9話 そして涙は感情と共に
途中で主人公視点からウィオ視点に変わります。
俺の突然の提案に目を白黒させるウィオ。まあ俺も突然だったとは思う。けどウィオは父親が居なくなってからずっとここに一人でいる。そして俺みたいに迷い込んでくる者が居なければずっと一人きりだろう。そんなのは寂しすぎる。
「ここにずっと一人じゃ寂しいだろ? 俺もここを出て地上に戻りたいし、どうせならウィオも一緒にと思ってな」
「ありがとうございます融お兄さん」
「そうか、なら――」
「でも私は一緒には行けません」
悲しそうに首を振りながら否定の言葉を口にするウィオ。
「外に出たら獣人族の刺客が来るかもしれないからか?」
「それもありますが、一番の理由は番人がいるからです」
「番人?」
「転移の魔法陣が今は停止しているのは際程お話しましたね? その魔法陣が停止しているのは番人がいるからなのです。番人は私に害意を持つ者を部屋に入れないようにする他に、私が外に出ようとするのを防ぐ役割があります。あれを倒さない限り転移の魔法陣は起動しません」
番人がいるってまたベタだな……。まあ可愛い娘を守る為に番人を配置したんだろうけど、万が一自分達が戻ってこれなかった時の事考えてほしいよ。
「その番人ってのは強いの?」
「強い……と思います。一度だけ見た事がありますけど私では手も足も出ません」
「どんな敵なの?」
「規格外の大きさを誇るアイアンゴーレムです」
ゴーレムか……。やっぱり体のどこかに魔石のコアがあったり、刻まれてる一文字を削って倒したりするんだろうか……。とりあえずウィオが倒せない相手って事は間違いなく物理戦闘力はB以上と考えていいだろう。今の俺に勝てるかどうか……それが問題だ。
「とりあえずウィオ、一つだけ君の本心を聞かせてくれ。君は外に出たいかい?」
俺の質問にウィオは俯く。微かに肩が震え、膝の上に乗せた拳には透明な涙がぽつぽつ零れ落ちている。
「出だいでずっ!! もう一人ぼっちはイヤでず!!」
顔を上げたウィオが目から滝の様な涙を流しながら叫ぶ。可愛い顔が涙と鼻水でグチャグチャになるのも構わずに泣き、今まで抑え込んでいた感情を吐き出した。
「じゃあ、一緒に行こうか。ウィオ」
「融お兄ざん!!」
ウィオが俺の胸元へと飛び込んでくる。俺の胸に顔を押し付けウィオは一際大きな声で泣き始める。
仕方が無かった事とはいえ、やっぱり十歳の子供がこんな所で一人ぼっちで過ごしてて寂しくないわけがないよな……。
「これからはずっと俺が一緒にいる。お前を一人ぼっちになんかしない。だから今は泣け。思いっきり泣いて今まで溜めてたもの全部吐き出しなよ」
俺は泣きじゃくるウィオを強く抱きしめると泣き止むまでやさしく頭を撫で続けた。
そしてウィオはどれだけ泣き続けただろうか、徐々に泣き声が小さくなっていき、やがて完全に泣き声が聞こえなくなる。下を向いて抱きしめたままのウィオを見てみると、どうやらウィオは泣き疲れたのか俺の服を握りしめたまま眠っていた。
その顔は何か憑き物でも落ちたかの様に安らかであどけない寝顔をしている。
さて、俺はこの後どうすればいい……。とりあえず起こさないようにベッドにでも寝かせてやればいいんだろうけど、小さいとはいえ女の子だからなー、勝手に寝室とかに入ったらいかんだろうし……。とりあえずソファーに寝かせておくか。
それにしても寝顔が可愛すぎるだろ! もう何回言ったか分からんけど大事な事なので何度でも言う。可愛すぎる! もうあれだね、この状況で我慢している俺は偉い! ……まぁ手を出したら速効でピーポー沙汰だし、愛梨を救出した後で万が一バレようもんなら……。怖くて想像できん。とりあえず何もしないで寝かせよう……。
