射幸心を煽り過ぎてる件
「地下一層で配ってたチラシはすぐ無くなっちゃったよ」
「私も子供達とヘラクレイオンの街中で配ったんですが10分ぐらいで無くなっちゃいました」
「冒険者ギルドももっともっとチラシ置いても良いって~」
ノエラさんと地下一層の店を回ってマンションの部屋に戻ると、リア達は先に帰ってきていた。
盗賊ギルドに実は味方してくれそうな店は何十店舗とあったのでかなり時間はかかった。
それでも皆のほうが早くチラシを捌いて帰ってきてるとまでは思ってなかった。
「もう、か……」
ノエラさんの萌え絵が良かったのか、異世界ではチラシが珍しいからか、それとも盗賊ギルドが行うこの企画自体に興味を持たれているのか。
問題は貧乏フリーターの僕には結構痛手だということだ。
3千枚刷ったから計算すると3万5千ダメージだ(涙)
「もっと撒きたいなあ~。もっとチラシを撒いたらもっとお客さん来るんじゃないかな?」
ミリィが呟く。
多分、孤児院の子供達と一緒に夜店の成功を期待しているリアも同じ気持ちだろう。
無償で手伝っているだけのディートですらそんな顔をしていた。
しかし……。
「ミリィさん。三千枚でもきっと効果はありますよ」
「そうよ。三千枚撒くのでも結構大変なのよ」
ミリィは日本における僕の経済事情はまだよくわかっていないだろうけど、リアとディートはわかっている。
「え~すぐに配れちゃったじゃん」
リアとディートは困り顔をしている。
本当は二人も配りたいのだ。
それに同じリソースを割くなら最初にリソースを割くべきだと思う。
〝賭ける〟なら二回目でもなく、三回目でもなく、最初の一撃であるべきだ。
「ミリィの言う通りだ! ここは折角のチャンスなんだし、ここはガンガン刷ってガンガン撒こう!」
「トール様!」
「トオル!」
皆の顔が明るくなる。シズクが小さな声で聞いてきた。
「でもトオル様大丈夫なんですか?」
「ごめん……シズク。ファミレスの給料が出るまでは梅干しの茶漬けでもいいかな?」
「はい! もちろんです!」
シズクが嬉しそうにプルプル震える。
「よ~し! 今から皆でトンスキホーテに行くぞ~! 紙と詰替えインクを買いまくって1万枚でも2万枚でも刷ろうっ!」
「「「「「 お~っ! 」」」」」
プリンターのフル稼働が再びはじまった。
チラシを撒くのはリアとミリィと子供達に任せることにして、僕とディートとノエラさんは屋台作りの監督に入った。
「ノエラさん、屋台の数が……言ってたよりも多いような?」
「実はチラシを貼って貰おうと回った店のなかに協力金も出してくれる店がかなりあって、盗賊ギルドももう少し頑張ってみようかと」
「本当ですか? こっちにお客を取られるって嫌がられると思ったんだけどなあ」
「そこはトオル様が地下一層に来る客が増えればって説得してくれたからじゃないですか」
確かにそんな説明をしたけど。
「そっか。ノエラさんが一緒に回ってくれたからですね」
「どうでしょう? うふふ」
僕がそんなことを言っても信じてもらえなかっただろう。
けれど盗賊ギルドというかノエラさんには、今まで用心棒ギルドのような強引な手段を取らないでどの店とも平和にやっているという信用がある。
「カラフルな夜店がバーっと沢山並んでいること自体がやっぱり一番の宣伝になるんじゃないかと思います」
「そうですよね」
盗賊ギルドの人達も楽しそうにカラフルな屋台を作っていた。
その人相と風体が夜店に実によく似合いそうだ。
◆◆◆
夜店をはじめた日は夕方にもう物凄い数の人が集まっていた。
「こりゃ凄い……」
その日ファミレスのバイトがあったから地下一層には夕方に来たのだが、既に夜店が並ぶ場所には大勢の人が集まっていた。
異世界はもちろんアニメも漫画もラノベもガチャゲーもないから娯楽は少ない。
そうは言っても、ここは法の目が届かない地下歓楽街なのだ。
酒、ギャンブル、女を提供する店は事欠かないどころか、地球の歓楽街すらも凌駕する。
盗賊ギルドでは扱っていないが、奴隷にするための人身売買すら行われていた。
だから少し心配していたのだが、こういった素朴な店も目新しいためか集客効果はあったらしい。
「あ、ノエラさんっ」
「トオル様」
「凄いお客さんの数ですね。成功おめでとうございます」
「トオル様のおかげですよ」
どうやらノエラさんは少し離れて全体の監視業務をしていたようだ。
チラシには夜店の地区は徹底的に安全安心を強調していた。(僕は読めないが)
