10話 そして朝食は美味だった
翌日。まあ太陽の見えないダンジョンの奥深くで日付の感覚なんぞありはしないのだがまあ翌日。泣き疲れて寝てしまったウィオをソファーに寝かせ、ついでに俺もソファーの前に座り込んでウィオの寝顔を眺めていたのだがどうやら相当疲れていたらしい。いつの間にか寝落ちして気が付いたらかなりの時間眠っていたようだ。個人的にはもう少しウィオの天使な寝顔を見ていたかった。ほらそこ! 110番しちゃダメ!
そして俺が目を覚ますとソファーで眠っていたウィオの姿はなく、代わりにソファーを枕にして眠っている俺に一枚の毛布が掛けられていた。
寝起きのハッキリとしない頭の俺の鼻孔に微かに漂ってくる美味しそうな匂い。匂いの元を探ってみると部屋の奥のキッチンになっている部分にウィオがいた。
ワンピースの上からピンク色のエプロンを纏い、どうやら料理をしているらしい。可愛い上に料理まで出来るとか……将来良いお嫁さんになりますね!
「おはようございます、融お兄さん。朝ごはん丁度できましたよ」
そう言いながらウィオは木でできたトレイに良い匂いの発生源を乗せて歩いてくる。テーブルに乗せられたトレイの上の皿には丸いパンとベーコンに目玉焼きというこれぞザ・朝食に加えてこれまたおいしそうなシチューがほかほかと湯気を立てている。
「凄い美味そうだ」
「遠慮なく食べて下さい」
「それじゃ遠慮なく……」
「「いただきます」」
朝食は普通に美味しかった。……いや、ごめん嘘ついた。ほんとは滅茶苦茶美味しかった。
丸パンは表面に軽い焼き跡が付いており、良く見ると側面に切れ込みがある。切れ込みの中にはバターが塗られていて美味しそうな匂いを更に強めていた。齧り付けば小麦とバターの風味が絶妙にマッチして、咀嚼するたびに旨味が溢れてくるような錯覚を覚える。
ベーコンも肉厚の物ではないが、にも拘らず歯ごたえがあり噛んだ分だけ口の中を旨味が満たす。
目玉焼きは日本で食べていたものと見た目こそ同じだったが、日本で食べていたものよりも黄身が濃厚でまろやかだった。
シチューはじっくりと煮込まれたのかニンジンやブロッコリー、ジャガイモ等の具にシチューの味が染み込み、逆にシチューの方にも具材の旨味が溶けだしている。正直いくらでも食べられそうだ。
それにあれだ、ウィオというこの世の天使が作ってくれたというのも料理の美味さに繋がっている気がする。やっぱりむさいおっさんが作った料理よりも可愛い女の子が作った料理の方が何倍も美味しいよね。味的にも精神的にも。
「ごちそうさまでした。凄く美味しかったよ」
「はい、お粗末様でした。ありがとうございます融お兄さん。作った甲斐がありました」
あっと言う間に出された食事を平らげた俺は幸福感に満たされながら手を合わせる。そんな俺の姿を微笑ましそうに見るウィオはほんとに天使だと思う。異論は認めない。絶対に。絶対にだ!! 大切な事なのでもう一度、絶対にだ!!
「そういえば食材とかどうしてるんだ?」
「それはですね、このマジックアイテムを使ったんです」
そう言って取り出したのは何ら変哲もない直径10cm程の丸い球。しいて言えば薄い青色をしているぐらいだろうか。魔法具というのは初耳だが名前からして何らかの魔法的な現象を起こせるのだろう。
「これは【魔法の食材庫】っていうマジックアイテムです。魔力を注ぐと食材を作り出してくれる優れものなんです。以前父がダンジョンに潜った時に見つけてきたんですよ」
「へぇ~、魔力さえ注げばなんでもでるのか?」
「あくまで食材だけですね。でもなぜかパンだけは出せるんです。あと、魔物の食材は無理ですね」
なんて便利な道具なんだろうか。これさえあれば食材買いに行く必要なくなるよな。だって魔力さえ注げばいいんだもんよ。まあ魔法戦闘力Fの俺にはまったく使えない道具なんだけどね!
ウィオと食後の談笑を楽しんでいるとようやく腹が落ち着いてきた。なんで【無限胃袋】を持つ俺の腹が落ち着くまで談笑してたかというと、俺は食事の途中で気が付いた事が一つあった。
どうやらこの【無限胃袋】というスキル、本来の俺の肉体が持っていた胃袋とは全く別の物であるらしいのだ。本来の胃袋とは別にもう一つ胃袋があると考えるのが速いだろう。実際その通りだし。
なので普通の食事の時は通常の胃袋へ、物の出し入れは【無限胃袋】へと使い分けができる。しかも体がスライムで構成されているのが原因かは分からないがこの【無限胃袋】へは口を介する必要がない。要するに手の平からでも俺は【無限胃袋】へと物を出し入れする事が出来るのだ。
ほんとこんな便利なスキルを持ってたインフィニティスライムさんには足を向けて眠れませんね。他の個体がどこにいるのか知らんけど。
「さて、それじゃ腹も落ち着いてきた事だし、アイアンゴーレムいっちょ倒しますか!」
「大丈夫ですか融お兄さん。あれはちょっとやそっとじゃビクともしませんよ?」
「んー、多分大丈夫じゃないかなーと思う。俺の考えが正しければきっと何とかなるはずだし」
多分いけるはずなんだよなー。【変幻自在】は体の一部だけを変化させる事もできるって書いてあった。それは恐らく魔石を取り込んだ魔物も有効だろう。そして、説明文に変化させられる部位の条件は無かった。例えば脚は他の魔物の脚にしか変わらないとかの制限は無かった。つまり指先を蜘蛛の出糸突起に変化させればそこから糸を出すことも出来るはずだ。目指せスパ○ダーマン!
あともう一つだけ考えがあるけど……それは戦闘中に試せばいいか。
「融お兄さん……」
ウィオが部屋とダンジョンの大部屋の境界に立って不安そうに俺を見上げてくる。
「大丈夫だ。俺に任せとけ!」
「っ! はいっ!」
頭に手を乗せられたのが余程嬉しかったのかウィオの顔にはもう不安そうな色は無く、期待に満ち溢れている。
そしてウィオが部屋の外への一歩を踏み出す。途端に大部屋の中心に巨大な魔方陣が展開され、強い光を放ち始めた。
さて、可愛いウィオの期待を裏切らない為にも……死ぬ気で頑張りますか!
可愛いだけじゃなく料理もできるなんて……!
次回戦闘が始まります。