他の人がいるとツンになっちゃう件
凶悪なモンスターに苦しめられていた開拓村を助けてから、僕は連休の度に異世界に行くようになった。
いまや冒険者の真似事をするのがちょっとした趣味になっている。
「トオルさんのおかげで本当に助かりました!」
「いやいや僕はみんなについて行っただけだから」
今は冒険者ギルドの酒場で出会ったパーティーと畑を荒らすモンスター退治をして、また冒険者ギルドの酒場に戻ってきたところだ。
「トオルさんがジャイアントボアをすぐに倒してくれなかったら誰か怪我してましたよ。でもデスグリズリーを倒したんですから楽勝でした?」
「熊鍋も美味しかったけど猪鍋も美味しかったね」
「ははは。トオルさんは食べ物の話しかしないですね」
「そうかなあ。ははは」
リアもディートもいないので難しい依頼は受けない。
冒険者ギルドの酒場でよーく情報を集めて、自分のレベルで安全な仕事だけをレベルの低い冒険者と受けている。
だからやり込んだネットゲームで初心者ゲーマーを助けるような感じだ。
「明日の冒険はどうしようか?」
「トオルさんがいればハガーアントが湧いちゃった魔法石の採掘場もいけるんじゃないかな」
パーティーのリーダーの戦士さんが聞いて、知恵袋的な魔法使いさんが答えた。
「あ、明日はダメなんだよね」
「え? トオルさん。なんでですか?」
「ファミレスのバイトがあるんだ」
「ファミレスのバイト?」
異世界人であることは秘密にしているが、ファミレスのバイトと言ってもわからないだろう。
単純にお金を稼ぐだけなら異世界の金貨を換金した方が早そうだけど、やはり日本の仕事はちゃんとしないとね。
お世話になった冒険者パーティーに別れを告げてダンジョンに向かった。
「今日も楽しかったなあ」
「うふふ。良かったですね。ご主人様」
スライムアーマーになっているシズクと話しながらダンジョンに向かう。
僕がよく使うダンジョンの出入り口は街の外にあるし、ギルドの酒場からだと二時間ぐらい歩かなくてはならない。
どこかにオフロードのバイクでも隠して置こうか。ガソリンはタンクで運び込んどけばなんとかなるかもしれない。免許はないけど。
ダンジョンに降りて僕の部屋に繋がっている鉄の扉の前の近くまで行くと、黒いとんがり帽子と黒いマントをした女性が鉄の扉の前を行ったり来たりしていた。
どこかで見たような気がする。
「あそこにいるのディートさんですよね?」
シズクも気がついたようだ。
「だよね。なにしてるんだろう? まあともかく声をかけてみよう」
僕はディートの後ろに立って声をかけた。
「ディート!」
ディートはビクッとした後に振り返った。
「ト、トオル」
「なにしてるの?」
「べ、別に」
なんだか歯切れが悪いし、様子もおかしい。
「なんか変だよ?」
「そ、そうかしら? 普通よ」
「まあ、こんなところで話しているのも何だから部屋に来なよ」
ダンジョン地下一層のここはよく言って寂れた繁華街、悪く言えばスラム街だ。立ち話は避けたほうがいいだろう。
僕らは秘密を持っていることもある。
「わ、私は行けないから……」
「へ? 行けない? なんでさ」
ディートが泣きそうな声を出す。
「だってギャンブルで負けちゃって」
地下一層はカジノもある。そこで大負けしたんだろう。しかし、それと僕の部屋に来れないこととなんの関係があるんだろうか。
ん? まさか、ひょっとして……。
「いいからおいでよ」
「だって」
僕はディートの手を引っ張りながら言った。
「お金なんていいからさ」
「ホ、ホントにいいの?」
ディートはいつも僕の部屋に来る時は金貨を置いてくれる。
僕としては異世界の冒険や換金のために受け取っていたんだけど、彼女のなかでは僕の部屋に来るために必要だと思ってしまったらしい。
一番図々しいと思っていた子が一番義理堅かった。
もう自分でも異世界のお金を稼いでいるし、そもそも。
「ディートが来てくれることが嬉しいんだからお金とかいらないし、関係ないんだよ」
正直、勝手に居られて迷惑な時もあるが、今はこう言っておく。
「ト、トオル~……」
「ひょっとしてお腹も減ってるんじゃないの? トンスキホーテでチョコバナナクリームのクレープでも食べに行こうよ」
「うん! 嬉し~!」
ディートは僕の腕を取った。たわわのポヨンが二の腕に当たる。
「肥えた豚から奪え」
いつもの合言葉で見張りの人に鉄の扉を開けてもらって、倉庫の荷物の影にある玄関のドアからマンションの部屋に戻った。
