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とあるトオルとシズクの一日の件

――ピロリンピロリン


 バイト先のファミレスにバックヤードから入る。


「あ、鈴木くん、おはよー」

「おはようございます」


 久野さんが元気な挨拶をしてくれる。


「昨日は追い返すような形ですいませんでした」

「いいのよ。こっちこそ押しかけちゃってごめんね」

「え? あの……」


 追い返したことを謝ろうとしたら逆に謝られてしまった。立石さんも久野さんも僕の部屋の霊現象をなんとかしようと思って来たのではなかったのか?

 そのことを聞こうとすると。


「いや~やっぱりこの世に霊なんかやっぱりいないわ」


 変わり身はやっ!


「ええ? あれだけ霊とか邪気とか言ってたのに?」

「鈴木くんの目の下のクマもすっかり無くなっているじゃない」


 昨日はぐっすり寝たからだな。そりゃクマは無くなるだろう。


「ルーマニア人のリアさんとディートさんだっけ? あんな美人がホームステイに来てたから鈴木くんみたいな若い子は寝れなかったのよねぇ。霊現象なんかあったら逃げ帰っちゃうだろうし」

「ええ……まあ」


 本当はクリックレベル上げに熱中して寝れなかっただけだが、そう思わせといたほうが都合がいいだろう。


「ところで立石さんは?」


 久野さんがこの調子なら立石さんの誤解を解くことも可能だろう。

 今日は休日だから高校生の彼女も僕と同じ時間にバイトに来るはずだったと思う。


「風邪ひいちゃったみたいよ」

「あ~そりゃひいてもおかしくないですよね」

「そうよね」


 この時期に井戸水かぶって濡れた服でウロウロしていたのだ。

 風邪をひかないほうがおかしい。


「誤解は後で解くとしてひどくならないといいんですけどね」

「ところがあやめちゃん自分が風邪をひいたのも霊に負けたからだって、鈴木くんを助けられなくて不甲斐ないってラインが来たわ」

「まだ信じてるんですか……」


 参ったな。しかし、なんでまた立石さんはそうまでして僕への霊障とやらをここまで祓ってくれようとするんだろうか。


「元気な姿を見せてあげなさいよ。そしたら安心するから」

「ええ、それはもちろん」

「お、本当に? してあげなさい。してあげなさい。喜ぶわよ~」


 立石さんの風邪が治ってバイトに入ったら、僕のバイトが入っていなくても挨拶に行って元気な姿を見せよう。

 誤解であってもお礼をしたいしね。

 八時間はぐっすりと寝た僕は今日も盛況な店のキッチンを軽々とこなした。


「店長、お疲れ様です~」

「いや~鈴木くん。心配してたんだけど元気になってよかったよ」

「迷惑かけちゃってすいません」

「いや、迷惑なんてことはないよ。ゾンビみたいだった時も鈴木くんの仕事は完璧だったしね」


 服になってまで僕をサポートしてくれたシズクのおかげだ。店を出て、立川の街を歩きながら考える。


「家で待っているシズクになにか美味しいものでも買ってあげようかな」


 お寿司の折り詰めはちょっと高いか……。

 クレープはワンパターンだしなあ。まだ食べたことのないものを食べさせてあげたいし。

 最近見るようになったケバブ屋が目に入った。けどシズクは食べたこと無くても異世界でそれっぽいものを見たような気がする。

 お! 前方にタコ焼きというジャパニーズフードがあったぞ。僕はタコ焼きを買って急ぎ足でマンションに向かった。


「おかえりなさい。ご主人様」


 金髪の美少女が僕を迎え入れてくれる。

 しかし、リアではない。シズクだ。

 なぜならリアもディートも今朝にはダンジョンに再び向かったのだ。

 リアは地下一層であの十字傷のダンさんと合流することになっていて、一緒に四層に行って古代樹の花を採取するらしい。

 ディートは僕の部屋と繋がっていそうな、六層や七層の鉄の扉の部屋を探すらしい。

 というわけで僕の部屋にはシズク以外いるわけがないのだ。


「ただいま~シズク~。リアの変身はしてくれなくていいよ」

「え? ディート様のほうがよろしかったですか? それともミリィ様?」

「そういうことじゃなくてさ。リアはリアの人格だからいいんだよ。ディートやミリィもそうだよ」 

「ご、ごめんなさい。人間は表面的な姿形を望んでいるだけだって白スライム族では言われていて」


 うーん。やはり白スライム族は相当悪用されたんだなあ。僕は絶対にそんなことしないぞ!


