天の岩戸はどうやって開ければいいのかわからない件
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「ディート。ちょっと和室の押し入れに入っていてくれない?」
「なんでよ? だから誰なのよ?」
「バイト先の同僚だよ」
「そうなの? それならご挨拶するわよ」
ディートは意外と礼儀正しかった。
「いや日本にはハイエルフとかいないって言ってるじゃないか」
ちなみにブルマを穿いた21、22歳ぐらいの女性もいない。
ディートの背を和室まで押す。
「ちょっちょっと」
禁書が大量にしまわれている押し入れを開けた。まあディートにはバレているし、背に腹は代えられない。
「悪いんだけどしばらくここに隠れてて」
「この貸しは高いわよ」
「怖いこと言うなよ。どうすればいい?」
「バナナチョコクリームのクレープを二つ」
全然高くない。子供か。
「わかったわかった」
「早く帰してよね」
僕の部屋の押し入れはエロ同人誌のみならず、ついにブルマを穿いた生身の美人エルフを隠すまでになってしまった。
「鈴木く~ん! どうしたの~!?」
「はいはい。今いきまーす!」
◆◆◆
「はい。紅茶です」
テーブルの向かいの立石さんと久野さんが座っている。
僕は二人に午前ティーを出した。
「ありがとう。別に普通って感じのマンションねえ」
「……」
久野さんはにこやかに礼を言ったが、立石さんはコートを脱いでずぶ濡れの白装束で沈黙していた。
風邪ひいちゃうよとタオルと着替えのジャージを渡したが、拒否されてしまった。
「それでどう?」
久野さんが立石さんに聞く。この部屋の霊障について聞いたのだろう。
この部屋は確かに不思議だが、霊障などというものはない。
「どうもこうもこうやって普通に暮らしていますよ……」
「やはり邪気を感じますね」
いや。邪気とかないから。
「邪気! 大丈夫よ鈴木くん。あやめちゃんは今までも交通事故が多い交差点とかも依頼されて祓ってるから」
「そ、そうなの?」
どう考えても立石さんの霊感は低そうだが。
「ところで鈴木さん。あちらの部屋はどうなっていますか?」
白装束の美少女が僕に聞いてきた。
「わ、和室だけど」
「そうですか」
立石さんがビシッと指を差す。
「こちらの方向に邪気を感じますね」
指先はブルマエルフと禁書を隠している和室の押し入れの方向だ。確かに邪気はあるかもしれないけど!
立石さんは霊感ゼロなのにわけのわからないカンだけはいいようだ。
「邪気は邪気でも、ある意味で健全な邪気っていうか、ある意味で不健全な邪気っていうか……」
「なるほど。私、今から祓います」
立石さんがテーブルを立ち上がる。
なるほど、じゃないよ。絶対にわかってない。僕は慌てて立石さんの前に立った。
「ダメダメ。ダメだって」
「な、なんですか。なんで止めるんですか?」
やばい。止めたことに対して、言える理由を考えていなかった。言えない理由ならいくらでもあるが。
「ともかくダメです!」
「鈴木さんは悪霊に取りつかれてるんですよ。鏡で自分の顔を見てください!」
「こりゃただの寝不足だって!」
「いいからどいてください!」
和室への進行を止めようとする僕を立石さんは押しの退けようとした。
「う~~~ん! う~~~ん!」
ところがその力は全然弱い。
「え?」
「はぁはぁっ。私、女子のなかでは力が強い方なのに。これは悪霊に取りつかれた人の力ですね」
確かに立石さんは165センチメートルぐらいだから女子のなかでは力が強いほうでもおかしくない。
だが顔を真っ赤にして僕を押しても小さい子供に押されているような力しか感じない。
「久野さんも手伝ってください~~~!」
「任せて!」
立石さんは高身長なら、久野さんは横に太っているので体重がありそうだ。
だからマズイと思ったが、力士のように突進を受けても大したことはなかった。
「「う~~~ん! う~~~ん!」」
立石さんと久野さんは僕を二人がかりで押すが力を感じない。どうなってるんだ?
あっひょっとして!
レベルが上がって【筋 力】があがったからか。
シズクのおかげで少しだけ寝れたから計算してみよう【筋力】28の4倍が握力だから……。
握力112キロだと??? 80キロぐらいあればリンゴも潰せるんじゃなかったっけ!?
よ、よーし!
「ともかくダメです」
そう宣言して立石さんと久野さんをセクハラにならないように押し返す。
このまま玄関のドアから押し出してお帰り願おう。
ちょうどポケットの中に鍵もある。日本の外に出せるはずだ。
僕が少し力を入れると二人はジリジリと後退した。
「二人で押してるのにそんな?」
「な、なんて力なの!?」
凄い……レベル上げの効果は日本でも絶大だった。
これはますますクリックゲーに熱中してしまいまそうだ。
あと一歩で、二人を押し出せる。その時だった。
「おきゃく、さまですか? おすもう、ですか?」
僕の後ろから金髪ブルマの女性が現れたのだった。
やはり寝不足の僕は思考力が低下していた。
ディートを押し入れに隠していても、お風呂に入っているリアがいたのだ。
◆◆◆
テーブルの席の隣にはニコニコ顔のリアが座っていて、向かいの席には明らかに怪しい目で僕を見ている立石さんと久野さんが座っている。
僕は今度は三人に午前ティーを出した。
「えっと。こちらの二人はバイト先の同僚の立石さんと久野さん」
二人が一応頭を下げる。
「で、彼女は?」
久野さんが聞いてきた。
「彼女はえっとリアです」
「こんに、ちは」
笑顔で片言の日本語で挨拶した。彼女にとってはモンスター言語だ。
リアにもディートにも日本人に会ったらテレパシー言語ではなく日本語を話してくれと言っている。
それは功を奏したが……久野さんが聞いてきた。
「どこの国の人なの? どうしてブルマなのよ? まさか外国の女の子にいかがわしいことを……」
名前を教えても質問は続いた。そりゃそうだよね。除霊しにいった部屋で金髪ブルマの美少女が現れたらそうなる。
「ち、違いますよ!」
別になにもしてないし、好きで着てるわけだし、外国人じゃなくて異世界人だし!
