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第14話「キノコパニック」


(…こんな場所があったんだな……)

 その場所は洞窟を抜けてすぐ。木製の高い塀に囲われた、クランが「安全地帯」と呼んだ場所。

 塀の一部途切れた部分に取り付けられている、ごく普通の大きさで同じく木製のドアを、クランに続いて入ると、そこは、5メートル四方ほどの土地に、ごく小さな木造の小屋が建っているだけの場所だった。

 塀がツタに覆われているとは言え、そして、ゲームとしてのプレイ中にだが、何度も、すぐ前を通っていたはずなのに、気づかなかった。

 クランの説明するところに拠ると、この安全地帯は、昔、まだ妖精たちが自力で魔物退治をしていた頃に、テレポの使えない者たちが休憩や一時避難に使用していた場所で、狭い所だが、町や村と同様に魔物の侵入を防ぐための結界が張ってあり、飲用可能な水を近くの沢から管を通して引いているため、火と食材の備えがあれば小屋の外で炊事も出来る。このような場所は、今いるここ以外にも、近くに町や村の無い場所には必ずあるとのことだった。

 これを聞き、ソルトも初めて安全地帯の存在を知ったようで、もの珍しそうに辺りを見回しながら、

「僕の用意した松明は無駄だったね」

 聞けば、あの大量の松明の使い途は、フィナンシェ以降、目的地であるスーパーモンブランの頂まで町や村が無いため硫黄とクランを安全に休ませるためのものであったらしい。しかし、この安全地帯なる場所が、テレポを使えない者たちの助けになる間隔で存在するならば、と。

「僕とぴいたんは眠る必要が無いから、エスリンとクランさんが眠っている間、僕らで警戒して護るけど、火を操るような一部の魔物を除いて、魔物は皆、火が苦手だろうから、松明で周囲を囲んでおけば、より安全かなって思って。

 偶然、さっき1本だけ役に立ったけどね」

 と、硫黄・ソルト・ぴいたんに背を向けてしゃがみ、四次元バッグをゴソゴソやっていたクランが振り返る。

「よろしければ、譲って下さいませんか? 松明。私ももちろん火の用意はありますが、松明のほうが点火し易く消えにくいため、使い勝手が良いので」

 クランの前の地面には、両手鍋と20センチメートルほどの脚のついた五徳、それから、ババ入口で採った森のラピスラズリが並べられていた。早速、スープを作ろうとしているらしい。

 その姿に、硫黄は、ふと思った。

(クランさんって、スープ作れるの? )

 エビ煎餅のスープは、煎餅を湯の中に入れるだけということで、つまりはインスタント食品だが、キノコのスープは、おそらく、そうはいかない。良いダシが出るとは言え、生の食材を使っての料理なのだから、少なくても、ちょっとした味付けくらいは必要なのでは、と。

 硫黄の脳裏に浮かんでいたのは、カヌレ村でクランが作ってくれた朝食のパンケーキ。

(あの時は、煙が出てても焼き続けて、見事に焦がしてたけど……)

 そこへ、ソルトが小さく、あれ……? と、

「そのキノコ、画面上に『ルリハツタケモドキ』って名前が出てるけど……。説明も、『ルリハツタケに似た謎のキノコ』って……」

 地面に置かれた森のラピスラズリを見、独り言のように言ってから、クランに視線を向ける。

「クランさんの知る森のラピスラズリの正式名称は、ルリハツタケモドキで間違いないですか? 」

 クランはキョトン。

「あ、いえ、正式な名前は存じませんが……」

(え? 何? どうしたの? )

 ソルトに対し、無言の問いする硫黄。

 それに答えるように、実際にはクランへ、ソルト、

「人間の世界では、森のラピスラズリはルリハツタケを指す語で、ルリハツタケは食用です。でも、クランさんの採ったキノコの名前には、モドキ、とついていて、説明文にも、謎の、と書かれています。

