1話 そして奈落は突然に
連載ニ作品目です。またお付き合いの程よろしくお願いします。
俺の名前は日嗣 融、私立時津学園に通うニ年生だ。
そんな学園一の美少女である幼馴染を持つ以外平々凡々な俺だが、只今絶賛奈落の底へ向かって落下中である。どうしてこうなったし……。
いつもと何ら変わらない平凡な日常を満喫していた俺はある日突然幼馴染である姫島 愛梨とその他一名こと安倉 火道と共に異世界に召喚された。
よくあるネット小説のように王から魔王の討伐を依頼された俺達だが、元の世界に帰れるのかと聞いた俺への答えは一言、「帰れるかもしれない」という曖昧なものであった。
この世界には魔法というものがあり、俺達を召喚したのも魔法であるらしい。恐らく元の世界に帰る魔法も在るであろうとの事だった。
安倉は帰りたそうにしていなかったが愛梨は一筋の希望が見えたと言わんばかりの表情をしている。だが俺は何となくだが信用できなかった。本当になんとなくではあるが、真摯に語る王の顔が作り物にしか見えなかったからだ。
しかしここでゴネたところで状況が改善されるはずも無く、俺達は王の要請に従うことに決めた。
俺達が魔王と戦うことを決意するとすぐに鑑定紙というらしい紙をそれぞれ1枚渡された。
鑑定紙と言われるらしいその紙に【鑑定】と念じることによって己の強さを測るらしい。早速俺や幼馴染と一緒に転移してきた安倉がうきうきとした顔で言われた通りに鑑定紙を使うとじわりと文字が浮かび上がってくる。見た事が無い筈の文字なのに読むことが出来た鑑定紙にはこう書いてあった。
安倉 火道 種族:ヒューマン 男 レベル1
物理戦闘力C 魔法戦闘力S++
称号
大賢者
スキル
【大賢者】
安倉の鑑定結果に沸き立つ王宮内。あの驚きようを見れば相当強力な力を持っているのがよく分かる。
オタクであるとクラス内でも評判の安倉も王宮の人々同様かなり嬉しそうだ。
俺や愛梨も多少はネット小説を嗜んでいてこの手の定番はよく分かる。強い力で異世界を満喫できるのだ、安倉にとってここは天国にも等しいだろう。
次いで愛梨も目を瞑りながら鑑定紙へ向けて【鑑定】と念じたのだろう。愛梨の持つ鑑定紙にもじわりと文字が浮かび上がってきた。
姫島 愛梨 種族:ヒューマン 女 レベル1
物理戦闘力S+ 魔法戦闘力S+
称号
勇者
スキル
【勇者】
愛梨の出した結果に王宮内は安倉の時以上に騒然となった。どうやら王宮の人々が最も求めて止まなかったのは勇者の称号を持つ人間だったらしい。
愛梨も嬉しそうに鑑定紙を見つめ嬉しそうな笑みをこぼしている。何人かが愛梨の笑顔を見て頬を染めているが、残りの人達は期待の篭った眼差しで俺を見つめてくる。
この調子で行けば俺も愛梨達と同じ様に強力な称号を得られると思っているのだろう。確かに異世界召喚もののテンプレでは俺も強力な力を手に入れられるのだろう。しかし俺は知っている。異世界召喚もののテンプレには何の力も得られない場合もあると。そして俺は人よりも多少……少し……いやかなり運が悪い。そんな俺が鑑定紙を使えばどうなるか……、考えたくも無い。
意を決して俺は鑑定紙を使用した。きつく閉じていた目をうっすらと開けると、目に映るのは落胆した表情の王宮の人々。そして俺がその原因たる鑑定紙に目を落とすと、そこに書かれていた内容は俺の危惧してた通りの結果となっていた。
日嗣 融 種族:ヒューマン 男 レベル1
物理戦闘力E 魔法戦闘力F
称号
スキル
完全に一般人だった。
