2話 そしてピンチは突然に
俺は今奈落の底へと向かって落下をしている真っ最中だ。別に俺が望んで投身自殺紛いの事をしている訳ではない、突き落とされたのだ。安倉のクソ野郎に。
一帯どれだけの時間落下しているのか、周囲が深い闇で自分の手さえ見ることも儘ならない現状では時間の経過なんて分かるはずもない。正直落下の際の風を切る音が聞こえてこなかったら気が狂っているかもしれないな。
そういえば投身自殺をする人は落下の途中で気を失う事が多いと聞いた事があるのだが、それが事実ならば是非ともそれを俺に採用してもらいたい。だってぶっちゃけ怖いし? いつ底に到着して死ぬか分からない現状で正気を保っているのも正直辛い。
安倉のクソ野郎を許す訳にはいかないが現状俺に打てる手は存在していない。このまま墜落死を待つことのみが今の俺に出来る唯一のことだ。ああ……泣ける……。
思えば良い人生だった。隣の家に住む美少女の幼馴染とか何処のラノベだよって話ですよ。
朝は毎日俺を起こしに来てくれるし? 朝飯だって作ってくれる。しかも絶品と来た。小柄ながらその小さな体には見合わないほどの大きさを誇る胸。トランジスタグラマーという言葉がしっくりと来るスタイルの良さと可愛らしい顔立ち、正確も完璧だ。そんな彼女と毎日一緒に登校しているから周囲からのやっかみなんかももちろんあったが、それを差し引いても良い生活だった。ほんとこんな平凡な俺には勿体無い幼馴染だ。
けどそれも今日で最後。俺を待つのは墜落死。俺を突き落とした安倉をほんとに許す訳にはいかないが、唯一感謝している点があるとすれば、俺を追って奈落へ飛び込もうとした愛梨を止めてくれた事だろうか。まあアイツが俺を突き落とさなきゃ愛梨が飛び込もうとする事すら無かった訳だが……。
ああ、そんな事考えてたらなんだか気が遠くなってきた気がする……。やっぱり本当だったのかな……。愛梨……無事でいてくれよ……。
そうして俺の意識はプツリと途絶えたのだった。
ピチョン……
「う……ここは……」
何か冷たいものが顔に当たったような感覚により俺は目を覚ました。寝起きに近い感覚で周囲を見回してみると、落下している最中とは違い真っ暗闇ではなかった。壁や地面の一部にヒカリゴケのようなものが生えているお陰なのだろう。
「それにしてもよく無事だったな俺……。あんなとっから落ちてきたってのになー」
上を見上げれば天井なんて陰も形も見当たらない(まあ暗くてよく分からないんだが……)程に高い。正直なんで俺が生きているのか不思議なくらいであった。
ホントに何で生きてんだ俺……? ん?
地面についた掌に伝わるネトリともベチョリともつかない感覚。もしかして大出血してたのか!? とも思ったがよく見ればなんだか半透明なゲル状の物体が手に付着している。
「なんだこれ……、スライム……?」
RPG等でお馴染みの最弱モンスター兼小学校の頃流行ったアレらしき物体。ニチャネチャと手を動かすたびに聞こえる変な音が周囲に響く。
ズルリ……
不意に俺の耳が手から聞こえるものとは違う音を拾った。何かが地面を這うようなものに近い、そんな音。
その音の正体を探るべく再び周囲をくまなく探したところ、すぐに音の正体は判明した。
そうスライム、スライムである。日本中の誰もが知っている某ドラゴンなクエストに出てくるマスコットキャラクターの様な可愛らしいものではなく、丸呑みにした獲物を体内で消化してしまうような感じの奴。粘液の塊であるの体の中に核たる魔石を持つ、正直リアルで出会いたくないタイプのスライムであった。
「おいおいおい、冗談じゃないですよ? 俺なんか物理戦闘力で魔法職の安倉にすら劣る完全一般人なんだからな? しかもお約束だとお前みたいなのには物理攻撃が全く効かない事もあるんだろ……?」
てかなんであんなとこにいるんですか! もしかして俺が落下した時に真下にいたのってアイツなの? あの恐らく物理攻撃が効かない体に落下したから俺も無事だったとでも言いたいんですかねぇ!
ゆっくりと近づいてくるスライムに対して俺は少しずつ下がる事しかできない。すぐそばに支給された鉄製のロングソードがあるにはあるが、落下の衝撃で途中から真っ二つに折れてしまっている。
もし無事だったとしてもあの粘液の体に効くとは到底思えない。ほんとにもーどうすればいいんだ!
