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第22話「父と2人の娘」


(…マロン様……。本物……?

 …って、まあ、今さら、あのアイスって奴が、またマロン様の格好でオレたちの前に出て来る意味が分からないけど……)

 硫黄の心の声が聞こえでもしたかのように、マロン、

「はい、本物です。神殿で、私の姿をしたアイスにお会いしたのでしょう? 」

言って、ニッコリ笑った。

 簡単に信じた硫黄の隣で、クルミは警戒している様子。

 無理もない。偽物と見抜けないまま、どのくらいの期間か、マロンを装ったアイスと過ごしてしまっていたのだから。

 しかしマロンは余裕な態度。

「クルミ、疑っているの? それなら証拠として、私しか知らないあなたの秘密を言ってみましょうか」

 ふふっとイタズラっぽく笑い、

「あなたのお尻にはハート形の……」

 真っ赤になって叫び、言葉を遮るクルミ。

 一度大きく息を吸って吐き落ち着いて、もうひとつ、全く違った意味を持つと思われる溜息を吐いてから、

「確かに長官ですね。このノリは間違いありません。逆に、何故アイスと入れ替わっていることに気付かなかったのか、今となっては不思議です。思い返せば違和感しか無いのに…‥。

 …何と言うか、真面目で……」

 マロンは笑顔のまま、

「あらー、まるで私が真面目ではないみたい」

 だがクルミには圧のようなものが感じられたのか、ハッと口を押さえ、

「す、すみません! 」

 そこへコメコ、

「姉ちゃんたち、知り合いだっただな? 」

 驚いたふうに口を挿む。

「世の中ってホント狭いだ。

 マロン姉ちゃんが氷づけさなって、あの女の城に捕まってんのを、いつもみてえに嫌がらせに行って偶然見つけて、敵の敵は味方だかんな、運び出して、おっちゃんに溶かしてもらおうと連れて来たら、姉ちゃん、おっちゃんの娘だったしな」

(…へ……っ? )

 単語同士のズレが大きく、一瞬、コメコの言っていることが理解出来なかった硫黄。

 隣でクルミが驚きのあまりか掠れた声で、

「…娘……? 長官が、アモーバの……? 」

 そう呟いたことで整理され、

(マロン様が、アモーバの娘っ? )

やっと理解した。

 マロンは小さく頷き俯いて、時々クルミを窺うように盗み見ながら、ポツリポツリと紡ぐ。

「ごめんなさい。積極的に隠すつもりではなかったし、況してや騙す気など無かったのだけど……。

 もともと妖精の間では父の評判は良くない上に、現在進行形で父のために魔物が凶暴化していたりして世間様にご迷惑をかけてしまっているので、それを知られて嫌われてしまうのが怖くて、普通にしていて知られないのならよいのでは、などと考えてしまって……。

 …クルミ、他の誰でもなく、あなたにだけは嫌われたくなかったから……」

 それをクルミが、

「長官」

低い声で遮った。

 マロンは、ビクッ。

「私が、長官を嫌う……? 長官が、魔物だからですか? 」

 答えを待つように少しだけ間を置き、軽く息を吐いてから、クルミは続ける。

「見くびらないで下さい。長官は長官です。妖精か魔物か人間族か、そんなことで判断しません」

「…クルミ……」

 マロン、涙ぐみながらクルミを抱きしめ、

「ありがとう、クルミ」

 クルミはマロンの背に腕をまわし、宥めるようにポンポンとやってから、

「ですが」

静かに体を離す。

「長官のお父様であるとの理由だけで、お父様を無条件に受け容れることは出来ません。

 私の大切な長官のお父様ですから良い関係でありたいと思っています。

 色々と聞きたいことがございますので、お答えいただけますか? 」

「もちろんです、クルミ」

 マロンが頷いたのに頷き返し、クルミ、先ずはと2つの質問。

・お父様の封印は、いつ解けたのか?

・魔物の凶暴化が、お父様によるものであるとのことは、今し方、長官も仰っていたが、その目的は?

