レベル上げの効果が凄い件
マロンちゃんに詳しい状況を聞いてみると、どうやら彼女はヘラクレイオンの街の近くにある開拓村の出身らしい。
開拓村は森を切り開いて作っているので、森に住むモンスターがたまに出る。
そのなかでも最悪のデスグリズリーというモンスターが村に出没するようになってしまったらしい。
「どこか町か村に移り住めばいいんじゃ?」
「皆、貧乏で農地も持ってないから開拓村に移り住んだんです」
ま、そうだよね。どこか他の場所で裕福に生きられる人達だったら開拓をしないといけないような村で生きようとは思わないだろう。
「私も家計を助けるために副業で冒険者をしているぐらいで……」
「そ、そうだったんだ」
マロンちゃんも出稼ぎ冒険者ってやつか。この世界の貧農の人が農閑期に冒険者をすると聞いた。
開拓村だから農業じゃなくて林業かもしれないけど。
「この時期にデスグリズリーが出るってことは冬眠が上手くいってないのかも。でも私達もこの時期に開拓村を捨てて移動するのは……」
この時期……? 冬眠?
そういえば盗賊ギルドのダンジョンの出入り口がある小山の木々もチラホラと葉が黄色くなっていた気がする。
とすると、さしずめ冬眠に失敗したデスグリズリーを倒すか、開拓民の人達がこの街のスラム辺りで越冬するかの二択だろう。
「わかったよ。僕も協力するよ」
「ホ、ホントですか? ディートさんにも頼んでいただけます? 噂のディートさんだったら一発で」
「いや、今日は彼女は一緒じゃないんだ」
「そ、そうなんですか……でもレベル17の人ならデスグリズリーだって……」
レベル17で勝てるの? そんなヤバそうな名前のモンスターに。
「きっと……多分……私はわからないですけど」
わからんのかい……。まあ、でも協力はしようと思う。
「よし! 戦ってくれる冒険者を探すのを手伝うね! マロンちゃん」
「え? トオルさんが戦ってくれるんじゃないですか?」
マロンちゃんと手分けしてデスグリズリーを倒してくれる冒険者を手分けして探すことにした。
昼間から酒を飲んでいる冒険者が目立つ。
多少不安感が増したが、とりあえず目に見える範囲の冒険者に人物鑑定スキルを発動させた。
「す、すいません」
「いやいや、話は聞こえていたけど無理だよ」
目に見える範囲では最強の冒険者に話しかけたが、開口一番で断られてしまった。
意外にも僕の17よりも低い、レベル13の【職 業】槍戦士だ。
レベル17って相当強いほうなのだろうか?
それでも僕は日本人だ。ヤバイモンスターと戦うなど常識が許してくれない。
「金貨18枚にしますからなんとか」
報酬の金貨8枚が安すぎるのではないだろうか?
マロンちゃんの村が用意したナケナシの金貨8枚にディートから貰った金貨をこっそりと10枚足す。
「報酬の問題じゃない。命あっての物種だ」
「デスグリズリーてやっぱ強いんですか? レベルどのぐらいで倒せるんですか?」
「そうだなあ。まあ俺でも武器が強ければなんとか。命がけではあるけど」
武器の強さか。レベルは17あるけどピッケルしかない。
他の冒険者にも当たったが、どの冒険者も釣れない返事だった。
マロンちゃんと立石さんが座っているテーブルに戻る。
立石さんは早速、マロンちゃんを冷たい目で睨んでいた。
「この人、誰ですか?」
「ひいっ。ディートさんより怖い」
多分、普通に見ているだけなんだろうけど。立石さんに事情を説明する。
立石さんはずっと黙って僕の説明を聞いていた。
その間もずっと冷たい目をしている。
よくこれでファミレスのホールしてると思う。
異世界人のマロンちゃんはなにもしてないのにとりあえず謝っとけばいい日本人みたいになっていた。
「す、すいませんでした。私ダンジョンに潜って冒険者を探してきます」
ところが立石さんの提案は意外なものだった。
「すぐ開拓村に行きましょう。助けなきゃ」
「えええ?」
マロンちゃんは拝むように手を合わせて立石さんを見る。
「き、来ていただるんですか?」
「もちろんです。透さんならそんな魔物すぐにやっつけてくれますよ」
「ちょっちょっと立石さん! なにいってるのよ!」
なにを根拠に言っているんだよ。
「透さんはダンジョンの大ねずみも一撃で倒して私を助けてくれましたから」
「ホ、ホントですか!」
そんなことも確かにあったけど、ねずみと熊では大きな違いがあるのではないだろうか?
