新しいお店のサービスが気になる件
一週間たっても夜店の人気は衰えなかった。
特に金魚掬いに並ぶ客は日を追うごとに伸びていった。
長蛇の列を眺めながらノエラさんに聞いてみた。
「どうなってるんですか? これ……」
「夜の店で働く女の人達に頼んで男性を連れてきて貰っていたんですが、どうやら女性の間で本当にブームになってしまったようですね」
「確かに初日からそんな雰囲気がありましたけど」
それを持つこと自体が競争やステータスになることもあるのはガチャゲーで知っているけど……。
そんなことを思っているとディートがクレープの屋台のほうからやってきた。
「お疲れ~」
「二人の話ちょっと聞こえたんだけど、そういえば冒険者ギルドに行ったら七色魚の依頼だらけだったわよ」
「ははは。六層に住んでいるオークに七層まで潜らないといけない冒険者が七色魚の漁で勝てるわけないよ」
「そうね」
「ところでクレープご苦労様。どう? 教えてた盗賊ギルドの人は」
ディートは盗賊ギルドの人にクレープの作り方を教えていたのだ。
「うん。もう一人で十分できそうね。私はトオルの部屋でちょっと寝てくるわね」
「はーい」
他の皆も一生懸命に働いていた。
まだ戦力になっているかわからなかったが、リアの監督の下で孤児院の子供達も働いている。
その子供達を見ていたらノエラさんが教えてくれた。
「子供達も凄く役に立ってますよ」
「え? そうなんですか?」
「ええ、実は夜店に来る女性達に大人気で」
そう言えばよく可愛がられている気がする。
「地下一層で働いている女の人は借金で縛られている人が多いですから」
それは聞いたことがあった。
「でもその女の人達がどうして子供を可愛がるんですか?」
「仕事で子供ができてしまって盗賊ギルドなら面倒見てくれるかもしれないと捨てていく女性もいるんです」
「あ……あぁ。それでハーフエルフの子供までいるんですね。自分の子供のように思えるのかな」
「はい。誰が誰とまではわかっていないし、全員がそうではないですが、地下一層の女性は皆で子供は可愛がろうということになっているみたいです」
結構、重い事情もあるんだな。
ここが中世の文明レベルだったのを忘れていた。
「だから女の人からこっそり盗賊ギルドに寄付とかもあって。夜店をはじめてから増えました」
「そうだったんですね」
盗賊ギルドからリアが支援している孤児院に移ったニックとその妹のメアリーも働いていた。
元々、孤児として盗賊ギルドにいた二人だ。ちょっとした里帰りのような気分もあるかもしれない。
「何か買いませんか?」
「いりまちぇんか?」
どうもあの二人は金魚掬いの長蛇の列に並ぶ女性に屋台の食べ物や飲み物を売っているらしい。
「考えたな~」
「アレは買ってしまいますね」
二人で感心する。
さっきノエラさんが言っていた事情を抱えているような女性なら買わざるを得ないだろう。
しかも、となりには男を連れている場合が多い。
それを利用すれば本人が金を使わなくても済むのだ。
「そりゃ売れるよね」
「えぇ」
「ここは見てなくてもいいか」
金魚掬いの列を離れてショッピングモールの建設予定地に行く。
そこには盗賊ギルドが整地した更地があった。
「建物ができたらテナントに入りたいという店も増えています」
「おお、本当ですか?」
「やはりトオル様の武器を持ち込ませず盗賊ギルドが治安を守る地区にするというのがとても喜ばれているみたいです」
割れ窓理論という犯罪心理があるらしい。
落書きや空き家の窓を割るぐらいの軽微な犯罪でも蔓延すると常態化してドンドン治安が悪化する。
逆に窓を割るぐらいの軽微な犯罪でも徹底的に取り締まると犯罪が起きなくなる。
実際、アメリカのニューヨークではこの手法がとられて犯罪が激減したらしい。
盗賊ギルドの再開発地区でもこれを徹底的に行なった。
ここでも女性が一人で買い物ができるまでの治安になったのだ。
「安心して商売できるならお店の経営者なら絶対に喜びますよね」
「えぇ。後は大きな建物が立てられる資金が借りれれば」
「フルブレム商会からか」
ヨーミのダンジョンの地下に建物を作り、その中は完全に治安が確保されたショッピングモールを作る計画の資金を異世界の地上にある商会にお願いしていた。
アングラなギルドの持ちかけた話を多くの商会が門前払いしたが、フルブレムという商会だけは話を聞いてくれた。
まずは客を呼べるようになれと言われたらしいけど、こうやって客を呼べるようになってもまだ連絡はないのか。
「でも大丈夫。きっとフルブレム商会も見ていますよ。ノエラさんも頑張ってるんだし」
「そうですよね」
聞けばフルブレム商会は昔からある大商会だが、新しい事業にも積極的に取り組んでいる。
再開発の話を門前払いしなかったのなら夜店の成功の様子を絶対に何処かで見ていると思う。
「ノエラ姉ちゃん大変だよっ!」
「「え?」」
ノエラさんとショッピングモールの建設予定地を見ていると孤児のニックが走ってやってきた。
「どうしたの?」
「また金魚掬いに並んでるエルフの女の人が倒れて……麻湯を欲しがっているみたいなんだ」
麻湯? よくわからないが金魚掬いに並んでる人が倒れたなら一大事だ。
「私、ちょっと様子を見てきます」
「僕も行きますよ」
ノエラさんと走って金魚掬い屋の前に行く。
人だかりができていた。
かき分けると倒れて痙攣しているエルフの女の人がいた。
その女性に呼びかける男性がいた。
取り敢えずなにが起きたのか聞いてみた。
「ど、どうしたんですか?」
「そ、それが急に麻湯とかいうのをくれって騒ぎはじめて」
「麻湯ってなんですか?」
「い、いや俺もわからないんだ。この子は俺がよく行く飲み屋のオキニのエルミアちゃんなんだけど病気だったのかな……?」
ノエラさんのほうを振り向く。
「私もよくわからないですが、最近、商人ギルドや用心棒ギルドの夜の店の女の子にだけ配られている薬みたいです。疲れが取れるとか」
「え?」
「その薬欲しさに盗賊ギルドの店をやめて向こうの店に行ってしまう女の子も増えていて」
「な、なんだって?」
それって麻薬じゃないのか? しかも中毒性がかなり高そうだぞ。
「あっ気がついたぞ?」
どうやら意識が戻ったようだ。ところが……。
「麻湯頂戴! 早く麻湯をっ!」
「えええ? どこにあるの?」
「『エルフの森』のマネージャーが持ってるから早くっ!」
ノエラさんに聞いてみた。
「『エルフの森』って?」
「用心棒ギルドが借金のあるエルフを働かさせている店です」
エルミアさんというエルフと客の男性のやり取りを聞いているとやっぱり用心棒ギルドは麻薬で女性を縛ってるんじゃないだろうか?
