第13話「剣よ! 」
「グラウンドビートルって、完全にマイマイカブリの形をしてるでしょ? SFFの魔物は外見のモデルになった生物の生態も参考に作られてるから、カタツムリがモデルのスネイルが一緒に出て来た時点で、『ああ、これは増える』って思ったんだ。
マイマイカブリは、カタツムリを食べることで卵巣を発達させるからね」
ババの中を進みながら、ババに入ってすぐに出くわしたグラウンドビートルとスネイルの一団のうち先ずスネイルを攻撃した理由を、硫黄・クラン・ぴいたんに説明するソルト。
「増えられたら厄介だからね。とりあえずスネイルさえ倒せば増えないし」
(…そうか。グラウンドビートルが増えたのは、やっぱりスネイルが関係してたんだ……)
ソルトは物知りだな、と、感心する硫黄。自分は、そもそもマイマイカブリなんて虫は知らないし、もちろん、それがカタツムリを食べることで増えるなんてことも知らなかったし、と
そうソルトに言うと、彼は、「いやあ、それほどでも……」と、決まり事のような謙遜をし、
「幼稚園の頃に、甲虫にハマってた時期があってね。その時、本か何かで調べて得た知識だよ」
(幼稚園っ? )
ますます感心する硫黄。
*
岩肌に、硫黄たち4人全員が余裕で横に並んで入れる大きさの穴が、ポッカリと開いている。
ババ入口からスーパーモンブランまでの道のりの丁度中間地点くらいに位置する洞窟だ。
もう夕方近く、もともと薄暗いババの中は、更に暗くなってきている。
そのため、その洞窟も、入口が大きいわりに、もう2メートル先が闇に閉ざされていた。
クランが四次元バッグの中からランタンを取り出し、火を灯した。
「この洞窟を抜けてすぐの安全地帯で、今日は休みましょう」
と、ここまでは、きちんと全員に向けて言い、以降、
「結局まだトフィーのエビ煎餅をいただいていませんが、エビ煎餅は日持ちするので、先ずは先程のキノコですね。……ああ、でも、両方合わせてみるのも、いいかも知れません」
考え深げに独り言のように呟きながら、洞窟へ入って行く。
硫黄・ソルト・ぴいたんも、各々のランタンを出し、続いた。
暗過ぎて、ランタンの灯りだけでは、よく分からないが、洞窟内は、高さ、横幅ともに入口と同じくらいのようだった。
壁と地面は、しっとりと湿気を帯びた岩。天井も岩なのだろうが、コウモリ型の、翼を最大に広げても全長20センチほどの小さな魔物・フライングマウス(LV60)が、数えきれないほど多数ビッシリとぶら下がっているため、見えない。
姿かたちだけでなく能力などの特徴もコウモリを思わせるものであるのに「マウス」と名の付くその魔物は、刺激しなければ襲ってこないため、戦闘を避けるべく、一同は、そーっと通り過ぎようとする。
しかし、もともと岩場でゴツゴツと足場が悪く、しかも暗いので、
「あっ! 」
躓いたのか、小さく声を上げ、クランが派手に転んだ。
同時、ランタンが彼女の手を離れ、そこそこの勢いで天井へ。
その近くのフライングマウスたちがランタンを避け天井を飛び立って、一同へ向かって来る。
飛び立ったフライングマウスたちの動きは波紋のように周辺のフライングマウスたちへと伝わっていき、次々と一同のほうへ。
一度に現れる数が最低でも100以上と、とにかく多く、発している超音波により、戦闘中は自動的かつ継続的にHPが削られていく。噛まれれば、それ自体でのダメージは大したこと無いが、毒状態となり超音波による分にプラスされてHPが削られ、また、マヒ状態となり戦闘不能に陥ることもある。体が小さく動きも素早いため倒しにくいにもかかわらずババの中にいる魔物としてはレベルが低く経験値的に割に合わないので、ゲームでも戦闘を避けることが多い。
(ごめんなさい! 悪気は無かったんです! )
襲い来るフライングマウスに、転んだクランへ手を差しのべつつ、心の中で本気で赦しを乞う硫黄。
「プロテクティブドーム! 」