 スープを楽しみにしていたクランさんには言い難いですが、そのキノコは、食べないで下さい」

「…え……? 」

 クランは途惑い気味に、

「少しも、ですか……? 」

「少しもです」

 言い難いと言っていたわりには、キッパリと返すソルト。

「キノコには、一口食べただけで死に至るようなものもありますから、知らないものを口にするのは危険です」

 途方に暮れた様子のクラン。

 残念ですが、と言って、ソルトは、地面のラピスラズリを全て拾い、

「これは処分しましょう」

塀の向こうへと投げ捨てた。

 弧を描いて塀の向こうへ消えて行く森のラピスラズリモドキを、完全に消えてなお見送るクラン。

(…クランさん……)

 その表情が本当に悲しそうで、可哀想になり、硫黄は慰めるべく口を開く。

「クランさん、エビ煎餅のスープを飲もうか。オレ、鍋に水を汲んでくるよ。どこで汲めばいいの? 」

 クランはゆっくりと硫黄を振り返り、悲しげな表情のまま、全く力の入っていない人指し指で、小屋の、向かって右側を指す。

 そこには、蛇口。

 確認して頷き、鍋を持って蛇口へ歩いて水を入れ、戻って五徳の上に鍋を置き、松明をソルトから譲り受けて五徳の下に差し入れて湯を沸かすと、続きはクランが作ってくれた。適当な大きさに割った煎餅を、あらかじめカップに入れておき、そこへ湯を注ぐだけだが……。

 トフィーのエビ煎餅は、人の顔ほどもある大きさの薄橙色をした円形で、厚さは1ミリメートルほどと薄く、醤油とみりんがベースとなっていると思われる味付けの、エビの香ばしい風味を感じられる煎餅で、人間の世界の、えびみりん焼に似ている。

 似ていると言うより、全く同じ物に見えるため、硫黄は、湯に入れてスープにすると聞いて、正直、え? と思った。

 しかし、実際にそうしてみると、上品な薄味で香り高く、見た目にも、ほぼ無色透明のスープに、ふやけて形を失くした煎餅が満開の桜をカップに閉じ込めたようにフワリと広がり、美しい。

(……えびみりんも、こんなふうになるのかな……? )

 人間の世界に帰ったら、やってみようかな……と思った。



                  *



 エビ煎餅のスープと、道中の食糧として用意しておいた携帯用保存食のうちスープを殺さない白飯を選んで夕食を済ませ、小屋の中で眠りに就いた硫黄は、物音で目を覚ました。

 安全のために点けたままにしておいたランタンの灯りで室内はボンヤリと明るいが、窓の外は暗い。まだ夜だ。

 周囲を見回すと、ソルトとぴいたんは離席しているのか、立った状態で完全に動きを停止していた。

 そして、

(……? )

隣で寝ていたはずのクランがいない。

 再び物音がし、外から聞こえてきたため、硫黄は部屋を照らしているのとは別に、自分のランタンを手にして、恐る恐るドアを細く開け、覗く。

 すると、先程スープを作るのに火を焚いていた辺りに、しゃがんでいるクランの背中。

 寝ていたところをワザワザ抜け出して何をしてるんだろう? と、近づいてみると、スープを作った時と同じように火が焚かれ鍋がかけられており、その中身を椀によそって口をつけたところだった。

 ふと、硫黄の目に、鍋の中のある物が留まった。

(青い、キノコっ? )

 そう、捨てたはずのルリハツタケモドキが入っていたのだ。

「クランさんっ! 」

 硫黄は慌ててクランの手に飛びつき、椀を奪い取る。

 だが、遅かった。

 ルリハツタケモドキ入りの鍋の中身は既に口に含まれていたようで、驚いたように硫黄を振り仰いだクランの喉が、ゴックンと動いた。

 直後、

「…あっ! …ああ……っ! 」

 クランは両手で頭を押さえ、地面に蹲る。

「クランさんっ! 」

「…っうっ! …あ……っ! 」

「クランさんっ? どうしたのっ? 頭が痛いのっ? 」

 声になりきらない声を上げ喘ぐクランの傍らに膝をつき、姿勢を低く低くして、その顔を至近から覗き込む硫黄。

 瞬間、ポムンッ!

