俺の嫁な件
第四章 日常メイン編 最終話です。
リアとディートとミリィはぽかんと神社の境内に並ぶ夜店を見ていた。
留守番しているけどシズクも来ていたらきっとプルプルと驚きの震えをしていただろう。
「す、凄いですね」
「こ、これがお祭りなの?」
「うまそーなもんもいっぱい売ってるにゃ」
よく考えれば〝祭り〟とは宗教的、習俗的なものだ。
異世界ではこんなに楽しげなイベントになっているところはないのかもしれない。
「デパートより全然小さなテントの店の集まりなのに」
「人はこっちのほうが多いわね」
リアとディートがいうようにお祭りはテントの店なのに集客力が高い。
日本型の夜店が出ているお祭りなら異世界の地下一層の再開発地区の宣伝になるのではないだろうか。
さらにスペースさえあれば、大きな資金は必要ない。スラムを整備して更地にしている土地がかなりある。綺麗に整備して逆にガランと閑散としていまったところに夜店を開けば良いのだと思う。
「あっあの食べ物は私達の世界にもあるわね」
ディートが足を止めた夜店は最近よく見るケバブ屋だった。
異世界でも似たようなのものが売られていた気がする。
「ちょっと調べてきていい?」
「ああ、集合場所は二時間後に鳥居の下ね」
ディートは日本のあらゆることに研究熱心だ。屋台をするにあたって自分の世界にも取っ掛かりのあるものから調べようとしたのだろう。
「にゃ!? あの小さな魚の店はなに?」
ミリィが指差した夜店は祭りといえば、という名物だった。
「あーアレは金魚すくいだよ。紙のスプーンで魚をすくうんだ」
「紙? 破れちゃうよ」
「だからあんまり取れない。上手い人は二、三百円でいくらでも取れるんだけどね」
「魚は食うの?」
「ペット用だよ。ウチでは飼えないから……」
「やってくる!」
ミリィは人混みをかき分けて金魚すくいに行ってしまった。
「ミリィ~二時間後にはこの鳥居の下に戻って来るんだぞ~!」
各自に五千円を渡したのが間違いだったかもしれない。
全員に集合場所はよーく伝えてあるけど大丈夫だろうか?
まあ異世界人がお祭りの夜店を見たら自由に回りたくなっちゃうよなあ。
「リアも好きな場所を見ていいよ」
そう言うとリアはほっぺたを膨らませて怒る。
「トール様はいじわるです」
「ど、どうした?」
「私はトール様と一緒に回りたいです」
「な、なんで?」
「おとといの夜して、昨日の夜は会えなかったのに!」
そう詰められると返すこと言葉がない
乙女心からしたらそうかもしれない。僕は鈍感だ。
「ご、ごめん。一緒に回ろうか?」
「ううん……いいんです。我儘言ってごめんなさい。」
人混みを歩くと下を向いていたリアが後ろから僕の服の袖をそっと掴む。
そりゃ異世界人だったらはぐれそうだよな。
僕はその手を外して自分から握ることにした。
「っ!」
下を向いていたリアがビックリした顔で僕を見る。
恥ずかしくなってそのまま歩く。
どうしてか喧騒の音が静寂に感じられた。激しい心音だけしか聞こえない。
どうも童貞気質は抜けないようだ。
「アレ、りんごですね」
「え?」
「綺麗……」
リアが見ていたのはりんご飴だった。異世界にもりんごはあるらしい。
「食べたい?」
リアが小さくコクッと頷いた。
「……一個を一緒に食べたいです」
「う、うん」
僕達はりんご飴屋の前に行く。
注文するのに恥ずかしいので繋いだ手は離す。
「一つください」
「ん? あいよ~」
やる気のなさそうに少年チャンプを見ていたお兄さんがこちらを見る。
すると……。
「あ~アンタ」
急に指を差される。
「アンタ。鈴木さんじゃんか」
どこかで見た覚えがあるが思い出せない。
店の兄さんがねじり鉢巻を取る。ん~? あ~。
「あ~不動産屋さん」
よく見るとあの事故物件を紹介したヤクザ風の不動産屋さんだった。
「や~鈴木さん元気そうでよかった」
「え?」
「いや~あの物件紹介した奴らは行方不明になったり」
ぼ、僕もそうならないように気をつけねばならない
きっとダンジョンで白骨化しているのだろう。
