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第11話「狂戦士クラン爆誕」


(……? )

 硫黄は、椅子に腰掛け、頭だけベッドに横向きに乗せているという、不思議な体勢で目を覚ました。

(…ああ、そうか……)

 すぐに、そこがクランの枕元であると思い出す。

 視界真正面にある窓の外は、明るい。

(いつの間にか、寝ちゃったんだ……)

 昨晩の妖精王・グースの一件の後、宿の人によって建物の安全が確認されたため、眠ったままのクランを連れて部屋へ戻った。

 「明朝には目を覚ます」とグースは言っていたが、やはり心配で、硫黄は、クランの枕元から離れられないでいた。

 ソルトとぴいたんが、自分たちは眠る必要が無いからクランを見ていようかと申し出てくれたが、正直、外からでは、どれだけキチンと様子が分かるか不安があったため、自分がこうしていたいだけだから、と、やんわり断り、ずっと自分に付き合わせてしまっていて申し訳ないから、この間に少しでも二人きりでデートしてきたらどうかと勧めた。

(断っておいて……。昨日の晩も寝てなかったせいだな……)

 と、硫黄は、ほぼ真上から、何となく視線のようなものを感じ、見れば、クランが上半身起き上がった状態で硫黄を見下ろしているのと目が合う。

「何故、そのような寝方をしているのですか? 」

 クランの問いに、硫黄は身を起こしながら、

「クランさんのことが心配で、ここで座って見てたんだけど、いつの間にか眠っちゃって……」

「…心配……? 私を、ですか? 何故……? 」

(…何故って……。あ、そうか。クランさん、眠ってたんだもんな……。いつから眠ってたのかは分からないけど、オレが地震を感じて外に出てすぐ、屋根の上に浮かんだ時には多分……)

 硫黄は、クランのベッドのすぐの所の壁に立て掛けておいた、グースがクランに授けた剣を手に取り、クランに渡して、

「昨日、風呂に入ってたら、地震みたいな揺れを感じて、外に出たらさ……」

グースの一件について話した。

 クランは驚いた表情。

「……夢で見ました。現実の出来事だったのですね……。…私が、妖精王の末裔であると……。私に、全てを託すと……」

 それから、手元の剣に視線を移して、鞘から抜き、先端を天井に向ける形で縦に持って眺める。

「見事な剣ですね。随分と昔の剣なのに、状態も良いです。妖精王が、霊体でありながら手入れをされていたのでしょうか? これならば、このままでも普通に使……」

 突然、クランの言葉が止まった。動きも止まっている。

(……? …クランさん……? )

 どうしたのか、と硫黄が顔を覗こうとすると、ブンッ!

 いきなり、クランは硫黄目掛けて、それまで眺めていた剣を振り下ろしてきた。

(っ! )

 間一髪かわした硫黄は体勢を崩し、床に尻もちをつく。

 空振りした剣はクラン自身のベッドに当たり、そのまま30センチほどを斬って止まったが、殺されきらなかった力が伝わったか、そこからベッドを横断する形の延長線で、ベッドは、真っ二つに割れた。

 ベッド上に敷かれた薄いマットレスと一緒に、割れたところからゆっくりと沈み、クランは床に落ちる。

 ややして、剣を右手にぶら下げ、平然と立ち上がるクラン。

(……)

 違和感を感じる硫黄。

 このような場面で何事も無かったように立ち上がるのは、むしろクランらしいように思うのだが、そこではなく、目。

 硫黄のほうを向いているが、硫黄を見ている感じがしない。目が合わない。どこか遠くを見て? いや、何も見えていないようにさえ思える。

 表情も、クランはもともと表情豊かなほうではないが、全くの無表情。仮面でも被っているかのように頬の筋肉ひとつ動かない。

 そして、その全くの無表情のまま硫黄のほうへと1歩、踏み込みざま、ぶら下げていた剣を下から斜め上へと振り上げた。

 剣が硫黄の左側頭部を掠める。血が滴った。

 違和感に気を取られていた硫黄には避けようもなかった素早い攻撃。まともに当たらなかったのは幸運だ。 

 硫黄は我に返り、脇に転がっていた椅子を掴み寄せて、椅子の脚をクラン側に向け、座面で自分の胸と腹を守りつつ立ち上がって、すぐ背後には昨晩に硫黄が寝るはずだったベッドがあるため左手側の広めのスペースへと、クランと距離をとった。