右腕を上げたぴいたんの声とともに、無色透明の半球体が現れ、一同を覆った。
突然現れた半球体だったが、さすがは素早いフライングマウス。先頭の個体も、ぶつかる直前で身を翻し、ブレーキ。以降、キーキーと可聴域の鳴き声を発しながらドームの周りをパサパサと舞い、群がって中を覗く。
息を詰める一同。
ややして、厭きたのか元の位置へと戻り始めるフライングマウス。
そう時間を置くことなく、全ての個体が戻り、
(…よかった……)
ホッとする硫黄。
ソルトが、
「クランさん、よかったら、これ、使って下さい」
ランタンを壊してしまったクランに、2日前に大量に購入したうちの1本であろう松明を、四次元バッグから出して手渡す。
念のためドームに入ったまま、クランが一歩前を、他3名が横に並んで続く形で、静かに先へ。
ドームを解除した直後、硫黄の斜め前で、
「ひゃっ! 」
クランが叫んだ。
その声に一度ビクッとしてしまってから、
「クランさん? 」
どうしたのかと声を掛ける硫黄。
「水滴が首筋に落ちてきて……」
(…なんだ……)
と、その時、ランタンに照らし出されているだけの狭い視界の隅で、何かが動いた気がした。
背後にも気配を感じ、振り返る。
瞬間、何かが顔に向かって飛んで来た。
条件反射で避け、見れば、そこには、暗いせいかも知れないが酷く血色の悪く見える、爪の長い人間のものらしい手。
手の伸びて来ている方向に目を向けると、丁度、暗がりの中から手の主が姿を現した。
その姿に、
(っ! )
硫黄は固まる。
あまりに異様で……。
基本的な形は人間と変わらないのだが、皮膚が広範囲にわたって剥けて肉が露となり、ところどころ肉さえ無く骨が見えていたのだ。
そう、所謂ゾンビのような……と思っているところへ、
「これはゾンビです」
隣でクランが口を開く。
「昨晩ちょっとお話ししました、妖精が死後に復活した姿です。人間族と違い、このような姿での復活となってしまうのです」
(…そう言えば、そんな話してたな……。未練が原因でそうなるとか……)
「画面上では、『フェアリーゾンビ(LV82)』って表示されてるよ」
突然現れたわけではないのだろうが視界が狭いため硫黄の感覚からすると突然現れた別の個体の攻撃をかわしつつ、ソルト。
(…ってことは、魔物扱い? )
クランが頷き、続ける。
「引っ掻かれたり噛みつかれたりしますと、こちらがゾンビ化してしまい、そうなれば、意識が混乱し襲うべきでない相手を襲ってしまったりして危険ですので、早めに、倒すのは不死の存在のため無理ですが、攻撃によって一時的に戦闘不能には出来ますので、隙をついて逃げましょう」
そんな会話の最中にも、闇の中から突然現れては次々と襲いかかってくるフェアリーゾンビ。
姿を現した時点でかなり距離が近く、しかも、目が、どこか遠くを見ているような、もっと言えば、何も見えていないようでさえあり、狙いが掴めず、防御するのもギリギリ。なかなか攻撃に転じられない。
「ライト! 」
ぴいたんが右手のひらを天井へ向ける。
すると、手のひらの上にピンポン玉大の白く光る球体が現れ、天井近くまで浮かんだ。
小さな太陽のような球体に照らされ、一同を中心に洞窟の壁から壁までの幅、通路の長さで5メートルほどの範囲が、パッと明るくなる。
それにより姿を現したフェアリーゾンビは30体ほど。クランの近くに集中していた。
(この数の隙をつく、って……! )
そんなの無理だ、と思った硫黄だったが、フェアリーゾンビたちは、突然明るくなったことで目が眩んだか、動きを止める。
この隙にと、逃げだそうとする硫黄たち一同。
しかし、フェアリーゾンビたちは、すぐに動き出した。
ライトを使っているために無防備になっているぴいたんを守れる位置へと、ソルトは移動し、身構える。
クランは、剣を水平に構え、目の前の5体へ、そのまま水平に振るった。
と、パキ……ンッ!