キキー
いい感じに絶望しかかってる俺の耳に再び届いた音もとい鳴き声。油の切れた人形のようにぎこちなくそちらへ顔を向けると其処にいたのは俺と同じぐらいの大きさのおサルさん。もしくはモンキー。
まあこんな場所にいるサルがまともな形をしているはずも無く、両手の指が鋭利な刃物になっている。
しかも御丁寧に獲物を見つけたって言わんばかりのニヤけた顔で刃の指を舐めていた。
えー、前門のスライム後門のおサルさんですか……。笑えんわっ!
「ウキャーーーー!!」
「ギャー!! こっち来んなー!!」
俺目掛けて一目散に跳びかかってくる刃なおサルさん。何とか立ち上がろうとするも手に付着したスライムの一部ですべり倒れこんでしまう。運よくサルの横薙ぎは俺のすぐ上を通過し頑丈に見える岩を深々と切り裂いた。その光景に一瞬思考が止まりかけたもののサルの視線が俺を向いた瞬間一目散にロングソードの方へと駆け出した。
何とか折れてはいるが剣を構えサルと対峙する。視線はサルから外す事は無いが、そのすぐ横の岩にどうしても目が吸い寄せられてしまう。岩が切り裂かれてるのだ。じゃんけんでハサミは石に勝てない。刃が欠けるからな。けどこの世界は刃が岩を切り裂くらしい。まるでバターでも切り裂いたかのような滑らかな切り口に俺はゾッとした。
アレが当たってたら俺の体鱠切りじゃすまないよね? 下手したら輪切り確定だよね? 俺こんなとこで輪切りにされた挙句サルに喰われて残りをスライムに消化されるのか? 絶対イヤだし!
「くっ!」
再び跳びかかってきたサルの攻撃を何とかギリギリ避ける。しかし体が斬られるのを回避出来ただけでサルの爪は俺の皮の胸当てを易々と切り裂き使い物ものにならなくしてくれた。
くそっ、安物だとは思ってたがこうもあっさりと壊れるとか! 王宮の奴等め、もっとマシなのは無かったのかよ。そりゃあステータス不足で装備できないかもだけどさぁ! そう何度も避けるなんてできねぇぞ!
じわりじわりとにじり寄ってくるサル。サルの前進に合わせてジリジリと後退する俺。
いつ跳びかかられてもいいように視線をサルに固定していた俺の視界の隅にヤツが映りこんだ。スライムだ。何時の間に移動したのかスライムは俺の視線の高さの岩に登り、俺の事をジッと見つめている。まあ目が無いからどこで見てるのかは分からんが。
「クソッいったいどうしたら……!」
目を忙しなく動かしスライムとサル、両方を警戒しながら悪態をつく俺の声を合図にでもしたのかサルが一直線に跳びかかってくる。それも視線をスライムへと動かした瞬間に。
一瞬行動が遅れた俺、しかも性能完全一般人レベルの俺が回避できるわけも無く、スローモーションになった視界で迫り来るサルを見つめている事しか出来なかった。
終わった……。確実に終わった。あんな鋭い刃で切り裂かれたら痛いんだろうなー。しかもこんなに視界がスローモーションて……昔事故にあって宙を舞った時以来か。やっぱり死ぬのかね俺……。
半ば諦めていた俺の視線の先にいるサルと俺との間に唐突に影が割り込んできた。突然の闖入者に驚いたサルは俺よりも手前で腕を振りぬき、その影を切断する。闖入者を切断したサルは警戒したのか一足飛びで距離を取った。
そしてベチャリという音がした方向を見てみれば、そこにいたのはなんとスライムだった。スライムが俺を庇ってサルの前に飛び出たのか、もしくは獲物を横取りされたくなかったのかは分からなかったが助かったのは事実だ。
地面で五分割されウネウネ動いていたスライムへと顔を向けた瞬間、再び魔石を中心に一つへと戻ったスライムがどうやて粘体の体を動かせばそんな事が出来るのかわからないが、一直線に跳びかかった。俺の方に。
「な!? ごがっ……!!」
思わず驚き口を開いた俺。その開かれた俺の口の中へとスライムは飛び込み、口の中をヌルリネチャリという不愉快な感触で満たす。
突然の事でパニックになった俺は呼吸も儘ならない状態で吐き出す事も出来ずにもがく。スライムはそんな俺にお構い無しに奥へ奥へと進もうとし、
ゴクリ
俺はスライムを飲み込んでしまった。
「ゲホッゴホツ……」
って俺スライム飲んじゃったんですけどーー! え? どうすんの? 俺体の内側から溶かされるとか真っ平ゴメンなんですけどーー!
『条件を満たしました。称号【融合者】起動 スキル【融合】起動。スキル【融合】初回起動確認、【完全融合】を実行します』
エ? ナンダッテ?