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第18話「氷の城の姫君」


 視界が真っ白になったのは、一瞬だけだった。

 体がフワッと宙に浮く感覚があり、すぐ次の瞬間、ドサッ!

 硫黄はホコリっぽい木の床の上に乱暴に放り出され、尻もちをついた。

 自分の着地によって舞い上がったホコリに咳込みながら辺りを見回す硫黄。

 そこは、床だけでなく天井も三方の壁も木で造られた部屋。特徴的なところで、四角い部屋の残る1つの壁のあるべきところに、木の格子がはめ込まれている。

 右隣でゴッと低く鈍い音。氷づけのクランが底面でゴロンゴロンと円を描いていた。

 今にも倒れそうで、硫黄は急いで飛びついて直立の形で落ち着かせ、そのまま抱きしめる。

(…クランさん……)

 冷たい。痛いくらいに。

(クラン、さん……)

 心の中でさえ、名前を呼ぶ以外に言葉が出てこない。

 これまでも何度か、クランの身の危険を感じる出来事はあった。

 しかし、今の目の前のこの姿は、危険というのではなく、もう……。

「大丈夫です」

 硫黄の左隣で、服についたホコリを払いながら立ち上がり、クルミ、

「生命活動は維持されています」

(えっ? そうなのっ? )

 硫黄の無言の問いにクルミは頷き、

「微弱ではありますが、確かに感じます」

クランに手の届く位置まで移動してくると、そっと右掌で触れ、

「ノーマリゼ! 」

 そこへ、

「無駄だ」

 格子の向こうから声。

「その程度では、私の氷は溶けぬ」

 偽物のマロンだった。

 格子の向こうは硫黄たちのいる部屋と同様に木造の空間で、硫黄側から見ての奥行きは狭く、幅は見通せる限り続く長いものとなっているので、おそらく廊下なのだろう。

 身構える硫黄。

 しかし偽マロンは無表情で静かに淡々と、

「案ぜずとも、貴様等がおかしな行動さえとらなければ、特に危害を加えるつもりは無い。そこで氷づけになっているクランとかいう妖精王の末裔にも、これ以上は何もしない。用事が済み次第、解放すると約束しよう。そう長くはかからぬ。大人しくしていろ」

(…用事……? クランさんを氷づけにして、ついでにオレとクルミさんも閉じ込めてする用事って……)

 偽マロンの発した「用事」が引っかかり、硫黄は考え込みかけた。

 その時、偽マロンの右手側の死角から、紺地に白や薄桃、薄紫の花を配った華やかな和服を纏ったロングストレートの黒髪の少女が、フワッと現れ、

「アイス」

小さく言いながら、偽マロンの正面にピトッとくっついた。

「アイス」

 もう一度呟いた少女に偽マロンは視線を落とし、そっと、指で髪を梳く。

「このような場所へ来てはいけない。君が汚れてしまうだろう? 」

 その表情はこの上なく優しく、叱る声は甘やか。

 たった今まで自分たちに対していたのとは別人のようだと、硫黄、

(きっと、大切な人なんだろうな。こういうヤツにも、いるんだ。そういうの……)

 軽く身を屈めて少女の頭に頬を寄せるまでしてしまいつつ、偽マロンは続ける。

「そんなに、このアイスに会いたかったのだな? 」

 アイス、というのは偽マロンの名前だったらしい。

「本当に君は甘えん坊さんだな。私の可愛いお姫様」

 フッと笑みを溢しながら顔を上げ、ここは空気が悪いから部屋に戻ろう、と、少女の肩に手を添えて静かに自分から剥がし、少女の来た方向を向かせる偽マロン・アイス。

 瞬間、

(っ! )

 硫黄は心臓が止まるかと思った。

 登場時には少女であるということが認識出来る程度に見えただけで、あとはずっと後ろ姿だった彼女の、初めてまともに見る横顔に。

(…燐……っ? )

 そう。少女は硫黄の妹・燐……厳密に言えば、SFFのアバターである、ぴいたんだったのだ。

 ぴいたんの腰に左手を移し、そっと押して共に歩き出すアイス。

 アイスにエスコートされて去って行くぴいたんを、硫黄、

「り……! 」

呼び止めようとして、クルミに口を塞がれた。

「お知り合いですか? 」

 小声での問いに、

「妹なんです。2日前から行方不明になってて」

硫黄も小声で返す。

「そうだったんですね」

 頷いてから、クルミ、やはり小声で、

「けれど、今、この状況下で、彼女がエスリンさんの妹さんであると知られることは得策ではないと思います。

 幸い、彼女は今のところ悪くない待遇を受けているようですので、機を窺うのがよいでしょう」

 確かに、その通りだと思い、大人しくぴいたんを見送る硫黄。

 突然、

(っ? )

