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第10話「妖精王の末裔」


(…ぴいたんが、燐……。燐が、オレのことを好き……。恋愛対象として、好き……)

 明かりを優しくぼかしている湯気が、ふんわりと頭の中までぼかす。

(…オレを、本当に特別なヒーローって……)

 硫黄の中の、記憶、と言うにはあまりに最近な、硫黄を「キモい」と言った時の燐の表情が、まるでアニメかマンガで目にするツンデレヒロインのような表情に変化した。

 そこまでで、硫黄はハッとし、

(…ダメだ! ふんわり照れてる場合じゃないっ……! )

頭の中に入り込んできていた湯気を、意識的に払う。

 マズイことになった、と。

(あんな告白をされて今更、オレが、その兄本人だって知ったら、燐は、気不味いんじゃないか……? 恥ずかしい思いをするんじゃないか……? 傷つくんじゃないか……?

 …もっと、早く知りたかったな……。ぴいたんが燐だって……。

 ソルトは、オレがそれを知ってるもんだと思ってたよな……。だから昨日、ソルトとぴいたんが付き合ってることをオレが知った時、ああいう態度だったんだ……。

 あの時、確かにソルトの態度に違和感を感じたんだから、もっとツッコんで話してたら、もう、そこで、ぴいたんが燐だって知ることが出来たんだよな……。結果論だけど……)

 その時、

(……? )

 視界が微かに揺れた気がした。

 長時間、湯に浸かっていたため、のぼせたのかと思ったが、直後、

(……っ! )

湯面が波立つ程度にハッキリと揺れた。

「地震……っ? 」

 ハッキリと感じたとは言え、それほど大きな揺れではなかったのだが、この後、大きな揺れが来ないとも限らないため、その時に裸では、と、ぴいたんと連れ立って、硫黄は風呂から上がった。


 感じたよりも実際には大きな地震だったらしく、脱衣所の壁に作り付けられた棚に置かれていた脱衣カゴが飛び出して床へと落ち、棚の上に飾られていた花瓶も倒れ、転がっていた。

 2人は大急ぎで、着替えとして用意しておいたバスローブではなく、入浴前に脱いだほうの服を着る。

 そこへ、ドンッ!

(っ! )

 縦方向への強い揺れ。

 天井からパラパラと細かい砂のようなものが落ちて来た。

(崩れるっ? )

 ぴいたんが、

「とりあえず、お風呂のほうへ出たほうがいいですよね? 」

言って、風呂場へ戻ろうとする。

 それを硫黄は、

(…気休めだけど……)

脱衣カゴをぴいたんの頭に被せ、自分も被ってから、

「いや、確かに風呂には天井が無いけど、塀があるから、もし大規模な崩れ方をした時に、逃げ場が無くなって危険だよ。少し遠いけど玄関へ回ろう」




 玄関へと向かう途中、同じく外を目指していたソルトと合流。

 無事、外へ出ると、そこには大勢の人々がおり、宿のほうを向いて空を見上げていた。

(……? )

 つられて見る硫黄。

 そこには、赤髪に赤い顎鬚、戦士の装備を身につけていると思われる中年男性の、宿と同じくらいの大きさのある巨大なバストアップ。

 本当に、胸から上だけ。輪郭は夜の闇に溶け込み気味に、浮かんでいる。

(あれは……)

 クランがバスローブの腰紐にぶら下げていたマスコットに似て……は、もちろんいないが、その髪型や髪色、顎鬚、胸から上しかないが、そこから想像出来る服装や体格から、おそらく、マスコットのモデルとなった人物。

(妖精、王……? )

 周囲の人々のうち、NPCらしい人たちが、一様に驚いた様子で、口々に、「妖精王」の語を発している。

 と、宿の屋根から真っ直ぐに空へと向かって光が伸びた。その中に、人影。

 屋根と平行に仰向けの体勢で浮かんでいる、その人物を、よく見れば、クラン。

(…クランさんっ……? )

