえたが、口は動いていない。

(…これって、テレパシー……っ? )

「よかった……聞こえているのですね? 」

(っ? オレが心の中で言ったことも聞こえるのっ? )

 もしかして今までも……? と心配になる硫黄。これまでに心の中で何か変なコトを言ったりしなかったか、と。

「ご心配には及びません。今だけです」

 硫黄は、ホッ。

「耳か、あるいは耳に接しているものに触れる必要がありますので」

 そうなんだ、と、一旦納得。しかし、あれ? と思う。

(でも、ラズさんとの時は? )

 耳には触れているが相手の耳ではなく自分の耳。そもそも相手がその場にいない。硫黄の心配の部分とは無関係だが口を動かし声に出して話している点も違う。

「相手の耳への接触は、テレパシーを使う者同士での交信なのか、そうでないかの違いです。自身の耳に触れるのは私の癖で、意味はありません。

 声に出すのは、その場にいらっしゃる他の方へ向けた、通信中であるとのアピールです。黙り込んでいて感じ悪いとか、何も無いのに笑っていて気持ち悪いなど、思われたくないので」

 なるほど、と、硫黄は今度こそ納得。

 クランは続ける。

「お気付きかと思いますが、今、私の中には妖精王がおります。アモーバからの攻撃もあり、何とか抑えることが出来ていますが、たった今まで、私は妖精王の霊に操られていたのです。

 妖精王……。このお方……いえ、この者は、もはや恨みにまみれた悪霊です。この身に宿し、そう確信いたしました。

 すぐにでも再び乗っ取られてもおかしくない状況でもありますので、この者を、一刻も早く体内から追い出したいのです。ご協力願えますか? 」

 ああ、自分に助けを求めていると感じたのは気のせいではなかったのだな、と、

(どうすればいいの? )

「死なない程度に衝撃を与えて下さい」

(死なない程度……。…でも、既に受け続けてるアモーバの攻撃だって、きっと、中にグースがいるから無事なだけで……)

「追い出した瞬間に耳さえ塞げばよいので問題ありません。

 このアモーバの攻撃に加え、別の方向からの衝撃が加われば、追い出せるように思うのです。

 例えば、何か入れ物に入った物を取り出す際に、引っ張るだけではダメでも、同時に横に揺らすと取り出せたりするでしょう? 」

(んー……いまひとつイメージが湧かないけど……)

 これまでは、きちんと伝えるために努めて落ち着いた調子で話していたのだろう、

「とにかくお願いします! 抑えているのも、もう限界近いです! 」

最後は切羽詰まった様子で脳内に叫ぶクラン。

 圧されて頷く硫黄。しかし、

(…クランさんを攻撃なんて……)

 抵抗感しか無い。過去2回、クランに襲われた時も、硫黄は防戦一方だった。

(オレの攻撃方法は威力の加減なんて出来ないし、そうじゃなくて素手で殴ったりとかなら確実に威力は弱いだろうけど、そんな、自分が攻撃してる実感が強すぎる方法なんて、もっと無理……)

 と、そこまでで、硫黄はあることに気がついた。

(…そうだ! 与えるのは「衝撃」なんだ……! グースに操られるとか、もともと物理より精神の話だろうし、衝撃を与えるのは心でも……いや、むしろ、そっちのほうが効果的かも……! )

 自分の考えに力を得、すぐに実行に移そうとする硫黄。

(…なんか、ぶん殴られそうだけど……)

 一瞬、躊躇するも、

(いやいや、それってつまり、確実に衝撃を与えられるって、ちゃんと自信を持ててるってことだから……! )

 頑張って自分を励まし、実行。

 具体的な方法などは頭を過ぎった程度で、おそらくクランに伝わっていないが、知らされないまま突然のほうが、より効果的と考え、そのまま。

(さよなら、オレのファーストキス! 相手がクランさんなら本望だっ! )

 鼻と鼻がぶつからないよう顔を傾け、クランの唇に唇を重ねた。

 やわらかくて、でも弾力のある、えもいわれぬ甘やかな、初めての感触。

 自分からしておきながら、ドキッとする硫黄。時が止まった錯覚を起こした。

 クランが、カッと目を見開き、硫黄の手の上から自分の手を引く。

 錯覚から引き戻され、

(殴られる……っ! )

硫黄は固まったが、クランの手がしたのは、両耳を塞ぐことだった。

 直後、クランの頭頂から、蒸気のようなものが勢いよく大量に噴き出し、空中に、王都フィナンシェに現れた時と同じく巨大で胸から上だけのグースを、形づくった。

                                                                                                                                            



 


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