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立石さんとディートの件

 事務所兼休憩室でパソコンを叩いていた店長に挨拶をする。


「店長、お疲れ様です」


 店長もわざわざ仕事を中断して椅子をクルリと回して笑顔で挨拶してくれた。


「鈴木くん、お疲れ様っ」


 店長っていい人だよねと思いながら店を出ると30分は先に店を出ていた立石さんがいた。

 怖い目付きで見られる。そう見えるだけということはわかっている。


『一緒に帰りましょ(*´ェ`*)ポッ』

「え? 待ってたの?」

『キャ(ハ*))((*ノノ)キャ』


 この寒い中、待っていたらしい。

 驚きでちょっと飛躍した質問をしてしまう。


「……あの、立石さんは高校の友達とかとは遊ばないの?」


 さっきよりもめちゃくちゃ怖い目で見られる。


『私、友達いないんです⊂( TT __ TT )⊃ウルウル』


 や、やばい。よく考えれば、いやどう考えても立石さんに友達がいないのは想定内だろ!

 ラインでやり取りをするまでは、僕だって冷たくされていると勘違いをし続けていた。

 高校生の社交場である学校という場所は、協調の微笑みを極度に要求されることを僕も知っていたはずだ。

 立石さんの表情筋では、さぞかしつらかろう。

 僕も事情があってかつてその辛さを少しは体験したはずだ。

 ともかく励まさねば。


「そ、そうなんだ。気にすること無いよ。立石さんはバイト先では大人気だし」


 ひるがえってバイト先を考えると、店長は腰の低……もとい立派な大人だし、久野さんはお節介……もとい姉御肌で面倒見がいいし、瀬川さんの女好き……もとい年上男性の余裕は立石さんのクールアイズさえ弾き返している。店長も久野さんも瀬川さんも立派だ。

 つまりバイト先は立石さんにとっては皆が普通に接してくれる心地いい居場所なんだろう。

 自分は立石さんにそれを提供できていたかどうか。やはり一緒に帰ってあげるしかないのか。

 まあ学校が辛いのならば、外にも広い世界があることを教えてあげたい気持ちはある。僕の場合は異世界すらあるしね。


『トオルさん、一緒に帰りましょうよ(〃▽〃)テレテレ』

「うっ」


 本当は回避したいイベントでもあるが、立石さんと自分の家の方向は同じだ。断るのは難しい。

 さらに僕は〝高校の友達〟という禁句タブーを口にしてしまったギルティがある。


「そ、そうね」


 イベントが常態化しないことを願う。


『レベルいくつまで行きました? (・_・?)』

「17のままだよ。空いてる時間はほとんどやってるんだけど本当に上がらなくなってきた」

『私も早くレベルマックスにして……透さんに……モジモジ(。_。*)))』

「それは……えっと……まあね」


 やはり帰宅イベントを常態化させるのは危険すぎる。

 これ以上、彼女のレベルをあげてはいけない。

 だけど立石さんの限界レベルは11なんだよなぁ。なんでそんなに低いのよ!

 2日ぐらい本気でクリックゲー廃人をされたらMAXになってしまうだろう。


『今晩、夕飯を作りに行っていいですか? (*´ェ`*)ポッ』

「あー今日はマゲドナルドのハンバーガーを食べたいなあー!」


 真っ赤なまげしたマゲルドなるキャラクターがマスコットをしているチェーン店のハンバーガーなんてあまり食べたくはないが、ヨーチューブのCMで見たシズクは食べたいと言っていた。