誰でも入れるが、一帯に入る時は武器を預からせて貰っている。
どうしても拒否するものは盗賊ギルド員が張り付くことになっていた。
そのため女性の客も多かった。
「あの女性りんご飴を持っていたしね」
「リアさんがお手伝いしてますよ。行ってみますか?」
「行きます行きます!」
リアが一生懸命にりんご飴を売っていた。
「リアー。凄い売れてるね!」
「あ、トール様! はい!」
「僕も手伝おうか?」
「大丈夫です! この子達もいるし」
リアのところでは孤児院の子供達も手伝ってくれていた。
これも盗賊ギルドが治安を確保しているからだろう。
「ディートさんがやっているクレープ屋さんも大変みたいなので手伝って来てください」
「そっか。じゃあ行ってみるね」
リアの手伝いもしたかったけどディートの様子も見たかった。
ノエラさんに案内してもらう。
「あ、トオル!」
「どう。調子は」
「大盛況よ」
お客さんがディートからクレープを受け取りその場でパクついていた。
「おいしー! あまーーい!」
「ねー。私なんかもう並んだの三週目だよ」
異世界は甘いものが少ないからウケるとは思っていた。
異世界にも砂糖はあるけどこのクレープの砂糖はかなり日本から運び込んでいる。
僕の懐はさらに寂しくなったけど。
「とにかくクレープも大繁盛でよかったよ」
「でも……大繁盛かなあ……」
「え? 大繁盛じゃない?」
「アレ」
ディートがアレと言いながら指差したほうを見た。
「な、何だあれ?」
ディートが指差した方には人の列がとぐろを巻いていた。
「金魚掬いよ。アレと比べたらウチの店なんて」
「えええええ? 金魚掬い!?」
金魚掬いなんて正直人来ないだろうなあと思ってたんだけど……。
「なんであんなに?」
「行けばわかるわ。向こうのほうが忙しいだろうし手伝って来たら? クレープ屋は盗賊ギルドの人が手伝ってくれているし」
「う、うん。じゃあちょっと見てこようかな」
僕はノエラさんと並んでいる列を通って金魚掬いのほうに向かう。
途中で気がついたことがあった。
「アレ? なんかカップルで来てる人が多い?」
「気が付かれました。うふふ」
ノエラさんが笑う。ちょうどミリィが店番をしている金魚掬いの屋台についた。
「あ、あれとって」
「よーし! あー破けちゃった!」
一組のカップルがちょうど紙を破いたところだった。
「にゃっ残念。また後ろに並んでください」
「もう! 何やってるのよっ!」
「今度こそ!」
カップルはまたあの長蛇の列の後ろに並ぶようだ。
「ミ、ミリィ! 凄い大繁盛じゃん」
「あ、トオル。ノエラも。お客かと思ったよ」
「なんでこんなに?」
「もーお客さんが待っているんだから後ろ後ろ」
「あ、ごめんごめん」
僕とノエラさんはミリィの後ろに回った。
「これ一回いくらなんですか?」
「銀貨一枚です」
「いっ!?」
銀貨一枚というと物価で換算して千円ぐらいになるんじゃないかと計算したこともある。
随分高いのに。
「あ~ん。七色魚欲しかったのに~」
「ごめんごめん。今度こそ」
その時、ふと気づいた。
「なんか女性が男性に七色魚をねだっている?」
「当たりです。実は地下一層で働く女の人が接待する時に男の人に七色魚をねだって欲しいって頼んだんです」
「それでこれか……つまり、この並んでいる女性のほとんどは〝嬢〟なんですね」
「ええ。でも最初は頼んでいたのですが、どうやら本気で彼女達の間で七色魚を飼うことがステイタスになってしまいそうです」
七色魚は生命力が強く死に難いので貴族がたまに飼っているらしい。
でも庶民が飼うとなればちょっとしたステイタスだろう。
「そりゃ絶対になりますよ。男にとってはガチャゲー的な要素もあるし……かわいそうに」
「ガチャゲー?」
「いえ何でもないです」
その時、歓声が起きた。
「うおおおおっ! ついに採ったどーーー!」
「きゃああああ!」
ミリィは綺麗なガラス瓶に七色魚を入れた。
「おめでとうにゃ! これはサービスだよ!」
男性客は女性客にそれを渡す。
「ほらよ! 俺がやりゃこんなもんだろっ!」
「ん~ありがとう! 今日はおもいっっっっきりサービスしちゃうね!」
カップルの客はキスをした後に腕を組んで嬉しそうに去っていった。
それを見て長蛇の列はさらに伸びていった。
その日の金魚掬いの屋台は地下一層で一番大きな風俗店よりも大きい売上があったと噂になったらしい。
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