大商会の会長と初対面した件
船倉に乾燥した植物片の小山ができた。
「かなり見つかったね」
「うん……」
僕がつぶやくとミリィも同意する。
二日の航海のほとんどを費やした。麻湯の原料探しの成果だ。
ビーンさんが言った。
「これでも少し減ったんですよ。港町マディンから王都間の船荷には、少し前までもっと紛れ込んでました」
「そうなんですか?」
「はい。フルブレム商会では麻湯の危険性を啓蒙していますから」
つまり啓蒙しなかったらもっと増えているのか。
「ともかく海に廃棄しましょう」
「そうですね」
他の船員に気が付かれないように麻袋に入れて海に投棄した。
船の甲板から投げた茶色い麻袋は海の青に飲み込まれていった。
「せいせいしたけど、港町マディンから王都間の船には、なんでそんなに紛れ込んでしまうのかな」
ふと思った僕の疑問にビーンさんは大きくうなずく。
「マディンに近い町はどこですか?」
「ヘラクレイオンですよね?」
僕達はヘラクレイオンから馬車に乗って港町マディンに着いたのだ。
「その通りです。皆さんが住んでいるヨーミのダンジョンがあるヘラクレイオンです」
「あっひょっとして」
「気が付かれましたか」
ミリィが僕とビーンさんのやり取りを聞いて訳がわからないという顔をしていた。
僕は思いついた予想を口にした。
「つまり麻湯の材料はヨーミのダンジョンで栽培されてるってことですか?」
「はい。フルブレム商会ではそう考えています」
「にゃっ驚いた」
ヨーミのダンジョンに本当に住んでいるミリィも意外だったらしい。
けれど考えてみれば、麻湯は国の法律で禁止されたのだから法の目が届かないヨーミのダンジョンで生産するのは理に適っている。
悪い人っていうのは悪いことを二十四時間考えているから普通の人では思いもよらない発想をするらしい。
麻薬という概念がない世界で麻湯の中毒性に目をつけてビジネスをするなど天才的だ。
「確かにヨーミのダンジョンには悪そうな人が一杯住んでるしな」
僕がそう言うとビーンさんが頭を下げた。
「すいません。我々は地下の盗賊ギルドも麻湯に噛んでいるのではないかと疑っていたのです」
「盗賊ギルドの人達はそんなことしないよっ!」
ミリィが怒る。
「いや~すいません」
確かに。麻湯のビジネスは、中毒患者を作って後から高く売りつけるということを思いつかないといけない。
よしんば思いついたとしても官憲に隠れて栽培生産して、麻湯に加工して、さらに販路を作らなければならない。
盗賊ギルドの人達がそんな複雑な悪事を働きそうにない。というか働けそうにない。
屋台のお兄さんがよく似合っていた。
「僕は盗賊ギルドの人達を信じてるよ」
「トオル~……」
ものは言い様だ。ミリィが尊敬の目で僕を見ていた。
「ははは。カモメが飛んでいますなあ」
ビーンさんが誤魔化すように笑った。
「カモメがなんだって言うの?」
ミリィはまだ怒っていた。
「カモメが飛んでいるということはそろそろ陸地が近いということですよ。王都が見えてきますよ」
陸地が見えてきたのは確かにすぐだったが、そこからは陸地沿いに進んでいき、王都にたどり着いたのはさらに数時間後だった。
◆◆◆
「いや~着きましたね~」
「ははは。どうですか王都オルレアンは?」
ビーンさんはフランシスの王都に着いての感想を求めてきたんだと思うけど僕は揺れない大地のありがたみを感じたかった。
ところがミリィはバランス感覚に優れているのか、初めての船旅でもなんの問題もないらしい。
「トオル! 船があんなに沢山有るよ! 大きな教会もあるし!」
オルレアンはこの世界にとってはモダンなのかもしれないけど、日本人の僕にとってはまさに西欧風の古都と呼ぶにふさわしかった。
地球の歴史あるヨーロッパの古い街の古い建物が集まった町といった感じだ。
まあ実際には行ったことはないのだけれども。
港から市街に向かう。
「人通りも多いし栄えていますね」
オルレアン市街の人通りはヘラクレイオンとは比べ物にならなかった。
さすがに異世界だけあって色々な人や種族が行き交っている。
二足足歩行のトカゲがいた。驚いたけどトカゲはヘラクレイオンにもいたな。ミリィのような獣人もいた。
「近隣諸国のなかでも二番目に人口が多い都市ですから」
「なるほどね~」
僕はフランシス王国の王都であるオルレアンが近隣諸国のなかでも二番目の都市と初めて知った。
リアもディートもひょっとしたら知らないかもしれないな。
ふと思った。
「ミリィはフランシス王国の王都が二番目の都市って知ってた?」
「知らなかったぁ」
ミリィも知らなかったようだ。
これで大丈夫なんだろうか盗賊ギルド。
「それでは商会の本部に行きましょう」
商会の本部か。
「商会の本部ってどんなところなんでしょうか?
