ステータスは隠したほうが良い件
新章はじまりました。
「ご主人様、お洋服にご飯粒がついていますよ」
「え? ホント?」
シズクが僕の足から胸に登っていく。
ご飯粒を取ってくれるのだろう。
「はい。これで大丈夫です。シャツの襟も少しクシャってなってます」
シズクが僕の胸から首周りに移動してからするすると降りる。
「うん。バッチリです」
「ありがとー。じゃあそろそろ行ってくるね」
「はーい。行ってらっしゃい」
ファミレスのアルバイトに行くためにマンションを出る。
「今日も快晴だあ」
フルブレム商会のへラクレイオン支部にゴブリンの麻湯畑の地図を渡してから二日が経っていた。
皆もそれぞれ忙しいようで、白スライムのシズクのこと以外は、僕は異世界とは関係ない普通の日常を送っていた。
ファミレスに着く。
「おはよーございます」
店長に挨拶する。
「おはよー鈴木くん。あ、ちょっとお願いがあるんだけど~」
店長は腰が異様に低い。仕事なんだから普通に指示すればいいのにちょっと皆がやりたがらない仕事があるとこの低姿勢だ。
「なんですか?」
「業者さんが持ってきたビール樽をサーバーのところまで運んでもらっていい?」
店長の足元には〝義理ンビール〟の20リットル樽が三つ置かれていた。
「新しい業者さんが場所わからなくてここに置いちゃったみたいなんだ。僕は本部に行かないといけなくて」
「お安い御用ですよ」
僕はビールの樽を三つ重ねて持ち上げた。
「す、すすすす鈴木くん」
「な、なんですか?」
店長が驚いた顔、いや引きつった顔をして僕に言った。
急に本部からバイザーが来た時と同じ顔だ。
「お、重くないのそれ?」
「え?」
し、しまった。20リットル樽を三個重ねるとビールの重さだけで60キロになる。
しかも〝義理ンビール〟は頭が悪いのか、樽が他のビールメーカーよりも分厚い金属で出来ていて、それだけでかなり重い。
ビールの重さと樽の金属の重さを合わせると70キロぐらいあるのではないだろうか。
「あ、あー重いです(棒)」
「こ、腰をやったら大変だから一個づつ持ったほうがいいよ。やっぱり僕も運ぼうか?」
レベルを上げまくっている僕には軽いものだ。
店長を煩わせるのも悪い。
「大丈夫ですよ。店長は早く本部に行かないとまた怒られちゃいますよ」
「そ、そうなんだけど……。うん。じゃあ気を付けてね」
店長には弱い言葉がたくさんあるが、本部という言葉には特に弱い。
慌てて出て行った。
ビールサーバーの前に樽を運ぶ。
更衣室で着替えていると携帯がなった。
『おはよーございます(^^)/ 鈴木さん凄く力持ち!』
立石さんのラインだ。立石さんとは二人で異世界を冒険したこともある。僕が力持ちである秘密も知っている。
それにしても70キロのビア樽を担いで全く気にならないなんて自分でも思わなかった。
一体どれだけレベルがあがっているんだろうか?
実は僕もまだ確認していない。ディートと一緒に確認して、ドヤ顔をしようかと、いやお礼を言おうかと思っている。
ステータスのことを最初に色々教えてくれたのはディートだ。
けれどクレープの屋台が忙しいのかもなあ。
バイトが終わったらディートに会うためにちょっと地下街に顔を出してみよか?
◆◆◆
「ただいま~」
バイトが終わってマンションの部屋に帰る。
「?」
普段ならシズクがすぐに迎えてくれるのだが、なかなか来ない。
「あ、おかえりなさーい」
「あれ? ディート」
「なによ。私だと悪いの? リアが良い?」
「いや、そうじゃないよ」
ディートがいつもの露出の高い服装にエプロンを付けていた。
角度によっては裸エプロンに見えなくもない。
「な、なんでエプロン?」
「夕飯を作るからに決まってるじゃない」
ディートが作るご飯は結構美味しい。
しかし、ディートがこんなことを急にしてくれるだろうか?
