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プロローグ「パンケーキの甘い誘惑に」


 彼の起こした爆発に、

「ピゲァァァァ! 」

「ピゲァァァァ! 」

「ピゲァァァァ! 」

「ピゲァァァァ! 」

「ピゲァァァァ! 」

ドラゴンと言うよりは大きなトカゲであるプリドラゴン(LV20)5体が、叫び声を上げてパソコン画面上から消える。

 LV298である彼にとっては、かなりレベルの低い魔物モンスター

 通常ならば近づいても来ないが、現在、ゲーム内の時間が夕方で、もう辺りが暗くなり始めているため、魔物は夜になると凶暴になるという設定上、それでも稀なケースではあるが、襲ってきたのだ。

「プリドラゴン(LV20)を倒しました」

「プリドラゴン(LV20)を倒しました」

「プリドラゴン(LV20)を倒しました」

「プリドラゴン(LV20)を倒しました」

「プリドラゴン(LV20)を倒しました」

「経験値を200pt獲得しました」

「経験値を200pt獲得しました」

「経験値を200pt獲得しました」

「経験値を200pt獲得しました」

「経験値を200pt獲得しました」

「ドロップアイテム・プリドラゴンの皮を獲得しました」

「ドロップアイテム・プリドラゴンの皮を獲得しました」

「ドロップアイテム・プリドラゴンの皮を獲得しました」

「ドロップアイテム・プリドラゴンの皮を獲得しました」

「ドロップアイテム・プリドラゴンの皮を獲得しました」

「2Sを獲得しました」

「2Sを獲得しました」

「2Sを獲得しました」

「2Sを獲得しました」

「2Sを獲得しました」

と、画面右側を下から上へと流れていく文字列を何となく視界に、彼、洋瀬ようせ硫黄いおうは大きく息を吐きつつ椅子の背もたれに上体を預ける。

 瞬間、鼻孔が甘い匂いを捉えた。パンケーキの匂いだ。

 今は、日曜日の午後3時ちょっと過ぎ。

(今日のオヤツはパンケーキか……)

 学校が休みである土・日は、いつも、母がオヤツを手作りしてくれる。ちなみに昨日は焼きイモだった。

 母のパンケーキは絶品で……と言っても、市販のホットケーキミックスを使い、トッピングも、バターとメープルシロップだけなのだが、これが何故か美味い。ふんわり厚みがあり、口に入れると、癒される素朴な甘みがある。硫黄も母の留守中に同じホットケーキミックスを用いて作ってみたことがあるが、ああはいかない。あんなに厚くならないし、味も匂いも母のもののほうが強く感じる。

 このところ反抗期なのか常にムスッとしている2歳下で中学3年生の妹・りんも、母のパンケーキを口にした時だけは表情が少し緩む。

(コーヒーの匂いもしてきたし、そろそろかな? )

 おそらく、あと5分以内に、母が1階のダイニングから、「オヤツでーす」と呼ぶ。

(…今なら、キリがいいし……)

 2時間半ほど前に昼食で休憩をとったばかりなのだが、昨晩からの徹夜のせいか、疲れやすくなっているようだ。

 徹夜の理由は、本日めでたく正式サービス開始3周年を迎えたMMORPG・スウィーツフェアリーファンタジー。略してSFF。

 そのSFFが、3周年を記念して、昨日の夜9時から今日の夜9時まで、経験値10倍イベントを行っているため。

 硫黄は背もたれに寄り掛かったまま、両腕を上げて伸びをひとつ。

 呼ばれる前に行けば、母は喜ぶ。硫黄と燐を喜ばせたくて作っているので、「匂いにつられて待ちきれなくて来た」という感じは喜ぶ。そういうものだ。よその母親は知らないが、少なくても硫黄の母は、そう。「イオくん大好きっ! 」を全面に表す、実の息子から見ても、時々ウザイがカワイイタイプの母なのだ。

 そんな母を、硫黄だって喜ばせたいし、日常的に機会がある度にそうしている。せっかく方法が簡単なのだから。……簡単? 一般的な思春期男子には難しいかも知れないが、硫黄には簡単。「ママの作ったゴハン、美味しいよ! 」「いつもありがとう! 」それを言葉や態度で表す。それだけ。

 ダイニングへ行くべく、硫黄は立ち上がった。

 途端、視界がグワンと大きく揺れた。

 転倒防止のため、咄嗟に机に掴まり、しゃがむ硫黄。

 揺れていて気持ち悪いので、一旦、両目を閉じ、深呼吸を繰り返す。

(…よっぽど疲れてるんだな……。せっかくの10倍だけど、オヤツ食べたら少し寝ようか……)

 その時、シュルル……シュルルル……。

 そこそこ滑りの良い物を床の上で引きずった時のような微かな音が、右? 違う、左? 前かな? あれ? 後ろ……? どこからかは特定出来ないが、かなり近い距離から聞こえ、

(? )

硫黄は目を開けた。

 すると目の前に、

(っ!? )

薄暗くて、よくは見えないが、チロチロと動く、青色をしていると思われる細長いスプリットタン!