「そんなこと言っても金あるのか? その薬高いって言ってたじゃないか」
「……お金はないけどお願い。げっ」
エルミアさんがまた痙攣をはじめる。すると連鎖反応的に金魚掬いに並んでいた女性が私も麻湯が欲しいと喚きはじめた。
「わ、わかったよ。すぐ買ってくらぁ」
僕は慌ててその男の腕を掴む。
「ダ、ダメだ! この女の人達にこれ以上絶対に麻湯を与えちゃいけない!」
「なに言ってるんだ。お前、薬を欲しがって苦しがってるんだぞ」
説明している暇はない。
「ノエラさん。この男を盗賊ギルドの人に押さえさせて。女の人には絶対に麻湯を与えないでください!」
「ちょっちょっとトオル様何処に行くんですか?」
僕はマンションの部屋に走った。
◆◆◆
一端、マンションの部屋の冷蔵庫からアレを取ってきて金魚掬い屋の前に戻る。
数人の女性が痙攣して倒れていた。
「あ、トオル様。それは?」
「まあ薬ですかね?」
冷蔵庫から持ってきたのはコーラだった。
麻湯の中毒にも利くと良いんだけど……。
「お、おい! お前エルミアちゃんに変なものを飲ませようとするな!」
エルミアさんに同伴していた客の言葉を無視して口にコーラを流し込む。
「頼む効いてくれよ」
すると白い顔の下にあった目のクマがすっとひいていった。
「あ、あれ……私……」
「どう? まだ麻湯欲しい?」
エルミアさんがブルブルと首を振った。
「よし! ノエラさん他の女性にもこの黒い水を飲ませてください」
倒れて痙攣していた女性が次々に治っていく。
エルミアさんと同伴していた男に聞かれた。
「一体どうなってんだ?」
「病気だからこの薬を使っていたんじゃないんだよ。この薬で病気にさせられたのさ……」
僕は麻薬の知識をかいつまんで教える。
とくに中毒にさせられて麻湯欲しさに仕事をさせられなかったか聞いてみた。
「そうなの。物凄く高いし使いたくなかったんだけど、どうしても欲しくなって……お店に借金も出来ちゃったし」
「やっぱりそうか。ふざけやがって」
「私もう店に戻りたくないっ! 絶対にまた麻湯漬けにされちゃうもの」
僕はノエラさんに目で合図を送る。
ノエラさんは快く頷いてくれた。
◆◆◆
僕はエルミアと一緒に『エルフの森』に来た。
呼び込みにエルミアは辞めると伝えると店の中からマネージャーがすっ飛んできた。
「おい! その女が麻湯で作った借金がいくらあると思ってるんだ!」
僕は金貨がぎっちり詰まった袋を投げつけた。
マネージャーの胸元に当たったそれは慌てて受け止めようとした彼の手の上にのった。
「げっ」
「ピッタリあるはずだ」
「ふ、ふざけんな! おい!」
マネージャーがおいというとガタイの良い用心棒が出てきた。
「か、金は払っただろ」
既に集まっていた観衆はこちらの味方だった。
「そうだ! エルミアちゃんがかわいそうだろ!」
「借金を払ったんだから好きにさせてやれ!」
「だいたい、用心棒ギルドは横柄なんだよ」
マネージャーも用心棒も押されている。
そして実は。
「あいてててて……す、すいません」
僕は用心棒の腕を取って捻り上げた。
用心棒の見た目は怖いけど、実は既に発動させていた人物鑑定スキルによれば僕のほうが圧倒的に強かったのだ。
なにせ僕は今この時でさえ二十四時間レベル上げをしている。
「もうエルミアは自由だよね」
「わ、わかった」
マネージャーは金貨の入った袋を受け取って店の中に逃げ入って、用心棒もそれに続いた。
エルミアの他にも麻湯が横行している店で働いてる女の子は盗賊ギルドが借金を肩代わりした。
代わりにショッピングモールに併設するそういうお店が集まる建物で働いて貰う約束になっているのだ。
「トオルさん。本当にありがとうございます!」
「いや、いいんだよ。ここ数日の夜店の売上の殆どを使ったノエラさんに感謝してあげてよ」
「ううん。麻湯の毒もトオルさんのおかげでなくなったし。新しいお店ができたら絶対に遊びに来て下さいね。皆で無料の大サービスしますからいつでも来てね」
な、なんだって。皆で無料の大サービスしますから?
一体、新しいお店はどんな店なんだろうか。あ~んなサービスがあるお店であって欲しい。
僕はエルミアに手を握られながらサービスについて考えていた。