何か知っているかもしれないけど多分何も知らない件
――チュンチュン
「いやあ。いい朝だなあ」
ベッドの隣にはとんでもなく美人のエルフがスヤスヤと寝ている。
さらにスズメがチュンチュンと鳴いている。
「これで朝チュン失敗なんてありえるのかよおおおおおおおおお」
途中まで。途中までは上手くいきそうだったんだ……。
ところが……「なんか怖い」とディートに言われてしまう。
そう言われると僕も経験が豊富ではない。
どうリードすればいいかわからなかった。
「がああああああああああ」
頭を抱えて転がる。
「ど、どうしたの? トオル! 頭が痛いの?」
「あ、いや……おはよう」
エルフは長命種だから生殖の必要性が少なく、そういうことをあまりしないと聞いたことがある。
ディートはエルフよりもさらに長命種のハイエルフだから尚更かもしれない。
「だ、大丈夫なの?」
「いや、その、別にむしろ健康だよ」
「?」
ディートは意味がわからないという顔で首を傾げていたが、僕のジャージの盛り上がりを見て転げ回っていた理由に気がついたらしい。
あぐらをかいてベッドの上に座っていたので目立ったのだろう。
「あぅ。それか……」
「う、うん」
素直に認めざるをえない状態だった。
ディートがシュンとして言った。
「ごめん。昨日はちょっと怖くて」
「い、いや。いいんだよ。その大丈夫な時で」
「そ、そう?」
「そ、そりゃもちろんだよ。ディートがしたい時にすればいいのさ」
「でも……私のせいで……この子も可哀想……よしよし」
いっ!? ジャージの上からとはいえ、よしよしされる。
「よしよし、よしよし。おさまってね……」
お、おさまるか!
「ちょっと顔を洗って歯を磨いてきます」
◆◆◆
僕はタオルで顔を拭きながら言った。
「ところでディート。ここに本当に住む?」
「ど、どうしよっかな」
迷っているようだ。リアもミリィのこともあるだろう。
僕は優しく言った。
「せっかく訳あり物件に住んでて広いんだからいつ来てもいいからね」
「ありがと! トオル」
この嬉しそうな満面の笑みは嘘ではないだろう。
「ところで現状はディートって何処に住んでるの?」
「ヘラクレイオンの街の色んな安宿に50年ぐらい住んでるかな」
「一人で?」
「うん。もちろんそうだけど」
ホンマもんのぼっちやな。どうしてそうなったかは今は聞かないことにするが、ともかく50年もぼっちだったらしい。
「今住んでる宿はもう3年ぐらいかな。長期割引が利くの。一応、朝夕のご飯が出るしね。同業も沢山泊まってるわ」
なるほど。ヨーミのダンジョンに潜る冒険者用の宿か。
しかしだ……。冒険者が多い。
ディートを狙ってる奴も多いんじゃないか。
いかん! こうなれば、引っ越しさせてしまおう! そしてディートの部屋で……。
「今日バイト終わるの早いんだよね。明日はバイトないし。ディートの部屋に行っていいかな?」
「えええ? トオルが私の部屋に」
「うん。ダメ?」
「ダメじゃないけど。散らかっているから今度ね」
なんだか本当に散らかっている気がする。
まあ50年もぼっちしてたんだし大丈夫だろう。
「じゃあ日本の街に遊びに行く?」
「え? いいの?」
「うん。いいよ」
「やったー!」
◆◆◆
バイトから帰ってくるとディートは出かけられる格好でもう待ち構えていた。
よほど日本の街に行くのが楽しみだったようだ。
「どこか行きたいところある?」
「お店のラーメンっていうの食べてみたい!」
なるほど。ディートというか皆は袋ラーメンが大好きだ。
しかしお店のラーメンはこの三倍美味しいと教えたことがある。
そういえばヨーチューブでラーメンの動画を見ていた気がする。
「じゃあラーメンコロシアムにでも行くか」
「ラーメンコロシアム?」
駅近の近代的な建物の同じフロアにラーメン屋さんが何軒も入っているミニテーマパークがある。
「行けばわかるよ」
駅直結のデッキでラーメンコロシアムに着く。
「わわわ。ラーメン屋さんが沢山有る。しかもステージがある」
ラーメン屋さんは外周を囲むように展開していて、その中心にはステージがある。
ここでアイドルのイベントとか、弾き語りとか、幽霊ウォッチのイベントとかをたまにやっている。
同じフロアにはマッサージ屋さんを挟んで大きい本屋さんもあった。
「心音ミルが来るのかな?」
「心音ミルは実際にはいないよ」
「あ、そうだったわね」
日本のことをあまり知らないディートらしい。
「ところでどのラーメンを食べる?」
「うーん迷うわね。どれも美味しそう」
特大パネルのラーメンの写真はどの店も美味しそうだ。
なぜか店主の等身大パネルもある。それにしてもどうしてラーメン屋さんは腕組みしていることが多いのだろうか。
ディートはかなり迷っている。
「この店がいい!」
新しい店でパネルに海老出汁とか煮干し出汁とかアボカドとか強調されていた。トレンドを追った店のようだ。
ラーメンに少しうるさい僕はちょっと不安だったが、ディートが入りたい店に入るに限るだろう。
「じゃ、そこにしよう」
「わーい」
「ん?」
「どしたの?」
店主のパネルがなんとなく気になった。
「まあいいや。行こうか」
「うん」
お昼としては遅く、夕飯としては早い時間とはいえ、客は誰もいなかった。
海老煮干しアボカドラーメンの食券を二つ店主に渡す。
カウンターに座ってラーメンを待つ。
ラーメンはすぐに出てきた。
「美味しそう~」
見た目は美味しそうだけど味は……。
ズッ。……。ズズズッ……。
うん。また新しい店に代わりそうだね。
「ラーメンってこんなもの?」
「残念ながらハズレの店みたいだ」
店主がカウンターから出て来た。
「?」
会話が聞こえてしまっただろうか。
小さい声で話したと思うけど。
「お客さん。凄い美人だね~外国の人? どこ?」
ひでえ。店主がナンパまではじめたぞ。
一週間後には代わるな。
「ラーメンどう? 美味い? もっと美味しい店あるから案内しようか?」
ある意味、凄い。店主は自分の店になんのプライドも無かった。
止めようとして店主を見る。
「あ~不動産屋さん?」
「あ、鈴木……さん?」
どこかで見た顔だと思ったらラーメン屋の店主は僕をあのダンジョンに導いた元不動産屋だった。
そういえば、この男。あのマンションにゴブリンやスライムが出てくると知っていた。
何か知っているかもしれないから聞いてみようか。
元不動産屋の顔は僕のほうを向いていたが、目線はディートのセーターの胸の膨らみを見ていた。
やはり何も知らないかもしれない。