 座面で守り……と言っても、ほぼ腕の力のみで振り下ろしただけでベッドを真っ二つにしてしまうような剣が相手では、気休めにしかならないが……

 硫黄のほうへ向き直りながら、再度勢いよく剣を振り下ろすクラン。

 全く狙えていない。剣は見当違いに空を斬る。

 狙えていない、と言うか、狙っていない? クランの意思を感じられない。まるでクランが剣に操られているような……。

 振り抜いてから、クラン、硫黄へと突進。間合いに入ったところで、今度は水平にフルスイング。

 しゃがんでかわす硫黄。とにかく一旦、部屋の外へ出ようと、クランの動きを気にしつつ低い姿勢のままドアの前まで移動。

 瞬間、ブォン! 

 かなり低めの位置から斜め上方へと掬うように振られる剣。

 床に尻をつき仰け反って避けた硫黄。

 同時、ドアが開き、そこに立っていたソルトとぴいたんと目が合う。

 ソルトとぴいたんは、2人揃って固まってしまっていた。

 先にソルトがハッとなり、硫黄の襟の後ろを掴んで部屋から自分たちのいる廊下へと引きずり出し、その、すぐ隣での大きな動きで戻って来たぴいたんが、急いでドアを閉める。

「何が起こってるの? 」

 ソルトの問いに、引きずり出されたまま座ったままの姿勢で、硫黄は大きくひとつ息を吐いてから、

「…うん、何だかよく分からないんだけど……」

いつの間にか眠ってしまっていた自分が目を覚ましてから、これまでのことを、ありのままに話す。

 ぴいたんが硫黄の脇にしゃがんで、流血している側頭部に手をかざし、

「トリートメン」

傷を治した。

 ソルトが考え深げに呟く。

「…町の中では一切、戦闘行為は出来ないはずだよね……? でも、まあ、それはクランさんがNPCだから当てはまらないのかな……?

 …鞘から抜いた剣を眺めてて、か……。一晩、エスリンが眠っちゃってた間は分からないけど、多分、クランさんは、ずっと部屋の中にいて、剣も、ずっと部屋の中にあったのに、何ともなくて、それで、そのタイミングで、ってことは、クランさんが操られているように暴れる原因は、クランさんが剣を握ったことか、剣を鞘から抜いたことか……。

 剣を取り上げて鞘に収めれば、クランさん、普通の状態に戻るのかな……? 」

 その時、ガッ!

 音と共に、ドアの上部中央に、剣の先端から刀身の半分くらいまでが突き出る形で現れた。

(っ! )

 反射的にドアの近くから飛び退く3人。

 直後、ズザッ!

 ドアは一刀両断。

 その切れ目から、メリメリと音を立てながら強引に、しかし、やはり全くの無表情で、クランが出て来た。

 クランを正面に、ぴいたんを背に庇うよう腕を広げた格好で、更に後退る硫黄。

 クランが無理矢理通ったことで、ドアの、蝶番で繋がっていないドアレバー側半分が、廊下側へと倒れる。

 ソルトが硫黄の横に並び、

「鞘は、今、どこにあるの? 」

 返して硫黄、

「部屋の中。オレが行くよ。大体の場所の見当はついてるし」

(…多分、クランさんのベッドの上だ……)

 気をつけて、とのソルトの言葉に見送られ、クランが3人に向かって踏み出したところを、彼女のほうへ駆けだす硫黄。

 向かって来た硫黄に、機械的な感じで剣を振るうクラン。また大振り。

 来ることが予想出来ていれば非常に避けやすい、その攻撃をすり抜けて、硫黄は部屋の中へ。

 思ったとおり、鞘は2つに割れたクランのベッドの、マットレスの最も沈んだところに落ちていた。

 それを掴み、すぐさま廊下へ戻ると、ぴいたんを背に庇ったソルトの前で、クランが剣を大きく振り被ったところだった。

「ソルト! 」

 硫黄は床を滑らせてソルトに鞘をパスしてから、たまたま近くに転がっていた、先程まで自分が抱えていた椅子を、再び手にし、クランへ全力疾走。

 今まさにソルトとぴいたんに剣を振り下ろそうとしていたところを、斜め後ろから、椅子の4本の足の間にはめ込む形で壁に押しつけ、とりあえず大きな動きを封じた。

 もがき暴れるクラン。

 必死で椅子を押さえる硫黄。

 ソルトが、デタラメに振られ続ける剣に苦戦しながらも何とか、その剣を持つ手の手首を掴み、剣を鞘に収めることに成功した。

 途端、ピタッとクランの動きが止まる。

「…私……? 」

 真っ直ぐに硫黄を見、ほぼ無言で問うクラン。

(…目が、合った……! …戻った……っ? )