 答えるマロン。要約すると、

・アモーバの封印は、何等かの原因により突然解けたのではなく、時間の経過により徐々に効力が弱まり段階的に解けていった。完全に解けたのは330年前。

・魔物の凶暴化はアモーバの存在自体によるもので、そこに意思は無く、当然、目的など無い。その証拠が、現在のこの姿。存在するだけで魔物に力を与え、与える量に応じて凶暴性も増させてしまうアモーバの能力は、年月を経るごとに強大になっており、この姿は能力を抑えることに集中するためのもの。そうでなければ、マロンのように、妖精や人間族と変わらない、四肢のある本来の姿となって二足歩行で動ける。

 と、硫黄が話についていけたのは、ここまで。

 アモーバが本来は妖精や人間と変わらない姿であることの補足としてマロンが続けた言葉で、再び置いてけぼりを喰らったのだった。

「抑えていても、ご存知のとおりの影響力なので……。私とアイスの幼い頃は、まだ本来の姿で動けていたのですけど……」

「私と、アイス……? 」

 聞き返すクルミに、マロン、

「アイスは、私の双子の妹です」

 頭が全く追いついていかない硫黄。

(…いや、言ってる意味は、もちろん分かるんだけど……)

「…おっちゃん……」

 コメコが地を這うように低く暗い声を発する。

「なら、おっちゃんは、自分の娘を攻撃しろって、オラに頼んだだか……?

 …オラもな、『妖精王物語』は知ってるだよ。姉ちゃんたちの会話で、おっちゃんが物語に出て来るアモーバだって知って、驚いた。そんな有名人だっただな、って…ホント、それだけだけんど……。だってあんな伝承、どうせ国が都合いいようにでっち上げただけだかんな。国なんて税金むしり取るばっかで何もしてくんねえし……。

 けど、おっちゃんは違う。おっちゃんはオラや村の皆を助けてくれた。魔物だけんど、とっても優しいおっちゃんだ。

 なのに、どうして、そんな酷いコト言うだ?

 オラはな、クルミ姉ちゃんとは考え方が逆で、あの女がおっちゃんの娘だって知って、もしかしたら本当は、あの女もいい奴なのかも、って思い始めてるだ。おっちゃんの娘なら悪い奴なワケがないって。

 子供を守るのが親の役目だなんて理想論を言う気は無いだよ。オラだって赤子の時に親から捨てられた身だ。村の皆に言わせれば『村の入口にある日突然舞い降りた天使』『天より授かった、村人全員の大切な子供』だけんど、つまり、そういうことだもんな。皆が優しいから、捨ててもらえてよかったって思ってるけんど。……世の中には、酷い親もいっぱいいるらしいから。

 …おっちゃんも、実は酷い親なんか……? 」

「コメコさんは、アモーバから頼まれてアイスを攻撃していたのですか? 」

 クルミからの問いに、コメコ、

「んだ。最初に村の皆と行った時以外はな。……オラ自身があの女を追い出してえのも本当だけんど。

 村の皆の氷を溶かしてもらった後に、そう頼まれただ。

 あの女は強えからオラじゃチンケな嫌がらせ程度しか出来ねえ、って言ったけんど、それで充分だって。あの女が何か悪いコトをしようと企んでるかも知れねえから、それが出来ないよう邪魔していてほしい、って。オラが時間を稼いでる間に、おっちゃんが、一時的でねぐ永続的に何とかする方法を考えるから、って」

 説明してから、アモーバに向き直る。

「なあ、おっちゃん。なしてオラに、娘を攻撃しろなんて頼んだだ? オラの力じゃ、あの女を殺せはしねえと思うけんど、大怪我くれえは何かの間違いでさせるかもしれねえ。

 そうなっても、よかっただか? 」

 アモーバの白く輝く表面が、一度、プルンと大きく波打った。

「仕方のないことだよ。生み出した責任を取らなけりゃいけないからね。…子に対しても、世の中に対しても……」

 アモーバのほうから聞こえたし、この場にいる中で声を聞いたことの無いのは彼だけなので、彼の声なのだろう。意外と若い。硫黄の同世代より、もう少しだけ落ち着いた感じの、若い男性の声。

「…生み出した、責任……? 」

 コメコは震える声を抑えるよう、一旦俯き、それから、バッと顔を上げてアモーバを見据える。

「間違いだった、って言うだかっ? あの女が生まれたことが間違いだったって……!

