レベル16の強さの件
とりあえず洋室の部屋を暖かくする。
加湿もしたかったが、加湿器がない。お湯に浸したタオルを部屋中にかけておいた。
同時に冷たい水で冷やしたタオルを立石さんのおでこに置く。
「笑顔で寝てるけど熱は高いよ。めっちゃおでこ熱かったし」
「そうですよね」
シズクも心配そうな声を出す。
でも僕ができることはこれ以上なさそうだ。
落ち着くとあることが気になってきた。
小さな声で聞いてみた。
「なあ。シズク」
「なんでしょう?」
「ぼ、僕……立石さんに好かれてるのかな?」
そうだと思うけど確信はない。だって今までモテたこと無いんだぞ。
おかしいじゃないか。
けどひょっとしたらってこともあるだろう。
シズクに聞いて見ることにした。
「もちろん好かれてますよ」
「えええ? そうなの?」
シズクは自信満々に言う。
「ご主人様はカッコイイから当たり前です!」
う、うーん。それは贔屓目というものなんじゃないだろうか。
あまりシズクの意見は参考になりそうになかった。
そもそも立石さんは僕が東京に出てファミレスのバイトをしはじめた時からもう先輩としてバイトをしていた。
初めの頃、手際が悪かった僕はあまり好感は持っていなかったと思う。
「まあでも今は好かれていると仮定しよう。こうやって僕の家に来てるんだし。だとしたらなんで好かれたんだろう?」
「いつでも好かれますよ~」
うーん。理由が……あっ。
「そういえばシズクさ、立石さんの恋愛相談にのったって言ってたよね?」
「はい」
「その時のことって覚えている?」
「はい。完全に覚えています」
「じゃあできるだけ詳しく教えてくれない」
「わかりました」
シズクはそういうと僕の姿に変身しはじめた。
そこまで再現してくれるのか。
「立石さんがもし起きたらビックリしちゃうからリビングでやろう」
「わかりました!」
リビングに移ると僕の姿のシズクが立石さんを慰めていた。
立石さんはどうやら好きな人がいるけど、年の差であまり相手にしてもらっていないらしい。
ハッキリ誰とは言ってはいないけど、まさかバイト先で一番立場の弱い40代の店長とは……。
客観的に見るとよくわかる。シズクが基本僕を再現して、時折、僕のままで立石さん役をしているのでわかりやすかった。
「そういえば立石さんが基本的なことを僕に教えてくれた時に、私は店長から教わったって言ってたなあ」
立石さんは店長に親切にされたのかもしれない。僕は立石さんからそれほど親切にされなかった気がするけど。
それにしてもだ……。
シズクが変身した時の僕はなんて格好いいんだ。
別に顔の造形が良くなっているわけではない。造形は100%僕だ。
だからイケメンというわけではない。
だが表情の凛々しさとか、仕草のスマートさとか、話し方の柔らかさが格好いいのだ。
落ち込む立石さんを僕は優しく励ます。
こりゃ好感持たれますわ。
僕はシズクが作り出した自分を見ていてあることに気がついた。
つまり、このカッコイイ僕はシズクの目と心を通した僕の姿なのだ。
なんだか涙が出てきた。
気恥ずかしいと思うのと同時に、嬉しい気持ちもあり、やっぱりシズクの期待を裏切れないなと思う。
僕が寝坊してシズクと入れ替わった時の恋愛相談は終わった。シズクはいつもの白スライムに戻る。
「シズク~~~!!!」
「きゃっ、なんですか?」
僕は無意識にシズクを抱きしめていた。
「シズク、シズク、シズクゥ~~~!」
僕は気持ちを耐えきれなくなり、シズクに顔を埋めて頬ずりする。
「ご主人様、ご主人様、ご主人様ぁ~~~~!」
シズクもそれに応えてくれる。ああ、プルプル気持ちいい。
しばらくシズクの感触を楽しんだ後に、立石さんのことを考えてみる。
さっきのは恋愛相談をしていただけだった。
いくら僕の姿をしたシズクが格好良くたって、好感度はMAXになっても急に押しかけてくるようになるだろうか?