愛梨や安倉と違って何の称号も得られなかった俺は役立たずの烙印を押され、王宮から追放されそうになった。しかし愛梨が必死に俺を庇い、王宮の人間も勇者の称号を持つ愛梨の心象を悪くするのを避けたかったのか、何とか俺は王宮に残ることが出来た。正直こんな場所に居たくもないが、勝手に人を召喚しておいて追い出そうとする奴等の所に愛梨を置いて行く訳にもいかない。てか放り出されたら野垂れ死ぬ自信があるし。
翌日、王の命(何様だよって話だが)により国の所有する異世界召喚定番のダンジョンに潜りレベルを上げる事になった俺達。
愛梨から悪感情を向けられたくない王宮は役立たずと内心蔑んでいる俺にもそれなりの装備を用意してくれた。能力が完全に一般人の俺は愛梨と同じ前衛職(有体に言えば咄嗟に愛梨を守る肉の壁)として革を薄い金属で補強した胸当てと鉄製のロングソードを渡された。因みに愛梨は純白の軽鎧とミスリル製のロングソードを支給されており、安倉は魔法使いを髣髴とさせるローブと綺麗な宝玉のある杖だ。
なぜ俺の装備が貧弱なのかといえば俺達に装備を渡した者曰く、「ステータスが低いので装備しても満足に動けないと思われる」との事だった。実際試しに愛梨の軽鎧を借りてみたのだが、確かに重く、思うように動くことが出来なかった。正直これなら着ないほうが100倍マシである。
そんなこんなあり装備を整えいざダンジョンに潜った俺達。
安倉以下の物理戦闘力しか持ってない俺だが、持ち前の人並みより少し上程度の運動能力と愛梨の補助もあり何とかギリギリ戦う事が出来た。
初めての生き物を殺す感覚に戸惑う俺と愛理だが、魔物はそんなこちらの事情なんか鑑みてはくれない。下手したらこっちが殺されるのだ。襲い掛かる嫌悪感と戦いながら魔物を倒している俺達をよそに、安倉は物凄く楽しそうな笑顔を浮かべながら、いつの間に魔法を覚えたのか襲い掛かる魔物を焼き殺したり杖で殴り殺していた。
称号が無い所為か他の2人よりもレベルの上がりが遅かったものの何とかダンジョン内で死なない程度には強くなれた(戦えるとは言ってない)俺。今日もいつものようにダンジョンに潜り2階層目の空中回廊の中央に差し掛かった時、ドンッと突然の衝撃により俺は宙を舞っていた。
全身を浮遊感が包み込む中下を見ると、そこにはいったい何処まで落ちれば底に到達するのかさえ分からない深い深い奈落、そして俺が宙に舞う原因となった衝撃の方を見ればそこには俺や俺の幼馴染と共に召喚されたクラスメイト、安倉 火道の醜悪に歪んだ笑み突き出された手と、落下する俺の手をとろうと必死に手を伸ばそうとしている幼馴染、姫島愛梨の姿があった。
愛梨の表情は俺を救わんと今にも奈落へと飛び込んで来そうですらあったが、地面から伸びる鎖が愛梨を縛りそれを許さない。
何とか手を伸ばそうとする俺だが、現実は無常にも俺を重力によって奈落の底へと引き摺り込んでいく。
もはや手の届かない位置にいる俺の姿に愛梨が絶望の表情を浮かべ、火道が更に醜悪な笑みを強める。
「安倉ぁぁぁぁぁぁぁ!! てめぇ、ぜってぇ殺してやるからなぁぁぁぁぁぁぁぁーーー!!」
いくら異世界に来てレベルが上がり多少肉体が強化されたとしても、底の見えない高さから落下して無事に済むほど超人になった覚えもない。
ただの苦し紛れの叫びは迷宮の中に響き渡り、俺は俺を突き落とした張本人を睨みつける事しかできず、そのままただただ奈落の底へと堕ちていった。
主人公が奈落の底へと落ちる所から今作は始まります。今日は後三話程投稿します。ストックが無くなるまでは毎日22時に更新していきます。
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