自分の未来は簡単に確認することはできない件
僕は今、浴室の磨りガラスの背に座っていた。
どうしてこんなことになったのかというと。
「トール様います?」
「いるよー」
シャワーの乱があってからはリアが近くに居てくれなきゃ怖いということで、僕はここにいることになった。
日本の生活用品で恐ろしい物など基本的に無いのだが、中世のレベルの科学技術の人には恐ろしくても仕方ない。
それで彼女が納得するならばとお風呂が終わるまで近くに居てあげることにした。
ゆっくりお風呂に入って水で冷えた体を温め直すといいさ。
「シャワーの温度はどうですか?」
「凄くいいです。頭髪用の石鹸も凄く泡立ちます。使い方を間違わなければ大賢者様のアーティファクトは最高ですね」
「そっか。よかったです」
リアがお風呂に入っている間、磨りガラス越しにこうやって会話をしている。
これでは盾を取りに行けそうもない。
ふと思ったことをリアに聞いてみた。
「リアはどんなモンスターからマヒ毒を受けたの?」
「ゴブリンです。倒したと思ったら吹き矢を打ってきて」
「ああ、やっぱゴブリンなのね」
自分の声音にゴブリンはそれほど強くないんじゃないかという色が出ていたのかもしれない。
「このダンジョンのゴブリンは特別なんです!」
「そ、そうなん?」
「大賢者様には大したことないかもしれないけど、この古代地下帝国の廃都、ヨーミのダンジョンは冒険者なら誰でも危ないって噂してますよ」
なるほど。このマンションに繋がっているダンジョンはヨーミのダンジョンって言うのか。
そのダンジョンは古代地下帝国の廃都で非常に危険ということがわかった。
「私だって、ただのゴブリンが最後にマヒ毒の吹き矢で攻撃してくるとは思いませんでした。このダンジョンのモンスターは特別なんです。すばしっこかったり、賢かったり……」
「同じ敵でも他のダンジョンとは違うの?」
「私はあまり他のダンジョンには入ったことはないんですが、少なくとも外のモンスターとは全然違います」
なるほど。このダンジョンは特別危険な難ダンジョンってわけだ。
不動産屋め。やっぱり超事故物件じゃないか。
「私、騎士にしては素早さのステータスも高いんですよ。それなのにこのダンジョンにはすぐに逃げ出してまったく追いつけないスライムなんかもいるんです。経験値は良いって噂ですけど……」
「な、なんだって!!!???」
「え? 私、なにかおかしなことを言いましたか?」
リアの会話に凄く気になる点があった。
すぐに逃げ出してまったく追いつかないスライムというのも、某ゲームのめっちゃ美味しいモンスターじゃないか? と気になったが、そんなことよりも!
「ね、ねえ。僕は大賢者だから、いつも特殊な方法で自分のステータスを知るんだけど……リアとか普通の人はどうやって自分のステータスを知るんですか?」
自分のステータスを数値化して知れる。ひょっとしたらスキルとかで自分の適性まで正確にわかる。
これって日本人にとっちゃめちゃくちゃ美味しくね。
無駄な努力ショートカットしまくりやん。
もっともお先真っ暗な気分になる可能性もあるけど。
「え? え? ステータスを知るのに他の方法なんてあったんですか!?」
「あるある! あるから! リアがやっている方法を教えてよ!」
「は、はい。心のなかで思えば、数値化して思い浮かびますよね? だってそれが世界の神が創りたもうた摂理……」
ビンゴオオオオォ! 素晴らしい摂理だ!
「あ、あれ? なんでステータスが思い浮かばない! なんで?」
僕が喜んでいると、リアはステータスが思い浮かばないと嘆きだした。
多分、僕はその理由がわかった。ちょっと都合よくリアに伝える。
「僕の居住地区にはステータスチェックができないような魔法がかけてあるのさ。ダンジョンに戻ればできると思うよ」
本当はおそらくこの部屋では日本のルールが適用されるだ。
そしてダンジョンに行けば、おそらく……。
「それなら安心しました」
リアのシャワーの音が止まった。これから湯船に浸かるのだと思う。
「あ、そうだ。リアが倒れていた後ろに鉄の扉があったけどアレが閉まってたらモンスターとか来ない?」
僕はダンジョンの大部屋にモンスターがいないのは、あの扉が閉まっているからだと思っている。
「す、すいません。あの扉は私がマヒ毒で倒れる前にモンスターに襲われないために逃げ込んで扉を閉めたんです。壁にスイッチがあるはずです」
やっぱり。だからモンスターがいなかったんだ。
「リア! 僕さ。君を運ぶ時、ダンジョンに盾を置いてきちゃったんだ。だから取ってきてあげますね」
「え? いいですよ! 命を助けて貰っただけでありがたいのに」
「いいからいいから。モンスターだって出ないんですよね?」
「え、ええ……多分」
「じゃ、じゃあ、ゆっくりお湯に浸かっててね」
僕はダイニングテーブルに置いてあったヘッドライト付きヘルメットをかぶる。
ベルトに挿してあるピッケルも手にとった。
紙とペンもポケットに入れる。
もしステータスがわかった場合、一々ダンジョンに踏み出すのは危険なのでメモしておくためだ。
玄関のドアの向うで物音がしないか慎重に確認して、ゆっくりと開けた。
さらに顔だけ出して辺りにモンスターがいないか何度も確認する。
「よっしゃ! いないみたいだ」
もうダンジョンに足を踏み出す緊張感はほとんどない。
それよりも今からするステータスチェックのほうが遥かに緊張する。
できるのかできないのか?
できたとして僕のステータスは……。
未来が開けているのか、あるいは先が見えているのか、それともお先真っ暗なのか?
「ふーはー」
僕はステータスを確認する前に大きく深呼吸をせざるを得なかった。