「ご主人様、素敵です」

「え?」

「リア様達の性格がお好きだっていうご主人様が大好きです!」


 ……おかたくないリアや、性格のめっちゃいいディートや、おしとやかなミリィも、ちょっとだけ見たい気がしていたことは内緒にしよう。いや皆の性格はもちろん好きなんだけどね。

 

「それなら心音ココロネミルならどうでしょう?」

「歌姫ソフトの?」

「はい。心音ココロネミルなら人間じゃないですし、これと言って決まった人格があるわけじゃないからいいのでは?」

「でも心音ココロネミルはただのイラストだしなあ。ドールもあるけど」


 前にシズクが心音ココロネミルに変身した時は人形として変身しただけだしな。

 人間サイズになって動かれても残念ながら気持ち悪いんじゃないだろうか。


心音ココロネミルを人間にしますよ」

「え?」

「イラストやドールから不自然にならないように人間として再現できます」

「お、お願いします!」

「はーい」


 こ、これは悪用じゃないよね。

 シズクがリアからいつものスライム姿に一旦戻る。そして再び人の姿に再構成されていく。

 まずスラッとした白いマネキンの姿になって、すぐに美少女の姿になる。特徴的な足まで届きそうなサイドテールが作られて着色されていく。


「す、凄い……」

「どうですか?」

「完全な心音ココロネミルだよ!」

「えへへ」


 いや現実にいる心音ココロネミルというべきか。

 目の前の心音ココロネミルと比べたら有名コスプレイヤーのそれですら足元にも及ばないだろう。

 素晴らしい。しかし、なんだか緊張してしまう。

 憧れのリアル心音ココロネミルを前にしてなにをすればいいんだろうか。

 あ、そうだ。


「シ、シズクのためにタコ焼きを買って来たんだよ」

「タコ焼き?」

「う、うん。美味しいよ」


 僕は心音ココロネミルもといシズクをテーブルの前に座らせてタコ焼きを開けた。

 シズクとわかっていても心音ココロネミルの一挙一投足にドギマギしてまう。

 

「わ~とっても美味しそうな匂い。ありがとうございます!」

「で、でしょ」

「どうやって食べればいいんですか?」


 シズクも含めてリア達に日本の食事の食べ方を実演するのは恒例となっている。

 緊張していたからかなにも考えずにタコ焼きを楊枝でさして一口にタコ焼きを口内に入れてしまう。


「あちちちちちちっ」

「だ、大丈夫ですか?」


 一口噛んだ瞬間、内部のトロッとした小麦粉が流れ出てきた。くそっ、中が熱いタイプのタコ焼きか。

 熱さに流しに吐き出して一個無駄にしてしまった。


「大丈夫……ちょっと油断した……少しだけ火傷したけど」

「火傷!? 大丈夫ですか?」

「ちょっとだよ。全然大丈夫」


 水を飲みながら口内を冷やす。


「タコ焼きって熱いんですね。危険です」

「そうでもないのもあるんだけどね。この店のは中が熱々のタイプらしい。僕が一気に口に入れたのがいけなかったんだよ」


 僕がそう言うとテーブルの向かいの椅子に座っていたシズクが隣の椅子に座る。


「え、え? なに?」

「シズクがふ~ふ~して差し上げますね」


 な、なんだって?

