立川の駅が近づいている件
立石さんとバイト先から帰るイベントは常態化してしまったようだ。
『ヾ(*'-'*)マタネー♪』
「今日は夜にうちに来ないでね」
『もう! 何度も言わなくてもわかってます(≧ヘ≦) ムゥ』
本当だろうか。今夜こそディートと楽しく過ごしたい。
昨夜に立石さんが来たときのディートの冷たい目は恐ろしすぎた。帰ってからはデレに戻ってくれたけど僕はなにもできなかった。
しかし、今日こそ……。
「ディート、ただいまぁ!」
「おかえりなさい! トール様!」
ディートの色っぽい声とは違い、明るくハツラツとした声だった。
「あれ? リア?」
「もう! そうですよ! 私じゃいけなかったんですか?」
そういえばハッキリは聞いたわけではないが、ディートはリアとジャンケンをしたと言っていた。
「ひょっとしてディートは異世界に行っちゃった?」
「はい。シズクちゃんと一緒に」
「あ、やっぱりそうなんだ」
ディートをがいなくなったのはちょっと残念だけど……ニコニコしているリアの顔を見ていると、これはこれで……楽しみだ!
そして、きっと二人がそれぞれ一日づつ僕の部屋に泊まることを提案したのはシズクだろう! ナイス!
「私、夕飯作りますね!」
ウキウキ気分からどうやってリアの料理を止めるかにシフトする。
リアはあまり料理が得意ではないのだ。そうだ!
「今日は外食しない?」
「え?」
「まだリアは一度しか街に出てないだろ? いろんな美味しいお店があるよ」
「ん~そうですか。そうしましょうか」
リアは少し残念そうだ。けど仕方ない。かわいそうだから色々と街を案内してあげよう。
「じゃあ、私着替えてきますね」
「うん。僕の服を適当に使ってよ」
「はい!」
リアは〝部屋着兼寝間着〟であるブルマを着ていたので、僕の服に着替えなくてはならない。
着替えは洋室に置いてあるので僕は和室で待つことにした。
「漫画でも読むか」
和室はオタクグッズ部屋なので漫画も置いてある。
手に取った漫画は〝仙人★お爺ちゃん〟だ。なぜか現在に生きている孔子と老子が立川市でダラダラと同棲ライフをする話だ。
「この漫画は二人が立川のプレイスポットを巡る話でもあるんだよね。リアをどこかに連れて行く参考になるんじゃないかな~……おっここいいぞ! うん、いいね! ここにしよう!」
漫画を見ながら和室で待っていると僕の服を着たリアが引き戸を開ける。
リアは女の子としては結構背が高いけど、僕も背が高い方なので着ていたセーターはちょっとだけ大きかった。
袖先が幽霊になっていてちょっとだけ指先が出ている。
「どうですか? 似合ってます? 変じゃないですか?」
それが凄く可愛い。
「う、うん。似合ってるよ」
「そうですか。よかった」
リアは微笑むとセーターの袖先を掴んで顔の前に持ってきた。匂いを嗅ぐような仕草をする。
「げっ。ひょっとして臭かった?」
ちゃんと洗ってると思うんだけどな。
「ううん。そうじゃないです」
「?」
「トール様の匂いがします。とってもいい匂いです」
そんなことを言われたのははじめてだ。
「そ、そっか。リアに似合いそうなダッフルコートもあるからそれも着たほうがいいよ。後マフラーも」
「あ、ありがとうございます」
リアの笑顔と一緒に立川の街に出た。
「本当に日本は人が多いですね」
「そうだね。なんかいつもより多い気がするけど」
しかもチラチラ見られている気がする。
そりゃ二次元でさえ見たこともないような金髪美少女が楽しげに歩いてる姿があったら、男はチラ見してしまうのは当然だろう。
あるいは一緒に歩いてる男、つまり僕に腹を立てているのかもしれない。
自分が逆だったらそうだ。
リアが僕の腕をつかむ。
僕らのほうに顔を向けた男が増えた。腹を立てられていることを確信する。
「リ、リア、腕掴まれるの恥ずかしいよ」
「日本の男女は歩くときはこうするんじゃないんですか?」
「どこ情報かしらないけど必ずしもそうじゃないよ」
「う~わかりました~」
リアは少し不満げな声を出して腕を放す。
そういうことが少しできるスポットにも後からいくからしばらく待って欲しい。あの場所が取れるといいんだけど。
「ところでリアはなに食べたい?」
「日本の食べ物はあまりわかりません」
そりゃそうだろう。
「あ、あそこ人が一杯入ってますよ」
見たら吉山家だった。牛丼か……。
デート、いやリアはそのつもりはないかもしれないけど、それでも女の子連れでいくにはやや色っぽくないのではないか。
吉山家は∪字テーブルの向かいの客と喧嘩になるような雰囲気がいいというコピペもある。そして万が一実際に喧嘩になったらリアが怪我人の山を築いてしまう可能性もある。
「他のところにしない?」
「でも凄く美味しそうですよ? お安いですし」
店の外に設置された宣伝タペストリーには美味しそうな牛丼の写真と大盛り380円と書いてあった。
リアもそろそろ日本の物価の高い安いがわかってもおかしくない。貧乏孤児院を支援しているので金銭に厳しいのかもしれない。
せめて……卵を……付けてあげよう。
席につくとやはりU字テーブルの向かいの男性客達が睨んでくる。
ここはデートスポットじゃねえ。リーズナブルでそこそこ美味い飯をとりあえず腹の中に詰め込む戦士の憩い場なんだよという声が今にも聞こえて来そうだった。テレパシー言語で。
「ううう。やっぱりか……」
「トール様、どうしたんですか?」
