リアの朝とシズクの夜?な件
口唇に心地よいものが軽く触れた気がする。
「おはようございます。トール様」
「あ……リア……おはよう」
柔らかい朝日が隣で寝るリアの髪を黄金色に輝かせていた。
「いい朝ですね」
「う、うん」
僕とリアの顔の距離はほとんどない。あらためて見れば見るほど綺麗だった。
リアも僕のほうを見て笑っている。昨日の夜のことが少し気恥ずかしくなって誤魔化す。
「まだ少し早いんじゃないの? 時間」
「ディートさんやシズクちゃんが朝に帰ってくるかもしれないですから」
確かに。リアが早く起こしてくれたのは正解かもしれない……が。
「リア、あのさ」
「トール様」
リアが僕の言葉を遮る。
「昨日の夜のことはディートさんには……内緒ってことで……」
「そ、それでいいの?」
リアは顔を赤めて頷いた。
◆◆◆
――チュンチュン
東京にもスズメはいたんだな。東京って言ってもかなり郊外だけど。
「確かにいい朝かもしんない」
琥珀色の液体の香りを楽しむ。まあインスタントだけどね。砂糖はタップリ入っている。
スズメの鳴き声に混じって玄関のドアがガチャッと開く音が聞こえた。
「ディート様! まだ早すぎますって!」
「だって~二人が心配なんだもん!」
僕は口の中にある甘苦い液体を飲み込んでからディートとシズクに声をかけた。
「おはよう。ディート、シズク」
「ト、トール。コーヒーなんか飲んで……起きてたの?」
「だから、おはようって言ってるじゃんか」
ディートはこの時間なら僕達はまだ寝てるとおもっていたのだろう。
コーヒーを淹れてくれていたリアが笑う。
「ディートさんもシズクちゃんも飲みます? コーヒー」
ディートとシズクも席についた。
「ブラックね」
「お砂糖い~っぱい入れてくださいっ!」
ちなみにディートの言うブラックとはシズクよりちょっとだけ砂糖が少ないという意味だ。
◆◆◆
僕とリアはミリィが来たことと要件を伝えた。
「なるほど。ダンジョンの地下街の裏ギルドの勢力争いね」
ディートはすぐ話の本質を理解してくれた。
「盗賊ギルドが一番マシだろ? それに僕らは盗賊ギルドと同盟を結んでいるようなもんだ。鉄の扉の部屋も使わせてもらっているしね」
「そうね。でもリアはいいの?」
ディートはリアはまだ盗賊ギルドを嫌っていると思っているのだろう。
でも、もう大丈夫だ。
「はい!」
「そう。なら私も協力するわ」
「ディートさん……ありがとう……」
「な、なによっ? 別に泣くことないじゃないっ!?」
「だってぇ~」
「なんで!?」
かつては仲が悪かったのに、ディートはなんだかんだいってリアのことも考えてくれている。
「よし! じゃあ僕達は盗賊ギルドに協力するということで!」
皆がうなずいてくれる。
僕はミリィから貰ったダンジョンの地下一層の地図を畳の上に広げた。
盗賊ギルドの支配地域の一部が赤く囲まれていて斜線を引いてあった。
「ここが再開発エリアなんですね?」
「うん。そうそう」
現状、再開発は僕のアドバイスをもとに盗賊ギルドを実質的に仕切っているノエラさんの手腕によって進められているらしい。
バラックやテントによる細々とした住居と店舗は引っ越しを進めている。大分綺麗に整備されているらしい。
エリアの治安については盗賊ギルドを巡回させて警備と清掃にあたっている。
さらに再開発地区は地下二層に降りるための階段と地上に出るためのルートからは不便にならない程度に外し、警備以外は武器を持ち込ませないようにしている。
どうしても持ち込むという冒険者には拒否はできないのでギルド員がベッタリと張り込むようにしている。
そのため再開発エリアの治安と衛生状況は劇的に改善している。
僕がそこまで説明するとディートが言った。
「最高じゃない」
確かにダンジョンの地下街で治安と衛生はなにものにも代えがたい。
でも……。
「そうでもないんだよね」
「どうして?」
「治安と衛生状況は改善してるんだけど……問題は集客なんだ」
良い治安と衛生も人が来なければ意味がない。
「人が来てないのね」
「ああ、治安が良くなりました。綺麗になりましたって言ってもどちらかっていうと地味だしね」