「そういえばさ。恋愛相談した後にも立石さんと話したんだっけ?」
「はい。ご主人様が疲れて休憩室で寝ていた時に話しかけてきたんで服になっていた私が対応しました」
僕はほとんど毎日のように寝ないでバイト先に行っていた。
そのフォローを知らぬ間に服として着ていたシズクがフォローしてくれていたのだ。
「ちょっとその時の再現もしてくれる?」
「はい!」
シズクが休憩室での僕を再現する。
目の下には分厚いクマができて、その目は半開きだ。寝てるので首も明後日の方向に力なく垂れている。
こりゃ霊に取り憑かれていると思われても仕方ない。
シズクが変身した僕とリアル僕では、顔や体の造形は全く同じでもえらい違いだった。
ゾンビ化した僕と立石さんのやり取りがはじまる。
立石さんは店長への恋は諦めたようだった。
代わりになんだか好きな人ができたらしい。でも自信がないと。
待てよ待てよ待てよ。
立石さんは「もし鈴木さんなら私を好きになってくれますか?」とか言ってるし……。
「これ女の子の遠回しな表現なんじゃないか?」
「遠回しな表現? なんのことですか?」
やはり……。
シズクは賢いが、人間の知識はまだまだ偏っている。
その主な情報リソースは禁書だしね。
「ま、まあいいや。シズクはそれにどう応えたの?」
……あ、あかん。僕は相変わらずゾンビだったが、シズクは声だけで格好良く肯定しとる。
「ちょっとちょっとシズク」
「なんでしょう?」
「その時の立石さんにもなってくれるかな?」
「はい!」
立石さんは僕を見ないで真っ赤な顔で下を向いて話していた。
前見て、前!
君が話しかけている男は声だけはカッコイイけど、目を半開きにさせて頭を明後日の方向にだらんとさせたゾンビだよ!
僕は過去の立石さんに叫びたかった。
その後も、立石さんは「もし、鈴木さんなら」という仮定を頭につけて、付き合ってくれるかとか結婚を考えてくれるかとか子供は何人欲しいかとか下を向いてボソボソと聞いていた。
その度にシズクはカッコよく肯定していく。子供については何人でもと応えていた。
シズクビジョンの僕は無敵だった。
「原因はわかったよ」
「ご、ごめんなさい。シズクのせいでしょうか……?」
「いいんだよ。シズクは僕が寝坊したり徹夜でバイトに行った時に頑張ってくれたんだし」
原因はわかったが、もちろんシズクに責任はない。
とりあえず立石さんの体調が治ったら誤解を解けばいい。
洋室に戻ってベッドの立石さんを見る。
「うわ。すごい汗だぞ。相変わらず笑顔だけど、心なしかさっきより苦しそうだし」
立石さんの額にシズクが体の一部を接触させる。
「39度6分ですね」
「えええ? 熱上がってるんじゃ。このまま寝かせていていいのかな」
しかし、家に連絡しても意味ないだろうし……救急車を呼ぶしかないのか?
