商会長は海賊の血を受け継いでいた件
ビーンさんが商会長だという女の子はエリーと名乗った。
入ってきた時は中学生と思ったけど見れば見るほど幼い。
小学生の高学年でも通用しそうだ。
色々突っ込みたかったが、これから投資を頼む先の代表にそれを聞くのは失礼かと思ったので黙っていた。
「なんで子供が会長をしてるの?」
僕はミリィが居たことを忘れたいた。
「ちょっちょっと。今のは……そのナシで……」
慌てて取り繕おうとしたが、別にそれほど気にはしてないようだった。
エリーは身をすくめていたが、ビーンさんは笑っていた。
「いやーちょっと驚かそうとしたんですが、悪い意味で驚かせてしまいまして……大丈夫でした?」
「あ、大丈夫です」
「それならよかった。ところでこの子がどうして会長をしているかでしたな?」
ビーンさんがミリィを見ながら言った。
「うん」
僕が見るとミリィは真剣な顔をしていた。
どうやらただの興味本位で無邪気に大商会の代表をしていることを聞いたわけではないらしいことに気がつく。
ミリィの大盗賊の娘で盗賊ギルドを世襲したという彼女の立場がそれを聞かせたのだろう。
「もともとフルブレム商会は海運業者が集まってできた商会でしてね。そのなかには半ば海賊のような海運業者もいて」
驚くべきことにフルブレム商会はどこか盗賊ギルドに似ていた。
「商会ができた当時はどの業者も主導権を取ろうと争ったのですが……」
ちょうどそんな時、隣国に大凶作が起きて餓死する人が大量に出たらしい。
商会内が派閥争いにくれる中、エリーの曽祖父に当たるミカエルは派閥争いに目もくれずに商会の船と倉庫の食料を勝手に使って隣国を支援したらしい。
「ミカエルが言うには俺はもう海賊家業から足を洗ったと。やり方は剣で脅して倉庫の物資を運び出すという海賊そのものだったらしいですけどね」
ビーンさんは楽しそうに笑った。エリーがそういうとビーンさんも説明してくれた。
もちろんミカエルは商会のなかで立場を危うくした。
ところが隣国は、フランシス王国とミカエルに深い感謝の意を示して、フランシスと交易する際にはミカエルに独占的な通商権をいくつか認めるように働きかけたらしい。
かくして半ば海賊だったミカエルはフルブレムの家名を王から賜った。
そして商会の名前は今のフルブレム商会になった。
「以来、当商会の代表はフルブレム家が世襲しているというわけです。この子の父であるトマは私の友人だったのですが、早く海に還ってしまいした」
海に還った。きっとなんらかの海難事故で死んでしまったという意味だろう。
「そうだったんですね」
僕は納得したがミリィはまだ聞きたいことがあったようだ。
「エリーが会長になった時は大人の反発はなかったの?」
ミリィにとっては気になるところだろう。
ミリィのなかには盗賊ギルドがまとまっているのは伝説の大盗賊とかいうドロシアさんの名前があるからだという思いがあるのかもしれない。
「最初は反発ばかりでした」
エリーが舌を出す。
「それに、私、滅茶苦茶ドジなんです」
「いや、そんなことは……」
否定しようとしたが熱いお茶をぶちまけられている。
「ビーンを会長にしようという意見まであったんです。私も自信がありませんでしたし」
エリーがそういうとビーンさんも説明してくれた。
「私もトマからこの子を頼まれていてどうしたら良いのか考えました。少なくとも大人になるまで会長を代行した方がいいのか。この子を支えたほうが良いのか」
彼女はもう会長になっているのだからビーンさんは支えることにしたんだな。
しかし、ミリィはまだ納得できていないようだった。
「どうしてビーンさんが代行しなかったの? そっちのほうが良いじゃん」
「ははは。それは私のほうが商才が、いや商人としての道理が無かったからですかね」
ビーンさんは笑いながらよくわからないことを言った。
ビーンさんは商人としてあらゆる経験でエリーに勝るだろうと思いながら僕は聞いてみた。
「どういうことですか?」
「実は私がエリーを会長にして支えようと決意したのは比較的最近のことなのです。実は例の麻湯が関わっています」
「麻湯が!?」
「一年前のことです」
一年前はまだ麻湯が禁制品になっていなかった。
フルブレム商会でもこの新しい商品に金銭的な価値を見出したものが多くいた。
商会の幹部会議で麻湯を扱ってはどうかという議論になったらしい。
ところが……。
「お酒、ギャンブル、女性の商売も良いでしょう! 必要悪という側面もあります! しかし、不幸しか作らない麻湯のビジネスはなにがあっても認めるわけにはいきません! 私達はフルブレム商会なのですから!」
居並ぶ幹部が危険性を感じつつも見込まれる麻湯の莫大な利益を受け入れようとした時に、頑然と否を唱えたのは年端のいかない少女だった。
ビーンさんが苦しげな顔をした。
「私もその時は揺らいでいました。何故なら他の大商会も麻湯で大きな利益をあげ始めていたのです。当商会だけが遅れてはならないと」
その気持はよくわかる。この世界ではまだ麻湯が危険という認識すらそれほどはないということもある。
「フルブレム商会の幹部達もエリーの主張に魂を打たれたのか麻湯を排斥するために全力で動きました」
結果的にフランシス王国の大臣達に働きかけ、海上における独占権の一部と大金を支払うことになったが、麻湯を禁止する国法を制定させたらしい。
ただフルブレム商会の勢力は減退して麻湯で利益をあげようとしていた商会からは睨まれる状態を作ってしまった。
「今、我々はエリーを商会長として一枚岩になって巻き返しを図っている最中です」
なるほど。そんな経緯があったのか。
「エリーって凄いんだね」
ミリィも感心している。
「そ、そんなことないですよ」
「いや僕も感心したよ。本当に感心するよ。うんうん」
明らかに間違っていたって経験のある大人達にそれを指摘するなんてそうはできない。半ば海賊だったという立派なご先祖の血が流れているのだろう。
僕は何度も頷いた。
「私はトオル様が凄い方だなってずっと思っていたんです」
「え? 僕が?」
「はい」
一体どうして?
けれどもエリーが僕を見る目は確かに光り輝いていた。
なにかの勘違いかもしれないと思ったが両手を握られてしまう。
「本当に凄い!」
ちょっと嬉しいけど、意味がわからないし、気恥ずかしい。
「なんだろうなぁ? ミリィ」
助けを求める意味でミリィを見たら冷ややかな視線を返されてしまった。




