漫画は面白いから仕方ない件
「ただいま~」
「おかえり~」
「お帰りなさい。ご主人様~」
バイトから帰るとディートとシズクが迎えてくれた。
ディートはあれから三日間ほど僕の部屋にいる。
リアやミリィも顔を見せに来るが、孤児院の子供達の指導や盗賊ギルド員の監督が忙しいようですぐ帰っていく。
ディートだけは盗賊ギルドの人にクレープを教えたらもうやることはないのだろう。今は食卓で何やら光る苔を分別していた。
「それなに?」
「ダンジョンヒカリゴケよ。結構高値で売れるの。ふふふ」
「そ、そう。よかったね」
「うん」
一応、僕のバイト中にダンジョンの探索をしているらしい……けど……。
――まさか僕と同棲するつもりじゃないだろうな。
だって毎日、当たり前のように泊まっていくし。
ディートのような美人が僕と同棲してくれることは嬉しいけど……僕と一緒に居たいからっていうよりも、なんだか宿代を浮かすために宿の代わりに使われている気がしないでもない。
「今日も攻撃魔法の練習しにいく?」
「今日はいいかな~」
「そう?」
「うん」
まあ攻撃魔法のこととか教えてはくれる。
ちなみに【攻撃魔法LV1/10】の僕はまだヘロヘロのパチンコ玉のような火球魔法しか成功していない。
ディートに言わせれば【職 業:無職】がたった数ヶ月でここまでになるのは奇跡のようなことらしい。
ちなみにスキルレベルはスキルを使い続けるかレベルを上げることでアップする。僕の場合は自動レベル上げがあるから後者に依存するつもりだ。
ただ寝ているだけで、そのうちバスケットボールのよう大きさの火球になる! ハズだ。
「ねぇ。トオルお願いがあるんだるんだけどぉ」
ディートが急に艶めかしい声をだす。
「え? なに?」
「私も自動レベル上げツール使っていーい? 寝てる時間とかさ」
「う、うん。いいよ」
「やったー! トオルありがとー」
どうやら……しばらくは寝ているだけでバスケットボールのような大きさの火球を飛ばす夢は儚く散ったようだ。
というか、しばらくって何時までだ。ディートは何時まで僕の部屋にいるつもりなんだ。よく考えたらディートの私生活のことはリアやミリィと違ってあまりしらない。
「~♪~♪」
楽しそうに鼻唄を歌いながらダンジョンヒカリゴケとやらの仕分けをしているディートに「ところで何処に住んでるの?」とは聞きにくい。
まるで出て行けといっているみたいだしな。
そもそも……僕はディートが一緒に居たいということで同棲してくれるなら歓迎なのだ。
「ところで夕飯は?」
「今作ってます~」
初日こそディートが作ってくれたが、今はシズクが夕飯を作っていた。
本当に宿か何かだと思っていないだろうか。
◆◆◆
「あー良いお風呂だった」
僕がシズクを抱えながらお風呂から出るとディートがいない。
洋室から音楽が聞こえてくる。
パソコンからはヨーチューブから心音ミルの曲が流れていた。
先にお風呂に入ったディートはジャージとブルマという姿でベッドの上に腹ばいになってガイの大冒険を見ていた。せんべいもかじっている。
ちなみにガイの大冒険はガイという少年がファンタジー世界を大冒険する熱い漫画である。押し入れの中に全巻あった。
「ガイの大冒険、面白い?」
「凄く……仲間の魔法使いの男の子が成長するのがいい……」
僕の所蔵からガイの大冒険を選ぶとは……。ディートは漫画のことがよくわかっている。
しかし、これがヘラクレイオンの冒険者ギルドで恐れられる眉目秀麗! 知勇兼備! 誰もが振り返るハイエルフなのだろうか?
日本に馴染み過ぎだぞ。
ブルマ尻をパシンと叩きたい。
「僕もガイの大冒険読もうかなあ」
「いいけど私の読んでいるところより後ろの巻読んでね」
「はいはい」
二人でベッドに寝そべってガイの大冒険を読む。
ふとディートを見ると目尻を光らせていた。
そっと、彼女が読んでいるページを見るとワニのオッサンが仲間達のために奮闘しているシーンだった。
相変わらずディートはよくわかっている。
とはいっても、僕はガイの大冒険を二十周は読んでいる。
ディートほどのめり込んで読むことはできない。
イタズラしたくなってくる。
肩に手をかけた。
「もうなにー?」
「別に用は無いけど」
「ガイの大冒険読んでるんだからっ」
そっけない対応をされてしまった。
ううう。ガイの大冒険は面白いから仕方ないよね。
◆◆◆
一時も過ぎてしまった。
「明日もバイト早いし、そろそろ寝ようか」
「え? あ、もうこんな時間。私ずっと漫画読んでた」
「ガイの大冒険は面白いから仕方ないよ」
「ご、ごめんね」
ディートが立ち上がってなにやら自分の荷物を探る。
「え?」
「私、トオルに渡したいものがあって。これ」
金貨が入った袋だった。
「本当はすぐに渡したかったんだけど、私あるとすぐ使っちゃうタイプだから貯金が無かったの」
ディートは意外と義理堅いことを忘れていた。
それでお金になるようなものをダンジョンで採取してたのか。
僕は可笑しくなって笑う。
「日本で一気に換金するのは結構難しいからこんなにいらないよ」
「でも今回の件でなんだかんだ日本のお金も結構使ってたでしょう?」
結構どころじゃない。貧乏フリーターの僕には本当にカツカツだ。チラシのインクと紙、砂糖、ドローン。他にもかなり使っている。
けれど……。
ミリィはもちろん盗賊ギルドのためだし、リアは別に孤児達のためだ。直接ディートのために使ったお金はない。
「別にディートが気にすることないじゃんか」
「気にするよ。だってトオルのことだし……それに今だってこうしてお世話になってるし。食費とかだってかかるじゃない」
まあ金貨一枚両替すればディートの食費ぐらいなら二週間ぐらい持つだろう。
そんなことより心配してくれていたほうが嬉しい。
「いつも帰ろうと思ってるんだけど、ここが快適でついつい毎日居ちゃうの。ごめんね……」
ディートは謝るが僕はそんなつもりはない。
「いや別に。というか、ここに一緒に住むつもりなのかと思ってたよ。帰っちゃうの?」
「えええええええええええ!?」
当たり前のようにここで生活してるのに帰るつもりだったのか。
「えええって」
「というか良いの?」
「いや、まあ、別に……良いんじゃないかな?」
「やった! ガイの大冒険の続きが読める!」
僕はうなだれてしまう。
「そんな~。まあガイの大冒険は面白いから仕方ないか……40巻もあるし……」
「ウソウソ。トオルがそう言ってくれて本当に嬉しいよ!」
ガイの大冒険でワニのオッサンが活躍していた時よりも、ディートの目から大粒の涙が流れた。