リアが片言の日本語で聞いてくる。リアには人が多いところでは日本語でと伝えてある。
それが日本語を覚えたての外国人みたいで可愛いのだが、男性客達の重圧はさらに高まった。
牛丼の大盛りと卵が出てくる。
「これをどうやって食べるんですか?」
「卵を小皿に割ってかき混ぜて、こうして丼の上にかけるんだ」
僕が実演するとリアも同じようにして食べた。
「ん~すっごく美味しいです~これでワンコイン以内なんて信じられないです」
ワンコイン、異世界人がここまで節約用語を知っているとは。
やはり値段を気にしてくれていたらしい。
溶き卵入りの牛丼の大盛り430円也をめっちゃ喜んで頬張っている美少女の姿にU字テーブル越しの戦士達の荒ぶる魂も静まってくれた。
皆、リアを見て微笑んでいる。
「美味しかったですね~!」
「うん。美味しかったね」
僕も吉山ではとりあえず腹に詰め込むという食べ方をいつもはしていたけど、今日は味わって食べることができた。
「日本のご飯は本当になにを食べても美味しいです。それじゃあ帰りましょうか」
「実は帰る前に連れってってあげたいところがあるんだ」
「え? どこですか?」」
僕は向こうの空を指差す。
そこには人間が作った構造物があった。そこを箱のようなものが通っている。
「アレなんですか?」
「乗り物だよ」
「ひ、人が乗っているんですか?」
「そうそう。乗ってみようよ。モノレールっていうんだ」
立川はモノレールも通っている。
先ほどの立川を舞台にした漫画を見てリアを連れて行きたくなったスポットだ。
「結構、高いんですね」
「この時間だと夜景も綺麗だし乗ろうよ」
終点まで行って返ってくると一人620円だった。
けれど夜景は最高だ。しかも……。
「わ、わわわ本当に人が乗ってる」
「あそこが空いてるといいけど。お、空いてた空いてた」
モノレールの座席は電車のように向かい合った席だが、先頭席だけは先頭を向いている二人用のシート席が左右に二つある。
言うならば半ボックス席のようになっていてほとんど他人の視線が気になることがない。
他人の視線の代わりにあるのは前面と側面の大きなガラス窓ということになる。
つまりこの時間だと夜景がよく見える半個室席だ。
「わあああああああ。凄い!」
リアは異世界でも有名人らしいから慣れているのかもしれないが、僕は他人の視線がなくなってほっととする。
モノレールがゆっくりと発車した。
「トール様! あの大きな建物なんですか!?」
「EKIAっていう家具家さんだよ」
「あれが家具家さんなんですか。本当に大きい」
「あっちのは車がいっぱい止まってるのは?」
「あれはルルポートだよ」
もう少し男女の仲的な意味で雰囲気がよくなるハズだったんだけどなあ。
けれど実はこのモノレールは乗り込んだ立川が一番発展していて段々と閑散としてくる。
「綺麗ですね。日本は大地にも星空があるみたいです」
僕からしてみると街の夜景のほうが綺麗に思えるけど、異世界人のリアにとっては少しまばらな住宅街のほうが綺麗に思えるのかもしれない。
折り返しのモノレールに乗ったときはリアが座っている位置も僕の方に寄ってきている気がする。
ありがとう、仙人★お爺ちゃん。
「トール様」
「え? なに?」
漫画の世界に浸っていた僕をリアが呼び戻す
「ちょっと寒くありませんか?」
「言われてみれば少し」
もう初冬でモノレールのドアが駅の度に開閉する。窓が大きいので外の冷気も入りやすいのかもしれない。
「失礼しますね」
「え?」
リアが長めのマフラーを首から外す。と、思ったら肩を寄せてきて僕の首と一緒にマフラーをまきなおす。
「あ、暖かくないですか?」
「うん」
確かにリアの体温で暖められたマフラーは暖かかった。
でもそれだけじゃないかもしれない。リアの横顔が赤かった。僕も同じだと思う。
終点で改札を通って折り返してからのリアはここまで来た時と逆にずっと静かだった。
代わりに身を寄せてくる。
眼下の星空が段々と街の光になって、ルルポートやEKIAが近づいてきた時にリアが小さい声で言った。
「あ、あの昨日、ディートさんとなにをしました?」
唐突な質問に焦る。
「な、なにって、なにを? 別になにも……」
別に天元突破はしていない。
「責めてるわけじゃないんです」
たしかにリアの声音に責めてる色はなかった。優しいというよりは言い難そうにモジモジと恥ずかしそうな感じだ。
「トール様がディートさんのことが好きなのはなんとなくわかります。凄く美しいし、私なんかと比べて、なんというか……」
言いたいことはわかる。色気的なものだろう。
でも僕はリアのことも。それをなんとか伝えようとするが、中々言葉にならない。
「いいんです」
僕が言葉を出そうとするとリアが笑って遮った。
「でも、もし昨日ディートさんとなにかしたなら……ディートさんと少しでも同じことを私にも思ってくださるなら……同じことを私にもしてくださいませんか?」
あ、あぁ。そういうことか。
リアが上目遣いで僕を恥ずかしそうに見る。今度こそ僕がなにか言うのを待っているのだろう。
別になにもしていないから安心していいよと優しく言うだけでいい。簡単なミッションだ。ところが僕の口から出てきたものは。
「な、なにもしてないよ。い、一緒にお風呂に入っただけだし」
「お、お風呂に入ったんですか?」
や、やばい。緊張しすぎて余計なことまで言ってしまった。
立川の駅が近づいていた。