「スライムだのゴブリンだの言っておかしくなっちゃって引っ越しちゃったりさ。でも鈴木さんは元気そうでよかったよ~」
「あははは。まあ……ところで不動産屋さんはなんでまた?」
お祭りの夜店なんかしてるんだろう。
「あ~あそこの不動産は潰しちゃったよ。今は会社の繋がりでバイトしているってわけ」
なるほど。会社の繋がりで夜店のバイトを。どんな会社だろうか。
「管理会社も変わりました~って連絡来たでしょ?」
いや、来ていない。どうでもいいから早くりんご飴をくれ。
リアとの気分が壊れる前に。
「それにしても鈴木さん、すごい美人連れてるねえ。外人さん?」
「ど、どうも」
リアが僕の影から片言の日本語で挨拶する。
すると元不動産は店もほったらかしにして店の前に出てきてしまう。
「いや本当に美人だね。俺、鈴木くんとは友達なんだ。ね?」
いつ僕とアンタが友達になったんだ。
「よかったらりんご飴食べながらちょっと話さない? 鈴木くんはその間、お祭り回ってきなよ」
元不動産屋は勝手なことを言ってリアの袖を引っ張ろうとする。
「りんご飴食べに来たんだろ~外国では珍しいよね」
「トール様と一緒に食べに来たんです」
リアが僕の腕を掴んで拒否する。
「トール? ああ、鈴木くんか~。英会話かなんかで会っただけで、別に彼女ってわけじゃないんだろ?」
元不動産屋がそう聞くとなぜかリアもなにかを求めるように僕を上目遣いで見上げる。
確かにリアは僕のなんなんだろう。彼女というのも少し違う気がする。
一生懸命的確な言葉を探すと無意識に
「……嫁かな」
とポロリと零れた。
「いや、嫁って。結婚してる風にも見えないし。ああ、ひょっとしてアニメとか見てる人がネットとかで言うアレ? ハハハ」
元不動産屋の声は気にならない。
気になるのはリアの様子だった。
「トール様、ありがとう」
リアは嬉しそうに笑いながらスタスタと夜店に歩き、まだりんご飴にしていないそのままのりんごを持ってきた。
「これ一つ貰っていいですか?」
リアが元不動産屋に聞いた。
「別にいいけど?」
リアは僕にりんごを手渡す。意味がわからないと思っていると小さな声で耳打ちされた。
「この人追っ払っちゃいましょう。ヨーチューブでやってたの見せてください」
あ~やっと意味がわかった。僕は元不動産屋の目の前にりんごを掲げる。
グシャッ。
りんごは僕の手のなかでアッサリと砕け散った。
レベルを17まであげた僕には簡単だ。
「げっ」
元不動産屋が間抜けな声をあげる。
「トール様は武道の道場で知り合ったんですよね」
「そ、そうだったかな」
まあ僕にとってダンジョンは武道の道場みたいなもんだ。
リアはヨーチューブでりんごを潰して騒いでいる動画を見てこれのどこが凄いのかと聞いてきたことがあった。
日本でしつこくされても殴ってはいけないという教えも守ってくれたんだろう。
「あ~そうなんだ……そうだ! りんご飴もタダであげるよ。鈴木くんとは友達だしね!」
僕達はまた祭りの人の流れの中に戻った。
一つだけ買うつもりだったが、結局二個タダで貰ってしまった。
片手にりんご飴、片手にリアの手だ。リアも片手はりんご飴、片手は僕の手。
「あんまり美味しくないね。あの人、元々不動産屋だしなあ」
「美味しいですよ」
「そう?」
「トール様とこうして食べたら……なんでも美味しいです……」
そう言われるとなんだか美味しく感じてきた。
「トール様、さっきは嫁って言ってくれてありがとうございます」
「あ、ううん」
「えへへへ」
リアが僕の手をギュッと握る。恥ずかしくてリアの顔は見れない。
「お祭りでの集客もきっと成功しますよ。凄く楽しいですから」
「うん。そうだといいね」
そんなことを話しながら歩いていると……。
――ご来場のお客様に申し上げます。ミリィちゃんという女の子が迷子になっております。お心当たりのある方は本社横の運営本部にお越しください。
僕とリアは顔を見合わせる。リアは満面の笑みだった。
「行こうか」
「はい!」
次章からまた冒険メイン編になります。
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