 至近距離から硫黄を覗き込む、硫黄の顔と変わらない大きさの爬虫類顔の口に吸い込まれていっては、出て来、また吸い込まれていっては、また出て来……シュルルという音は、その音だった。

 体が大きくて2足歩行なことを除けば、ものすごくリアルにトカゲ。何だか生臭い臭いもするが、臭い以外の特徴全てが、まさにSFFに出てくる魔物・プリドラゴン。

 1歩、後退る硫黄。トン、と何かにぶつかる。

 振り返ると、そこにもプリドラゴン。見れば右にも左にも。

 囲まれている。

 正面のプリドラゴンが、硫黄の退がった分だけ間合いを詰めてきた。

 はっきりと感じられる敵意。いや、そんな甘いものじゃない。これは殺意か?

(…どうしよう……って言うか、何なんだ? コレ? )

 オレは自宅の自分の部屋にいたはずなのに、ここは、どう見ても外、森の中……。真っ昼間だったはずなのに、なんか周り暗いし……。パンケーキとコーヒーの匂いがしてきたからオヤツだと呼ばれる前に行ってママを喜ばせてやろうと思って立ち上がったら目眩がして……。と、そこまで考えて、硫黄は気づく。

(そうか! 夢か! )

 転倒防止にしゃがんで、疲れていたから、そのまま眠ってしまったのだ、と。

 刹那、正面のプリドラゴンの前足が、硫黄に向けてシャッと動いた。

(危なっ! )

 避けたつもりだったが、

(痛っ……! )

その爪は硫黄の腕を掠った。血が、パタパタと地面に落ちる。

(…痛い……? 夢じゃ、ない……? オレ、死ぬ……? )

 物理的にでなく目の前が真っ暗になる硫黄。

 それを、物理的な灯りが照らした。

 正面のプリドラゴンの向こうに、光の強さの度合いから明らかに人工の物である小さな灯りを見つけたのだ。

(何とか、あそこまで逃げれないかな? そうしたら、もしかしたら人がいて、助けてもらえるかも知れないし……)

 だが、遠い。距離感が掴めないが、多分、遠い。こんなふうに囲まれてしまっている今、あそこまで行ける気が、全くしない。

 再び真っ暗な闇に押し包まれた硫黄の頭の中? 心の奥? いや、もっともっと遠く、優しく暖かな光に包まれて、テーブルの上のパンケーキとコーヒーが浮かぶ。

 ついさっきまで、当たり前だった。簡単に手に取れる場所にあった。

(…どうして……? )

 理不尽さに、無性に腹が立ってきた。

(どうして、こんなことに? )

 視界の端で、左側のプリドラゴンの右前足が自分に向かってくるのが見え、届く寸前、腹立ち紛れに左手の甲でバシッと払いのける硫黄。

 一瞬、胸元がポウッと明るくなった気がした。

 直後、胸の前に、てっぺんにハートを模りリボンと宝石で飾られたピンクと白を基調としたステッキが現れた。

(…これは……)

 SFFで硫黄が使用している魔法のステッキだ。

 硫黄は完全にヤケクソでステッキを右手に取り、高々と掲げて叫ぶ。

「マジカルヘビーキューハートシャワー!!! 」

 叫びに応え、ステッキの先端からモクモクとピンク色の煙のようなものが大量に出て来、硫黄の頭上、硫黄を中心に半径50センチから2メートルの範囲にドーナツ型の雲を作った。

 そしてその雲からの、ピンク色でハート型などと可愛いナリをしながら実は硬くて重い塊の、集中豪雨!

(……本当に出来たっ! )

 降り注ぐハート型はプリドラゴンたちを貫き、切り裂き、それでも威力を落とすことなくドカドカと音を立てて地面にめり込む。画面越しに外側からでなく、中心に立って直に見ると、こんななのか……と、硫黄は、自分の放った術の迫力に呆然とする。

 しかし、呆然となったのは迫力のせいだけではない。

(…出来た、けど……。何だ? コレ? 何なんだっ? コレ!? )

 足元に出来た血溜まり。散らばる肉片。独特の臭いを帯び漂う生ぬるい空気……。

 耳に残る、断末魔の叫び声……。

 何とも後味が悪い。

 プリドラゴンの姿かたちも魔法のステッキも自分の使った魔法も、「仮にSFFを実写化したらこんなふうだろう」といった感じだったが、今のこの有り様だけは、絶対に違う。

 SFFに、こんな表現は無かった。魔物を倒したら、魔物の姿は跡形もなく消えて、代わりにシャボン玉みたいなキラキラが出、地面にはドロップアイテムが転がるだけだった。

(…夢じゃないなら、ホント、何なんだコレ……? …何も、殺すことはなかったのに……。逃げられさえすれば、それでよかった……)

 手に握っていたステッキが消え、再び一瞬だけ胸元がポウッと明るく光る。


 硫黄は、プリドラゴンの死骸を出来るだけ踏まないように越え、小さな人工の灯りを足早に目指す。

 急がなければ、また襲われるかも知れない。そうなったら、また殺してしまうかも知れない。だって、自分も死ぬかも知れないのに、そんな、上手に手加減する余裕なんて無い。もう二度と、こんな思いはしたくない、と思った。

 建物の中なら、外よりは襲われる確率は低いと思った。関わらなければ殺さずに済む、と。

 魔物は怖い。けれども、実際に戦ってみる前とは、少し違った意味になっていた。自分の持てる力を知って、硫黄は、魔物よりもよっぽど、自分自身が恐ろしかった。

(…アイツら……プリドラゴン……。結構カワイイ顔、してたんだよな……)







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