 弾力のある何かに顔を弾かれた。

(……? )

 見れば、

(っ? )

 クランの頭に帽子のように、超巨大なルリハツタケモドキのカサらしき物。

 クランは苦しげな声を発しなくなり、動きもピタッと止まり、静かになった。

「クランさん……? 」

 強い不安にかられながら、クランを窺う硫黄。

 と、クランは何事も無かったかのように、ムクッと上体を起こす。

「頭痛、治まりました。もう大丈夫です」

(いや、全然大丈夫じゃないからっ! )

 硫黄の視線は、クランの頭の巨大ルリハツタケモドキ。

 自分のほうを向いているのに明らかに自分を見ていない視線を不思議そうに追い、クランは、自分の頭のルリハツタケモドキに触れて首を傾げ、何度も何度も確かめるように触り直して、もうひとつ首を傾げてから、カサの左右の端を掴み、真上に向かって持ち上げた。

 カサはスポンと簡単に外れる。

 それを目の前まで下ろし、

「何ですかっ? こ、れ……っ? 」

 言い終わってすぐに、

「…痛……っ! 痛い……っ! 」

 再び頭を押さえて蹲るクラン。

 ややして、音も無く、また現れるカサ。

 クランは身を起こし、

「頭痛、治まりました。もう大丈夫です」

(いや、だから全然大丈夫じゃないからっ! )

 今度も硫黄の視線を追い、クランはカサの左右の端を掴んでスポン。外す。

 そして、

「痛……っ! 」

頭を押さえて蹲る。

 そこへ、またまた音も無く現れるカサ。

 頭痛が治まったようで、起き上がるクラン。

(…カサを取ると、また頭痛がするのかな……? )

 そう考え、

「暫く、このままにして様子を見てみようか」

提案する硫黄。

 クランも頷いたため、そのまま注意深く観察すること5分ほど。

(……! )

 クランの顔が、キノコの柄の部分を思わせる毛羽立った感じになってき、カサの裏のヒダが顔のほうへと侵蝕してきたように見えたため、

(…クランさんがキノコになる……っ? )

硫黄は急いでカサを外そうとするが、

(外れないっ? )

 力まかせに引っ張ってみる硫黄。

「…痛い……っ! 痛い痛い……っ! 」

 クランは叫びながら、硫黄が引っ張るのとは逆方向、下へと、カサを押さえた。強く引っ張ると痛いらしい。

 もう引っ張らないから、と言ってクランにカサから手を放させ、カサを、そっと持ち上げ、その付け根、顔との境を近くから見ると、カサを上方向へ動かすと顔の皮膚まで上へと引っ張られていることが分かった。

(…どうしよう……っ! )

 そこへ、

「ノーマリゼ! 」

 距離のある、ぴいたんの声。

 声のほうに目をやると、ソルトとぴいたんが、小屋から、こちらへと走って来るところだった。

 硫黄とクランの前で足を止め、ソルト、

「クランさん、毒状態になってるけど、どうしたの? 」

 硫黄は、ルリハツタケモドキを拾って食べてしまったのだと説明しながら、クランに視線を戻す。

(…あ……)

 カサが3分の2ほどの大きさになり、顔の毛羽も消えていた。

(…ノーマリゼが効いてる……? )

 そう思い、ぴいたんに、もう1度ノーマリゼをかけてくれるよう頼む。

 ぴいたんは頷き、クランに手をかざして、

「ノーマリゼ! 」

 ぴいたんの手が、ポウ……と優しく光る。

 クランの頭から、カサが消えた。

「毒状態、治ったね」

 画面上の情報を伝えるソルトの言葉に、硫黄は、

(…よかった……)

心の底からホッとし、同時に、クランに対して怒りが込み上げてきた。

「クランさん」

 ひと言、言ってやろうと、クランの真正面へと回る。

 よっぽど怖い顔になってしまっていたのか、クランは、ビクッ。硫黄が口を開くより先に、

「…すみませんでした……」

 反省しているようなので、硫黄は、ひと言を言うのはやめ、代わりに、

「無事に済んでよかった。もう、何ともない? 」

優しい言葉をかけ、クランが小さく首を縦に動かすのを確認してから、ソルトとぴいたんに向き直り、

「ソルト、ぴいたん。ありがとう。オレひとりじゃ、どうすることも……毒状態なんだ、って判断すら出来なかったから、ホント、助かったよ」

 

  



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