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第12話「翔る天馬」


 快晴の空の下、ババの入口で硫黄は足を止め、ほぼ真上からの陽射しに目を細めながら振り返った。

 硫黄の少し後ろを歩いていたソルトとぴいたんも足を止める。

 一行の先頭、硫黄の半歩前を歩いていたクランが、急に立ち止まったためだ。

 1歩分後ろとなったクランは、道の端の茂みの前で、しゃがんでいた。その視線は、限りなく地面に近く、視線の方向に右手を伸ばしている。

「クランさん? 」

 声を掛けると、クランは、しゃがんだまま硫黄を仰ぎ、鮮やかな青色をした何かを掴んだ右手を突き出して見せた。

「見て下さい! 森のラピスラズリと呼ばれる食用キノコです! スープにすると、良いダシが出て美味なのですよ! 」

少し鼻息荒めの興奮した様子。

 と、その時、強い風が吹いた……と錯覚した。クランのいるすぐのところの茂みが、ガサッと大きく揺れたためだ。

 直後、一行の頭上に影が差す。

 見れば、

(っ! )

 近すぎて何だか分からないが、おそらく爬虫類系の魔物のものである大きな腹が、重力に任せて真上から落ちてくるところだった。

(潰される! )

 固まる硫黄。

 突然、しかし静かに、クランが立ち上がった。そして、グースから授けられた剣は封印しているためポルボローネ以降ずっと使用している腰に差した長剣を、抜きざま頭より後ろへと大きく振り被ると、ジャンプしながら、いっきに振り下ろす。

 同時、サア……と光が降り注いだ。

 一拍置いて、2つに割れて次第に光の幅を拡げつつ互いに離れていく腹の断面から、血の雨。

 ややして、ドゴ……ン! 地響きを伴って一行を挟むように転がったのは、体長5メートルほどのトカゲ型の大きな魔物・プレデトリドラゴン(LⅤ55)だった。

(…スゴい……! )

 硫黄は驚く。

(今までと同じ剣なのに……! 体が大きくて皮膚も厚くて硬いプレデトリドラゴンを一撃で、なんて……! これが、グースさんの言ってた、クランさんの秘められた力……っ? )

 共感を求めて、ソルトとぴいたんを見る硫黄。2人も同じ気持ちだったようで、視線を合わせてき、驚きを分かち合った。

 クランは呆然と立ち尽くしている。彼女自身も自分の力に驚いたようだ。




 プレデトリドラゴンを斬るために足下に転がしてしまった森のラピスラズリを拾い、一旦茂みへと歩いて手を伸ばし新たに数本を採って、一緒に四次元バッグへ仕舞うと、クランは満足気にひとり頷きながら、バッグを軽くポンッと叩き、

「行きましょう」

ババの中へ。

 続く硫黄・ソルト・ぴいたん。

 ババの中は、生い茂る木の葉に頭上を覆われ薄暗く、不快なほどではないが高い湿度のせいか、足下は全体的に苔生し、所々に木の根も出ているので歩きづらい。

 そのため、どうしても視線が下に行きがちな状態で、ほんの数歩。

(…あれは……)

 少し先を、黒い何かがカサカサと地面を蠢き、道を塞いでいた。

 頭部が縦に細長く、全身も細長いヒョウタンのような特徴的な形をしている体長3メートルほどの甲虫型の魔物・グラウンドビートル(LⅤ80)3体。

 もともとのゲームとしてのSFFでもそうだが、ババに入った途端、魔物のレベルがはね上がる。

 そこに何故か、本来はカヌレ村近くの森などに生息するスネイル(LV18)も同じく3体。

 スネイルはカタツムリを体長30センチほどに大きくしたような魔物で、町や村の外の畑で栽培している農作物を食べてしまうとの理由から、初心者向けのクエストに、スネイル退治、というものがあるが、大人しい性格で、プレイヤーを襲うことなど無いため、それ以外には戦う機会の無い魔物。

