第19話「ドーミョージ村のコメコ」
パチパチと微かで不規則な音が聞こえる。
(…熱い……)
左半身に熱を感じながら、仄暗い中、硫黄は静かに覚醒した。
目の前には、煤けた木の天井。体の背面にゴワゴワチクチクとした感触。
左手側に視線を向けると、火のついた囲炉裏。その空間に在って唯一の灯りであり、音と熱の正体だ。
上半身起き上がる硫黄。
見回すと、そこは如何にも日本昔話に出てきそうな、板張りの床に三方が土壁、硫黄から見て右手側だけ障子の引き戸となっている部屋。
硫黄は、部屋中央に据えられた囲炉裏脇に敷かれた筵の上に仰向けに転がっていたのだった。
隣に、クルミが横たわっている。安らかな寝息をたてていることから、特に命に別状なく眠っているだけと判断出来た。
(…ここ、どこだろ……? アイスとかいうヤツの城もそうだったけど、こういう和風な感じって、SFFじゃ見たことないよな……。…確か、オレとクルミさんは雪崩に巻き込まれて……)
そこまで心の中で呟いたところで、硫黄はハッとし、
(バッグはっ? )
慌てて再度、周囲を見回す。
すぐに、自分の座っている筵の上、転がっていた時には頭があったであろう位置の近くに見つけ、
(よかった……! )
腕を伸ばして取り、抱きしめた。
普段はバッグの存在など、外からSFFをプレイしていた頃には自分でバッグを持っている感覚がそもそも無かったし、SFF内に入ってしまってからも、大して気に留めていなかったが、今、バッグの中にはクランがいる。
ホッとしたところへ、
「目ぇ覚めただか? 」
少女のものらしい声が掛かった。
声のした障子方向を見ると、障子の影から、黒髪を無造作に後ろで束ね、黄土色に黒の細い縦線の入った膝までの丈の質素な和服を着た、小学校高学年くらいの少女の姿。
声だけ掛けて、少女は障子の向こうに消え、ややして、ヤカンを手に再び現れ、
「眼鏡の姉ちゃんのほうは、まだ眠ってるだな」
囲炉裏を挟んで硫黄の向かいに膝をつき、自在鉤にヤカンの手を掛けながら、
「お前さんたちは運が良いだよ。雪さ埋まったのがオラの目の前だったから、すぐに掘り起こされて」
(…この子が助けてくれたのか……)
硫黄が礼を言い、自己紹介とクルミをあまり知らないながらも出来る範囲で紹介すると、少女はニパッと明るく笑み、
「どういたしましてっ! オラは、コメコっていうだ! 」
(コメコ、か。…でも、目の前って……? )
自分とクルミが雪崩に巻き込まれた時、自分たち以外には、ぴいたんとアイス、それからナマハゲしか周囲にいなかったように思うし、こんな小さな女の子が、あんな雪深い中に? と、疑問を持つ硫黄。
それを、ほぼそのまま言うと、コメコは立ち上がり障子の向こうへ。藁の束を抱え、一緒に赤い何かを手に戻って来た。
そして、藁の束をマントのように纏い、赤い何かを顔の前へ持ってきて見せる。赤い何かは、無表情な仮面だった。
(…ナマハゲ……)
「オラだよ。オラと、あの女が戦ってるとこさ、お前さんたち見てたべ? 」
驚く硫黄。
(…この子が……)
妖精なのだろうから実年齢は硫黄よりもだいぶ上の可能性があるが、その外見を小学校高学年くらいと思ったのは、童顔であることや140センチほどしかない身長からではなく、一番には、腕や脚の細さであったためだ。こんな細い腕で、あれほど大きな武器を操っていたのか、と。戦闘中に見ていた時には、遠かった上に動きが速かったため、体格的な面では、アイスよりは小さいことぐらいしか分からなかったのだ。
何も言わず、ただ自分を見つめるだけの硫黄に、コメコ、
「どうしただ? 」
「ああ、うん。小さいのに強いんだな、って思って、驚いたんだ」
するとコメコは藁を脱ぎながら俯き、もとの硫黄の向かいに腰を下ろしつつ、
「強くは、ねえだよ……」
それまでの快活さから一転。
「強かったら……。オラが、もっともっと強かったら、さっきみてえなチンケな嫌がらせさ繰り返して出て行ってくれるのを待つとかでねぐて、あんな女、さっさと追い出してやれるだ……」
瞳に影を宿す。
聞けば、コメコの暮らす、このドーミョージ村は、スウィーツランド国内ではあるものの、やはりテーマパーク・SFFの中ではないそうだ。
