ご飯は一人で食べるよりも二人で食べたほうが美味しい件
お風呂から早めに上がって脱衣所でロングTシャツとスラックスに着替える。
脱衣所の端には鎧や具足が綺麗にまとめられていた。
リアの几帳面な性格が表れているようだ。
「ふーサッパリした。でもロングTシャツは良いとして寝るのにスラックスは辛いかなぁ。後でジャージを買ってこようか」
和室に行ってみるとリアの前にあるコップはほとんど空になっていたが、案の定というか透明なグラスにはコーラが半分ぐらい残っていた。
目があうとリアが言った。
「あうっ」
どうやらコーラをじっと眺めて格闘していたのが恥ずかしかったようだ。
リアはちょっと顔を赤くする。
「ははは。残してもいいですよ。口に合う合わないはあるし。でも馴れると結構美味しいですよ」
「いいえ。お薬が飲めない子供じゃないんですから全部飲みます。」
「へ? そりゃコーラはちょっとは薬っぽい味がするけど」
彼女はどうやらコーラを薬だと思ったらしい。
「飲んだら一瞬にしてマヒ毒が治りましたし、頑張って全部飲みます!」
「な、なんだって?」
「え? これ呑んだら少しだけ残っていた手足のしびれが一気に治りましたけど薬じゃないんですか?」
もしや、ひょっとして。ダンジョン側の世界だとコーラは……。
「どうなさいました?」
「あ、いやなんでもない。なんでもない。そうコーラは薬なんだ。無理して飲まなくてもいいけど体にもいいよ」
「でも大賢者様のアーティファクトは本当に凄いですね。実はこのマヒ毒、中級の解毒魔法もほとんど効かなかったんです」
「そうだったんだ」
コーラは解毒剤の可能性がある。しかも相当強力な。
ポケットからステータスを書いたメモ紙を取り出して『コーラは解毒剤の可能性アリ』と書いておいた。
さてそろそろ食事にしようかな。
なにを作ろうか? さっき少しはトンスキホーテの食料品売り場で少しは食材を買ってあるんだけど。
リアの好みを聞いてもいいかもしれないな。
僕は結構料理が得意なのだ。バイトはファミレスのキッチンだしね。
じゃあ料理しながら話すためにリアにはダイニングに座ってもらおうかな。
「リアちょっと来てください」
「はい?」
僕はリアをダイニングのテーブルの椅子に座らせた。
そして冷蔵庫を見ながら聞いた。
「リアはダンジョンでどんなものを食べているんですか?」
「普通の冒険者と同じですかね」
「いや、あの、その……普通の冒険者っていうのが、大賢者になるとわからなくてですね」
「あ、すいません。例えばですね。石のように乾燥したパンとかこれまたパサパサの白身魚の塩漬けとか」
なんかとても侘びしいというか、美味しくない食事のような。
「それ美味しいの?」
「食べ物はなんでもありがたいですけど……そんなに美味しくはないですよね。だからお湯に浸して柔らかくして食べたりします。そうすれば、柔らかくなって結構食べれますよ!」
リアはニコニコして言った。
「そ、そうなんだ」
「それも、とある理由で全部失って……ダンジョンで倒れてたんですけどね」
僕の目を涙が伝う。
冷蔵庫から取り出そうとしていた安い焼きそばの麺を戻し、代わりにコンビニで買ったプレミアムハンバーグを手にとった。
こいつはちょっと高いが、そこそこ美味い。
もちろん作ったハンバーグのほうが美味しいけど、もうお腹減ってるだろうしね。
レンジで温めればいいだけだから早くできるしね。
そしてこれだ。僕はリアに少しでも、より美味しくしてあげようと思って卵も取った。
とりあえずハンバーグとチンする御飯をレンジで温める。
フライパンで多めの油を熱し、その間にレタスとプチトマトのサラダを作る。
「ドレッシングはピートロのが美味しいんだよね。オリーブオイルはもう温まったかな?」
リアが聞いてきた。
「凄くいい匂い。なにか作ってるんですか?」
「夕食ですよ。リアも食べるよね?」
「い、いいんですか? ダンジョンで食料って凄く貴重ですよね。先ほどの飲み物だって……」
「いいから。いいから。食べないと死んじゃうよ」
「でも……」
「もう二人分、作り始めちゃったから無駄になっちゃうよ。それにお腹減っている人の前で自分だけ食べるなんてできないですよ」
本当にその通りだ。それにリアに喜んで貰いたくて作っているのだ。
僕が強めに主張するとリアが急に立ち上がる。
「そうだ。ちょっと待っててください」
リアが脱衣所に行く。
どうしたんだろうと思っていると小さな布袋を持って戻ってきた。
片方の手で袋を反対にして、もう片方の手の平に袋の中身を出した。
数枚のコインが出てくる。
そして色は金ピカと銀色だった。
「それって金貨と銀貨!?」
それもかなり大きい。重さもありそうだ。
「ガディウス金貨二枚と銀貨三枚です。お恥ずかしいですが、これで全部なんです。とても足りないとは思いますが……」
本当に金貨と銀貨らしい。驚いた。
「いや、いいって。いいって。タダですよ」
「そういう訳にはいきません!!」
ま、参ったな。言っても聞かなそうだぞ。
貰ってしまおうか? 銀貨はわからないけど金は買い取りますって街中に看板があったりする。
いやいや、困った女の子を助けて金銭を受け取るなどおばあちゃんが悲しむぞトオル。
なにか断る理由を考えろ。あ、そうだ。
「リアさん。僕は大賢者だからアーティファクトを高値で売ってお金には困ってないんですよ。でも地上の話を知りたいから話してくれないですか? 僕はダンジョンにずっと篭ってますから」
実際にコーラとかをダンジョンで冒険者に売れば、一財産できそうだぞ。
じゃなくて……。ダンジョン側の世界の話は興味がある。ステータスやスキル、モンスターについても詳しく聞きたい。
「それはもちろん構いませんけど、それだけじゃ御恩や分けていただいた物資に対して、とても釣り合いませんよ……」
対価に地上の話をしてくれってことで、少しは納得してくれたみたいだけど、まだ足りないようだ。そうだ!
