船旅はアレが貴重な件
馬車で港町マディンに入る。
そのまま街中を通って港に到着した。
「いや~凄い大きな帆船だなあ」
港町マディンから首都オルレアンに移動するために乗る船は帆がいくつもはってある大きな帆船だった。
ビーンさんが教えてくれる。
「フルブレム商会の船ですよ」
「へ~」
帆船と言っても馬鹿にはできない。
良い風を受けられた高速帆船は現在の動力船よりも早い場合があると聞いたこともある。
それに貨物も大量に運ぶことが出来る。
「トオル~早く早く~!」
木の桟橋を渡りきって既に船に乗っているミリィが僕を呼ぶ。
ミリィは船が楽しみで仕方ないらしい。
しかし、上下左右に微妙に揺れている桟橋を渡るのはかなり怖い。
「なにやってんのさ」
「いや結構怖くてさ。わわわ」
バランスを崩しながらもなんとか船に乗り込む。
どうも盗賊のミリィはバランス感覚に優れているらしい。
ビーンさんが笑っていった。
「ミリィさんはウチの商会に来て欲しいぐらいですね」
「お金を持ち逃げされかねないから止めたほうがいいですよ」
実際、金魚掬いの収支があわないことはしばしばだった。
「それなら重要なポジションにします」
「へ? なんでですか?」
「部下も大勢いるような重要なポジションを任されたらお金を持って逃げるなんて逆にできなくなるものですよ」
なるほど。そういうものかもしれない。
ビーンさんは大商会の使いをしてるだけであって威風堂々としているというか、言っていることに含蓄があった。
「それにしてもさすが海運で有名な商会だけありますね。こんな立派な船があるなんて」
「ははは。陸運の商会に負けないように頑張っております。そろそろ出港ですよ」
船乗りたちが何やら慌ただしく作業を初めて畳んでいた帆が開きはじめる。
すると船はゆっくりと港を離れはじめた。
「トオル~! 海見ようよ」
ミリィは甲板から海を見るつもりのようだ。
「あ、あんまり身を乗り出して落ちるなよ」
ビーンさんは笑いながら言った。
「しばらく自由にしててください。後ほど船室に案内します」
「あ、はい」
ビーンさんが行ってしまったので僕はミリィの横で海を見ることした。
離れた港がすぐに小さくなっていく。
「結構、早いんだな」
「だね~驚いちゃった」
「そういえばノエラさんがフルブレム商会に交渉に行った時も船に乗ってオルレアンに行ったのかな」
「ヘラクレイオン支部の支部長さんと話したって言ってたよ」
「そうか。じゃあ商会長には会ってないのか」
「そうなるね。どんな人なんだろう?」
ミリィは盗賊ギルドの代表だからフルブレム商会の代表が気になるかもしれない。
ノエラさんのようなやり手タイプだろうか。
やはりビーンさんのような頼れる大人って感じの人かもしれない。
案外、実はビーンさんが商会長なんじゃないだろうか。
「こんな凄い船を何艘も持ってる商会の代表ってことはきっと凄い人なんだろうなあ」
「そうだろうね」
「はぁ~……」
陽気なミリィがため息を吐く。
やっぱりノエラさんに任せっきりのダメ代表っていう自覚はあるらしい。
「盗賊ギルドの皆と一緒に少しづつ成長していけば良いんじゃないの?」
ちなみに少しづつ成長するというのは主に盗み……もとい義賊家業に依存しないで徐々にまっとうな商売に鞍替えすることだ。
「俺にできるかにゃ……?」
僕は船の進行方向を向いて言った。
「ミリィ。僕も手伝ってあげるからさ」
「ト、トオル~」
決まったな。ミリィの感動の声を背中で聞く。
ん? うなじというか首筋あたりがくすぐったい。変な水っぽい感触……舌か?
ネコ型獣人のミリィは僕をペロペロしてるのか?