 …もしそうなら、オラ、おっちゃんのこと心の底から軽蔑するだよ……! 」

 コメコが言うだけ言うのを待っていたように、彼女の言葉から少し置いて、

「間違いだったなんて、思ってないよ」

 微かに震動する表面が、優しく光を反射する。

「……マロンとアイスは、ボクに愛を教えてくれた。

 封印が完全に解けて程なくして娘たちが生まれて……」

 静かにゆっくりと語るアモーバ。

「ボクは全ての魔物の父と言われているけれど、それは共通祖先的な意味で、本当に子と呼べる存在はマロンとアイスだけなんだ。

 妖精をはじめ他の種族に害ばかり及ぼしてしまう魔物の祖であり望んでいないにもかかわらず力も与え続けてしまうことで、他の魔物たちよりも特別疎まれていたボクは、世界を呪い恨んで壊してしまおうとした。皆の知る『妖精王物語』だね。

 そんな、かつての自分が嘘みたいに、娘たちを得た瞬間、あれだけ呪って恨んだ世界を愛しく思った。幸い封印が解けたことは知られていないし、このままずっと娘たちと静かに暮らしていきたいと願うようになった。

 幼い娘たちと暮らした日々は、失うことが怖くてたまらなくなるくらいに優しい優しい夢だった。

 けれど、存在するだけで周囲を冬にしてしまう能力を持つアイスは、昔のボクと同じに世界を呪って恨んでいるようだった。静かに暮らしていたとは言え、暮らしていく中で全く他者との関わりが無いワケじゃ無くて、もともと気温の低いこの地に在っても、一部の寒さに強い魔物たち以外からはあからさまに嫌われて、寂しかったんだと思うよ……。成長と共にアイスは、若い頃のボクに似た残虐性を垣間見せるようになった。

 アイスと静かな生活を守りたくて、ボクは、アイスが他者を傷つける度に厳しく叱った。…厳しくしすぎてしまったんだろうな……。310年くらい前、アイスは、ここを出て行ってしまった……」

 消え入るように口を噤んだアモーバ。マロンが引き受ける。

「アイスが出て行った時には既に現在の姿で力を抑えていて動けない父に代わり、私がアイスを捜しに出ました。

 情報を得るため、妖精の中に紛れ、長官の地位に就いて」

 そこまでで一旦、言葉を切り、申し訳なさげにクルミを見つめた。

「それで……。ごめんなさいね。あなたを欺くようなことになってしまって……」

 クルミは優しい笑みをつくって首を横に振って見せる。

 コメコが、

「おっちゃん」

 両腕をいっぱいに広げてピトッとアモーバにくっついた。

「何も知らねえくせに色々言ってごめんな。

 おっちゃんは、やっぱ、いい奴だ」

 クルミが質問に戻る。

「私が魔物の凶暴化についての調査に出る際と、妖精王を召喚しようとした際に、止めなかったのは何故ですか? 」

「それは、父が死か、あるいは封印を望んでいるからです。父は自分で死ぬことは出来ないですし、現在、精一杯力を抑えていますが、他の方からしていただく封印の状態には程遠いですから」

 答えるマロンは悲しげ。

「私としては、父と共に在りたいのですけど、父が辛そうなので……」

 硫黄は聞いていて胸を締め付けられるのだが、クルミは、どういった心境なのだろう? 小さく息を吐いた上で、淡々と質問を続ける。

「長官の言葉でなければ全く信用の出来ない答えですね。どのみちお父様の命を奪ったり封印したり出来る者などいないと踏んだ上での発言と邪推出来てしまいます。

 その可能性のある者がいたとしても同じことを仰ることが出来るのか、と」

「クランのことですね? クランが実は妖精王・グースの末裔であり全てを託されたと、私には情報の域を出ていませんが……。そこまででアイスに取って変わられてしまったので」

 そこへコメコ、

「クランって、氷づけになってエスリン姉ちゃんのカバンの中にいる赤い髪の姉ちゃんのことだか? 」

 クルミが目を剥いてコメコを振り返った。

 硫黄は溜息。

(…これは、まだ秘密にしておくべきことだったのにな……。ほら、クルミさんも睨んでるよ……)

 マロンは苦笑。

「それ、言ってはダメだったみたいですよ? まだ父のこと信用出来ていないのですから」

「けんど姉ちゃんたち、クラン姉ちゃんの氷さおっちゃんに溶かしてもらうために、ここへ来ただよ? 」

(うん、確かにそうなんだけど……。まさかスライムのおっちゃんがアモーバだなんて思わないから。

 だって、コメコやマロン様や村の人たちはちゃんと溶かしたからって、アモーバを倒したり封印したり出来る可能性のあるクランさん相手には何か変なコトをしないとも限らないし……)

「でも、そうだったのですね……。クランが氷づけに……」

 苦笑を消し、マロンは労わるように、

「クルミがコメコさんに連れられて、ここへ来たのは、そういう事情だったのですね? 」

 渋々といった感じで頷くクルミ。

「それでしたら、先ずは私に試させて下さい。

 私のことは、もう本物と認めて信用してくれているのでしょう?