「いや~やっぱ異世界より、日本の家が一番だよねえ」
旅行から帰った時の定番の台詞を言ってみる。
もちろん異世界も楽しいのだが、家が一番くつろげる。
「じゃあ着替えてトンスキホーテに買い物でも一緒に……わわわっ」
ディートに着替えを促そうとすると洋室まで背中を押される。
「な、なに?」
「ちょっと……休んでから」
「あ、ああ」
日本人の僕にとっては歩いてすぐのトンスキホーテに行っても疲れはしないけどディートにとってはそうでもないかもしない。
「じゃあディート少し寝る? ベッド使っていいよ。夕食の食材とクレープ買ってきてあげるよ」
「違う~」
「へ? なにが違うの?」
「も、もう……トオルと一緒に寝たいのっ!」
「えええええ! わぶっ」
手で口を塞がれる。
「もがもがもが(なに、するんだよ)」
「大きな声出したら和室の押し入れにいるシズクに気づかれちゃうじゃない」
へ? 確かにシズクは押し入れの、さらに言えば薄い本のダンボール中が住み処になっているが、今はスライムアーマーとして革鎧になっている。
そう言えば大人しいな。
「リアもミリィもいないからいいじゃない」
「もがもがもが(シズクがいるんだよ)」
「お願い! 寂しいから一人で寝たくないの~」
ディートが甘えた声で出しながら僕をベッドに押し倒す。
いつもの「ふんっ」って態度はどこに言ったんだ。
ディートの手が口から頬に行ってやっと喋れるようになった。
「ホ、ホントに寝るだけなのか?」
「うん。こうやってトオルが一隣で寝てくれるだけでいいの……ふふふ」
「そ、それならまあ」
ディートは幸せそうに笑っている。
どうやら今はデレモードのようだ。ひょっとすると二人だといつもこうなのかもしれない。
僕は笑ってディートの肩に手を回した。
◆◆◆
トンスキホーテのベンチでディートがうなだれていた。
「ううう……まさか革鎧がシズクだったなんて。どうして言ってくれなかったのよぉ~?」
「ディートに口を塞がれたからでしょ」
「シズクも言ってくれなかったぁ!」
「ダンジョンの地下一層ではシズクはあんまり話せないし、部屋に戻ってからは気を使ってくれたんじゃないのかな?」
よほどショックだったのか好物のチョコバナナクリームすら口にしない。
「まあシズクには留守番して貰ってるから今度こそ正真正銘僕しかいないよ」
「そ、そっか」
「まあクレープ食べようよ」
「うん!」
ベンチで二人、笑いながらクレープを食べる。
「さ、シズクも待っているだろうし早く帰りましょうか」
「そうだね」
ディートは帰り道、また僕の腕をとった。
「ただいま~」
「おかえりなさ~い。ご主人様、ディート様」
玄関にシズクが迎えに来るとディートはもう僕から離れていた。
「あ~お腹減った。トオル、早く夕ご飯作ってよ!」
「え~? クレープ食べたじゃない」
「あんなのじゃ全然足りない」
僕とシズクは顔を見合わせて笑った。
さて今日は肉野菜炒めでも作ろうかなと思っているとディートとシズクの会話が聞こえてきた。
「私もクレープ食べたかったなぁ」
「シズクのはお土産で買ってきたわよ」
「やったぁ」
シズクの分だけじゃなく、もう食べているディートの分もある。
「ご飯の後にしなよ~」
僕が野菜を切りながらそう言ってもディートとシズクは美味しそうにクレープを食べていた。
ご飯を食べてお風呂に入って、しばらく三人で話すともう0時近かった。
「もうこんな時間だ。そろそろ寝ようか」
「え~さっき一時間ぐらい昼寝したじゃない」
「でも明日バイトあるんだよ」
「ふんっ! 久し振りに私が来たのに!」
二人でいる時とシズクがいる時だとまるで態度が違う。
「じゃあさ。皆でベッドで横になって話そうぜ」
「でもご主人様はすぐに寝ちゃいますからね」
「えええ? 皆でベッド? 私は和室でお布団で寝るわよ」
さっき一緒に寝てたんだからディートも誘って大丈夫かと思ったが、シズクの前ではダメのようだ。
「ってかトオルとシズクはいつも一緒に寝てるの?」
「そうだよ」
シズクはバイト中や昼間は押し入れの中にいるが、夜はベッドで一緒に寝ている。
「シズク、ディート様と一緒に寝たいです~」
「し、仕方ないわね……シズクは甘えん坊さんなんだから」
シズクがそういうとディートも納得したようだ。
部屋着という名のブルマに着替えているエルフっ子がツンツンしてたのはベッドの外までだった。
「トオル……ありがとう」
ベッドのなかでディートはそう耳打ちした。
ほっぺになにかを感じながら安心して眠りについた。