(どうして、こんな所に? )

 先日にカヌレ村が炎上した際のファイヤドラゴンのように、本来の生息地から自分が優位に立てる地へ移動する魔物は確認されていると聞いたが、ここ、ババは、スネイルにとって、そういった場所ではないはず、と、首を傾げる硫黄。

 その時、ソルトがハッとしたように、

「いけない! 早くスネイルを倒さないと……! 」

声を上げ、1歩踏み出しざま乱れ突きを放つ。

 しかし、槍の先端が届く直前、3体のグラウンドビートルが、各々スネイル1体に覆い被さった。

 ソルトの攻撃は、ごく浅くグラウンドビートルたちに当たる。

 スネイルを庇ったかのように見えたグラウンドビートルたちの行動だったが、直後、揃って、各々の懐の中にいる個体の軟体部に噛みついた。

 噛みつかれたスネイルは一瞬でドロドロに溶け、グラウンドビートルの口に吸い込まれていく。

(っ? 魔物同士でっ? )

 驚く硫黄。

 ソルトは舌打ち。

「…遅かったか……」

「……? どうしたの? 」

 硫黄の問いに、ソルト、

「あくまでも可能性なんだけど……」

説明しようとして途中でやめ、

「うん、後で説明するよ。今は、とりあえず強行突破しよう」

 言うが早いか槍を構え直し、

「ツイストドリル! 」

 右側にいるグラウンドビートルと中央のグラウンドビートルの小さな隙間へ向けて槍を突き出した。

 螺旋を描いた風が隙間を勢いよく通過し、やはり虫なので体の大きさのわりに体重が軽いのか、グラウンドビートルを風圧で吹き飛ばして道を作った。

「行こう! 急いで! 」

 ソルトに促され、先に通る硫黄・クラン・ぴいたん。

 無事に通過し、殿を買って出てくれたソルトを心配した硫黄が振り返ると、ソルトも既に通り過ぎ、硫黄たち3人を背に庇う形でグラウンドビートルに向き直り立ち止まっていた。

 グラウンドビートルのほうは、何故か3体から9体に増え、硫黄が間を通っている時までは確実に無かった、グラウンドビートルたちの足元に無数に転がっている長さ50センチほどの白いジェリービーンズのようなものから、今まさに、新しい個体が出現しているところだった。

(…何だ、これ……? ソルトが先にスネイルを倒そうとしたのは、こうなることを予見して……? )

 斜め前方でソルトが叫ぶ。

「パーフェクトトルネード! 」

 渦巻く強風に空中へと巻き上げられるグラウンドビートル。

 しかし体重が軽過ぎて切り裂かれることなく煽られているだけ。

 硫黄は暫し、ただ見守ってしまってから、ハッと我に返り、

「マジカルヘビーQハートシャワー! 」

 ソルトの竜巻の位置に合わせてピンクの雲を発生させ、ハートが降り注ぎ始めたところで、

「エクスプロージョン! 」

 炎の柱に変化した竜巻に、一瞬で灰にされるグラウンドビートル。

 だが、そうしている間にも、新たに出現した個体が6体、手の放せない硫黄とソルトに一斉に襲いかかる。

(まずい! )

 身を固くする硫黄。

 瞬間、クランがソルトより前に飛び出し、6体いっきに薙ぎ払った。

 それでも、また新たに出現し、向かって来るグラウンドビートル。

「プロテクティブウォール! 」

 後方でぴいたんが叫んだ。

 無色透明の壁が、クランの前に現れた。

 グラウンドビートルたちは、突如目前に現れた壁に勢いよくぶち当たり、潰れる。

 ぴいたんは壁を解かない。潰れた個体の向こうで、次々と新しい個体が出現し続けているためだ。

 ソルトも槍を構え直した。そして硫黄を振り返り、

「クランさんと先に行って! ここは僕らが引き受けるよ」

「…でも……! 」

 途惑う硫黄。

 ソルトの言う僕ら、は、ソルト自身とぴいたんであり、2人は生身ではないので死んでも復活できると分かっているが、それでも、目の前にある姿は本当にリアルなので、危険と知っていながら置いて行くことに抵抗があった。