 ぴいたんとアイスの歩く廊下の真横の壁から、巨大な刃物の切っ先のようなものが突き出た。

 咄嗟にぴいたんを背に庇うアイス。

 壁が正方形に切り取られ、空いた大きな穴から、強く吹き込む雪と共に、いつかの夢で見たナマハゲのような姿をした人物……と言ってよいのだろうか? 人型の存在。

「また貴様か」

 アイスはサーベルを抜き、構える。

 ナマハゲは背中に差した出刃包丁のような形をした変わった大剣を右手のみで勢いよく抜き、その動作の流れで弧を描くようにアイスに斬りかかった。

 しかし、大剣での攻撃はフェイクだったようで、ナマハゲは更に回転をしながら空いている左腕でアイスの後ろのぴいたんを素早く攫うと、穴から外へ。

 アイスはワンテンポ後れて、ぴいたんを攫われたことに気づき、ギリッと歯噛み。

「…ぶっ殺す……! 」

 追って飛び出して行った。

「燐っ! 」

 硫黄も急いで後を追おうと格子の扉部分に駆け寄り、押してみたり引いてみたりするが、当然、開かない。

 胸の飾りをステッキに変形させ、祈るような気持ちで、

「マジカルミニハート」

唱え、格子にチョンと触れる。

 格子に浮かび上がる小さなピンクのハート。

(出来た! )

「エクスプロージョン! 」

 ボンッ! 粉々になって飛び散る格子。

 そうして格子を破壊し、出て行こうとする硫黄を、

「エスリンさんっ! 」

クルミが慌てた様子で止めた。

「ここに戻って来るかどうか分からないですよね? クラン次長を連れて行かないと」

(…そっか。そうだよな……)

 ぴいたんを連れ去られたことでいっぱいになってしまっていて、完全に頭から抜けていた。

 気付いて、同時に困る。

 通常の状態のクランであれば、クランが自分で動けなかったとしても、背負うなり抱えるなりして移動出来るが、氷づけになっている今のクランは、大きすぎる。

「四次元バッグを貸して下さい。私は持っていませんので」

(……? 四次元バッグ? )

 言われるまま渡すと、クルミは四次元バッグを開き、逆さにして、クランの氷のてっぺんに被せると、下方向へと無理矢理な感じでギュウギュウ引っ張った。

 四次元バッグが破けるのではと思ったが、ややして、スポンッ。中に収まった。バッグの形や大きさも、元のまま。

(本当に何でも入るんだな。四次元バッグって! )

 感心する硫黄に、クランの入ったバッグを返し、クルミ、

「お待たせしました。行きましょう」



                   *



 腰の高さほどまで積もった雪を掻き分けながら進む硫黄とクルミ。

 振り返ると、まだ大して離れていないにもかかわらず、壁に大きな真新しい穴の空いた、立派な天守を持つ城が、猛吹雪のため霞んで見えた。

 少し先で派手にドンパチやっているのが、やはり霞んで見える。

 シルエットからして、アイスとナマハゲ、戦闘には参加していないが、ぴいたん。

(…あの3人は、どうやって、あそこまで行ったんだろ……? )

 同じ穴から出たので同じような場所に着地して、あそこまでの通り道が出来ててもいいはずなのに、と。

 自分の歩く遅さ加減に苛立ちながら、何かコツでもあるのか? と。

 答えは、すぐに出た。

 ナマハゲからぴいたんを奪い返したアイスが、足元に無色透明の薄く小さな足場を作っては、それを踏み、空中をこちらへ向かって移動して来る。

 それを、ナマハゲが大剣を雪に突き立てて柄頭を足場に片足で高くジャンプしざま引き抜いて宙返りしつつ前進、再び雪に突き立て……を繰り返して追って来たのだ。

 ああ、自分には無理な方法だったか、と、硫黄が納得したところで、アイスが城の壁の穴の内側へ着地。右掌を突き出した。

 右掌の前に、氷と思われる、クランを閉じ込めている物によく似た物体が形成され、ジャンプが頂点に達したところだったナマハゲに高速で向かって行く。

 ナマハゲは身を捩ってかわした。

 物体は、その向こう、そう遠くない、硫黄たちの立っている場所と同じく雪の積もった斜面に衝突。

 ゴゴ……と地鳴りのような音がした。

(…地震……? )

 直後、

(っ! )

 大量の雪が硫黄たちのほうへ押し寄せて来るのが見えた。

 逃げようにも、そんなに速くは動けない。

(マズイ! )

 緊急時なので仕方ない、と、テレポを使おうとする硫黄。

 一瞬早く、クルミが、

「プロテクティブド……」

呪文を唱えようとしたが、間に合わなかった。

 硫黄とクルミは、雪に飲まれた。

(…重い……。…動けない……。息が……)

 意識が少しずつ遠のいていくのが分かった。



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