わかったぞ。シズクだな。
シズクは僕が喜ぶとかいう理由で、たまにリアになったり、ディートになったり、ミリィになったりする。
それにしてもシズクも変身が上手くなったな。見た目は完璧でも性格はご主人様に従順なシズクだった。ところが今日は性格までディートっぽい。
「なにか不満なの?」
「い、いやそんなことないよ。ディートが作ってくれる料理が食べれるなんて最高だよ」
本物のディートには言いにくいことでもシズクだと思えば言いやすい。
「ええっ? そ、そう?」
「うん。ディートの料理は美味しいってこともあるし、作ってくれるなんて気持ちが嬉しいしね」
どちらかというと面倒くさがりなディートがご飯を作ってくれるなんて確かに嬉しい。まあシズクだけど。
「な、ななななに言ってるの! 変なお世辞とかいらないから!」
ディートは顔を赤くして台所に行ってしまった。
「シズク。成長したな」
僕はシズクの成長っぷりに感心して洋室に入った。
部屋着のジャージに着替えて台所に行く。
「ディ~ト。なに作ってるの?」
台所に立つディートの後ろから声をかける。
「ハ、ハンバーグ……」
ディートはひき肉と刻んだ玉ねぎが入ったボウルを捏ねていた。
「美味しそうだね」
「も、もう聞いたから。トオルは座っててよ」
「いや僕も手伝うよ」
「ちょっ」
僕はディートの後ろに立って抱きしめるように両脇から腕を出して一緒にひき肉を捏ねた。
「こ、これなんの意味があるのよ?」
「ハンバーグはたくさん捏ねたほうが美味しくなるんだよ」
「じゃ、じゃあなんで私の手を触るのよ」
「別にボウルが小さいから触れちゃうだけだよ」
「どうして私とくっつくのよ!」
「いや?」
「べ、別に嫌じゃないけど……」
「ならいいじゃない」
ディートが大人しくなる。
僕が耳に息を吹きかけたり、肩に顔を乗っけたりして悪戯をしてもひたすら黙々とハンバーグを作り続けた。
しばらくしてハンバーグが出来上がる。
「本当に美味しそうだよ」
綺麗な焦げ目ができて見るからに肉汁が詰まってそうな感じだ。
「そ、そう。ありがとね」
「じゃあ食べようか」
「うん。シズク呼んできてよ」
「え?」
「えって。シズクよ。和室の押し入れの中にいるでしょ? 一緒にご飯食べてあげないと可哀そう」
も、もしや。
和室に行って押し入れをあける。
シズクがプルプルしてた。
「シズク。ハンバーグ出来たよ」
「シ、シズクはご主人様とディート様を邪魔しないほうがいいかと……途中で誤解されてるかなあと思ったんですけど」
「良いんだよ。ディートの機嫌も良いし。僕が恥ずかしかっただけだから」
うわああああああ。
和室の畳を転げまわる。
シズクかと思って〝ただしイケメンに限る〟みたいなことをしてたよ~。
「ト、トオルどうしたの? 頭でも打ったの?」
「違うんです! ご主人様はご主人様は~! お可哀そうに……」
僕はしばらく畳の上を縦に横にとゴロゴロ転がった。
「シズク、美味しい?」
「と~ても美味しいです!」
シズクはハンバーグを食べてプルプル震えていた。
「ト、トオルはどう……?」
う、美味い……僕が作ったのよりも美味しいかも。
けどシズクだと思っていた時のように素直に褒められない。
「まあまあかな」
素直に褒めてあげれば良いじゃないか~。僕はまた和室を転がりたかった。
「ホ、ホント。ありがとう」
ディートは顔を赤らめてお礼を言う。
ベッドに運んでもみくちゃにしたい。
「と、ところでさ。ディート」
「な、なに?」
「ご飯終わったらちょっとダンジョンに行ってステータス見てくれないかな。また色々教えてよ」
「あ~いいわ! 行きましょう。結構レベルあがった?」
「実はまだ確認してないんだけどさ。22、23ぐらいにはなったんじゃないかと」
「23? ないないないよ」
「え~そうかな? レベル上がるときってステータスチェックしなくても上がった~って感じするじゃん」
レベルが上がると身体中に力が満ちるような感覚がある。
「するけど」
「その感覚では22か23ぐらいまで行ってるような気がするんだよね。異世界を冒険している時やバイト中もシズクがずっと自動レベル上げの罠の餌の補充をしてくれたしさ」
「勘違いじゃない? ま、まあトオルが強くなるのは良い事なんだけどね」
「と、とにかくダンジョンに行ってみようよ」
そんなこんなで僕とディートは食後にいつもの地下五層にやってきた。
鉄の扉は閉めている。
少しだけモンスターが入り込んでいたが、僕は簡単にピッケルで倒すことが出来た。
「確かに……強くなっている感じね」
「だろ? きっと20以上はあるぞ」
「そんなに簡単にレベルが上ったら苦労しないわよ。トオルの年でレベルが20以上あったらどこの騎士団でも入れてくれるわよ。そういう人は子供の時から何十年も訓練をしている人がほとんどで」
ディートがなにやら言っているが、ともかく見てみなければわからない。
「大体、私だってそこまで行くのに20年ぐらいかかってて。リアは天才なのよ。そのリアだってきっと10年以上」
ステータスオープンと心のなかで念じた。
◆◆◆
【名 前】鈴木透
【種 族】人間
【年 齢】21
【職 業】無職
【レベル】25/∞
【体 力】72/72
【魔 力】98/98
【攻撃力】145
【防御力】47
【筋 力】41
【知 力】60
【敏 捷】42
【スキル】成長限界無し 人物鑑定LV7/10 道具鑑定LV3/10 棍棒技LV2/10 攻撃魔法LV1/10
◆◆◆
「おっ。やっぱり25まで上がってるぞ! しかも攻撃魔法LV1/10だって! やった!」
「え? なんですって?」
「やったよ! やっぱり自動レベル上げめっちゃ効果あるよ~」
「ホントなの?」
「ああ、25だよ。そりゃ寝てる時も起きてる時もほとんど24時間レベル上げしてるんだもんなあ。自動BOTツールみたいなもんだよ。まあダンジョンには取り締まる運営もいないけどねえ」
ディートが拳を胸に突き出して震えている。
きっと僕の成長を喜んでくれていることだろう。
僕が強くなることは良い事って言っていたしね。
「いた! いたたたたたた!」
ディートは僕をポカポカと叩いてきた。
「ずるいずるいずるい!」
「な、なんで」
「私がレベル25になるまで、どれだけ苦労したと思ってるのよ~」
知らない。知らないけど本当に目に涙を浮かべている所からマジで苦労したんだろう。
今日もディートとできそうにない。
しばらく日常系となります。ここまで読んでくださって本当にありがとうございます。
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第一巻も好評発売中です! コミカライズの企画も進んでいます。
WEB版とは展開が異なります。書き下ろしもありますよ。