 たまにはファーストフードもいいだろう。

 なんとか立石さんがウチに来てクリックゲーをする理由を回避しながら帰宅できた。


「シズク、ただいまぁ」

「あ、おかえりなさーい」


 シズクのかわいらしい声よりもだいぶ色っぽい声がきこえる。色っぽいと言っても別にトーンは普通なのだけど。

 そしてもう聞き慣れた安心できる声だ。

 玄関から姿が見えなくても誰だかわかる。


「あれ? ディート? まだダンジョン探索に行ってなかったの?」

「ふんっ悪かったわね。もう一日ぐらい居てもいいじゃない」


 どうも自分はやはり少しコミュ障らしい。女性の機嫌を損なうことはそこそこ自信あり。


「いや、そういう意味じゃなくてさ。バイト中にもうダンジョン探索に行っちゃったのかと思って。まだ居てくれて……嬉しいよ……」

「え? べ、別に私、トオルのためじゃなくてもう一日ぐらい休んでから探索に行こうとしただけだしっ!」


 ディートが赤くした顔を逸らす。まあ機嫌は直してくれたようだ。


「ふ、ふーん。ところでシズクは……?」


 どうしたんだろう。僕が帰ってくるといつも嬉しそうに寄ってきておかえりを言ってくれるのに。


「ジャ、ジャンケンで勝ったから」

「へ? ジャンケン?」

「い、いや違うの。リアと一緒にちょっと異世界行くって」

「え? リアも来たの? 僕に合わずにシズクと一緒に異世界に行っちゃったの?」

「そ、そうよ」

「おかしいだろ?」

「あ、明日はリアだから」


 あ、なるほど、把握。

 高校の時は立石さんのような女の子と夕暮れの下校はできなかったけど、僕は今青春を取り戻している。


「ディート」

「な、なに?」

「マゲドナルドのハンバーガーを買って来たから一緒に食べよ」

「あ、マゲルドの」

「そうだよ」


 なぜか真っ赤なまげのマゲルドはリア、ディート、シズクに大人気でヨーチューブのCMに釘付けにした。


「で、でも」


 でも? きっとすぐに飛びつくかと思っていたんだけど。

 調理台にはもう切られて調理すればいいだけになっている野菜や肉、調味料、そしてエプロンまでが折りたたまれて置かれていることに、僕は気がつく


「ふっふんっ!」


 い、いかん。折角の機会なのにツンを発動させてしまってはかわいそうだ。


「なに作ろうとしてたの? ディートの手料理が楽しみだなあ」

「そ、そう? 作るものはまだ内緒。うふふ」

「うんうん」

「できるまで休んでて」


 ディートは楽しそうにキッチンに向かった。

 ちょっとパソコンをしようとスリープを解くと内緒のナスと豚肉の味噌炒めの料理サイトがモニターに映った。


「できたよー」


 しばらくするとディートが夕食ができたことを教えてくれた。

 やっぱり、ナスと豚肉の味噌炒めだった。


「……え? 意外と美味しい」

「なによ! 意外とって!」

「い、いや、美味しいよ。本当に美味しい」


 本当に美味しかった。

 異世界人が日本の調理道具を使って、料理サイトの料理を忠実に再現するのはかなり難しいはずだ。

 料理が上手いプラス僕が居ない間にガスコンロとかを試していたに違いない。

 まあパソコンの使い方まで完璧にはできなかったようだけど。ディートが失敗したと後で思わないようにこっそりと他のサイトにしてスリープさせておいた。


「本当にそう思ってる?」

「思ってるよ。本当に美味しいよコレ」

「ホントかな。私、料理なんてあんまりしないから……嘘を言ってない?」

「ならディートも食べてみなよ」

「え? あ? うん」


 僕の評価を気にして自分が食べるのを忘れていたらしい。

 ディートが綺麗な唇に小さく切ってある肉野菜を入れる。


「お、美味しい……」

「でしょ? 嘘なんか言ってないよ」

「うん!」


 それからのディートはずっと上機嫌だった。

 二人でクリックゲーを楽しむ。

 もちろん二人とも1レベルすら上がりはしなかったけど、ディートと二人でやるととても楽しい。

 なかなかレベルが上がらないからそろそろ改造しないとって思ってたんだけどな。

 しかし、明日も早くからバイトがある。お風呂のお湯はもう沸かしてある。


「そろそろ、お風呂入ろうか? ディート先に入っていいよ」

「……先には入んない」

「え? まあいいや、じゃあ、お先に」


 そう言って僕が立つとディートが手首を掴んで止めた。


「トオルが先に入るのもダメ」

「へ? じゃあどうしろと」

「……一緒に入ろうよ。シズクとはよく入っているじゃない」


 一緒に……入ろう……だと?


 ◆◆◆


 お風呂に一緒に入るといっても時間的タイミングがまったく一緒になるわけではないらしい。

 そりゃそうか。女性には準備が必要だろう。なんの準備かはわからないけどなにかの準備が。

 トオルは先に入っていて、ということで僕は湯船のなかでディートを待ち構えている。完全なる体勢で。まあシズクは……怖がるかもしれん態勢だけど……今は居ない。

 ディートはきっと覚悟しているのだ。

 ひょっとして今日、僕は天元突破してしまうのではないだろうか。


「トオル……入るね……」

「あ、あぁ」


 浴室と更衣室の間を分かつ、磨りガラスが肌色に……ってあれ? 聖紺せいこん色?