 心音ココロネミル姿のシズクがタコ焼きをふ~ふ~してくれる。

 二次元の美少女には決してない可愛らしい濡れた唇が熱いタコ焼きを冷ましてくれていた。


「これで冷えたかな?」

「た、たぶん」

「まだわかりませんよ! 気をつけないと!」

「でもどうやって調べる? 温度計なんてないよ?」

「失礼して……」


 心音ココロネミルの唇がタコ焼きを半分にする。


「うん。これなら大丈夫です。それにと~っても美味しいです。半分になってすいませんが……」

「えええええ!?」


 半分食べたタコ焼きを差し出される。


「また、お火傷したら……と思いまして。食べかけなんて嫌ですよね」


 心音ココロネミルに扮したシズクが悲しそうな顔をする。


「いやいや全然、嫌じゃないよ。食べる食べる。冷ましてくれてありがとね」


 心音ミルが半分食べたタコ焼きを食べるのに緊張しただけだ。


「じゃあ、あーんしますね」

「あーんもしてくれるの?」

「はい!」


 こりゃ悪用されますわ。


「ご主人様、あ~ん……」


 ん。もぐもぐもぐ。


「美味い。けどちょっと冷えすぎたかもしれない」

「ごめんなさい。じゃあもう一度ふ~ふ~しますね」

「うむ」

「はーい。ふ~ふ~」


 シズクはやはり味見をする。


「うん。今度こそ丁度良いですよ。あ~ん」


 ん。もぐもぐもぐ。ちょうどいい温度のタコ焼きとソースの美味しさが口の中に広がっていく。


「う~ん美味しい。シズクもう一個頂戴」

「待って。ご主人様。お口の周りにソースが付いてらっしゃいますよ」


 シズクが心音ココロネミルの白くて長い指で僕の口の周りを拭う。そして指についたソースをペロっと舐め取った。


「はい。ご主人様、綺麗になりましたよ。うふふ」


 リア達がいなくなってからシズクの人間に気に入られるという本能が増々発揮されている気がする。


「ど、どうも」

「ふ~ふ~。うん丁度良いかな。はいご主人様、あ~ん……」


 こうして全部半分ずつ食べて至福のタコ焼きタイムは終わった。

 食べ終わると夕飯時になったがタコ焼きを食べてしまったのでまだお腹が減らない。

 日課のクリックレベル上げをすることにした。

 隣ではシズクが楽しそうに様子を見ていた。ただ今日はいつもの白スライム姿ではなく心音ココロネミルだったが。


「うーん。さすがに中々レベルが上がらなくなってきた。ディートも加速度的に上がらなくなるって言ってたもんなぁ」


 それにまた熱中しすぎて睡眠時間を削って目の下にクマを作るのもマズい。


「お風呂に入ろうかな」


 お風呂はいつもシズクが洗っといてくれている。お湯を張ればいいだけだ。

 引っ越しする前はシャワーだけで済ますことも多かったのだが、シズクはお風呂が大好きなのでここはケチケチしないで入ることにしている。

 ガディウス金貨もあるし、シズクと一緒に入ることも楽しい。


「ご主人様、今日も一緒に入っていいですか?」

「いいよん」

「やったー!」

 

 僕は気軽に返答してからパソコンのモニターを消してシズクのほうを見……。


「まだ心音ココロネミルやん!」

「え? そうですけど?」

「いやいやいや、それはちょっとマズいんじゃないの?」

「なにがですか?」


 悪用されちゃうぞ……白スライム……。


「だって服も心音ココロネミルを再現しているけど入る時は服のまま入らないよね?」

「はい。再現したものでも服のまま入ったらご主人様が不快だと思いますし。裸になろうかと」


 僕はシズクに対してなんとか普通の状態に保ってあげたいと思っている。

 なぜならシズクが大きくなったアレを恐れるのは、白スライムが人間に悪用された悲しい記憶かもしれないと僕は思っている。

 だが……とてもムリだ。


「ダメダメ」


 白スライムの姿に戻ってくれと言おうとした時だった。


「あっそうだ。シズク名案を思いついちゃいました!」

「め、名案?」

「はい! ご主人様は先にお風呂に入っていてください」


 心音ココロネミルはニッコリと微笑んだ。


◆◆◆


「ふ~いい湯だなあ」


 最近はいつもシズクと入っているから久しぶりに一人で湯船に浸かった気がする。


「しかし名案ってなんだ? 名案って見当も付かないぞ?」


 まあ賢いシズクのことだ。名案というなら名案なんだろう。


「ご主人様~準備ができたので私も一緒に入りますね」


 準備? どんな準備だ?

 磨りガラス越しに見えるサイドテールは心音ココロネミルのものではないだろうか。

 だが服の色が聖紺せいこん色のような。まさか!?

 浴室のドアが開てしまう。遅かった。


「リア様のスクール水着をお借りしてきました」


 スクール水着を着た心音ココロネミル姿のシズクが浴室に入ってくる。

 予想通りにヤバい! 耐えられるか!?


「シズクはいつも裸みたいなものなのでスクール水着を着るのが逆に恥ずかしいです……」


 完全にアウトになってしまった。どうすりゃいいんだよ?

 心音ココロネミル姿のシズクがかけ湯をして、数十秒後には湯船に入ってくるぞ。




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