村の在る盆地・ドーミョージ盆地の隅、ウンペイ山脈とカノコ連山に挟まれた地に、アイスが城を築き住むようになったのは、3ヵ月ほど前。当時は、まだ季節的に、終り頃とは言え冬だったため誰も気に留めなかったが、それから1ヵ月が経ち、おかしいと気付き始めた。春が来ない、と。
初めはタイミングのみを理由に疑い、その行動を見張ることで、氷と雪を操る能力を有していることを知り、春が来ないのがアイスのせいであると確信したという。
そこで、追い出すべく、村人全員で城へ向かったところ、ひとり残らず氷づけにされてしまったらしい。
(ああ、それで、この子だけが何らかの理由で難を逃れて、ってことか)
「…オラが、もっと……」
傷ついた獣のような目で繰り返すコメコを前に、硫黄は、
(…なんだ……? この気持ち……)
嫌悪に近い違和感を覚えていた。
(きっと、今の話の中で何かが気に入らなかったんだろうけど……。…何だろ……? )
しかし、
(…まあ、こんなザックリと聞いただけで、勝手に悪い印象を持ってもな……)
もっとじっくり聞けば自動的に解消されることかも知れないし、と気持ちを切り替え、
「ところで、お前さんたちは、どうしてあんな所さいただ? 」
との質問に答える。
もともとはスーパーモンブラン山頂にいて、アイスによってクランを氷づけにされた上でクラン・クルミと共に移動させられ、あの城で牢のような所に閉じ込められていたこと。そこに行方不明になっていた妹・燐がいたこと。目の前で燐がコメコに連れ去られたため追って外に出たこと。
「…そうか、あの綺麗な着物の姉ちゃんは、お前さんの妹だっただな? …オラが
ちゃんと連れて逃げれてたらよかったのにな……」
最後のほうは消え入るように言ってから、コメコは、いきなり床をドンッと殴って、
「ほんっと、あの女、許せねえだ! 」
大声。
そこへ、
「コメコちゃん」
障子の向こうから女性の声。
呼ばれて立ち上がり、コメコが障子を開けると、そこには、湯気のたった鍋を手にした、コメコの物と同じような質素な和服を着た恰幅のよい中年女性がいた。
女性は硫黄に目をやり、
「ああ、目が覚めただな! 良がった! もう丸1日眠ったまんまだったで心配しただよ」
コメコに鍋を手渡しながら、
「これ、巻繊汁。多めに作ったで、食べさせてやるといいだ。あったまるから」
「ありがとう! おばちゃん! 」
礼を言ったコメコに笑みで返すと、女性は回れ右。背後わりとすぐの所にあった木製の引き戸から出て行った。
戸の向こうは外で、夜の空が見えたが、月明かりだろうか? その下の雪が白金色に輝き、屋内よりむしろ明るかった。
戸が閉まるまで見送って、鍋を手に硫黄の向かいへ戻ってきたコメコに、硫黄は無言の問いをする。中年女性が訪ねて来たことで生まれた疑問。
答えてコメコ、
「隣の家のおばちゃんだよ」
(ああ、うん。それは、そういった存在なんだろうなって思ったけど……)
「お前さんたちに、って、巻繊汁を持ってきてくれただ」
(それも、会話で分かってるけど……)
そうじゃなくて、と硫黄は口を開く。
「村の人たち全員が氷づけになったんじゃなかったの? 」
コメコはキョトン。逆に問い返すように、
「なっただよ? オラもなっただ」
(……へ? それで今、氷づけの状態じゃなく普通にしてるってことは……? 召喚魔法なんて使えるような、多分だけど賢者か何か上位の魔法職っぽいクルミさんのノーマリゼでもダメだったのに……)
硫黄は驚き、また、期待を込めて、
「溶かせるの? 」
「んだ。スライムのおっちゃんならな」
「スライム? ……って、魔物? 」
「悪いスライムじゃないだよ。初めて会った時は、大きいんでビックリしたけどな。
あの女の所さ皆で行って氷づけにされた時、オラは氷づけの状態で飛ばされて、偶然、おっちゃんの上に落ちただ。そうしたら氷さ溶けたから、おっちゃんに皆のことも頼んでみたら、おっちゃんは自分じゃ動けねえから連れて来いって。んで、運んで溶かしてもらっただ。
お前さんの氷づけになった仲間は、どこにいるだか? 連れて来れるなら、オラが、おっちゃんに頼んでやるだよ」