俺は眠っているウィオを起こさないように慎重に慎重を重ねてソファーへと寝かせる。何か掛ける物が無いか探しに行こうとしたがウィオが服の裾を掴んで離さない。
「まあ、起きた時に近くに俺がいなかったら不安がるだろうしな……」
ゆっくりとウィオの小さな手を服の裾から剥す。剥した瞬間ウィオの顔が悲しそうになったが服の代わりに俺の手を握らせると途端に安らかな寝顔へと変わる。
さて、ウィオの涙と鼻水でグチャグチャになった服どうしよ……。何とかしたいけどその前に……寝るか。流石に今日は疲れた。よくよく考えれば俺、奈落の底で目を覚ましてから寝てないんだよなー。
俺はゆっくりとソファーの手前の床に腰を下ろすと、座ったままソファーを枕にして目を閉じた。もちろんウィオの可愛いお手ては離してない。だって離したら悲しそうな顔するし? あれだよ、ウィオの安眠の為に必要なんだよ(力説)! てなわけでお休み。
ウィオ視点
夢を見ていました、懐かしい昔の夢です。まだパパとママが生きていた頃の夢。そして二人の間にいる幼い私の姿。今の私よりももっと小さい五歳頃の私。あの頃はこの後待ち受けている事なんか知りもしない幸せ一杯の私。
すぐに場面が切り替わって映るのは神殿の中。そして手渡された一枚の鑑定紙に書かれている内容が幸せ一杯だった私の生活を壊しました。
【獣】の魔王である私のパパと女性の獣人の中で最強と言われていた私のママ。獣人族の中でも最強の二人から生まれた私に掛けられていた期待はとても大きいものでした。しかし鑑定紙が書き出した結果は悲惨としか言いようがありませんでした。
パパとママ、二人とも物理戦闘力はS++とS+という圧倒的なものにも関わらず私の物理戦闘力はEと獣人の歴史の中でも最低だというものだったのです。
それからの毎日は酷いものでした。今までは気軽に話しかけてくれていた人達、一緒に遊んでいた友達は一変、私を蔑んだ目で見る様になりました。
パパとママが一緒にいない時に浴びせられる罵声、友達だと思ってた子から投げつけられる石。夢だというのに、もう過ぎ去った過去だと言うのに未だ私の心に冷たい傷を付けて行く。
もう嫌だ。なんで私がこんな辛い思いをしないといけないの? 私だって好きでこうなったんじゃないのに。
冷たい夢の中、私は体を丸めて沈んでいきます。夢の中なのに体はどんどん冷えていってもう考える事もやめようと思った時、私の胸の中に仄かな温もりが生まれました。
その温もりはやがて熱を増し私の全身を包み込んでいきます。心地よい温もりに包まれた私の目に映るのは悪夢ではなく、あの人の笑顔でした。
ヒューマンなのにおかしな匂いのするあの人。ヒューマンなのに【獣】の魔王となってしまった私に気軽に接してくれるあの人。獣人にも拘らず魔法戦闘力に特化してしまった出来損ないとずっと一緒にいてくれると言ってくれたあの人。出会って間もないけど大好きになってしまったあの人。融お兄さん。
私を包む温もりはまるであの人の様で、パパとママに抱きしめられた時と同じ様な安心感がありました。
気が付くと私は夢から覚め、目の前には見慣れた天井がありました。そして私の手に感じる暖かな感触、融お兄さんの大きな手が私の手を握りしめていました。
あの悪夢から私を護ってくれた温もり。寝ていた私の顔のすぐ傍には融お兄さんの寝顔があって、眠ってもなお私の手を握り続けてくれていた融お兄さんがとても愛おしく感じられます。
ありがとう融お兄さん。あなたが居てくれたら私はもう二度と、悪夢にうなされる事はないでしょう。
私はずっとあなたと一緒に居ます。だからこれからもずっと一緒に居て下さい、私の大好きな融お兄さん。
ウィオにはこれからたくさんの幸せを感じてもらいたいものです。可愛い子は幸せにならないといけないんです!