しかし、喜ぶマロンちゃんと大きくうなずいている立石さんを見ると断ることも難しかった。
◆◆◆
「ロ、ログハウスの壁に使っている丸太が折れてるじゃんか……ひょっとして……」
「えぇ。デスグリズリーが体当たりしたんです」
ログハウスの内部には赤茶色の液体が飛び散っていた。
そのため村人は太い木で作った村長の家に全員で避難している。
僕達、三人だけが犯行現場に来ている。
あ、あかん、他の冒険者に頼もうと言いたかったが、村長の家で寿司詰めになっていた村人達からモンスターを倒してくれる冒険者の人と目を輝かされると断るのも難しかった。
しかも悪い事にマロンちゃんは狩人で人物鑑定ができるから、僕のレベルが17で、立石さんが回復魔法ができる僧侶と言ってしまったのだ。
「ところでなにを食べてるんですか?」
「チーカマとポテチ」
マンションから持ってきたチーカマとポテチと食べているとマロンちゃんが聞いてきた。
「美味しそうですけど、そんなもの食べてないで真面目にお願いしますよ」
「いや、これ食べると【筋 力】と【敏 捷】が50%あがるんだよ……デスグリズリーっていうのと戦うためにさあ」
「もうそんな嘘言ってないで。人物鑑定スキルでステータスを見ますよ」
「ホ、ホントなんだって」
「もう! あ、あれ? 嘘!? 本当に上がってる!?」
「だから、そう言ってるじゃん!」
僕とマロンちゃんがそんなやり取りをしていると、立石さんが村に隣接した森のほうを指差す。
「デスグリズリーってあれ?」
聞かなくてもすぐわかる。デスグリズリーだろう。よだれをダラダラさせながら牙と太い爪を前足からをむき出しにしていた。
「グオオオオオオオオォォォ!」
デスグリズリーらしき魔物が立ち上がって咆哮をした。
「ひ、ひいいいいいいいいい! そ、そうです!」
「やっぱりそうなのね。透さん!」
マロンちゃんが悲鳴をあげる。立石さんは相変わらずクールだった。
デスグリズリーが前かがみになって四足の体勢をとってからこちらに突進してきていた。
この状況で僕が逃げても立石さんかマロンちゃんに、牙か爪が突き立つだけだろう。
僕は覚悟を決めるしかなかった。
振り上げたピッケルを突進するデスグリズリーの頭に振り下ろす。
瞬間恐ろしくて目をつぶってしまう。
終わったな……僕。
「きゃああああああああ!」
マロンちゃんの悲鳴が聞こえる。
僕の体はもう痛みすら感じない。一撃で致命傷を受けてしまったのだろう。後はデスグリズリーが僕を美味しく食べているうちに立石さんとマロンちゃんが逃げてくれることを祈るばかりだ。
「やったああああああ!」
やったあ! って、さすがに歓喜の声を上げるのはひどくね?
抗議のために目を開ける。すると……。
「マジかよ。僕の背より大きな魔物が……」
デスグリズリーは頭を砕かれてゴロンと転がっていた。
◆◆◆
仕事は終わったので早く帰ろうとしたのだが、村が感謝の宴を開いてくれることになったのだ。
村の中心でキャンプファイアーを焚きながらの酒宴が催された。
「はい。どうぞ~たくさん食べてくださいね」
「ど、どうも……いただきます」
マロンちゃんは美味しいって言ってたけど本当に美味いんだろうか。
恐る恐る口に入れてみた。
「どうですか?」
「うーん。あっ結構、美味い!」
「お口にあってよかったです」
デスグリズリーに食べられるはずの僕のほうが熊鍋を食べていた。
なかなか美味しいというか相当美味しいので三杯目だ。
「本当にありがとうございます。デスグリズリーの肝は高く売れますので後日来ていただければ、さらにお金をお渡しします」
「いやいや。もう金貨を8枚貰ったからいいですよ。村の再建に当ててください」
開拓村の村長さんは頭を下げてなんどもお礼を言ってくれた。
村の救世主とまで言われるとこそばゆい。
しかし我ながらよくあんなモンスターをあっさり倒せたと思う。
「それにしてもトオルさん。凄いですね。デスグリズリーはギルドの賞金で金貨15枚ぐらい必要って話でしたよ」
「RPGでレベルを上げ過ぎたり、装備とかアイテムを整えすぎて、敵が雑魚になってた感覚そのものだね」
「なんですか? RPGって?」
「あ、いやごめん。こっちの話」
マロンちゃんが日本のゲームの話など知っているハズもない。
やはりパソコンでのクリックレベル上げは異世界やダンジョンを冒険する上でも効果は絶大のようだ。
立石さんも同じことを考えていたようだ。
「私もクリックレベル上げ頑張ろう」
「立石さんもモンスターと戦うの?」
僕が聞くと立石さんは冷たい目をむけた。
「モンスターと戦うのは透さんです」
「え~それじゃあレベル上げしても意味ないじゃん」
「私は透さんの……」
立石さんが目を下にそらす。
「僕の?」
「私は透さんの……回復専門だから……」
「あ、あぁ。そ、そっか」
「はい……」
そういえば、デスグリズリーを倒して目を開けた時、マロンちゃんは木の陰に隠れていたけど立石さんはすぐ後ろにいたことを、僕は思い出していた。