「ならアーティファクト作りも手伝って貰えないですか?」
もちろん手伝ってもらうのはアーティファクト作りではない。
最近の安い家具は自分で組み立てるタイプのものが多い。
今度の引っ越しでベッドのフレームを買ったんだけど一人では組み立てるのは苦労しそうだった。
実際に箱には二人で組み立ててくださいと書いてある。
リアにベッド作りを手伝ってもらおう。
「そんなことでいいんですか! 恥ずかしいですが、助かります。実は私、今少しだけお金に苦労してて……」
「うんうん」
リアが少し赤い顔をして言った。
騎士ってことは下級かもしれないけど貴族だろう。まあ貴族でもお金に困ってたって話は聞いたこともある。
そもそもダンジョンに潜ってるんだしね。
なおさらお金を取らなくて良かったと思う。
「じゃあ安心して二人分作るね」
「ありがとうございます! お願いします!」
よかったよかった。そう思いながら完全に暖まったオリーブオイルに卵を落とした。フライドエッグだ。
白身だけが固まるように時間を見計らって、プレミアムハンバーグの上に乗せる。よし、完成だ!
テーブルの上には、フライドエッグが乗ったハンバーグ、レタスとプチトマトのサラダ、チンするご飯の皿が二つづつ乗った。
レトルトのお味噌汁もあるけど、リアは西洋人っぽいのでやめておいた。
「も、もう出来たんですか!? こんな手の込んだ料理が早いですね。しかも凄く美味しそう……いい匂い……」
「ははは。食べましょう食べましょう」
リアが聞いたことのない神様にお祈りする。
やはり今は貧乏なのかもしれないけど、育ちはいいんだと思う。
自分の心のなかで頂きますをした。
「どうやって食べればいいんですか?」
「ああ、ライスを知らないのか。ならフォークでこうやってすくって。でもハンバーグも一緒に食べたほうが美味しいですよ。知らない?」
「はい……」
「えっとね。どう食べてもいいんだけど、美味しい食べ方はこのフライドエッグをハンバーグの上で割ってさ」
僕はナイフでフライドエッグを半分に割った。
中からは固まりきってない黄身が流れ出て、ハンバーグの上のデミグラスソースに混ざる。
「この黄身とデミグラスソースを下のお肉と一緒に食べると美味しんだよ」
実演して口に含んでみた。うん、美味しい。
「わ、私も食べてみますね!」
ハンバーグは知らなくてもリアのフォークとナイフの使い方は、僕より上手かったかもしれない。
リアはハンバーグの上でフライドエッグを真っ二つにして、とろける黄身とデミグラスソースを上手くハンバーグに絡めて口に運んだ。
「んっ! ん~ん~ん~~~!」
よほど美味しかったのだろうか。抑えているつもりだろうが、体が僅かに上下にしていた。
「こ、こんなに美味しい物、食べたことありません」
「大げさだよ。それかダンジョン探索で遭難してお腹減っていたからとか」
「本当です! 昔は私もお屋敷に住んでいましたけど、それでもこんなに美味しい物は……ん~~~このライスっていうのと一緒に食べるとまた!」
「そう言ってくれると、作った甲斐がありますね」
お世辞でもそう言ってくれるのは嬉しい。
作ったのはフライドエッグとサラダだけなんだけどね。
ただ、確かにフライドエッグは黄身のとろっと加減がいつもよりも上手くできた気がする。
きっとリアに喜んで貰いたかったから上手くできたんだと思う。
美味しそうに食べている彼女を見て僕も幸せな気分になる。
やっぱりご飯は一人で食べるよりも二人で食べたほうが美味しい。