「エスリンさん」

 背後からぴいたんの声が掛かり、振り向くと、彼女はウォールを保つため右腕を突き出したまま笑顔をつくって力強く頷いて見せた。

 ソルトが続ける。

「大丈夫。君らが充分に離れるのを待ってから、奴らの隙をついて、ぴいたんのテレポで追いかけるから」

 なお躊躇う硫黄。と、腕が、ババの奥方向へグイッと引っ張られた。

「行きましょう」

 クランだった。

 クランは、

「頼みます」

 ソルトとぴいたんに向けて短く言うと、硫黄の腕を掴んだまま走り出す。

 クランに引っ張られて2・3歩よろけるように進んだ後、

(…ソルト……。ぴいたん、いや、燐……! )

 気持ちは半分以上その場に残したまま、硫黄も走り出した。



                 *



(…また、グラウンドビートル……! )

 行く手を、今度は2体のグラウンドビートルに阻まれ、足を止めて身構える硫黄とクラン。

(急いで倒さないと! また増えられても……! )

 そう考え、硫黄は、すぐに攻撃に移ろうとする。

 だが一瞬早く、クランが前に出、1歩踏み込みざま薙ぎ払った。

 かわそうとしたところへ当たり、浅かったが大きく体勢を崩すグラウンドビートル。

 そこを硫黄、2体の間を駆け抜けつつ、ステッキでチョンチョン、と両側に触れていき、

「マジカルミニハート」

抜けきったところで、

「エクスプロージョン! 」

 2体のグラウンドビートルは、増えることなく粉々に。

(やっぱ、増えるのにはスネイルの存在が関係してる……? )

 とりあえずホッとしながら、硫黄は、増え続けるグラウンドビートルと今もまだ戦っているかもしれないソルトとぴいたんを思う。

 と、その時、数メートル先に、白く光る大きな鳥のようなものが、空から舞い降りてきた。

 その背の上から、

「エスリン! 」

「エスリンさん! 」

 聞き慣れた声が掛かる。

 ソルトとぴいたんだった。

 大きな鳥に見えたのは、ソルトのアレクサンドラ号だったのだ。

「り……ぴいたん! ソルト! 」

 2人の無事が嬉しくて、思わず駆け寄る硫黄。

 着地し、先ずはソルトがヒラリと馬上から降り、ぴいたんを気遣って声を掛けながら腕を伸ばし支え、そっと降ろした。

 木漏れ日の中、イケメン騎士と美修道女による、その場面に、

(…この2人は、ホント絵になるな……)

 一頻り見惚れてから、硫黄はハッと気づく。

(…今、空を飛んで来た……? )

 アレクサンドラ号はカスタマイズで翼がついてはいるが、見た目だけであって普通の馬なので、空など飛べるはずがないのに、と。

 それをそのまま口に出して言うと、答えてソルト、

「飛んでたのは、アレクサンドラ号じゃなくて僕なんだ。ウインドライドっていうスキルで、ついさっき得たばっかなんだけど」

「ウインドライド? 聞いたこと無いな」

 職業や武器の属性によって身につけられるスキルは違うため、硫黄には縁の無いスキルは、もちろん沢山あるが、SFF歴が長いので、聞いたことさえ無いスキルというのは珍しい。

(きっと、ソルトのレベルにならないと得られないスキルなんだ……)

 空を飛べるとか、いいな……と、ちょっと羨ましく思う硫黄。

「僕も初めて聞いたよ。それで、君らを追いかけるのに、そう遠くまで行ってないはずだから、テレポより、こっちのほうが見つけ易いと思って、早速使ってみたんだ」




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