1体目に当たった瞬間、鍔より1センチくらいのところで、剣が折れた。硬いプレデトリドラゴンを斬ったため脆くなってしまっていたのだろう。
途端に、フェアリーゾンビたちがユラユラと上体を揺すりながら、その動きのイメージに反して非常に素早く移動し、クランに群がる。
クランの姿が埋もれ見えなくなった。
「クランさんっ! 」
慌ててクランに駆け寄ろうとする硫黄。
それを、クランに群がっているのとは別のフェアリーゾンビ3体が阻む。
硫黄は、ステッキ先端でチョンチョンチョンと3体に触れ、
「マジカルミニハート」
唱えて、
「エクスプロージョン! 」
叫びざま、飛び散る肉片をくぐりクランのほうへと駆けだした。
クランが埋もれているフェアリーゾンビの群れにギリギリステッキが届く地点まで近づいたところで、足は止めないまま、トトットトトトッと、触れる限りのゾンビに触れ、
「マジカルミニハート」
そして起爆しようとした瞬間、ゾンビの群れの中央辺りから、カッと赤い光が閃き、直後、ゾンビたちは大雑把に縦横に斬り刻まれ、地面に崩れた。
円を描くように崩れたゾンビたちの中心に、片膝立ちの姿勢のクラン。
その手には、封印していた、グースから授けられた剣。光は、剣から発せられたものだったのだろう。
俯き加減に、クランはユラッと立ち上がり、崩れたままでいるゾンビたちの上を、足下が不安定なためかユラユラと上体を揺らしながら、硫黄のほうへと歩いて来る。
ユラユラユラユラ歩きながら、顔を上げるクラン。
(……! )
硫黄はギクリとした。どこか遠くを見ているような、いや、何も見えていないようにさえ思える目。
フェアリーゾンビたちのそれと、同じだ。
(…クラン、さん……? )
ユラユラとした歩き方と言い、
(…まさか……? )
クランがゾンビ化してしまったのではと思う硫黄。
(…それって……)
外からゲームとしてプレイしている人にとっては、もしかしたら、状態異常でステータスバーに「混乱」と表示される程度のものかも知れないが、クランさん……妖精にとっては? と。
ゾンビは妖精が死後に復活した姿であると、クランは言っていた。
では逆に、生きている状態でゾンビに襲われてゾンビ化した場合は? と。
経緯がどうあれゾンビになってしまった以上、それは死なのか? と。
(…クランさん……)
昨晩の会話の中で、いつか必ず死ぬと分かっているからこそ、また、その時がいつ訪れるか分からないからこそ、一瞬一瞬を大切に、楽しめる時には思いきり楽しんでおかないと損であると、語っていたクラン。
言葉のとおり、任務であるはずの、この旅を、特に食の方面で楽しんでいて……。
(…洞窟を抜けたらキノコのスープを飲むことも、本当に楽しみにしてたみたいだったのに……)
妖精にとってもゾンビ化は死ではなく状態異常であってほしいと、祈るような気持ちで、硫黄はクランを見つめる。
(エビ煎餅とキノコ、両方合わせてみるのもいいかも、なんて言ってたの、多分、まだ1時間も前じゃなくて……。
当たり前に、飲めるもんだと思ってて……)
目の前まで来、足を止めたクランが、一度、剣を頭上まで上げ、硫黄へと、いっきに振り下ろしてきた。
後ろへ退がることで避ける硫黄。
攻撃がはずれ、勢い余って体勢を崩すクラン。
立て直し、今度は横方向へ、フルスイング。
硫黄は、また後ろへと、かわす。