 私自身もアイスに氷づけにされましたが、完全に不意をつかれてのことでしたので、溶かせるかも知れません」

(…マロン様が溶かせるかも……? )

 硫黄は視線でクルミに問い、頷いたのを受けて、四次元バッグからクランを出した。

 表面のゴツゴツした分厚い氷が、空いた天井からの光をキラキラと反射する。

(クランさん……)

 氷柱花のクランは、凍らされたあの瞬間のまま。

 マロンがクランを氷ごと抱きしめる。

 直後、マロンは金色半透明のゼリー状となり、クランの氷全体をスッポリと包み込んだ。

「長官……。そのお姿……」

(…マロン様がアモーバの娘って、本当…なんだ……)

 半透明の内で、氷がみるみる溶けていくのが見える。

 溶かし終え、もとの人型に戻ってクランから離れたマロン、

「すごい! マロン姉ちゃんも、それ、出来るだな! 」

感心するコメコに、ニッコリと笑んで返した。

 クランは、まるで生まれたてのよう。何となくボーッとしている。

(…クランさん……)

 遠巻きに窺う硫黄。

 降り注ぐ光に目を細め、クラン、確かめるように手のひらをグーパーグーパー。それから、やっと、

「長官、ありがとうございます」

口を開いた。

(クランさん……よかった……! )

 硫黄はホッとする。

 と、クランと目が合った。

 クランは何故かちょっとはにかんだ上目遣いで、小さく笑って見せる。

 ドキッとする硫黄。

(……? か、可愛い……? な、なんか、すごく……)

 ふんわりしてしまっている硫黄の視界の中、クランは、いつもの彼女らしいキリッとした感じを取り戻し、マロンに向き直る。

「氷づけの状態でバッグの中から全てを聞いておりました。驚く限りです」

 マロンは優しい笑みで受け止め、

「無事でよかったです。あなたも、私のことを信用してくれますか? 」

「はい、当然です。氷を溶かして下さいましたし。ただ……」

 チラッとアモーバに目をやるクラン。

 マロン、頷き、

「そうですね。仕方のないことです」

「それより長官、至急、お伝えしなければならないことがございます」

 クランは、急に重々しい口調。

 その、ただ事ではないことを思わせる様子に、硫黄は、ふんわり状態から復活。

「氷づけになっていたために誰にも伝えられず、応答も出来なかったのですが、昨晩からSFF内の町や村が見たことの無い魔物に襲われ甚大な被害が出ていると、ラズからテレパシーで連絡がございまして。長官と連絡が取れないと困ってもおりました。

 各地で人間族の方々が応戦して下さっているとのことなのですが……」

(…見たことの無い魔物……? それって、やっぱりアモーバの影響……? )

「父の存在は、現存もしくはかつて実在した魔物に影響を与えるだけです。ラズは魔物に詳しいはずなので、そのラズが見たことの無い、と言っているとなると父ではないでしょう」

 硫黄の心の声が聞こえたかのような、クランに対する返しをしてから、更に続けて、

「具体的には、どのような魔物なのですか? 」

 聞いてみます、と答え、右耳を右手のひらで押さえるクラン。そこから誰かと会話をしているような独り言が始まる。ラズとテレパシーで話しているのだろう。

 ややして右手を下ろし、

「雪や氷で作られた人工物のような魔物だそうです。寒い地方に生息する種限定でもともと現存の認められていた魔物も交ざっているそうですが……。

 それから、明らかに魔物側で、軍服を着た銀の長髪の謎の人物の目撃情報があるそうです」

 アモーバの表面が、これまでに無く大きく、ブルルンと波打った。

「…アイス……」

 アモーバが震える声で呟く。

「…もう、命を奪うしかないのか……」

(…アモーバ……)

 聞いているほうまで切なくなるような、悲しい悲しい声。

 その時、硫黄の視界の上方で、何かが強く光った。 

 見れば、空いた天井から巨大な氷柱が落ちてくるところだった。

(っ! )

 このままでは、位置的にクランとマロンが直撃を受ける。

「危ない! 」

 咄嗟に2人に飛びついて、共に地面に転がる硫黄。

 氷柱は2人の立っていた場所に激突し、衝撃で10分の1ほどの大きさに砕け、それでも殺されなかった勢いで地面に突き刺さった。

 10分の1になっても、人ひとり分くらいの大きさ。

(…こんなのが当たってたら……)

 硫黄は冷や汗。

 また落ちて来やしないかと仰ぐと人影があった。

(……! )

 アイスだった。





                                                

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