「そうだ! 古代樹の花だ!」
古代樹の花はダンジョンの四層の大樹の木の根に咲く不思議な花で異世界への旅の途中で知り合った冒険者チームに貰った。
ディートによればミドルポーションの材料でもあるけど風邪にも効くらしい。
「ダメ元でやってみよう。煎じて飲めばいいらしいけど……煎じるってどうするんだ?」
まあここは異世界じゃない。ここにはパソコンもアイポンもある。
なになに、煎じるっていうのはつまり煮出せばいいのか。
禁書のダンボールと一緒に隠してあった古代樹の花を持ってきて鍋で煮る。
煮汁をマグカップに入れて立石さんに飲ませることにした。
「立石さん、立石さん、コレ飲んで」
立石さんが目を覚ます。でも目は完全に虚ろだ。
なぜか手でベッドシーツをスリスリしている。
あ、スマホか。彼女にスマホを渡す。
すぐ僕のアイポンにメッセージが来た。
{(*ノ∀ノ)あやめって呼んでほしいな……}
あーーーもう! しかし、ともかく薬を飲んでもらわないと。
「あやめ、コレ飲んで。きっとすぐ良くなるから」
{体が辛いんで飲ませてください(´ε` )}
体が辛いなら仕方ない。
僕もベッドに乗って彼女が座れるように支えてあげる。
「ふーふー。ゆっくりね」
「はい」
結構量あったのにすべて飲み干してくれた。
発汗で喉が乾いていたのかもしれない。
立石さんをまたベッドに寝かす。ところが寝かせている間に、すぐに虚ろな目や赤い顔が治っていく。
{この薬、凄く効きますねΣ( ゜Д゜) スッ、スゲー!!}
「よかった。ちょっと調べさせてね」
立石さんのおでこに手を乗せる。
「うん。もう熱もないみたいだ」
古代樹の花は地球人の風邪にもめっちゃ効いた。
ん? 気がつくと立石さんが固まっていた。
「どうしたの? 立石さん」
呼びかけると立石さんが思い出したようにスマホをいじりだす。
その指の動きは電光の速さだ。
{(人´∀`).☆.。.:*・゜ありがとうございます! でも付き合ってるんだからあやめって呼んで下さいよ(´ε` )}
そうだ。彼女が元気になってもこの誤解を解かなければならなかったんだ。
◆◆◆
「というわけで僕は付き合っていたつもりはなかったんだ」
「はい……」
立石さんは最初はチャットで返事をしていたが途中からはずっと下を向いて「はい……」しか言わなくなっていた。
なんだか段々可哀想になってくる。
この部屋に引っ越していなければ、喜んで付き合っていたかもしれない。
いや、リアやディートがいなければ、付き合っていただろう。
立石さんはスマホを使おうとしてそれをしまう。
「誤解からでもって縋ろうとしたけど……見込み無さそうですね。帰りますね」
「うん。深夜だし送ろうか?」
彼女が指技を復活させる。
{。゜(゜´Д`゜)゜。いいです! でも、ありがとうございました(´∀`*)ε` )チュッ}
メッセージを見て少し安心した。洋室から彼女の去っていく後ろ姿を見守る。
これでいいような気もするが、なにか忘れている気もしてならない。
「きゃあああああああああ!」
遠くから立石さんの悲鳴が聞こえる。
や、やばい! 最近は鍵を使っているから忘れていたが、この部屋はデフォルトではダンジョンの五層に繋がってしまう。
そしてダンジョンに出るとセンサーライトが光るようにしてあるので立石さんは傷心でよく見ずに部屋から出てしまったのかもしれない。
僕は走って玄関の棚の上に置いてあるピッケルを取った。
玄関からダンジョンに出ると今まさに立石さんが大ねずみの爪に襲われようとしていた。
「危ない!」
立石さんを後ろから抱きしめて、大ねずみの爪から庇うように彼女と身を入れ替えつつ、体を捻って躱す。
「ぐっ!」
背中に軽い衝撃を感じたが、そんな場合じゃない。
立石さんを左手に抱えたまま、振り返って大ねずみを右手のピッケルで叩く!
ピッケルは大ねずみの頭に刺さり一撃で動かなくなった。
それと同時に奥の鉄の扉が閉まっていく音がする。
リア達が通りがかった時に入れなくなるから開けておいたのだが、シズクがきっとスイッチを押してくれたんだろう。
「いててて。でもかすり傷みたいだ。服はバッサリいってるけど」
それにしても自分の速さと力に驚く。
「レベル16って凄いな。僕めちゃくちゃ強いじゃん……ん?」
なにか左腕で支えているものからしがみつかれていることに気がつく。
げえええっ立石さんがいるの忘れてた!
けど、まだモンスターがいるかもしれない。
とりあえず僕は彼女を抱え上げて自分の部屋に戻った。
「ひっくぐす」
立石さんは泣きながら僕にしがみついていた。
どうやってこの状況を立石さんに説明すればいいだろうか。