町の中ではないため、当然、攻撃は出来るのだが、相手がクランなので、どうしてよいか分からず、硫黄は防戦一方。
硬い分だけゾンビの上よりは安定している洞窟の地面に、足場が変わり、今度は剣に振り回されているように、更に激しく体を揺らしながら、クランは硫黄に迫って来る。
その様子に、
(…この感じって……)
硫黄は、ふと気がついた。
この感じは、以前にも体験したことがある、と。
目つきも歩き方もフェアリーゾンビに似ていたため、ゾンビ化してしまったのだと思い込んでしまっていたが、と。
(また、剣に操られてる……? )
きっと、いや間違いなくそうだ、と思った。
こうなってしまうことを恐れて封印していた剣を、緊急事態のため使用しようとして、案の定こうなったのだ、と。
同時に、心の底からホッとしてしまって、
(…いやいや、これはこれで大変なんだけど……)
自分にツッコむ。
(…でも、クランさんが死んじゃったのかも知れないと思ったら、本当に怖かったから……)
ブンブン振り回される剣を、ひたすら後退でかわす硫黄。
剣を掻い潜って脇に避けようにも、クランに斬り刻まれ崩れていたフェアリーゾンビたちが、各々元どおりの形に組み上がり、寄って来て、かなり近い距離で硫黄とクランを囲んでいた。
振り回され続けているクランの剣に勝手に当たり勝手に再び崩れてくれる個体もあったが……。
ゾンビ化ではなく剣に操られている状態なのであれば、剣を鞘に納めることで解決すると分かっているため、攻撃をかわしながら、目だけで鞘を探す。
しかし、見当たらない。
(…四次元バッグの中かな……? )
ブンッ! ブンッ! ブンッ!
後退。後退。後退。
ついに硫黄は、壁ギリギリのところまで追い込まれた。
次の攻撃のため、剣を振りかざすクラン。
「エスリン! 」
「エスリンさん! 」
硫黄の危機に気付き、ソルトとぴいたんが来ようとしたのが見えたが、その姿は、すぐにフェアリーゾンビたちに阻まれ見えなくなった。
(…自分が助かるだけなら、方法が無いワケじゃないけど……。
でも、そんなのダメだ……。無理だよ……! 考えられないっ……! )
クランが死んでしまったかも知れないと思った時、本当に怖かった。それを、自身の手でなど……。
(…もう、ダメだ……! )
硫黄は諦め……かけて、
(…あれ……? )
首を傾げる。
クランの攻撃が来ない。
剣を頭上に上げたきり、クランの動きが止まっていた。
動かないクランに、クランの右斜め後方のフェアリーゾンビが襲いかかる。
咄嗟に、
「マジカルピュアハート」
硫黄はステッキでハートを描き、そのゾンビへと向けた。
ハートがゾンビへと飛んでいく。
当たるタイミングで、
「エクスプロージョン! 」
光を放ち炸裂するハート。
目標のゾンビはバラバラになった。
クランは、まだ動かない。
よく見れば、剣を持つ手が小刻みに震えている。
と、クランはギュッと目を瞑り、
「剣よ! 」
叫んだ。
「お前は、ただの道具! 操るのは私だ! 」
そして、カッと目を見開くと、回れ右。真後ろにいたフェアリーゾンビへと、上げたままだった剣を振り下ろし、続けて水平方向、周囲を囲うゾンビたちを、いっきに薙ぎ払う。
連続して、ソルトやぴいたんとの間を阻むフェアリーゾンビたちにも斬りかかり、あっと言う間に辺りを一掃。
それから、ふう……と小さく息を吐き、真っ直ぐに視線を、硫黄に、ソルトに、ぴいたんに向け、
「すみませんでした。今のうちに、行きましょう」