「更地が増えたならそこに大きなお店をたてれば? 立川のデパートみたいに一つの建物のなかに色んなお店を入れたり! 建物の中ならさらに治安と衛生を保てるし」
「うん。それはノエラさんにも伝えたんだけど資金が足りないらしいんだ」
「そうか。そうよね。あんな大きな建物……ものすごくお金がかかっちゃうわね」
「向こうの世界の大きな商会に資金を供出してもらう計画もある」
リアとシズクが喜ぶ。
「本当ですか!?」
「凄いです! ご主人様!」
ディートはそれほど喜んでいない。今から僕が話すことを予想しているのだろう。
「あるけれど……色好い返事は貰えていないらしい」
「えええぇ~」
「そうなんですか……」
「うん」
二人からどうしてですかと聞かれる。
「一軒だけ門前払いを受けなかったフルブレム商会ってとこがあったらしいんだけど、そもそも集客できない場所に投資する価値はないって言われちゃったらしいんだ」
「私、商会を説得してきます! 誠心誠意頼めばきっと!」
リアが立ち上がる。
騎士の感覚では誠心誠意頼めばと思うのかもしれないが、相手は損得を計算する商人だ。それにリアが行ったら説得というよりも力づくとか腕づくだと先方に誤解されるかもしれない。
おそらくフルブレム商会はこの話を悪い話ではないと考えているのではないかと僕は思っている。
「いやいや、ちょっと待って。現状では盗賊ギルドと組むなら商人ギルドと組んだほうがいいとも言ってたんだ」
ディートが手を叩いた。
「現状って言うならフルブレム商会は人が集まるようになれば投資をしてくれるって話じゃないかしら?」
「あぁ、俺もそう思うんだ」
皆が笑顔になる。
「でもデパートを作るのは人を集めるためでもあるのに、その前に人を集めないといけないのは困りましたね……」
「卵が先か鶏が先かみたいな話ですね」
シズクとリアが考え込んでいるとディートが簡単に言った。
「日本の物を売る店を作れば良いんじゃないの? すぐに人が集まるわよ」
これは僕が反対する。
「あまり日本でしか作れなかったり、得られないようなものを大量に異世界に運び込むのはマズいと思うんだ。この部屋の秘密を探られるかもしれないしね」
「そりゃそうか……でも他に方法がないんじゃない?」
僕はそれについては考えていることがあった。
「いい考えがあるんだ。明日は隣町の神社でお祭りがある」
「いい考え? お祭りってなに? 」
「行けばわかるよ。皆で行こうよ」
お祭りといえばアレだ。
◆◆◆
昼間はバイトして帰ってくるともうシズクしか居なかった。
お祭りに皆で行くために、リアとディートはミリィを呼びに行ってもらうことになっている。
三人は明日来る予定になっている。
暇なのでパソコンでクリックレベル上げをしているとシズクが聞いてきた。
「喜ばれると思って一人づつ交代でリア様とディート様をお部屋に泊まれるように手配したのですが、ご迷惑でしたか?」
僕は足元のシズクを拾ってベッドに運んだ。
「きゃっ」
ベッドで腹ばいになってシズクを枕代わりして顔を埋ずめた。
「シズクウゥゥゥ~」
「うまくいったみたいなのにどうしたんですか? ご主人様」
どうやら策士シズクはなんでもお見通しらしい。
「そうだけど~決めきれなくていいのかな」
「シズクは人間じゃないですからリア様もディート様もいいって言うんでしょう。ならいいじゃないですか? それに日本だけの考え方ですよ」
まあ異世界は結構多妻の場合もあるようだ。中世っぽいし。
「でもさ。嫉妬とかだってあるだろ」
「そんなことを理由にどちらかが泣くよりいいじゃないですか」
……。確かにそうだった。あの二人のどちらかが泣いてる姿など見たくない。
「そうだよな。ディートとも頑張ってみるよ」
「はい! 頑張ってくださいご主人様!」
シズクが頑張ってとプルプル震える。
「けど……あんまり二人にばっかり優しくしていると……」
「え?」
シズクが小さな声でつぶやく。
「シズクも……ちょっとだけ嫉妬しちゃう……かもです……だから怖くなくなったら……」
「シ、シズク!?」
シズクは逃げるようにベッドの掛け布団のなかに逃げ込んでしまった。