僕は気になることを聞いてみた。
「商館ですね」
商館。聞いたことはあるような気がするけど、どういうのものかはわからないし、日本で言う商館とこの世界の商会は違うかもしれない。
「商館ってなに?」
僕が聞きたかったことをミリィが聞いてくれた。
「倉庫と宿泊施設を兼ねた商業施設です。我々はフランシス国人ですから自由に王国内を動けますけど、貿易しか許されていない国、例えばオスリムン国人などの商人は商館だけしか逗留できません」
なるほど。江戸時代の長崎の出島に来ていたオランダ人みたいな感じだろうか。
ビーンさんにミリィと付いて行く。
港、魚市場、商店街と通って、怪しげな方に行く。
オルレアンにも風俗街もあるようだ。
地球と違って昼間から営業しているようで女性が外に出て呼び込みをしていてそれとすぐわかった。
「もうトオルはエッチなんだから」
ミリィに言われてしまう。
「ち、違う!」
「ジロジロ見てるじゃん」
「そういうことじゃなくてさ」
僕はビーンさんのほうを向く。
「やはり王都の風俗街にも麻湯が浸透しているんですか?」
「はい。じわりじわりだったんですが、ここに来て急速に……と言っていいでしょう」
「そうなんですか……」
販路と流通が確立しはじめているのかもしれない。
風俗街を通って繁華街のようになっていき、住宅街になり……。
「あれ? また港のほうに戻ってきてない?」
「ははは。実は王都を見て欲しくて軽く回りました。商館は港にあります」
「あ~そうですよね」
「船が着いたことを知って会長もお二人に会う時間を作っていると思います」
確かに王都で活躍している商会とビジネスの話をするなら王都を見ておいたほうがいいかもしれない。
商会長の配慮だろう。
益々、どんな人か気になる。
「ここが我々の商館です」
商館らしき建物が並ぶ中でも一番船着き場に近く、一番大きな館だった。
「立派ですね~」
「ははは。お入り下さい」
僕達は応接室に通される。
ビーンさんも同席してくれるようだ。
「すぐに来るようです。座って待ちましょう」
「ありがとうございます」
革のソファーにミリィと座る。向かいがビーンさんでその隣が空席だから商会長さんが座るのだろう。
ビーンさんがあまりにも堂々とした大人という感じなので、実は商会長さんということもあるのかと思ったけどここまで来てもそんな様子はない。
本当にどんな人なんだろう。
待っていると僕達も入って来たドアが開いた。
けれども会長さんかと思いきや、日本で言うなら中学生ぐらいだと思う少女がお茶を持ってきた。
大きな目と地毛らしい自然な茶髪が可愛らしいけど、いかにもお手伝いさんという感じだ。
「お茶をお持ちしましたぁ」
「うむ。皆さんから先に」
ビーンさんが女の子に言った。
紅茶かな? リアがこの世界にも高級品として存在していると言ってたような気がする。
「はーい。わっ」
わっ? ってなんだと思った時だった。
少女の持ったお盆が僕とミリィの方向にグラッと斜めになっているではないか。
僕はミリィを突き飛ばす。
同時に熱いお茶が降ってきた。
「あちゃちゃちゃちゃ!」
「ご、ごめんなさあああああああい!」
少女が土下座もせんばかりに謝っている。
めちゃくちゃ熱かったが熱湯というわけでもない。
「こ、こらなにしてるんだ!」
ビーンさんが少女を叱る。
「だ、大丈夫です」
「本当ですか? ハイポーションを」
「いえいえ、本当に大丈夫ですから」
涙目の少女の手前、あまりダメージを受けたとは言えないだろう。
彼女の立場もある。
「誰か!」
ビーンさんは他の人を呼んだ。きっと新しいお茶とタオルを持ってくるように言ってくれているのだろう。
少女はまだ僕に謝っていた。
「気にすることないですよ」
ミリィが笑う。
「にゃははは。そうそう。俺にはかかんなかったし」
ビーンさんが言った。
「ともかく隣に座りなさい」
「へ?」
すると少女は僕達の向かいのソファー。ビーンさんの隣りに座った。
少女は本当に申し訳なさそうにシュンとしている。
そこは商会長さんが座る席だろう。
「いやいやいや。いいですよ。本当に。もう熱くないし」
実際は結構ヒリヒリしている。
まあ火傷にはなってないんじゃないかな。多分。
「僕は大丈夫だからそんなに謝らなくても。もう行っていいよ」
「そ、そんな……申し訳ございません。お許しください」
いやだから許すと言ってるのに。
目の前で謝り続けられても商会長さんが座る場所がないし。
ビーンさんが申し訳なさそうに頬をかいた。
「いやその実は……フルブレム商会の商会長はこの娘なんです」
「え?」
だってどう見てもただの中学生ぐらいの女の子だぞ。