 クランの体の下に、妖精王のものだろう掌を上に向けた大きな両手が現れた。

 瞬間、光はスウッと消え、クランの体は妖精王の手の中に落ちる。

(クランさんっ……! )

 この状況は一体何なのか、クランが無事なのかどうか、硫黄の今いる位置からでは分からない。その姿さえ、妖精王の手に隠れて見えない。

 とにかく近づこうと、視線は妖精王から逸らさずに、屋根の上に登るべく宿に駆け寄ろうとする硫黄。

 その時、不意に妖精王と目が合った。

 気のせいだと思った硫黄だったが、

「嬢ちゃん」

 妖精王が、明らかに硫黄に向けて口を開いた。

 太い、重みのある声。辺りに地鳴りのように響く。

 足を止め妖精王を仰いだ硫黄に向けられている目は、優しい。

「儂の名は、グース・ベリー。世の中には広く妖精王の名で知られておるようだな。

 儂の末裔……クラン・ベリーをこの地へと導いてくれたこと、感謝する」

(…クランさんが妖精王の末裔……っ?

 さっき、妖精王についての話をしてたけど、そんなこと一言も……。本人も知らなかったのかな……? )

「驚いたか? 無理もない。

 これまで共に旅をしてきた、とびきりの可愛コちゃんが、まさか、かの有名な英雄・妖精王の末裔だったとはなあ! 」

 ガハハと豪快に笑う妖精王・グース。

 驚きから特にこれといった反応を出来ないでいる硫黄に、ゴホンと咳払いをひとつ。話を続ける。

「まあ、冗談はさておき……」

 普段の硫黄であれば、

(は? 今の冗談なの? どこが、どんなふうに? ホント、オッサンのジョークって、つまらない以前に分からないよな……)

などと、心の中でツッコんでいるところだろうが、今の硫黄は、本当に驚いていて、心の中まで無口になっていた。

 グースは続ける。

「儂が勝利を収めて以降すっかり大人しくなっておった凶悪にして強大な力を持つ生物どもが力を取り戻しつつあることは、皆、既に気づいておるだろう。

 このままでは、彼奴奴等に蹂躙される昔に逆戻りだ。

 ……かつての儂は甘かった。彼奴奴等の親玉を仕留めきれなかった。長き時を経て、今更、後悔しておる。

 しかし、既に死を迎え肉体を持たぬ儂が直接手を下すことは出来ぬ。

 そこでだ。末裔であるクラン・ベリーに、全てを託す」

 そこまででグースは、硫黄の位置からは見えないがクランがいるはずの手の中に視線を落とした。

 手の中から、うっすらと赤い光が漏れる。

 ややして、グースの手から、光に包まれたクランが浮かびあがり、宙をゆっくりと硫黄のもとへ。

 ほぼ条件反射で抱き止める硫黄。

 すると光は消え、クランの体の上に置かれた見慣れぬ長剣だけが、鞘の隙間から微かな赤い光を零していた。

(…クランさん……)

 クランは目を閉じ、静かに長い呼吸を繰り返している。

(…寝てるだけ……? )

「心配せずとも明朝には目を覚ますであろう」

 頭上からのグースの声を、クランを見つめたままで聞く硫黄。

「その剣は、儂の使っておった物。クランに授けよう。

 クランは未だ覚醒しておらぬが、儂に匹敵……いや、それ以上の力を秘めておる。精神に働きかけ、覚醒を促しておいた」

 そこで一旦、言葉を切り、グース、

「嬢ちゃん」

語、そのものの持つ雰囲気に反して改まった調子。

 呼ばれて硫黄が仰ぐと、グースは真っ直ぐに目の奥を覗いてき、

「この先も、クランを頼む。そして、共にスウィーツランドを守ってくれ」

 一方的に言うだけ言い、

「では、さらばだ! 」

 グースは夜空に溶けていった。

 硫黄は、

(……)

 ごくごく普通の状態に戻った空を、暫しそのまま眺めてしまってから、ハッとする。

(オレ、何か今、大変なことを頼まれなかったっ? )

                         

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