 硫黄はいっきに力が抜けて椅子を下ろし、大きく息を吐きつつ、しゃがみ込んだ。

 ソルトもホッとした様子で手を放す。

 クランは廊下に転がっているドアの半分を見、残り半分の向こうの荒れ放題の室内を見て、

「…これは、一体……? 」

 それから、自分の右手にしっかりと握られている剣に目をやり、

「…もしかして、私のしたこと、ですか……? 」

(操られてるみたいだとは思ったけど……)

 暴れていた間の記憶が無いらしいクランに、硫黄は、ソルトとぴいたんにしたのと同じ説明に、暴れるクランを2人と共に押さえ剣を鞘に収めて今に至るくだりを加えて話した。

 クランは空いている左手で軽く顎をつまみ俯き加減。考えながら、

「妖精王は狂戦士であったと伝えられておりますが、その妖精王自身の性質が武器に影響を及ぼしているということでしょうか?

 ……せっかく頂いた剣ですが、これは使用しないほうが良さそうですね」

そこまでで硫黄を見、

「あなたを無事に長官のもとへ届けなければならないのに、守るべき立場の私が傷つけたのでは本末転倒ですから」

 当然のようにサラリと言った、その言葉に、硫黄は驚く。

(…今の任務、まだ続けるの……? )

 クランは昨日、妖精王グースから、スウィーツランドを守るよう託された。重要度から考えて、そちらを優先するだろうと思っていたのだ。

 硫黄がそう言うと、クラン、

「重要度は、どちらも変わりません。魔物からの侵略か、人間族からの侵略かの違いですから」

 ちょっと引っ掛かる言い方

 硫黄は、

(…ああ、そうか……)

思い出す。

 共に旅をしているうちに打ちとけてきたことで、クランが人間族に対してどのような感情を持っているのか、そもそも、この旅だって、硫黄への不信から始まっているのだということを、忘れていた。

(……SFFの中に入ってからマカロンタウンで初めて会った時と比べたら、ホント、考えられないくらい仲良くなれたな……。クランさんのほうは、どう思ってるか分からないけど……)

 硫黄、クランの言葉に頷きつつ、

「確かに、重要度は、そうかも知れないけど、オレもグースさんから頼まれてるし。『この先もクランを頼む。そして、共にスウィーツランドを守ってくれ』って。

 だから順番は、魔物のほうを先にしてもらわないと、マロン様に会ってLV1に戻ったら、すぐには役に立てないし……」

 クランは驚いた様子。

「手伝って、下さるのですか……? 」

 驚かれて、逆に驚く硫黄。

「当然、そのつもりだったけど。だって、友達が困ってたら、助けるのは当たり前でしょ? 」

 横からソルトも同調する。

「そう。だから僕とぴいたんは、今、エスリンを助けようとしてる。

 魔物のほうを先にするんでも、もちろん付き合うよ。エスリンを守る必要があるし、それに、クランさんだって、もう、僕らにとっても友達だから」

 ぴいたんも、ソルトの隣で何度も頷いている。

 クラン、

「友達……? 」

と呟き、ますます驚いたように硫黄を見、ソルトとぴいたんを見、それから顔を赤らめて背け、ぶっきらぼうに、

「…ありがとう、ございます……」

(…照れてる……)

 硫黄は、クランのこんなところを、本当に可愛いと思う。

 ややして照れから立ち直ったクラン、

「長官にお会いになっても、LV1に戻らないようにすることは出来ます。LV1に戻るのは、当SFFを繰り返しお楽しみいただけるようにとの、当方の配慮ですので」

(あ、そうなんだ……)

「私としましては、あなたが無事に人間族の暮らす本来の世界へ戻られて、そこから、今現在のソルトさんやぴいたんさんのような存在として手伝ってくださったほうが気持ちが楽ですし、やはり先に、長官のもとへ向かいましょう」


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