 デートが磨りガラスを押して入ってきた。


「ス、スクール水着……」


 ぐおおおおおおおおお! 


「ト、トオルなんで泣いてるの? 一体どうしたの?」


 これで十分嬉しいことは嬉しいけど~。一億円当たったと思ったら十万円だった気分だ。十万円が嬉しくない。

 ってそんな場合じゃねえ。

 ディートがスク水を着ているということは俺も穿いてないのは不味いのではないか。


「なにか悲しいことでもあるの?」


 悲しいというよりも一転して危うい状況だ。

 ただ不幸中の幸い、ムード的なサムシングの関係で乳白色の入浴剤を使っている。

 なにも穿いていないこと、さらには完全な態勢になっていることは立ち上がらなければバレないだろう。

 なんか前にもこんな状況があった気がする。


「無いよ」

「ならなんで」

「う、嬉し泣きさ」

「ト、トオル……意味分かんないけど……私も嬉しいよ」


 なぜかディートも貰い泣きをしてから、かけ湯をして湯船に入ってくる。

 やばい。危険度は急上昇した。


「水着同士でもこうやって一緒にお風呂はいるとなんだか照れるね」

「う、うん」


 普段、スク水よりも肌色のディートなのに一緒にお風呂に入るとなぜこう違うのだろうか。

 ディートが手を伸ばし、湯船のなかで僕の頭を抱える。


「どうせ水着を着てるし、ちょっとぐらい、いいよね」

「え? な、なにが?」

「抱っこしてあげる……」


 僕の頭がディートの胸に引き寄せられる。

 なにいいいいいい! ふおおおおおおお! 気持ちいい!


「こ、こんなことを私にされたら嫌かな?」


 僕は猛烈に顔を左右に振って感触を楽しむ。


「ホ、ホント?」


 僕は猛烈に顔を上下に振って感触を楽しんだ。


「よかった……嬉しいよ……。ん? なにか?」


 ディートがなにか言っているが、永遠に味わいたい感触を得るのにそれどころではない。


「なにか太股にあたって。な、なにこれ?」


 いっ!? やばい。


「ん~っ? これひょっとしてっっっ!?」


 おう……戦いのなかで戦いを忘れてしまった。


「キャアアアアアアアアアアアァ!」


 ディートは風呂場から出ていった。


◆◆◆


「どうして水着を穿いていなかったのよっ!」


 そんな説明は受けていないけど、そのつもりだと思い込んでいた女性にそんな主張をしてもあまり意味は無いだろう。

 別々にお風呂を入り直した後に和室で説教を受けている。


「ご、ごめん」

「も、もう」


 それにそんなに怒ってだっていないようだ。

 ディートは二人でいる時は基本デレであることはわかっている。


「ト、トオルは裸で入るものだと思ってたの?」

「うん。実は」

「そ、そっか。それなら私のほうがごめん。当然のことと思い込んで言ってなかったし」

「あ、いや……」


 どうやらディートは普通の女性よりも思い込みは少ないし、誤りも正せるらしい。

 もうほとんどくっつきながらディートと話をする。

 クリックゲーは飽きていたのでアイポンを見せていた。

 

「ほら。これが僕を育ててくれたおばあちゃんだよ」

「アイポンって本当に凄いよねえ。ところでトオルは私が水着着ないで入ってくると思ってたんだよね?」


 唐突にさっきの話を蒸し返される。やはり怒られるのか?


「う、うん」

「ならさ……もう一度、入る? 今度は……その……水着無しで……さ」


 世界が停止する。

 アイポンが畳に落ちた音でようやく世界が動いた。


「ディ、ディート……」


 僕はその場でお風呂場と同じ行動をして胸の感触を楽しんでいた。


「も、もうっ! ト、トオル!」


 なんて幸せなボインボインなんだ。


「おっ、お風呂で続きっ……しましょっ」


 お風呂でこれをしたら生乳だぞ! いいのかディート!

 その時だった。


――ピンポーン、ピンポーン


「だ、誰?」


 ディートが夜遅くの来訪者を不審がる。

 僕は思い当たるフシがあった。

 表を上に畳に落ちていたアイポンが振動とともに光る。


『透さん。レベル上げに来ちゃったσ(*´∀`私)』


 ディートの胸の位置から彼女を見上げると、僕は恐ろしく冷たい目で見下みおろされていた。

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