「ちょっちょっとミリィこんなところで止めてくれよ」
「何言ってるの?」
「何言ってるって僕を舌で……気持ちいいけどさ」
――メエエエェ
へ? メエエエェという声に振り返る。
「ぎゃあああああ! ヤ、ヤギ?」
ヤギが僕の首筋に向かって下をベロンベロンと出していた。
ミリィは腹を抱えて笑っていた。
「ヤギになめられて気持ちいいの? あはははは」
どういうことだ。見回すと甲板にはヤギだけでなく、牛や羊まで勝手気ままに歩いていた。
僕が驚いているとビーンさんがやってきた。
「ビ、ビーンさん。ヤ、ヤギ! 牛、羊も……」
「ああ、これは遠洋航海用の食料にする家畜ですよ」
「ええ?」
「生かしておけば腐りませんからね。今日はなにを食べたいですか?」
さすが中世文化。
「う、牛ですかね」
「わかりました。料理長に伝えますね。腕がいいですよ」
「た、楽しみです」
僕をペロペロしたヤギちゃんを食べる気にはなれなかった。
塩気が美味しかっただけだろうけど。
「船室にご案内しますよ」
案内された船室はかなり広い船室だった。大きなベッドもある。
「船室は少ないので大変申し訳ございせんが二人で使ってください」
「にゃ。全然構わないよ」
ミリィがいいなら僕ももちろん構わない。
「では夕食になったら呼びますのでそれまで自由にしていてください」
先ほどの牛くんがディナーになるまでは好きにしていていいらしい。
どうも僕達は歓迎されているお客様待遇のようだ。
「船旅ってどんなに大変かと思ったけど案外快適だね」
ミリィに旅の快適さについて同意を求めるが、何故か笑っていた。
「なんだよ?」
「ひっひっひ。さっきのトオルは可笑しかったなあ。ヤギになめられて気持ちいいだってさ」
「いや、ミリィになめられたと思ったんだよ」
僕がついそう言うとミリィが今度は妖しく笑う。
「へ~俺になめられると気持ちいいんだ」
そういうが早いが僕をベッドに押し倒して首筋を舐めてくる。
「ひゃひゃひゃ。くすぐったいって!」
そう言ってもミリィは全然やめてこない。
僕はくるりと反転してミリィを下にした。
「きゃっ。腕を上げたな」
「今も自動レベル上げの最中だからね。もっともっと強くなるぞ」
今度は僕がミリィの首筋を舐める。
「ひひひっ! 止めて~!」
ミリィが悲鳴をあげても止めない。
「もう! ごめん! 許して!」
「ダメだ! 今度は相撲でうっちゃってやる!」
「相撲ってなんだっけ?」
「ほら江波さんがオークとやってたアレだよ」
僕はミリィのショートパンツを掴んで腰を引き寄せた。
そしてベッドの上に投げる。
「うわ! やったな~トオル!」
今度はミリィが僕に抱きついてくる。
踏ん張っているとミリィがまた僕の首筋をなめてきた。
「ひゃっ」
力が抜けた瞬間に天地が逆さまになって僕は頭からベッドに落ちていた。
「やったな~」
そんなこんなで僕達はずっと相撲をとったりなめたりしあっていた。
汗やらなにやらでベタベタだ。
――コンコンコン
「ミリィさん、トオルさん。夕食ができましたよ~」
「あ、はーい。すぐ行きます」
息を切らしたミリィと向かい合う。
「はぁっはぁっ。勝負はご飯の後でだね」
「へっへっへ。望むところだ」
僕がそういうとミリィがか細い声で言った。
「ご飯の後は……その……もう少し静かな雰囲気でやってもいいよ……」
「え? あ、あぁ」
急に借りてきた猫のように大人しくなったミリィと船室を出る。
ビーンさんに案内されて食堂に行った。
夕食は美味しいし、うるさい人達の目も無いし、快適な旅だなあ。
ただ先ほどの遊びでかなり身体がベトベトしている。
「ビーンさん。ところでお風呂はどこにあるんですか?」
「ははは。トオルさん、ここは船ですよ。水はとても貴重なんです」
「え?」
「お風呂なんてあるわけないでしょう」
よく考えたらそもそも異世界は風呂は高級な宿か貴族の屋敷ぐらいと聞いていた。
「じゃあ、船にのっている二日間は……」
「もちろん入れませんよ」
やはり中世の船旅はまったく快適ではなかった。