「え、えっと……ルーマニア? ルーマニアからホームステイに?」
「なんで鈴木くんが疑問形? ブルマの説明は?」
「え、えーとリアは日本文化好きで学びに来てて。ルーマニアではなぜか日本の文化として、昔のブルマが流行ってる?」
久野さんはさらに怪訝そうな顔になったが、立石さんの顔がパッと明るくなった。
「そういうことだったんですね。鈴木さんがそんなことをするはずがないって思っていました」
えええええ!? 逆に立石さんは今ので信じたの? 久野さんも驚いていた。
「あ、あの、どうして、たていさんは、ぬれた、しろい、ふくなんですか?」
日本人が金髪ブルマを見たら不自然だと思うように、異世界人も黒髪ロングストレートの濡れた白装束を不思議に思うらしい。そりゃそうだ。
「これはこの部屋にいる霊をお祓いするための装束です」
「れい?」
「幽霊、お化けですよ」
ダンジョンの地下三層でスケルトンの群れを一瞬で薙ぎ払うリアにお化けと言ってもね。
あれええええええええぇ!?
リアは頭を押さえながらテーブルの下に入ってプルプルと震えていた。
ブルマのお尻は隠れていない。頭隠して尻隠さずだ。
「大丈夫ですよ。リアさん。そのために私が除霊の専門家、寺生まれの私がきたのですから。鈴木さんもリアさんも私が守ります!」
「お、おねがい、します」
二人のやり取りをポカンと見ていたが、急に立石さんが立っていった。
「というわけで邪気のある場所を調べさせて貰います」
「ダ、ダメ。ダメだからね」
僕は再び和室の前で手を広げた。
立石さんがまた押してくる。
「なんで通してくれないんですか? 幽霊がいるんですよ!」
「ダメったらダメです!」
立石さんが押す力は相変わらず弱かったが、今度はリアが加わってしまう。
「トール様。こわくても、おばけ、たいじ、して、もらったほうが、いいです」
リアがそう言って軽く押すと僕の体がふわりと浮いて和室の畳に転がってしまった。
レベル30以上の物理職のリアと僕じゃ【筋力】が違い過ぎるのだろう。
「おばけ、はこのなかですか?」
「はい。凄い邪気です」
「ダ、ダメだ。その中は」
久野さんが僕に言う。
「どうしてさっきから邪魔するのよ」
「そ、それは……」
――パシーンッ!
僕が言いよどんでいると押し入れがいい音を立てて内側から開いた。
幽霊かと思った女性陣がビクッとする。
もちろん中にいたのはディートだった。ただし耳は髪型で隠していた。
「あ、アナタ誰ですか?」
立石さんがやっと聞く。
ディートが冷たい目で僕達を見回す。そして一冊の薄い本を広げた。
「げっ!」
だが、これはディートの作戦だったようだ。
「トオルはこれを押し入れに隠してたから見せたくなかったのよ。幽霊なんてそんな非科学的なもの居るわけないでしょっ! ふんっ!」
ディートはまたピシャ―ンッと押し入れを閉めて中にこもってしまった。
日本語も上手だし、よく考えればソフトなほうの本だった。
ポカンとする女性陣。
「お、同じくルーマニアから来たディートさんです。さあ、これでもうわかったでしょ? 霊なんていないからね」
今度こそ立石さんと久野さんを強引に外に出した。
少しだけなにやら二人の話す声が玄関の外で聞こえたけど次第に遠ざかっていった。
◆◆◆
押し入れに閉じこもり続けるディートとシズクを置いて、リアと日本の街で買い物をした。
そろそろマンションに着く。リアはさっきから歩きながら怒っていた。
「もうっ! あんな不健全な本は捨てるか、せめて見えないようにしてくださいね!」
「え~でも。貴重なものもあって」
「そういうことをしたいんだったら……私に言ってください」
「マ、マジ?」
リアの顔を見ようとするとそっぽを向かれてしまう。
「お部屋に着きましたよっ!!!」
確かにもうマンションの目の前だった。
僕の手のなかにはクレープが入ったビニール袋がある。バナナチョコクリームは二つはいっていた。
「これでディート押し入れから出てきてくれるかな」
「もうっ! トール様はディートさんのことばっかり。私も押し入れの中に隠れちゃおうかな。私はディートさんみたいにクレープぐらいじゃ出てきませんよ」
「そしたら、どうしたら出てくれるのさ?」
「そ、そうですね……トール様がさっきの本みたいなことをしてくれるなら出てあげるかも……」
リアは真っ赤な顔で玄関のドアを開ける。
彼女は多分知らない。広げた本はディートが気を使ってくれて、かなりソフトなほうであることを。きっとハードなほうを見たら暴れまわるに違いない。厳重に隠さなければ。
リアは相変わらず少しおっちょこちょいだ。




